無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『あなたの声が聞こえる』、英語だと"I can hear you"ですわね。

この間The Back Hornと「あなたが待ってる」という歌を共同制作していたけれど、同じあなたに向けて歌った歌でも、全然違う。なんだろう、ヒカルももう結婚してるのに、「両親が共働きでいつも晩御飯を一人で食ってる鍵っ子が今日はたまたま友達んちにお呼ばれしてご馳走して貰える事になっていそいそと出掛けたらこれでもかと家族団らんに巻き込まれて楽しすぎた」みたいなこの感じ。あったかいねぇ。

あのコラボレーションはそんなにそれぞれのファンに好評だった訳でもないのかもしれないが、お互いにとって非常に大きい経験であったろう、という実感めいたものがある。この図抜けたあたたかさは、周りに家族とか仲間とかが居る事そのものを祝福している。

『道』は家族を喪ってそこから立ち直って歩みを進める宣言をする、悲痛さすら読み取られかねない決意の歌だ。あたたかさより寂しさや厳しさを前面に出している。それでも歩んでいこうという心意気にフルスロットルの切なさが生まれている。それはもう、復帰作の一曲目に据えるよね、ってなもんだ。

『あなたが待ってる』のあたたかさを聴いた後に『あなたの声が聞こえる』の悲しさに触れると、確かに幸せとは何なのかわからなくなる。道に迷うとはこの事かと。立ち止まる。標識は? ありゃせぬ。なるほど。つまり、The Back Hornとのコラボレーションはあらゆる意味で区切りである。前のレコード会社との最後の仕事だし、これは『Fantome ERA』の最後のワークだ。今はもう完全に重心は新作と新曲に移動している。はずだ。

わかりきった事ではあるのだけれど、『あなたが待ってる』を素通りしてしまうとどうしても『Fantome』からの踏ん切りがつかないかもしれない。普通はツアーをして最終日を迎えて休暇をとって、というサイクルでファンもペースに巻き込むものだが、何やらぬるりと新作制作に入ってしまったので、今、妙な空白期間を空けてリスナーのそんな気分をリセットしにかかっているようにみえる。なんとなく気持ちの切替が出来ていないな、と感じている人は『あなたが待ってる』のヒカルのコーラスとピアノを聴いておくといい。そのヨソ行きなのにうちんち状態なパフォーマンス(まさに友達んちの団らんに巻き込まれるヤツ)が、うまい具合に「もう『Fantome』から離れている宇多田ヒカル」を伝えてくれる。地味だし冬の歌で季節はずれだけど、梅雨の今聴いてもしっとりとしていて案外悪くない気がしますよ。

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「スマートフォンの普及以降インターネット上の情報の平均クォリティーが著しく下がった」という話は夏に「今日は暑いですねぇ」と挨拶するのと同じ位の頻度でしてきた気がする。

かつては出版や大学もそうだった。本を出せるのは極々一部のエリートたちだけだったろうし、大学進学率は今より目に見えて低かった。文化水準全体が底上げされたとしてもその時代々々々々に生まれてくる人間がいきなり賢くなる訳じゃあない。どんな時代でも一定割合秀才や天才が居るもので、新しい時代の新しいアイテムはまず彼らが独占する。その時代を経てツールが我々庶民に渡った時に全体のクォリティーが下がるのである。極々当たり前の事を言っているに過ぎない。

とはいえ、流石にインターネットでそれをやられると疲れる。ひとつツイートを読むのでも、いちいちこれは本当か嘘か、オリジナルか無断転用か、勘違いか何なのかと確認・判断しなければならない。昔は文章で嘘はつけても、写真は現実を切り取ったものだから信用できる、なんて見方もできなくはなかったけど最近は画像加工が手軽になったのでどれだけ本物っぽい写真でもそれが現実かどうかを知りたければ検証しなくてはならない。最近は更に「テキストツイートのスクリーンショットを捏造するツール」なんてものが出てきてここまで来るとただの嘘吐き合戦である。

ほんに、疲れる。

一体我々はどの情報を信用すればよいのか。ますます、皆が思考・検討する事に疲れて権威主義に陥っていくおそれが増している。「あの人が言っているから本当だろう」「あの人がリツイートしたから真実だろう」、と。その「あの人」も虚偽ツイートに騙されているのかもしれないのに。

余談だが(日記全体が余談のくせに何を今更)、昨今は「匿名の集団オピニオン」というのが権威があるっぽい。2ちゃんねるの同じスレッドに異なるIDで次々と同調コメントが書き込まれたり、ああいうヤツだ。ヤフトピのコメント欄も同様だが、ああいった何人かによる(時には組織だった)印象操作が強力なのは容易に想像がつく。本当は多様な意見があるのに、2ちゃんねるだったらまとめサイトが同調意見だけ抽出したり、ヤフトピだったら特定の傾向の発言がクリックを荒稼ぎしてたり(クリック数が多い発言ほど見易い位置に表示される仕様)。こういった「匿名権威」はもう責任の所在が隠匿されている為騙されているという自覚が皆薄い。私もきっと(今の時点でも)幾つか騙されていてそれに自分が気付いていないかと思うと悔しい。精神衛生上非常に宜しくない。やっていられない。

こうした疲れる状況にあって我々はどう振る舞えばいいのだろうか。究極の答は「ネットを見ない」一択だが、それが選べない心の弱い我々はどうすればいいのだろう? 何だか話が長くなったので(余談なんかするからだよ馬鹿野郎(笑))続きはまた稿をあらためてひとつ。

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