茨城県北の漁業の町・日立市の中でも屈指の水揚げを誇る久慈漁港は、沖合底曳き網漁が盛んである。バラエティに富んだ漁獲が特徴なだけに、水揚げの真っ最中の魚市場を歩いていると大小様々、色とりどりの魚介が並んでとても賑やかだ。そんな中、箱の中で白い腹を上にしてどてっと寝っ転がった魚を発見、この季節の茨城を代表する魚・アンコウだ。茨城のアンコウといえば、福島との県境に近い平潟や、水戸に近い大洗が有名だが、日立市の水揚げが茨城県内の3割を占めるのは意外に知られていない。食用にするのは主にキアンコウで、漁師によると「昔は20キロを越える大物がとれたけど、今はすっかり小柄になっちゃったね」。箱に入っている重さを示した紙には小さいのが1.2キロ、大きいのが6.5キロと書かれており、いい値が付くのは5~8キロ、10キロを超えると歩留まりが悪くかえって値が下がるそうである。箱を覗き込むとほら、とぶらり持ち上げてくれ、大口をあけたユニークな顔がこっちを向いた。
この日の懇親会の会場である割烹「まんぼう」は、日立市で水揚げされた魚介を生かした料理が自慢だ。特に冬場のアンコウ料理に定評があり、板長によると今日は鍋をはじめ数品の料理が予定されているというから楽しみである。先付けと酒菜には、さっそくアンコウを使った小鉢がふたつ並び、そのひとつ「あんこう友酢」は、ゆでたアンコウを酢味噌で伸ばしたアンキモにつけて食べるもの。アンコウ鍋に並ぶ地元の定番料理で、年間を通して食べられるのが魅力だ。鉢の中にはアンコウの皮などの煮こごりと、蒸した白身が並び、添えられた肝酢味噌につけて頂く仕組み。白身から頂くと、瑞々しくほろりとした食感が何とも心地良い。味噌は甘めの田楽味噌風で、淡白な身の甘みがぐっとひき立つ。一方、煮こごりは口に入れた瞬間、旨味のゼリーがじわっ。「アラの煮こごり」だから身より味が深く、部位ごとに違う歯応えと味を味噌がうまくまとめている。チーズのように芳醇な蒸したアンキモポン酢とともに、早くもビールよりも地酒が欲しくなってしまう。料理に使われているのはいずれも、日立沖でとれるアンコウ。地元では「口福あんこう」と称し、漁師と流通業者、旅館、飲食店、商工会議所などで2004年に組織された「口福あんこうを広める会」でPR活動を展開している。これも日立の「地産地消」普及の一環なのだ。
同席した案内人の方によると「アンコウは北海道から九州まで各地でとれるけど、やはり茨城沖のが一番」と胸を張る。最近は韓国など外国産が安く流通しているが、身がやせていたりキモが小さかったりと、質は茨城沖のものには及ばない。そこで茨城沿海地区漁業協同組合連合会などにより、県産のアンコウを普及させるために「茨城アンコウ」のブランド化を推進。茨城沖でとれた2キロ以上のアンコウの下あごに、生産者や漁協名、水揚げ年月日を記したタグをつけることになった。そういえばさっき漁港で見せてもらったアンコウにも、小さな紙片がついていたのを思い出す。外国産や他の地域のものとの差別化に効力を発揮しそうだが、まだまだ難点も多いとか。例えばアンコウは仲買を通して流通するため、築地に並ぶのは早くて水揚げ3日後となり、タグに日付を入れるとかえってマイナスになることも。また関サバや間人ガニといったほかのブランド魚と違い、アンコウは解体、おろされて小売りされるため、タグは一般消費者の目にまず触れない。仲買や料理屋はタグを目にする可能性があるが、上物は料理屋が漁師から直接買い付けることが多く、実際には東京の市場へはタグ付きはあまり出回っていないそうである。将来的には仲買を通さず、漁師や漁協が直接販売することも検討されるなど、まだまだ改良の余地はありそうだ。
造り3品はまだ動く豪快なボタンエビ、吸盤がコリコリうまいサクラダコの造り、そして「鮟鱇昆布〆め」は何と、アンコウの白身の造りだ。前日から仕込んであるから、白身に昆布のうまみが生きていると板長ご自慢の一品で、透き通らんばかりのはかなく澄んだ味わいは、個性的な外見から想像できない品の良さである。「茨城アンコウ」は漁場や重さ以外にもいくつか自主管理基準があり、2度前後の海水で保存するなど、特に鮮度に関しては気を遣っているという。中でも漁獲後すぐに船上ですぐ胃の内容物を除去することが、鮮度を保つ大きなポイント、と同席する久慈漁港の底曳き網漁師の小泉さん。他の漁師の多くは水で流すだけで、汚れなどを取りきれていないが、うちはブラシを使って洗うからきれいになるという。極めて淡白な造りの味は、そうした丹念な処理のおかげかも知れない。また胃を洗うためには上手に締めなければならないが、簡単に締める「企業秘密」があるとかで、それまではかみつかれたりもしたよ、と笑っている。
板長の腕が冴え渡る創作地魚料理が数品続き、いよいよ本日の主役・アンコウ鍋の出番だ。大皿の上には白菜、エノキ、春菊などの野菜とともに、正身、キモ、皮など「アンコウの七つ道具」がどっさり盛ってある。中には黒っぽくぬめりとしていたり、とげのようなのが飛び出していたりと、食べるのに少々勇気がいりそうな部分も。もとはアンコウに商品価値がなかった時代、漁師が船の上で食べたまかない食「どぶ汁」がルーツで、汁を煮詰めるためかなり濃厚な味わいだった。現在では味噌とあぶった肝をだし汁で伸ばし、たっぷりの野菜と一緒に煮込むスタイルで、漁師料理よりいく分上品になったようだ。地元の人の教えに従い、汁を沸騰させてまずアンコウを全部鍋へ入れ、ある程度煮込んでダシが出たところで野菜を追加。最後にアンキモを軽く煮たら食べ頃だ。白身は究極に淡白でホクホク、皮はゼラチン質がトロリ。中骨に付いた肉はシコシコと瑞々しく、キモはコクがありレバーのパテか濃厚なチーズのよう。部位によって様々な味が楽しめ、飽きずにどんどん箸が延びていく。最近「アンコウの水揚げ日本一(全国の6割)」の下関と「アンコウ鍋発祥の地」の北茨城市がアンコウ料理対決を催したそうで、北茨城の「どぶ汁」が下関の「チゲ鍋風」に僅差で勝ったとか。茨城アンコウは素材が良いから、料理法も伝統あるシンプルな方が合うのだろう。
鍋の需要が高いおかげで、アンコウの旬はやはり冬。寒さに備えてキモが大きくなり脂がのるため、味の方もなかなかのものである。冬以外にも通年漁獲されるが、5~6月の産卵期や夏~秋は網の深度を変えて掛からないようにしている。味が落ちるからではなく値が安いのが理由で、とれても出荷せず冷凍して、値が上がる冬まで取り置くほどとか。最近では冬以外のアンコウもあっさり淡泊と評価が上がり、日立では「フルシーズン食べられるアンコウの町」としてPRする案もあるという。中でもおすすめは春アンコウ。脂が少なく爽やかな味わいが女性向けで、安い分同じ値段で料理に3倍使えるから、多彩な料理が手頃な値段で味わえるという。板長によるとサラダや塩焼き、から揚げ、キモステーキなど、どれも鍋とはまた違った洗練された料理ばかり。鍋を平らげたばかりで「あんこう腹」なのにも関わらず、早くも春の再訪の気持ちが膨らんでくるのだった。(2005年11月26日食記)
この日の懇親会の会場である割烹「まんぼう」は、日立市で水揚げされた魚介を生かした料理が自慢だ。特に冬場のアンコウ料理に定評があり、板長によると今日は鍋をはじめ数品の料理が予定されているというから楽しみである。先付けと酒菜には、さっそくアンコウを使った小鉢がふたつ並び、そのひとつ「あんこう友酢」は、ゆでたアンコウを酢味噌で伸ばしたアンキモにつけて食べるもの。アンコウ鍋に並ぶ地元の定番料理で、年間を通して食べられるのが魅力だ。鉢の中にはアンコウの皮などの煮こごりと、蒸した白身が並び、添えられた肝酢味噌につけて頂く仕組み。白身から頂くと、瑞々しくほろりとした食感が何とも心地良い。味噌は甘めの田楽味噌風で、淡白な身の甘みがぐっとひき立つ。一方、煮こごりは口に入れた瞬間、旨味のゼリーがじわっ。「アラの煮こごり」だから身より味が深く、部位ごとに違う歯応えと味を味噌がうまくまとめている。チーズのように芳醇な蒸したアンキモポン酢とともに、早くもビールよりも地酒が欲しくなってしまう。料理に使われているのはいずれも、日立沖でとれるアンコウ。地元では「口福あんこう」と称し、漁師と流通業者、旅館、飲食店、商工会議所などで2004年に組織された「口福あんこうを広める会」でPR活動を展開している。これも日立の「地産地消」普及の一環なのだ。
同席した案内人の方によると「アンコウは北海道から九州まで各地でとれるけど、やはり茨城沖のが一番」と胸を張る。最近は韓国など外国産が安く流通しているが、身がやせていたりキモが小さかったりと、質は茨城沖のものには及ばない。そこで茨城沿海地区漁業協同組合連合会などにより、県産のアンコウを普及させるために「茨城アンコウ」のブランド化を推進。茨城沖でとれた2キロ以上のアンコウの下あごに、生産者や漁協名、水揚げ年月日を記したタグをつけることになった。そういえばさっき漁港で見せてもらったアンコウにも、小さな紙片がついていたのを思い出す。外国産や他の地域のものとの差別化に効力を発揮しそうだが、まだまだ難点も多いとか。例えばアンコウは仲買を通して流通するため、築地に並ぶのは早くて水揚げ3日後となり、タグに日付を入れるとかえってマイナスになることも。また関サバや間人ガニといったほかのブランド魚と違い、アンコウは解体、おろされて小売りされるため、タグは一般消費者の目にまず触れない。仲買や料理屋はタグを目にする可能性があるが、上物は料理屋が漁師から直接買い付けることが多く、実際には東京の市場へはタグ付きはあまり出回っていないそうである。将来的には仲買を通さず、漁師や漁協が直接販売することも検討されるなど、まだまだ改良の余地はありそうだ。
造り3品はまだ動く豪快なボタンエビ、吸盤がコリコリうまいサクラダコの造り、そして「鮟鱇昆布〆め」は何と、アンコウの白身の造りだ。前日から仕込んであるから、白身に昆布のうまみが生きていると板長ご自慢の一品で、透き通らんばかりのはかなく澄んだ味わいは、個性的な外見から想像できない品の良さである。「茨城アンコウ」は漁場や重さ以外にもいくつか自主管理基準があり、2度前後の海水で保存するなど、特に鮮度に関しては気を遣っているという。中でも漁獲後すぐに船上ですぐ胃の内容物を除去することが、鮮度を保つ大きなポイント、と同席する久慈漁港の底曳き網漁師の小泉さん。他の漁師の多くは水で流すだけで、汚れなどを取りきれていないが、うちはブラシを使って洗うからきれいになるという。極めて淡白な造りの味は、そうした丹念な処理のおかげかも知れない。また胃を洗うためには上手に締めなければならないが、簡単に締める「企業秘密」があるとかで、それまではかみつかれたりもしたよ、と笑っている。
板長の腕が冴え渡る創作地魚料理が数品続き、いよいよ本日の主役・アンコウ鍋の出番だ。大皿の上には白菜、エノキ、春菊などの野菜とともに、正身、キモ、皮など「アンコウの七つ道具」がどっさり盛ってある。中には黒っぽくぬめりとしていたり、とげのようなのが飛び出していたりと、食べるのに少々勇気がいりそうな部分も。もとはアンコウに商品価値がなかった時代、漁師が船の上で食べたまかない食「どぶ汁」がルーツで、汁を煮詰めるためかなり濃厚な味わいだった。現在では味噌とあぶった肝をだし汁で伸ばし、たっぷりの野菜と一緒に煮込むスタイルで、漁師料理よりいく分上品になったようだ。地元の人の教えに従い、汁を沸騰させてまずアンコウを全部鍋へ入れ、ある程度煮込んでダシが出たところで野菜を追加。最後にアンキモを軽く煮たら食べ頃だ。白身は究極に淡白でホクホク、皮はゼラチン質がトロリ。中骨に付いた肉はシコシコと瑞々しく、キモはコクがありレバーのパテか濃厚なチーズのよう。部位によって様々な味が楽しめ、飽きずにどんどん箸が延びていく。最近「アンコウの水揚げ日本一(全国の6割)」の下関と「アンコウ鍋発祥の地」の北茨城市がアンコウ料理対決を催したそうで、北茨城の「どぶ汁」が下関の「チゲ鍋風」に僅差で勝ったとか。茨城アンコウは素材が良いから、料理法も伝統あるシンプルな方が合うのだろう。
鍋の需要が高いおかげで、アンコウの旬はやはり冬。寒さに備えてキモが大きくなり脂がのるため、味の方もなかなかのものである。冬以外にも通年漁獲されるが、5~6月の産卵期や夏~秋は網の深度を変えて掛からないようにしている。味が落ちるからではなく値が安いのが理由で、とれても出荷せず冷凍して、値が上がる冬まで取り置くほどとか。最近では冬以外のアンコウもあっさり淡泊と評価が上がり、日立では「フルシーズン食べられるアンコウの町」としてPRする案もあるという。中でもおすすめは春アンコウ。脂が少なく爽やかな味わいが女性向けで、安い分同じ値段で料理に3倍使えるから、多彩な料理が手頃な値段で味わえるという。板長によるとサラダや塩焼き、から揚げ、キモステーキなど、どれも鍋とはまた違った洗練された料理ばかり。鍋を平らげたばかりで「あんこう腹」なのにも関わらず、早くも春の再訪の気持ちが膨らんでくるのだった。(2005年11月26日食記)