かつて私のいた海は広大で荒れていた
墨を流したそこには文字で溢れ
ただただ私は流され続け溺れ続けた
僅かな凪で息継ぎをすれば
すぐに潮は足首を攫った
いつしか私は海亀のように
嵐が過ぎるのをじっと待つようになった
私は変わったのだと言いたかった
成長してから見た私の海は
思っていたよりずっと浅く
猫の額のプールの中で
極わずかな文字たちが踊っていたのだ
時折流されることはあっても
泳ぎ方を いなし方を
覚えた私は海流に揉まれながら
目前の水面を茫洋と眺めていられた
私の海で暴れる文字は
陸を荒らすそれらよりもずっと少ない
顔を出した先の世界を見なければ
考えもしないことだったろう
あの頃の幼い私ではないのだと
私は大きな声で言いたかった
そのために私はこれを書いていた
乏しい語彙からつまんだ一行
きっと明るい結末を
ぼんやりと思い描きながら閉じた一行
浅いと思っていたこの海は
どうやら凍っていたらしいのだ
薄氷を割った底の底から
同じ顔をした私が私の足首を掴む
久方ぶりの時化が訪れようとしている
白波はうねり文字は飛び跳ね
また水面が遠ざかった
次に上がるのは昔よりは早いだろう
容易く息継ぎできるほどには
すぐに氷も張り直される
容易く歩いて渡れるほどには
けれどいつかまた割れる
きっといつかまた荒れる
置いてきた私の海亀が
いつしか泥になる時までは
墨を流したそこには文字で溢れ
ただただ私は流され続け溺れ続けた
僅かな凪で息継ぎをすれば
すぐに潮は足首を攫った
いつしか私は海亀のように
嵐が過ぎるのをじっと待つようになった
私は変わったのだと言いたかった
成長してから見た私の海は
思っていたよりずっと浅く
猫の額のプールの中で
極わずかな文字たちが踊っていたのだ
時折流されることはあっても
泳ぎ方を いなし方を
覚えた私は海流に揉まれながら
目前の水面を茫洋と眺めていられた
私の海で暴れる文字は
陸を荒らすそれらよりもずっと少ない
顔を出した先の世界を見なければ
考えもしないことだったろう
あの頃の幼い私ではないのだと
私は大きな声で言いたかった
そのために私はこれを書いていた
乏しい語彙からつまんだ一行
きっと明るい結末を
ぼんやりと思い描きながら閉じた一行
浅いと思っていたこの海は
どうやら凍っていたらしいのだ
薄氷を割った底の底から
同じ顔をした私が私の足首を掴む
久方ぶりの時化が訪れようとしている
白波はうねり文字は飛び跳ね
また水面が遠ざかった
次に上がるのは昔よりは早いだろう
容易く息継ぎできるほどには
すぐに氷も張り直される
容易く歩いて渡れるほどには
けれどいつかまた割れる
きっといつかまた荒れる
置いてきた私の海亀が
いつしか泥になる時までは