暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

一昼夜

2010-11-30 | 
塞がった地平線から
おおきな目がこちらを覗いている
とてもおおきく、まっ黒な瞳が
それはもしかするとなにもかもを見通していたのかもしれないが
どうしてもこちらを見ている気がしてならなかった

月の満ち欠けに合わせて
その目はまぶたを上下する
閉じている時に逃げ出したいのだが
その時はわたしも眠っているのだ
目が覚めればまたあれが見ている
くらい眼差しでこちらを見ている

閉じている地平線に向こうはなく
わたしはまたわたしの向いている正面しか知らない
後ろ側にはなにがあるのか
なにかが本当にあるのか
真っ黒な瞳をよく覗き込んでみても
やつれた顔さえ見えはしまい

なぜこちらを見つめているのだ
おまえは一体なにものなのだ
目しかなければ口はなく
ゆっくりまばたきするばかり
わたしはここから逃げ出す術を
ついに、ついに見出したのだ
真っ黒な目は無感情に
こちらをただ見やるだけ
わたしの嘘が嘘か真か
あれにとっては些末なようだ

後ろを見やる勇気もないのに
わたしはあれを罵るのだ
力いっぱい、罵るのだ
そしてまぶたが落ちた頃
わたしは怖さで眠りに落ちる

遊飛行

2010-11-25 | 
ぼくは空を飛んでいる
ここは夢の中じゃない
かもめがぼくに手を振った
そして海原へ落ちていった

ぼくは空を飛んでいる
てくてく、てくてく飛んでいる
あんまり高くて人が見えない
陸と海が続いている

ぼくは空を飛んでいる
突然空を飛びはじめたから
てくてく、てくてくと歩いていたら
土を踏めなくなっていた

ぼくは空を飛んでいる
空のみんなはとても優しい
だけどとても優しいから
みんな海原へ落ちていった

「次の時間は何だっけ?」
「体育だから移動だよ」
「体操服を忘れちゃった」
「なら先生に言わないと」
「今日は体育館だから、制服のままやりなさい」
「上靴も忘れてしまいました」
「それなら裸足でやりなさい」
「それで霜やけができちゃったの?」
「今日はなにしろ寒かったから」
「どうして先生に言わないの?」
「ちょっとかゆいだけだもの」
「今度、お話しましょうね」
「別に話すことなんて」
「だってそんなのおかしいじゃない」
「お母さんは来なくていいよ」
「心配なのがわからないの?」
「わかってるよ、ごめんなさい」

ぼくは空を飛んでいる
みんな落ちたみんな落ちた
みんな落ちたみんな落ちた
みんな落ちたみんな落ちた

ぼくは空を飛んでいる
あんまり高くを飛んでいるから
誰もぼくには見えやしない
あはは、あはは

ぼくは空を飛んでいる
地球は丸いらしいから
どこまでいっても同じこと
うふふ、うふふ

ぼくは空を飛んでいる
それでもてくてく、歩くのは
どうしてだろうどうしてだろう
うーん、うーん

「体操服がないんです、この子の服が、ないんです」
「どこかへ忘れたままなのでしょう」
「そんな子なんかじゃありません」
「ううん、きっと忘れたままだよ」
「よく探してごらんなさい」
「はい、先生」
「隠されたのかもしれないのに、どうして探してくれないのです?」
「証拠がないとわかりません」
「きっとどこかへ忘れたんだよ」
「この子もそう言っています」
「それは嘘に決まっています」
「お子さんの言葉を信じませんか?」
「それよりこの子の体操服は?」
「別にいいの、別になくても」
「なくした服は誰が買うの?」
「そういう問題ではないでしょう」
「ううん、お母さんの言うとおり」
「だから服を探してください」
「どこを探せばいいんでしょうか」

ぼくは空を飛んでいる
ほんとのこと、ほんとのことを
言いたくないの
ごめんなさい、おかあさん

ぼくは空を飛んでいる
きっと悪いことをしちゃったんだ
ねえぼくのたいそうふくどこにかくしたのなんていえるわけないよねぼくがわるいんだものじゃないとみんなこんなひどいことするわけないだってみんなとってもとってもやさしかったんだもの
ごめんなさい、おともだち

ぼくは空を飛んでいる
ねえぼく悪くないよ
でもみんなも悪くないと思うからせんせいが悪いことにしたの
ごめんなさい、せんせい

ぼくは空を飛んでいる
鳥さんたちはぼくが殺したのかなあ
なかよしになろうとおもっても、みんなみんなおちていくんだよ、ぼくだってなかよくなりたいから、あいさつしただけなのに、どうしてどうしてきえちゃうのかな、ぼくはてくてくあるいてる、おちるんだってしってるのに、またとりさんにあいさつする、またとりさんたちはおちていく、ざまあみろ、ざまあみろ、だってとりさんばかなんだもの
ごめんなさい、とりさん

ぼくは空を飛んでいる
初めて夜になったとき
雲の上で見たお星さまは
とっても近くてきれいだった
ぼくはとってもいい気持ち
お空のお星さまに手を振ったけど
遠くでぼくを見ているだけ
お星さまは落ちなかった
ぼくは雲の下まで歩いて飛んだ
陸にもお星さまが輝いていて
空のお星さまより遠くに見えて
それでも光に手を振った
ぼくは仲良くなりたいんだ
陸のあいつもぼくを見るだけ
鳥さんたちはどこかへ落ちて
ひとりぼっちの宙ぶらりん
ぼくはどうしてかわいそうなのかな
友だちがいないことってかわいそうなんだ
おかあさんが言ってたんだ
せんせいも友だちを作りなさいって
ぼくは友だちもおかあさんもせんせいもいない
どうして?
どうしてみんな、きえてしまったの?
どうしてぼくは、そらをとんでいるの?
てくてくてくてく歩いていって
お月さまがあらわれた
いちばん大きくてやさしそうなお月さま
お月さま、こんばんは
ぼくは精いっぱいおじぎした
お月さまはにっこり笑って
陸の向こうへ落ちていった

消滅

2010-11-23 | -2010
わたしにとってとても大切なひとであるあなたが消滅することは、あなた以外の何か一つ、たとえばゴミ捨て場に放置された椅子一つが消滅することと、なんの変わりもないかもしれない。
価値はわたしが決めるというからわたしにとって何が価値のあるものでどれが無価値なのか考えてみたのだけれど、結局のところあなたが存在することでわたしの得られるものは楽しいだけのものだった。
それならば椅子は、わたしが見たこともない椅子は、わたしに不可解や想像を与えてくれるのだから、決して無価値なわけではなく、時にはあなたよりも楽しさを教えてくれるものでもある。

あなたはわたしにとって特別と言うのなら、どうして消滅してしまえたのか、再生して弁明をしてみなさい。
わたしは既に、それが真実かわたしの本心かには関係せず、あなたがその他大勢と同価値、つまり等しく無価値であると認識してしまった。
だからあなたはわたしの知覚あるいは世界から消滅してしまった。
けれどわたしはあなたのことを覚えているから、ほんとうは消滅していないのかもしれない。
現在のあなたが消滅したということは、現在のあなたは無価値ということになるのだろうか。
あなたはなぜわたしにとって無価値なのか、無価値と呼ばれ消滅させられたことに対する怒りすら消滅してしまったのか、そもそも消滅したということはあなた自身でさえわたしの世界が生んだ単なる椅子、想像の賜なのだろうか。
そのようなことを考えるのはわたしではなくあなたの仕事ではないのか。
わたしはわたしの世界が望むものになるよう努力をしている。
あなたは障害物にすぎなかったのか、それならばわたしはなぜこんなにもあなたの消滅を思い返しているのだろう。
わからない。

わからない。

あなたの世界でもしもわたしが消滅していないのなら、今頃のあなたはきっとわたしを殴っているだろう。
けれどわたしの世界ではあなたは消滅しているから、わたしの頬は決して痛くならないし、痣もできない。
だからわたしが泣いたところであなたがそれを見ることはないし、消滅してしまったものは再生することもない、あなたがわたしの涙を見ていたとしても。
椅子と同価値だというわたしの考えはまだ変わりはしないけれど、違和感に近い感覚が後悔ということは知っている。
わたしの世界はすべてを統括したものであるべきだから、あなたでさえ椅子でさえ消滅してはいけなかった。
そのようなわたしの思いに関係なく、あなたの立っていた位置にはまっしろな空白が残っている。
埋まらないそれを見ては、おそらくあなたの世界で存在しわたしの世界では消滅したあなたのことを思い出す。

楽しい毎日

2010-11-22 | 狂おしい
雨が降る日に血をながした
行き場のなくなった細胞たちが
こわされながら溶けていった

雪が降る日は肉も落ちた
軽やかに落ち込む血と肉は
きっと腐らず凍っただろう

晴れた日には何をしようか
生きているのは馬鹿らしい
晴れた日には何をしようか
それ以外でも生き永らえて

何にも失っていやしない
総数はいつだって変わらない
わたしという精神はいつもいつも
決して変わることはない
分母が減っていたとしても
何にも失っていやしない

血と肉が流れていくのは
ぜったいに晴れた日なんかじゃない

雨と雪なら
なんとなく許してくれる気がする

曇りは一番嫌いな日
じっとり空気に押し込められて
不慮の事故で失われる
ぜったいにかくじつに失われる
そして二度と戻ってこない
だってそれはうしなわれた

曇りの日には腕がなくなる
曇りの日には目がなくなる
曇りの日には爪がはがれる
曇りの日には脳がけずれる
曇りの日には血がふきとぶ
曇りの日には骨がとけさる
流れていかずにとどまって
ぷるぷる流れずとどまって
ぼくの前で腐っていくんだ
わたしの前で腐ってしまう
そんなのいやだそんなのは
曇りの日にはうしなわれる
いっこずつうばわれていく
わたしという精神のかたち
あるいは私の精神の細胞が
分母が減れば分子も減るの
たいせつですかそんなにも
晴れていたなら失わない?
雨や雪でも消えていくの?

血肉はたしかに
からだの中で作られて
あずかりしらずに死んでいる
知覚できないことがらは
何もないのと同じこと
わかってやっていたとして
何もないのと同じこと
あずかりしらずに死んでいる
ただし偶発をともなって
あずかりしらずに死んでいく
それは何かがあるのだから
何かがあるのにありやがったのに
このわたしにことわりもなく
それが起きてしまったのなら
失われていく失われる
初めて在ったと気付いてなおも
失われていく失われる
曇りの屈折はわたしの目をくるわせ
けれど要因はけして
あってもよいとはならないから

曇りの日は失わないものになろう
雨に溶けても減らないもの
雪に落ちても凍らないもの
晴れてそうだねと言えるような
ならば曇りに減ってはいけない
その前になくしてしまわなければ