暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

盲目の光

2018-02-27 | -2018,2019
晴れた朝に不似合いの
茜色をした光
鋭角の光線の対角線上に
夕暮れ時の影が映る
眩い、いつも通りの並木道

前も後ろもわかりやしない
歩いているというだけで
そうだろう、下を向き
沈黙を守るひとびとよ

炊事の匂いが鼻を擽り
下水の臭いが鼻を衝く
長く伸びた影に沿えば
正しい道は遠く彼方へ

四角い林は微動だにせず
強い風に揺らめく木の葉
幾多もざわめく、蠢く木の葉
自由意志などありはしない
フラクタル幾何を描きながら
定められた軌道を刻むばかり

これは前を向いているのか
果たして後ろにいるのだろうか
そびえる林に遮られ
ただ、歩いているだけで

強い光にかき乱され
高い柱にかき乱され
前も後ろもわかりやしない
ますます伸びていくはずの影は
じりじりと重心におさめられる

どちらへ向かえば正しい道が
そこにあるというのだろう
わかるかい、ねえ、
下を向いている君よ

焦がれる前に

2018-02-25 | -2018,2019
私を燃やしてくれ
一片の肉片も残らないよう
跡形もなく燃やしてくれ

なぜかと君は問うのだろう
いいからその油をぶちまけて
火種を放り込んでくれ

踊る私は どうだ 滑稽だろう
息をするたび肺が灼け
髪がちりちりと灰に変わる

私を見てくれ 燃えた私を
燻る背骨を踏み割ってくれ
骨の髄が染み出てくるだろう

私を燃やしてくれ
一片の細胞も残らずすべて
君の業火で焼き尽くしてくれ

理由などいらない 君は
君はまだ足りていない
骨を拾うな 火をつけろ

他ならぬ君に託したいのだ
さあ 火種はまだあるだろう
骨の髄まで焼き尽くしてくれ

そうでなければ私はきっと
また蘇って君を殺すよ
どうだ 滑稽だろう
君のために踊る私は

他人が嫌い

2018-02-21 | 暗い
遠くかすかな声が聞こえた
哀願するような女の声
あるいは牙を剥いた小さな犬
遥か下でもよくよく聞こえる
下卑た男の笑い声

遠く近く波はさざめく
頼りないこの身を耳からすくい
あとに残るのは下顎ばかり
がらんどうの眼窩の中で
小さく大きく反響する

ひとつサイレンが突き刺さり
揺らぐ体の作用を残し
去っていく 犬も女も
誰も去ってはいかないのに
絶えず響く虫の声

遠くかすかな声が聞こえた
壁一枚を隔てた向こうで
まぐわい喘ぎ尻尾を振って
壁一枚を隔てたこちらで
最後の下顎を踏み割る音

健康になあれ

2018-02-20 | -2018,2019
そざいそのままの味
れいぞうこなんてナンセンス
はらいっぱいのスムージーを飲みましょう
わたしの頭が空っぽなのも
たぶん栄養が足りないせいね
しぼりたてをストローで飲む
のんでも飲んでも飲み飽きない、でも
脳は飲めば飲むほど空っぽになる
みるみる減っていく、スムージーも頭の中も
そんなにたくさん飲んだのかしら

もっともっと、ストローを突きたて
うっとりするようなあまい味を
のこりわずか?いいえまだまだ
まだまだのこっている、だって
なかなか吸えないこい味だから
いっぱいのめばのむほど頭はかすむ
でもおいしいの、くらくらするほど

唸り声

2018-02-19 | 錯乱
猫は言った、
お腹がすいてしかたない。
不思議な猫、
真ん中がそっくりえぐれた猫。
にたにたと泣いている。
かわいそうな猫、
わたしはそいつにお腹をやった。

ぐうるる、ぐるる、
まんなかがずいぶん軽くなった。
今度は前足をなくした猫。
五体満足でうらやましいと、
そいつはにたにた泣いていた。
ぐうるる、ぐるる、
頭がやけに重く感じる。

そいつは猫だったんだろうか、
たぶんきっと猫だった。
頭がぽっかりなくなっていた猫、
口はにたにた泣いていたから。
いいよ、いいよと蓋を開けて、
わたしの小さな頭はそいつの上におさまった。
ぐうるる、ぐるる、
おなかも頭もからっぽだ。

ごらん、あの子を。
にたにたにたにた泣いている。
返してあげよう、
返してあげよう。
あっちにお腹、あっちに腕を、
あの空洞には頭が入るよ。
元に戻ったわたしの体。
ぐうるる、ぐるる、
耳元で大きな音がする。

できたのはずいぶんいびつなわたし。
口はずっとにたにたしている。
あわれんだ猫はわたしに、
ちいさな牙をおまけした。
ぐうるる、ぐるる、
おなかがすいた。
猫のようににたにた泣いて、
わらわら人は集まってくる。
どうしたの、どうしたの、
かわいそうな猫。
ぐうるる、ぐるる、
きみのお腹を食べさせて。

まじない

2018-02-16 | -2018,2019
同じ単語、
同じ単語、
繰り返す、
繰り返される

目を閉じた心優しい人々
健やかな日常を歩いている
手塩にかけた家畜の肉を
美味しそうに平らげながら

飽食、
飽食、
続いていく道、
続いていく旅路

天に羽ばたく軽金属の鳥
目を細め羨ましそうに手を振る人
随分と軽そうな鳥だ
きっと糞は落とされた
健やかな日常を歩いている
清らかな瞳は美しきものを
ずっと見てきたその証
より良い教育を
より良い情緒を
より良い繁栄を
より良い子孫を
選別されたふぞろいな種は
より良い種の肥料となる
それはこの土の下
あるいはこの土の上
数多の足跡に揉まれ埋もれ
分解者の祝福を待っている

同じ単語、
同じ言葉、
繰り返す、
繰り返される

暴食、
赤貧、
続いていく摂理、
続いていく旅路

目を閉じた心優しい人々
手のひらの羽毛にくるまれた人々
太陽の下で等しく平等に
餞別を与えられた人の種

繰り返される言葉
健やかに育つための呪い
等しく育つための呪い
いただきます、ごちそうさま、

閉じた目を開く頃には
おそらく全ては終わった後
軽やかに舞ういくつもの鳥は
決して落ちることはなく
落ちた鳥は大きく燃えて
跡形もなく道を滅ぼす
落ちた糞は大きく燃えて
跡形もなく道を滅ぼす
より良い教育を
より良い情緒を
より良い繁栄を
より良い子孫を
清らかな瞳が空を映す時
おそらく全ては終わった後
繰り返される、
繰り返される、
咀嚼が続いているならば
おそらく全ては終わっていく
種にもなれず道もなかった
彼らの肥やしから突き出た手が
祈るように天を指す

天国の扉

2018-02-15 | つめたい
地獄の門が開く鐘
(いいや、あれは単なるファンファーレ)
亡者がわらわら這い出てくる
(その言葉に間違いはないさ)
慄く人は斧を持ち
(なんだっていい、殺せるならば)
かの者の頭を叩き割る
(なんて愉快な催しだろう)

たとえば彼は生きていた頃
大切にしていた娘がいた、
花の大好きだった娘、
腐敗した頭に不似合いな
花冠は無残に散る

(ならばあなたは)
争いの起点など判別もつかず
(生きた者に死ねというのか)
結局誰の水かはわからないまま
(くずおれれば死んでそれまで)
靴には血と泥が跳ね返る
(神にでも祈っていろ)
折り重なる死者と死者

ようこそ、地獄へ
(生きてるみなさま)
ようこそ、地獄へ
(亡者のみなさま)
ようこそ、みなさま
(祈るなら今だ)
さよなら、みなさま
(どれに祈る?)

(あなたは知らないかもしれないが)
(あの花冠の亡者の脳を割ったのは)
(まだ幼さの残る娘だったよ)
(無理もない、無理もない、)
(面影もない悪魔が自分の父だと)
(いったい誰が信じるのだろう?)
(ああ、心地よい、)
(心地よい鐘の音だ)

住めば巣の中

2018-02-13 | 自動筆記
水垢の浮いたシャワーヘッド
吐き出される湯を眺めながら
排水溝に唾を吐く
饐えた臭いのする浴室

オートロックの蓋を開ければ
外れっぱなしの電気パネル
虚像はここでも見えるのかい
見えなかったことはないけれど

たまに鉛筆を持ってみれば
震えて上手く描けやしない
目の前にははりぼての箱がひとつ
取り残された遺物がひとつ

肌をばりぼりかきむしる
唾棄するのは唾そのもので
流れていく 重力のままに
寒いと湯はすぐ温む

見せかけだけさ 今いるここも
虚像はどこでもついて回る
逆さに見えるだけなのに
どうしてああも輝いて見える

またひとつふたつと唾を吐き
ついでと胃液が飛び出てくる
鏡の向こうは銀の幕
時々止まる換気扇

安楽死

2018-02-13 | -2018,2019
彼はわたしの額に指をあてて言った
これは君を楽にする薬液だと
満たされたそれはただの水に見えた
指先を浸すとじんわりと
皮膚がひきつれ痺れる感覚があった
君のこころはいかにも脆すぎる、
この薬はきっと君の役に立つと
頭からつま先まで身体を浸すと
鋭い痛みは緩やかに鈍くなる

隣人に胸を痛めることも
肉親の頬を引き裂きたい願いも
やわい肉を掻きむしりたくなる衝動も
しびれた皮膚越しに見る世界では
あまり意味をなさないように見えた
それでも外を歩けば人がいて
たくさんの光とともに踊っている
目に突き刺さる刺激は強く
ならばと彼は言った
この薬液に目を浸してごらん、
残酷な世界は目を逸らすに限るからと

見えない、見えない、
何も見えない
見えたとしてもそれは気のせい
霞んだ目が生んだまぼろし
わたしの与り知らないもの
人混みも光も平気な顔で
街の雑踏を歩いては
夜中に何度も嘔吐する

(ああ、かわいそうに、まだ君は)
(もっとも柔らかいところが傷ついている)

毎日毎晩、薬液に沈む
透明な毒の中で呼吸をすれば
それは一万本の煙草より強く
強烈に脳を痺れさせた
胡乱な目をしたわたしを彼は
とても優しそうなまなざしで見つめる
けれど次には首を振る
まだ、まだ足りないのだと
わたしがわたしを守るための
鎧はまだ足りていないのだと
あばらを開いてはらわたを取り出す
正中線に開かれたわたしと
わたしの中の内容物
ホルマリン漬けの生きたわたしは
子宮の底まで痺れで満たす

そうしてわたしは平気になった
今ならたとえ目の前で
子供が無残に踏み潰されたとしても
やかましい怒声を耳にしても
人混みでぎゅうぎゅうになっていても
もっとも柔らかなところに響く前に
五感のすべてがわたしを守る

そう、何も感じない
何一つわたしには届かない
満足そうに微笑むのは彼だ
よかった、これで君はもう
傷つけられることはないと
わたしは薬液の中で目を閉じる
そうだね、何しろ足は痺れて
そろそろここから上がるのも億劫だ
つめたい水の中で彼の指が
わたしの額を撫でている
(たぶんそうだ、おそらくは)
それがいい、そのままでいい
そう言ったような気がしている
耳は遠く、視界はぼやけ、
皮膚はしびれ、舌は動かず
鼻はつんとしびれる水の中
浴槽の底にわたしは沈み
いちばん柔らかなものだけが
ぷかりと水面に浮かび上がった

ほころびる巣

2018-02-12 | かなしい
長い時を生きずとも
記憶はみるみるほころんでいく
さほど遠くもない過去も
夢か現か境界はぼやけ
霞がかった幻夢さながら
ぼんやりとした輪郭となる

選ぶべき言葉が見つからないのだ
知識は知識の上に重ねられ
経験は経験の上に重ねられ
大切に守っていた卵はいつしか
偽卵の下で割れている
ぼたぼたと溢れる白身も黄身も
隙間だらけの巣から落ちた

雛鳥が生まれることを
期待していた愚かな子供

新たな卵を見つけなければ
焦燥にかられて記憶をまさぐる
過去を、過去に縋り付くのは
もっとも愚かであったはずだと
巣の下で腐敗したかつての卵は
そう憶えていたのではなかったか