暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

籠の鳥

2019-05-31 | 狂おしい
打ち付けた楔によって
あなたはもはや飛べなくなった
逃げ出すこともできなければ
迎え撃つこともできはしない
わたしが今ここで死んだのならば
あなたもまた死ぬだろう

命乞いを繰り返すのならば
笑って楔に金槌を打つつもりだった
舌を噛み切ってしまわないように
あらかじめ綺麗に切除した
切ってしまってから気が付いた
もうあなたの希う声は聞けないのだと

寂しくはないだろうか
わたしはとても寂しく感じる
膿んだ傷が熱を持つ度
あなたは飛んでいきそうだ
口から黄色い汁が零れた

飛んでいってはいけないよ
あなたはここに閉じ込める
涙を流してはいけないよ
わたしはとても幸せなのだから
万が一にも楔が抜ける
願いではなくそれは絶望

決してそれは抜けはしない
舌も二度とは生えてはこない
だがあなたは幸せであるべきだ
わたしが今ここにいるのだから

飛んで去ってしまわないよう
わたしはあなたにくちづけをする
舌の膿を吸い出すために
楔から滴るものは茶色く
あなたはやけに冷えている

寂しくはないだろうか
わたしはとても満ち足りている
あなたは飛び立ちなどしないのだから
肉体が今ここにある限り
飛び立つ意志をなくしてしまえば
あなたは永遠に籠の鳥
涙を流していないのならば
あなたはつまり満ち足りている

こんなにもそばにいてくれると
未来を知っていたのならば
あなたの舌は切るべきでなかった
乾いて縮んだそれをくわえて
わたしはあなたの代わりに囀る

オーバーヒート

2019-05-27 | 錯乱
心臓が早鐘を打っている
何かを考えようとしていたのに
クロック値は煙を噴いて
汽笛が何度も鳴るばかり

早く走って往かなければ
クロック、クロック、クロック、クロック
カウンターが刻まれる
頭と目玉の境目で

話さなければ
歩かなければ
考えなければ
何を、何も、何かを、何としてでも

横隔膜が震えている
耳元に響く警報の鐘
早く早く往かなければ
針はレッドゾーンを指している

クロック、クロック、クロック、クロック
早く、どうにか、そこへ、往かねば
何か、何を、何も、何が?
(クロック、クロック、クロック、クロック)

旋回するのはハチドリの羽ばたき
早鐘を打つ心臓から
溢れる蜜を残らず吸おうと
どこへも往かない花を廻る

紛れもない妄想

2019-05-24 | 自動筆記
私は気付いた。焼け付く陽射しを浴び、光を嫌う油虫のように縮んだビルの影を縫いながら、歩きながら、これはいつもの道だ、いつもいつも通る道を歩きながら、私はある真理に辿り着いた。何ということだろう。今まで信じてきた常識はすべて覆った。北半球の太陽が西から登ることがないと信じてきたが、実はそうでないと知ったと仮定しよう。これまで在った常識が覆る衝撃、まるで冷血だと信じられてきた恐竜が実は温血動物で、しかも羽毛が生えていたということになり、恐竜がふさふさした羽毛をいっせいに生やし始めたが、どうやら全てがそうではないと覆され結局事実はなお有耶無耶になっている現在のような衝撃。そして困惑。事実という事象は自意識の見せる幻であり、物理法則もまた人類という一連のの神経細胞が見ている共通の幻覚に過ぎないのだ。ひしゃげた影は本当にひしゃげているのかもしれない。質量と実体をもった物質が光源に照らされた時、光の当たらない側が生じることによって落とされる単に光の弱い部位で、そこには影という事実しか存在せず質量はないとされてきた。しかし在ると言われたらどうだろうか。根拠を求めるだろう。しかし根拠とは幻だ。いくら並べ立てようとも根拠など存在し得ないのだ。なぜなら人間には意識というものがあり、その意識は不確定性にまみれている。その不確定性はある一定の同調性をも持っている。日本で描かれる太陽は赤い、実際にはまったく赤くはないというのに。いや赤くないというのも現在の学説で言えば誤りで、日光は赤くもあり青くもあり黄色くもある、つまりすべての色を含んでいるからこそ光なのだ。可視光線。人間にとり不可視の光線は紫外線あるいは赤外線などと呼ばれている。生物の中にはこれら人間の可視領域外の光を見出すものたちがいる。音域に関しても同様だ。人間には知覚できない領域は確かにあり、しかし不知覚領域を客観的に見出すために科学は今日まで発展を続けている。科学の力はとても偉大だ、然るべき手順を踏めばたとえ乳飲み子であっても同様の結果を得られる、万人に与えられるべき等しい事実の共有こそが科学だ。だがその科学は常に揺らいでいる。現在時点の現在座標における事実を仮に定め、科学者たちは真の事実とは何であるかを常に探し続けている。かつては大地を軸に天が動いているとされてきた。だが現在は反対にこの地が動き続けている、と、されている。宇宙を見た者だってごまんといる。もはや地動説は盤石の事実だと言ってもいいかもしれない。だがそれは人間の稼働領域における話に過ぎず、たとえばその影の隙間にある空間が見えるだろうか。見えないだろう。私にも見えはしない。しかしながら光の薄まったその空間は確かに密度が薄れているのだ。これは事実だ。光は粒子でもあり波でもある。だから事実なのだ、現在時点では。人間の知覚領域に存在しないものを、科学が証明できないものを、それらをどうして否定できるだろうか。もちろん肯定することもできない。でなければ科学という分野など必要ないからだ。すべては無為だ。すべては幻だ。根拠の無い話はすべて妄想と断ぜられる。暑すぎる地面。肌が焼けていく。そのような他愛のない会話を毎日続けている。ではこの自意識というものの根拠はなんだろう。根拠を提示することはできない。なぜなら自意識の在処というものは今日の科学でもなお証明できていない事象の一つであるからだ。根拠があるわけではない。つまり妄想だ。自意識は妄想。ならば自意識によって理論を構築し、自意識によって実験を重ね、自意識によって見識を共有していく科学そのものの根拠とはどこにあるのだろうか。根拠などない。そこにあるものが事実だと観測するには、自意識の量子はあまりに不確定性が過ぎるのだ。自意識とは魂と呼ばれることもあるだろう。自意識には、魂には質量があるのかないのか。非科学的な問いかもしれない、しかし科学的な問いもそもそも存在しない。根拠のあるものなど無い。逆に言えばすべてのものに根拠があるとも言える。どちらかわからないものはどちらでもあり、同時にどちらでもあるのだ。私は徐々に伸びていく影を見た。影に入る度に、知覚できないほど微量な私の質量がほんの少しずつ潰されていっている可能性はゼロではない。ゼロかもしれない。どちらでもない。常識とは根拠だ。私が今私という自意識でもってここに存在し、ありとあらゆる文化や知見を享受してきたという時空の積み重ねによる事実だ。覆されるのは私そのものだ。目の前にあるビルの質量は無い。道を歩く者に実体は無い。すべては自意識が見ているレンズ越しの、脳神経細胞による適切なデータ変換越しの結果に過ぎない。人間の処理領域はあまりに狭く、そして不確定すぎる。魂などない。自意識などない。私は存在しているが、これは電気信号によるデータの蓄積に過ぎない。あるいはそれもまた、科学という不確定要素を信じている現在時点での事実という名の妄想に過ぎないのかもしれない。妄想に根拠はない。しかし実在性にも根拠はない。ならば根拠などどこにも存在しない。あなたも私も彼も彼女も、人格を作っている魂とやらは無い。参照する先もなければ該当する場所もない。そう、この影に質量がないとされているのと同じようにだ。私はこの影によって押し潰されることが可能なのだ。理論上は。あなたはそこにはいないし、私はここにはいない。人間というエーテルの連なりが見せている蜃気楼。あるいは地球と呼ばれる原子の周りをめぐるさまざまな量子たち。電気が走っているように、人間も機能を正常にはたらかせるため蠢いているだけかもしれない。エラー。自意識はエラー。事実あるとするならば、私が在るのではなく、私が通過したということだけ。影は落ちきり、夜が訪れる。落ちていった光がぶつかり、世界も毎日滅びているのだ。

あなたのための歌を

2019-05-24 | -2018,2019
街路の片隅で歌う男は、
悲しげな声を響かせている。
足元に転がる空き缶には一匹の蛾。
小銭でもなく、紙幣でもなく、
大きな蛾がさみしく翅を揺らめかせる。
男の首から滲む汗が、
シャツを静かに濡らしていく。
足音は聞こえない。
がちゃがちゃ喚くBGMと、
どこまでも途切れない歌以外には。
真っ暗な街路にぽつねんと、
スポットライトを一人浴びて、
聴衆はたったひとりの蛾ばかり。
「私に払うものはないけれど、
 あなたの歌は素晴らしい。
 どうか私を好きにして、
 払えるものはこれくらい。」
シャトルのようなその翅を、
健気なほどに揺らめかせ、
ラブコールを送っている。
悲しげな声は続いている、
きっと永遠に続くのだろう。
足を止めれば男の眼差し、
わたしに光を見出すような。
永遠と思われた悲哀はしかし、
いともたやすく打ち破られる。
わたしのための歌を歌う、
たった一人のわたしのために。
がちゃがちゃ鳴るのは相変わらずで、
しかし朗々とした声が、
蒸した夜の道を渡る。
缶の中身は空っぽだ。
たった一人の真の信徒を、
彼は自ら手放したのだ。
ひとつっきりの街灯に、
ちらりちらりと蛾が踊る。
煌びやかなナンバーを背に、
物悲しげな翅が揺らめく。
わたしは缶には入れない。
あそこに体を収められるのは、
彼女以外にいなかったのだから。

2019-05-23 | 明るい
おいで、可愛い小さな驢馬よ
私と一緒に隠れんぼをしよう
あの太陽が沈んだ時から
ぐるうり一周また沈む時まで
君が隠れて私が追う
私が隠れて君が追う
私と一緒に隠れんぼをしよう
まるで見えない人参のように
君は私の影を探し
私は君の影をさがす
ぐるうり世界を探し回って
眠るのかい、可愛い驢馬よ
丸い目玉を瞼に収めて
脚を畳む君のそばに
私はずっと隠れている
また君が目覚めたのなら
隠れんぼをしよう、いつまでも
いつか太陽が走り疲れて
止まってしまうその時まで

淘汰

2019-05-14 | かなしい
遠くで聞こえる踏切の音に
軽やかなさえずりは霞んで消えた
車輪が鉄を轢き潰して
風を巻き込み去っていく

雲の下ではひとびとが
あくせくあくせく働いている

母を探す子供の声も
ニホンミツバチに囲まれる
熱に潰された子供はやがて
大きな針を持つだろう

涼やかな声が聞こえている
なぜこんなところへ来たのかい
雑踏のアリを除けながら尋ねた
かれが死んでしまわぬように

雲の下に霞んでいるのは
彼らの姿だけではない

風が吹けば体は傾く
人を轢けば車輪は傾く
あんなに綺麗に鳴いていた鳥は
ガラスに体をぶつけて死んだ

切り花

2019-05-03 | 
あなたの顔はたとえるならば
花咲く前の蕾に似ている
しかしその硬い骨と
たるみ始めたその肌は
もう成長することはないだろう

わたしの手で花開かせるのだ
指と一本の鋏を使って
あなたの顔に大輪の花を
鮮やかな色の美しい花を

むき出した歯と骨の白
熟れて覗いた肉は桃色
うっすら縁取る脂肪の黄色
儚い真皮の光も白く
伸びる舌は雌蕊と雄蕊

やはりあなたは蕾だった
筋を作る血は花を支える茎となり
ごらん、なんて綺麗だろうか
こんなに美しい花があろうか

しかしわたしは伝えねばならない
とても悲しい事実のことを
花は大輪を咲かせたのち
萎れて枯れてしまうことを
あなたの歯は乾きつつある

唇を優しくつまみ上げる
あなたはだって花なのだから
この銀色の刃が見えるだろうか
あなたを活けるのはこの指先だ