暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

発作性

2012-05-26 | -2012
わたしはあなたが嫌いでした。
あなたが大人でわたしが子供だったとき、
あなたは足早に歩いてはわたしをしかりつけました。
べつになんでもないことで、
すぐさま鬼へと変わりました。
わたしはあなたがこわくてこわくてたまらなくて、
嫌いだと自覚する前はそれでも好きでした。
好きだと思い込もうとしていました。

けれどわたしは、
思うのです、何度も何度も、
あなたでなければどれほどしあわせだったろう。
あなたは悪くないのです。
悪いのはきっとお互いの間に並べるべき記号なのです。
あなたは何もかも忘れたかのように、
あれが一時の憑き物めいた感情であるかのように、
なんの疑問もなくわたしと接してきます。
わたしはそのたびに、
ああ、憎くて、
辛くて、
おそろしくてたまらない。
ありったけの罵詈雑言を浴びせかけて、
何度も何度も拳が使えなくなるくらいに殴って、
それから使い物にならなくなった拳を見せつけてまたあなたを責めて、
それでもきっと、
たとえ行き着くところまでいったとしても、
わたしはずっとあなたへのこのきもちを忘れはしないのでしょう。

みずからのことしか考えられないのなら、
なぜ誰かと添い遂げてしまったのですか。
早すぎるから多すぎるからと、
たやすくきょうだいを捨ててしまえるのなら、
わたしはただいたずらに産まれたのです。
それならそれで秘匿してくれていればよかった。
たやすくみずから口に出してしまえるあなた、
わたしはあなたを、もはや人間として見てはいられないのです。
ごめんなさいと言いたいけれど、
あなたは一度として謝ってはくれなかった。
わたしのこころはすくすくと歪んでしまって、
もうあなたをひととして見ることができないのです。
だけれどわたしの中にある血脈は、
どうしたってあなたを捨てきれずにいて、
よりいっそうわたしは頭を掻きむしっています。

わたしは大人になりました。
大人になってしまいました。
こんなにも不出来でいびつでねじれているのに、
なんだか大きくなっています。
許してください、どうか、
あなたを許すことができないわたしを。
いまだにあの頃と変わらないあなたを見るたびに、
どうしようもない劣等感に苛まれるわたしを。
あなたのすべてが正義なのだと言いたげなあなた、
わたしのすべてが罪悪なのだと言いたげなわたし、
そう考えることでちっぽけな正義は満足します。
許してください。
どうか許してください。
許してください。

償い

2012-05-23 | 暗い
くすぶり続けた火種が
臓腑を燃やしにかかっている

苦しくはないのだ
不思議なことに

しあわせな顔をして眠る猫
その傍らに横たわっていても
火種は、火種は
くすぶり続けている

いつ破裂するのかと
もはや心配することもない

(おおきな石の壁が見える)
(あの中に入れたなら火も消えていた)
(だけれど石の壁は目の前にある)
(わたし以外のたいせつな宝石箱)

ひとに怒り
やがては許し

ありもしない罪は
ただそれだけで罪なのだと

からからに乾いた内側で
体は生きようと体液を滲ませる
しゅうしゅうと肉の焼ける音
さぞかし害のありそうだ

(壁の向こうにかれらがいるなら)
朽ちる日をいつしか望んで
(なんとしあわせなことだろう)
昼下がりの日溜まりに猫とともに眠る
(不幸せなのは幸せを憎んだわたしのこころ)
どうか火種が燃え盛ることのないようにと
(ありもしない罪を求めたわたしの罰)
どうかひとりで朽ちて往けたらと

キリギリス

2012-05-12 | -2012
跳ね橋を渡って
おかあさんに会いに行こう
もう夕暮れ時だけど
おいしそうな匂いと
楽しそうな声がそこかしこ
あふれているけど
跳ね橋を渡って
おかあさんに会いに行こう

春なんてきっと来ない
赤く暗く沈んだ街
黒く汚く淀んだ川
生臭い風がびゅうびゅう吹いて
頬の傷がじくじく痛い
春なんて来やしないんだ
さびしい木枯らしが通るだけで

春が春がやってくる
虚無の上に上乗せして
下から汚水をはみ出させて
春が春がやってくる
鮮やかな赤や黄色やピンクの花
それに群がる黒い虫
蜜があふれて汚水に混じり
飲み込まれる
安い演劇のようで
糸を引くぎらついた視線
観客もなく
狂演に踊る役者たち

おかあさんが見当たらない
跳ね橋のむこう
花や虫があふれているから
どれが誰で誰がどれか
わかりやしない

くらくらする
むっと濃い花のにおい
かちかち鳴らす虫の顎
夕暮れはいつのまにか沈んで
だのにあんまり春めいていて

おかあさんに会いに来たんだ
おかあさんはどこにいるの
痛んだ頬から血があふれ
どろどろ花を汚していく
腕が生えて顎がせりだし
気が付けば虫の形をまとっていた
もういいかな、もう
おかあさんは死んだと思う
腐った汚水を嗅ぎながら
うそつきの春でもいいや
血が止まらなくてもいいや
跳ね橋の向こうはこちらになって
時々あの死んだ風を思い出す
跳ね橋の向こう、この春は
夕暮れはいつも死んでいる
おかあさん