めのない世界に生まれました
けれどもせみの声は聞こえています
せんせいがせみだと教えてくれました
めがなくなった世界なんだよと
せんせいは教えてくれました
どういうものなのかはわかりません
めのない世界に生まれましたから
けれどもかえるの声は聞こえています
わたしがかえるだと決めました
せんせいは少し黙ったあと
そうだね あれはかえるだよと
言ってくれました
めのない世界に生まれました
けれども不自由はしていません
せんせいはいつも優しいです
せんせいがわたしの世界です
おなかがすいたと申し出たら
せんせいはごちそうを与えてくれます
遊んでほしいとお願いしたら
せんせいはしりとりを教えてくれます
せんせいってどういう意味なのと聞いた時は
教えてはくれなかったけれど
せんせいはとても優しいです
ときどき声がふるえていますから
めのない世界に生まれました
けれどもそれは嘘だったらしいのです
せんせいという役割のひとがついた嘘
せんせいではないだれかが
わたしの手を取りました
遠くからせみの声がします
遠くからかえるの声がしています
せんせいはどこと尋ねました
どこにもいないと言われました
めがないから歩けないと言いました
きみにはちゃんとあると言われました
だれかの声はすこしふるえていて
わたしは優しいがわからなくなりました
めのない世界に生まれたはずでした
せんせいは見えないものでした
せみもかえるも ぜんぶ
見えるはずのないものでした
わたしはだれかに手を引かれています
だれかはとても大きなひとです
ひろいところに出た時 せみの声が
聞こえました
わたしはどうしてもせみを見てみたくなって
指をさしてみることにしました
あそこにせみがいると教えたら
あれはトラックだと だれかは答えました
トラックのきこうが動いている音だと
かえるの声が聞こえました すぐ近くで
かえるの声が
あれはマンホールだと だれかは答えました
マンホールのふたが がたがた動く音だと
めのない世界に生きています
せんせい、せんせい、わたしのめは
あなたが与えてくれました
あなたが奪っていきました
せんせい、せんせい、どうかわたしに
もう一度声をかけてください
あなたの世界はあたたかかった
声でわたしを抱きしめてください
トラックがお腹を擦り合わせています
マンホールが喉を膨らませています
わたしはあなたの声を思い出しています
震えるあなたのさみしい声を