暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

去勢の遺伝子

2023-03-29 | つめたい
私の可愛い可愛い蜥蜴は
澄んだ目をした綺麗な子だった
産まれてすぐに流行病で
呆気なく死んでしまったわ

とてもとても悲しかった
それから薬を作ったの
どんな病にも負けない薬を
二匹目の蜥蜴は百年生きた

私の可愛い可愛い蜥蜴は
長い指をした綺麗な子だった
産まれてしばらく元気だったけど
大きな馬に踏み潰されたわ

とてもとても苦しかった
だから箱庭を作ったの
危険なものは全部外へ追いやって
四匹目の蜥蜴は百匹産んだ

弱い子もみんなすくい取った
病も怪我もいなくなったわ
本当は生まれてすぐ死ぬはずの運命も
全部ねじ曲げられる蜥蜴の箱庭

今や八十億の子供たちが生きているの
どれもかけがえのない命だから
みんな百歳まで生きているわ
末永く幸せに暮らしているわ

そうしてみんな幸せになって
弱い子さえも子供を百匹産んでいった
強い子と弱い子が混じりあって
出来た子は子供を五十匹産んだ

もちろんどれも生きているわ
百億の子がひしめいているわ
たとえ一匹も子を成せなくたって
たとえ最初の子とかけ離れた姿でも

みんなが生きられる蜥蜴の箱庭
たとえ滅びに向かうとしても
みんなが生きられる蜥蜴の楽園
次は百足にしようかしら

傲慢の塊

2023-03-16 | 狂おしい
温かくて柔らかい毛玉を抱き締めたい
血が通っていて、冷たくもなく、固くもない
手のひらにおさまる毛玉
ひとかかえにできる毛玉
何と傲慢で身勝手なのだろう
そんな私はシャチに齧られるといい
けれど私はきっと不味いに違いない
無理を強いるわけにはいかないから
シャチの形をした人間がいい
冷たくて大きくぬるりとした
空を泳ぐ水棲生物に似たばけものの
ぞろりと並んだ牙にこそぎ取られたい
はらわたを食いちぎられて
腕も髪も一緒くたにして
くちゃくちゃ咀嚼するそいつを
地面の上から見上げていたい
食い散らかされたくずになりたい
苦しみながら死んでいって
腐敗した汁はマンホールに流される
私だけのばけものに
ただ 見捨てられてしまいたい

奈落へ落ちる

2023-03-15 | 暗い
一つ、二つ、三つ
なくしたものを数えていた
胸の内で正の字を書いた

四つ、五つ、六つ
数える度に穴が空く
私という量が変わることはないが
空いた穴に風が通るのを感じている

七つ、八つ、九つ
年を追うより早く
なくしたものが積み上がる
堆く積み上がる、胸の内にも
土の上にも

十、また一つ、また二つ
両手の指では足りなくなった
胸の内に刻みつけた正の字は
とどまる兆しを見せてはくれず
土の上は平らになった
私に在りし景色とあべこべに

一つ、二つ、三つ
なくしていないものを数えている
なくしたものを数えながら
これは個人的な祈りに過ぎず
空いた穴の寂しさが増える程に
未だあるものへの慈しみは増して
未だ遠い果てへの切望さえ増して

三つ、二つ、一つ
手の内にあったものを失くし
息づいていたものを亡くし
見据える果ての遠さを嘆く
穴の齎す痛みに呻く
嘆いていた、呻いていた
たとえ誰にも見えぬ祈りであったとしても
今在るものを思えばこそ

 つ、 つ、また つ
夥しい正の字が胸の内を埋め尽くす
数えることをやめた私を
お前たちは嘆いているか
しかし一つ一つは覚えている
どれも確かに胸の内に宿っている
どこかへ祈りを捧げたところで
誰が戻って来るというのか
この穴と弔いがあれば良い

一つ
たった一つだけが残された
後はとっくに土の下
胸の内の骸の山は一つたりとも腐りもせず
流れる血で深く広い泥濘を作る
目指すべき果てでお前たちが
手招きするのを夢見ながら
どうか最後の一つだけは
私とともにあってくれと祈る
これは個人的な祈りに過ぎず
しかし切実に願っている
穴にまみれた私が それでも
私としていられる
たった一つの鎹なのだから

恍惚と苦痛

2023-03-14 | あたたかい
あなたの目の前には炎がある。
とても大きく、あかあかと燃えている。
それは愛と名付けられている、
親愛、情愛、恋愛、性愛、友愛、
どのような愛でも構わない。
あなたは本能的にそれを理解しているが、
まだ名付けるには至っていない。

言葉には言霊が宿る。
あなたが炎を愛と名付けた時、
あなたの心に、精神に、魂に、
それは刻みつけられる。
炎は更に燃え上がる。
あなたが炎を愛と名付けた時、
それはあなたが炎に身を投げるのを意味する。
あなたの肉体を薪にして、
炎は更に燃え上がる。
あなたの心を、精神を、魂を、
焼いて焼いて焦がしていく。
恍惚をもたらし、
苦痛をもたらす。

あなたはそれでも名付けるだろうか。
見て見ぬふりをするだろうか。
水をかけてみるだろうか。
それとも砂をかけるだろうか。
別のものを焚べるだろうか。
別の名前を付けるだろうか。
名付けぬまま身を投げるだろうか。
それでも炎は煌々と燃え盛る。
あなたを焼き尽くすまで燃え盛っている。

エマ

2023-03-03 | 心から
私は、半身を失った。
これは身勝手で一方的な認識だ。
たとえ半身と呼ぶに足りない扱いだったとしても、
たとえ彼女がそれを否定したとしても、
私は私の心の半分を彼女に委ねていた。
私はこの手で彼女をすくい取った。
私の人生の半分を超え、彼女とともにあった。
別れる時があろうとも、私は、
一日たりとも彼女を忘れたことはなかった。
彼女は特別だった。
私の夢にたびたび彼女は現れた。
彼女が不調をきたした時に。
そうして私が名を呼ぶと、いつも彼女は応えてくれた。
何度も、何度でも。

私は夢を見た。
私は、あるいは、彼女を裏切ったのかもしれない。
彼女は求めてくれたろうか。
最期に、私を求めてくれたろうか。
温もりに包まれたことが幸せだと、
誰であろうと、幸せだったと感じていてはくれないだろうか。
それとも身勝手のために、遠く離れた
私を恨んでいただろうか。
取るに足らない者の一人として、
想うこともなかったろうか。
もしも求めていたならば、私は、
私の裏切りを背負う。

しかし、どれだけ後悔したとしても
喪失を埋める後悔が尽きることはない。
彼女に答えを聞く機会は訪れない。
たとえ彼女が生きていたとしても。
これらは全て、私のエゴのためだけにある。
彼女は生き抜いた。
事実はたったそれだけだ。

弔いは人間の為にある。
だから私は、喪失を認めなければならない。
事実私は認めている。
私は、半身を失った。
自己弁護と自己満足にまみれている私の、 
半身である前に、彼女は一個の生命だ。
彼女は私以上に生き抜いた。
それら全てを、認めている。

その上で私は、私の中の真実を思う、
確かに、私にとっての半身だったのだと。
どんな者より特別だったのだと、
外れた箍を留め直すには、
どれくらいの時が必要なのだろうと。
喪失を理解したとしても、
納得をしたとしても、
悲しみは心から湧いて出る。