暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

三面鏡

2024-03-13 | 狂おしい
慢性的な怒りは耳に膜を作る
うすく頑なな、だから遠い、
声は遠く、ぼんやりと聞こえるのだ
たとえ言葉が怒れる耳に届いても
脳に突き刺さることはない
脳はもっぱら怒りによって焼け縮れ
かつて持っていたはずの文法でさえ燃やしていく
怒りに理性は必要なく
そもそも知性は邪魔なのだから

あなたは何となく怒っている
わたしも何となく怒っている
具体的な理由のない怒りはつまり
不自由さによって引き起こされる
閉じ込められた獣がむなしく檻を行き交うように
反復行動が手っ取り早い報酬系だと余儀なくされる
わたしは本当に怒っているのか
あなたは本当に怒っているのか
何に対して怒りを覚えているのだろうか
それは直接的な怒りだろうか
無力感や悲しみに浸され爛れる脳の痛さに
神経ごと焼いて逃れているだけではないか
わたしの脳はそこそこに焼けて
そうして今、はたと失われた語彙の道程を振り返り
焼けた看板の文字を読もうとしている
思い出すことはきっとなく
また新たに敷いていかねばならないのだと
遙か向こうの焦げた林に目を細めているところだ

慢性的な怒りは耳に拒絶の膜を張り
脳と他人を焼いていく
あなたは今、常軌を逸しているのだ
わたしがそうであるように
たとえそれが
誰かによってもたらされた災禍としても
あなたは今、本当にその言葉が必要なのか

幻肢痛

2023-06-30 | 狂おしい
ごめんね
私は嘘をついたんだ
多分、君は知っている
私が嘘しかついていないことを
それでも謝罪しておきたいのは
君が知らない可能性に賭けてのことだ

ずっと想像をしている
頭の中にあるのはそれっきりだ
私はね
芋虫になりたかったんだ
美しい蝶になりたいわけではなく
芋虫になりたかったんだ
けれどこの言葉も虚飾だと言ったなら
君は私を見捨てるだろうか

見捨ててくれて構わない
ぜひそうしてやって欲しい
私の価値は私がきちんと知っている
私の真意は別のところにある
芋虫という表現は結果的な副産物だ

私は
私は無能になりたい
見捨てられてしまいたい
誰からも顧みられることなく
潰され淘汰されゆく無能になりたい
生物として不適格だと烙印を押されたい
けれど私はほら、有能じゃないか
誰も押してくれない烙印なら
自分で押してしまいたい

死にたいわけではないんだ
私は、死後の評価を恐れている
死後の評価は少なくとも君たちの中で
未来永劫固定されるある種の烙印だろう
今のまま死んだなら
もしかしたら私は 君たちの疵になり得る
私の価値は私がきちんと知っている
中途半端に有能なふりをしている私の咎も

優越感と劣等感にまみれたこの私が
自死という極めて理不尽な理由であるにもかかわらず
善人として未来永劫の疵となるかもしれない
私は君が好きだし君たちが好きだ
そして私に価値はない
私の価値を見誤られてしまうのが
それが最後の結果となるのが
私はとても恐ろしい

私は無能だ
私は無価値だ
人間として 生命として あまりにも
けれど優しい人間社会は実力主義だ
ともすれば私は評価さえ受けるよ
なんと優れた人物だろうと
だから私は名実ともに無能になりたい
両手両足を切り落として
その手足を食って生きながらえたあと
ふん尿を撒き散らしながら死ぬ最悪の芋虫がいい
蝶に成るだなんてとんでもない
ほんとうの芋虫にだって脚はあるんだから
私に彼らほどの価値すらないのは自明じゃないか

ずっと脳裏に居座るんだ
目玉を抉り、喉を潰して、鼓膜を突いて、鼻を削ぎ、歯を抜いて、舌を焼き
幻肢痛に呻く自分と、それを気にもとめない人々を
何食わぬ顔をして私の横を通り過ぎる君たちを
誰かにそうされたいわけでもない
そうなったら私は悲劇の主人公として
不特定多数にさえ疵を残しかねないからね
私はただ、そうありたいだけ
絶対にそうなることはない未来を幻視し続けているだけ
私の肉が腐敗するのを見ていたい
私という肉体が分解されるのを見ていたい
生物的な無能は自然界に何ら関係のないことだから

私は嘘をついていた
君は大切だ
君たちは大切だ
それは真実だと言ったなら
君は私を疑うだろうか
大切だけれど 私は いつも
君たちが私を大切にしてくれている可能性に
打ちひしがれてしまっている
そして私は ときどき
それを隠せない時がある

私の嘘はどうだったろう
君は
私を見捨ててしまうだろうか
見捨ててくれていいんだ
私の価値は
私がきちんと知っている

背骨

2023-04-24 | 狂おしい
苦しむあなたが愛らしい
痛みからどうにか逃れようと
もがくあなたはいじらしい
だから私はあなたが好きだ
悶え苦しみのたうち回る
あなたの背中を押さえつけて
背骨を丸々抜いてやりたい
まるく開いたまぶたのふちから
次から次へと涙をこぼし
それでもあなたは抵抗を見せるのだろう
何と、何と、何と愛おしい姿
(私は決してあなたを傷つけたいわけではないのです。あなたを守りたい。ありとあらゆる苦痛のすべてからあなたを遠ざけたい。あなたの幸福を心から願っています。あなたは幸福でなければならない。あなたの幸福こそが私の世界に平穏をもたらし、私はあなたの幸福なくしてはこの世にいられず、私の生存意義は即ちあなたの生存と同義なのです。私はあなたの幸福を祈っています。あなたを傷つける者は誰一人として存在してはならないのです。けれども、私は矮小で、無力で、あなたより遥かに無価値な人間です。あなたは数多くの人によって傷つけられている、そして、あなたはその優しさのせいでいつもいつも血を流しては苦しんでいます。わたしはそんなあなたがすきです。あいしています。こころから
いかに傷つこうとも苦しもうとも
暴れるのを止めないあなたが好きだ
だからあなたが苦しむ姿は愛らしい
背骨を抜いても手足を動かし
舌を抜いても絶叫し
目をくり抜いても見るのをやめず
切り刻んでもあなたはあなたであり続ける
無駄な抵抗と知りながらも
知らぬ振りをするあなたがたまらない
何と、何と、何と愛おしい生き物
(私を憎悪してください。私を殺してください。私を殺すための腕を折り、爪を剥いで、肉の袋にしてしまいましたが、それでもあなたはあなたであり続けるのです。だからあなたはきっといつか私に復讐を果たすと信じています。あなたを愛しています。私は心からあなたを愛し続けています。憎悪されても構わないと思える程に。あなたの幸福が、私への憎悪によって果たされることこそが、私にとって何よりの幸いなのです。矮小で、無力で、無価値な私が与えることのできる、たった一つの幸福の手段を、どうか受け取ってくれませんか。ありとあらゆるものから虐げられたあなたの苦痛を、私はひとつたりとも消すことができなかったのです。だから私はあなたがこれまでに受けてきた苦痛のすべてを上回るそれをあなたに与えました。私を憎悪してください。どうかどうかどうか私を断罪してください。そうしてあなたは幸福になってください。もいだ手足も背骨も全部大事にしまってあります。私の死体を隠す場所も用意しました。叫んでください。噛み付いてください。私にはあなたの幸福が必要です。あなたの幸福以外には何も要らないのです。私を殺し、憎み、そしていつの日かほんとうの幸福を手にした時、どうか私を忘れてください。)
私は
私はあなたの幸福を祈っている
あなたの幸福を
私は
祈っている

傲慢の塊

2023-03-16 | 狂おしい
温かくて柔らかい毛玉を抱き締めたい
血が通っていて、冷たくもなく、固くもない
手のひらにおさまる毛玉
ひとかかえにできる毛玉
何と傲慢で身勝手なのだろう
そんな私はシャチに齧られるといい
けれど私はきっと不味いに違いない
無理を強いるわけにはいかないから
シャチの形をした人間がいい
冷たくて大きくぬるりとした
空を泳ぐ水棲生物に似たばけものの
ぞろりと並んだ牙にこそぎ取られたい
はらわたを食いちぎられて
腕も髪も一緒くたにして
くちゃくちゃ咀嚼するそいつを
地面の上から見上げていたい
食い散らかされたくずになりたい
苦しみながら死んでいって
腐敗した汁はマンホールに流される
私だけのばけものに
ただ 見捨てられてしまいたい

タンパク質

2022-12-12 | 狂おしい
私は変性した
不可逆的に、恒久的に、顕在的に
あなたは不変のまま存在する

顕在的に変性した私を
あなたは観測可能である
しかしながら
あなたは事実を認識することはない
何故ならばあなたは不変だからだ

あなたは偏執している
私の不変性を求めている
普遍的な価値観に基づいて
私に不変性を求めている

あなたがあなたとして組成される
要素の一つに晒されたことで
私は変性してしまったにもかかわらず
それは顕在的だが
物理的な変性とは言い難い

あなたは不変のまま存在する
だからこそ私に希求する
あなたの不変性は側面に過ぎず
熱を加えれば物理的に変性するだろう

私は変性した
不可逆的に、恒久的に、顕在的に
あなたがそれを理解する時
あなたもまた変性するだろう
不可逆的に、恒久的に、顕在的に

刃は上に

2022-09-28 | 狂おしい
おれを殺したいのか、
ならばどうぞやるといい
心臓はここで
脳はここ
長く苦しませたいのなら
腹に詰まった内臓を狙うと良いだろう
おれに突き出す刃の向きは
絶対に上にしていてくれ
過失だとのたまうな
殺意を明確にしろ
逃げ道を作るな
おまえはおれよりきっと
ずっとずっと苦しみつづける
そいつがおれはたのしみで
待ち遠しくてたまらない
死にたくなるほどの苦しみを
与えてやれるというのなら
どうぞどうぞと両手を広げ
喜んでぜえんぶ差し出すよ
苦しみ悶える怨嗟はおまえの脳を溶かす
ほとばしる血飛沫はおまえにこびりつく
こぼれおちる臓腑はおまえの鼻を焦がす
おれの人生は上がりだが
おまえの人生はこれからだ
楽しみだな
楽しみだなあ

キュートアグレッション

2022-09-12 | 狂おしい
そのやわこい細首へ
指先を埋めてしまおうか
皮膚と血の管を味わって
いとしいさえずりを聞かせておくれ
おまえはなんと愛らしく
だからわたしは時々
くびり殺してやりたくなる
呼吸を止められ喘ぐさまを
浮きあがった目玉でわたしを
わたしを見上げ泣くさまを
今までいくつ夢想したろう
残酷なわたしを知りもせぬまま
おまえは今日もかよわき肩を
てらいもなく預けてみせる
ああ
そのやわこい細首を
絞めあげて締めあげて
唇の端からこぼれる泡まじりの唾液を
のこらずすすってしまいたい
猫の子よりもか弱い爪で
かりかり傷をつけられたい
腫れあがるあかぐろい顔をして
哀願の涙を流してほしい
消えぬ痣とおんなじ痣を刻みたい
かぼそいさえずりがしわがれて
やがて消えゆくその時を
ただひとり味わい尽くしたい
死ぬのは悲しい、そうだろう
わたしはおまえの首に手をかける
唇を落とした時のわたしが
どんな顔でどんな夢想をしているのか
おまえは永遠に知らなくていい

羨ましいね

2022-09-07 | 狂おしい
道を歩くのが恐ろしい。
目まぐるしく回転しては残像をひらめかせるホイールや、
アスファルトを噛む分厚いゴムや、
薄っぺらく頑強なボディの、
蓄えられた途方もないエネルギーから目を離すことができない。
やわい皮膚と肉と臓器と骨で組成された、
この脆弱な肉体はたやすく、
いともたやすく巻き込まれるだろう。
つぶれて弾け飛ぶ血肉を思う。
内側で砕け散り散りになる骨を思う。
やぶれた臓器から溢れる血を思う。
鉄に、ゴムに、アスファルトにぶつかり、
穴という穴から汚物を吐いて、
あるはずのない裂け目が無数に生まれ、
ちいさなそこを押し広げていく圧力を思う。
エネルギーの塊は今日も何事もなく通り過ぎ、
私はとぼとぼと歩くばかりだ。
破壊に慄き、
夢を見ながら。

茶色くなかった泥の色

2022-04-29 | 狂おしい
 私は膝をつきました。思えば、膝をついてばかりの人生だったように感じます。足の裏とおなじくらいに土の味を知ったそこは、汚くて、みにくくて、でこぼこしています。だからなまぬるく湿った泥、その中にひそむ尖った小石が、ぶあつい肌を突き刺していくのにも、もはや気付くことはできないのです。
 なまあたたかい雨が降っています。局所的な雨です。膝をついた私にとって、天はいっそう高く見えました。途方もなく。茫漠として。泣き出したくなるほどに無力です。けれど泣き出すまでもないことでした。私は、そのままの私を知っています。
 指先が冷えています。冷えて、冷えて、凍えそうなのです。私はおのれの体を抱きました。いっそう寒くなりました。あたたかい雨が、更に頬を濡らしていきます。
 私を抱きとめる者がありました。それはよく知る人のようでした。断定することができません、なぜなら、その人は、私の記憶にあるその人と一致しているのか。自信がありませんでした。雨は降り続けています。あたたかい雨が。灼熱の雨です。火砕流のようです。抱きとめてくれた肌と肌のあいだから、吹き出してくる豪雨です。
 抱きとめてくれた人。誰かは存じ上げませんが、私なんかのために膝をついてもらう必要はありませんでした。ぬくもりに眠りゆく人の膝は、あかあかと傷ついてしまっていました。やわらかな肌です。きっとこの人は、気高い人だったに違いないのです。冷えがますますひどくなり、私はいっそ、鼻が取れてしまえばいいのにと思っています。
 雨のにおいがします。汚い雨のにおいが。けれどそれを汚いと言う資格はありません。私は、どうやら、立たねばならないようなのです。
 立ち上がるたびに思うことがあります。膝をついた時、あんなにも遠く感じられた天は、立ったところで相も変わらず遠いのです。地はこんなにも近いのに。ねばついた火砕流が、糸を引きながら膝にまとわりついています。土から離すまいとしているかのようです。雨は止みました。大切だったはずの人が、安らかに眠ってしまった後に。
 守ってください。私は、ちっぽけです。膝をついてばかりの人生なのです。生きていくことはもはや不可能です。あたたかい、あつい、なまぬるい、生命のマグマを知ってしまったからには。どうか私を跪かせてください。抱き寄せてください。あなたは何もしなくて良いのだと、子守唄を奏でてください。目を閉じて十を数えたなら、私はここではないどこかへ旅立ちます。それを見守ってください。膝をつくたび、でこぼこになった肌の、小石を払いのけてください。私は醜い。とても醜いのです。でも、そこにある残骸よりはいくぶんかまともに見えるはずですから。
 私の天は、見上げた先の瞳にあります。私の地は、最初からすでにそこにあるものです。生命のマグマ。冷たい。寒い。凍えてしまいそう。膝にこびりついた泥は茶色くなって、ぱきぱきと音をたててはがれ落ちてゆきます。寒くて、さむくて、冷えた枝はぽきりとあっけない音をたてました。
 雨を。雨をください。熱い雨を。

破滅と幸福

2022-01-25 | 狂おしい
伽藍堂の裏側を
優しいその手で撫でてくれ
晒され冷えた裏側を
温もりある手で撫でてくれ
私をもしも抱いたなら
それは空気のない風船
膨らませども息吹けども
ぷかぷか土を漂うばかり

捲れ上がった皮の端
無邪気なその手で剥いでくれ
裂けて破れた皮の端
ただしいその手で剥いでくれ
私へもしも触れたなら
それは中身のない袋
詰め込ませども息吹けども
ゆらゆら床を這うばかり

迸るはずの血潮もなく
うねるはずの臓腑もなく
ぞりぞり
ぞりぞり
鱗を逆さに撫でる音
ささくれ剥がされゆく痒さ
もしも私が
もしや私は

伽藍堂の内側を
優しいその身で裂いてくれ
伽藍堂の血と肉を
温もりある身で浴びてくれ
無邪気な貴方
ただしい貴方