暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

人魚

2019-04-29 | -2018,2019
深い深い海の底から
おいで、おいでと招く声
夜の海には灯りもなく
砂浜から深海色の手が伸びる

きみはわたしをみているね
ふかいところにしずむわたしを
わたしもきみがよくみえる
もっとちかくでよくごらん

いつの間にか足をとられ
ぬるんだ水の中にいる
足を、腕を、頭を抱え
あぶくはとっくに遠くへのぼる

おかのうえはたのしいかい
うまれこきょうをすててまで
はいあがってきたそこは
きみをたすけてくれたかね

眠る魚を見送って
深く深く、暗く冷たく
澄んだ闇へ引きずり込まれる
ぱくぱく開く項の顋

たくさんあそんできただろう
さあ もうおうちへかえるじかんだ
わたしのことがみえているなら
きみのすみかはここということ

体を抱く手はとても優しい
触れた温もりを奪うほど
もがけばもがくほどあぶくは零れ
胚は潮に満たされる

にげなくてもいい はらからよ
いっしょにみなもをみあげよう
おかはたのしかったかい
さぞやいきにくかったろう

違う、私は陸のものだ
生まれ落ちて死ぬまでずっと
見えやしないし聞こえやしない
引きずり込まれたこの時までは

ゆめさ ゆめだとおもえばいい
これはおまえのあいするゆめと
なんてここちよいゆめだろう
めざめることがおしくなるほど

浸透圧に渇かなければ
水圧に潰れることもない
まさしく夢だ、でなければ
鱗の並んだ鼻梁をなぞる

だからあんしんしておいで
こちらへかえってくればいい
ねむっているわずかなときでも
ふるさとでゆらりたゆたえるのだ

深海色の手と手と手たち
かれらの熱を知った時
一匹の魚が目の前にいた
そいつは腕を振りほどき
ゆったり深くへ沈んでいく
何度も何度ももがいても
もはや気泡はのぼらない
これは夢だ、でなければ

(おまえの声はわたしの声だ)

山羊

2019-04-27 | 狂おしい
あなたを愛している
あなたを愛している
あなたを愛している
あなたを愛している
私はそれを口にしない
あなたの耳には届かない
だから私は口にしない
私を刺して
隠喩なんかじゃない
私の腰まで届くほどの
大きく尖ったその角で
薄っぺらなこの胴を
先から根元まで貫いて
こぼれ落ちる腸と
溢れ出る血の洪水は
だらだら土に染みていく
蒸気は白い靄になり
上気するのは私の頬
だらしなく散るひと繋がりの腸を
硬い蹄で踏み潰して
倒れる私のそばに寄り
あばらを残らず踏み砕いて
歓喜のあまり立ち上がる私の
頭蓋を額で打ち据えて
もう上半身だけでいい
抱きしめようとする私の
べしゃべしゃに潰れた胸の奥
微かにそれでも動いている
この拳大の心臓が
私の捧げるいちばんの贄
最後はあなたに貫かれたい
最期はあなたに突き刺されたい
下顎の歯を剥き出して
私のここへあなたの角を
刺して
刺して
刺して
刺して
あなたを愛している
私を決して愛さないあなたを
私の骸を捨て行くあなたを
上気して真っ赤に染まった私が
ついに死んでしまったのなら
土と同化するほどに
踏み荒らして
踏み鳴らして
赤く染まった角だけが
私の残すキスマーク

クズ売り

2019-04-23 | -2018,2019
クズだ、クズはいらんかね
仕事もせずに寝てばかりのクズさ
たまに仕事へ行ったと思えば
3日4日は休むクズだよ

言えば愛も囁くよ
金の無心もよく嘯くが
こんなクズでもいらんかね
まさかいらんと言いますまいな

まさかいらんと言いますまい
誰しも平等な世の中さ
権利を欲すれば義務を果たせよ
言われども渡れる世の中さ
人はごねれば得をするだろ
クズはそいつを学んだクズさ
だからクズなど呼ばれておるのさ
のうのうと生きる他のクズも
ごまんと老いさらばえているだろう

金で買えぬものなどないよ
クズの命を買っておくれよ
買わなきゃそこらのどぶの中に
沈んじまうかもしれないよ

クズだ、クズはいらんかね
まっこと正真正銘のクズは
いらんと言うならあんたは聖人
さあこのクズを沈めておくれ

特急列車

2019-04-21 | 明るい
電車の中は落ち着いていて
時々紙をめくる音がする
真っ暗闇の外に比べて
ここはずいぶん明るいものだ

ぽつぽつ灯りが増えていく
電飾の下を歩く人々
おそらく向こうの喧騒は
耳を塞ぎたくなるほどだろう

灯りは増えて また消えて
ひた走る 都市を縫って
箱に揺られる者たちは
景色に反して静かなものだ

始点より切り取られた空間は
いずこかで終点を迎えるだろう
境界線は溶けてなくなる
人も雑踏へ溶けていく

明るく死した箱の中
喉を掻き掻き呼吸する
終点のない電車であれば
永遠に切り取られていただろう

イマジナリーフレンドは鏡の向こう

2019-04-18 | 錯乱
鏡の前に立つんじゃない
微笑みかけるものじゃない
語りかけるのをやめてくれ
こちらの目を覗くのも
ゆっくり目を細めるのも
これは「お前」なんかじゃない
知っていても鏡の向こうの
「お前」と話をしたくなる
私だ、私だ、私なんだ
どう転んだとしても私なんだ
でもでもだって「お前」はずっと
私の友達だったから

ディナーショー

2019-04-17 | 狂おしい
青い水の中をすいすいと泳ぐ
うろこのきれいなお魚さん
ぼくは思った、なんて
美味しそうだろうって

お寿司が泳いでいるように
お刺身が泳いでいるように
ぼくにはそう見えて仕方なかった
まな板の上に乗せられた
まだ生きている大きなお魚
「解体ショー」というらしい
えらに包丁を突き立てて
ぶつりと、ごとんと音がして
大きな体がびくんと跳ねた
ぼくの体も
びくりと跳ねた

生きたもののその隣で
死んだお肉を食べている
なんていう優越感だろう、なんて
傲慢な背徳感だろう

さて、僕の横にある
大きな檻を見て欲しい
灰色の檻を駆け回る
とても元気なお魚さんだ
彼にも写真を見せてあげよう
美味しそうなハンバーグだね
あらびき肉からにじみ出る
肉汁がとても美味しそうだね

スペアリブの写真もある
ステーキ、唐揚げ、シチューもあるよ
ああ、なんて
なんて美味しそうなんだろう
跳ね回る彼の姿ったら
涎がどうにも止まらない
一思いにえらを刺そうか
血抜きをしないなまぐささも
それはそれで美味しいものだよ
まずはタンから頂こうかな
少し口を開けておいてね

空を

2019-04-16 | -2018,2019
変化していく自己認識
いつからいつまでが真実で
いつからいつまでは嘘なのか
思い込めば空を飛べる
たとえ落ちていたとしても

「私は優秀な人間です」
(生まれた時から醜かった)
「私はとても頭がいい」
(なぜこんなことも理解できない)
「私は誰からも愛される」
(写真の一枚もありやしない)
「私は誰をも愛している」
(辛いのは外から聞こえる笑い声)

鏡の向こうは完璧な姿
自我におさまるのはぐずついた肉
そんなことはないと微笑みかければ
思い込みだと否定できる
真実なんて思い込みだと

「私はいつも笑っている」
(卑屈なほどに笑っている)
「私は怒ったりはしない」
(何度同じことを考えただろう)
「私の将来は安泰だ」
(明日の自殺に怯え続けて)
「私は何でもできるのです」
(空を飛ぼう、明日は)

cycle on the null

2019-04-15 | 暗い
彼女は元気でやっているだろうか、
寝て覚める度に行く末を思う。
ありもしない妄想なのだと、
私は知っているというのに。

逃げた私を恨んでいるだろうか、
顔を覆いながら自問する。
これも有り得るはずがないのだ、
在るのは罪悪感なのだから。

あなたが理解できなかった。
逃げ出した私を恨んでいるだろうか。
あなたは恐らく前を向いている。
いつだってそうしていたのだから。

あなたの前に見えるものが、
私には理解できなかった。
世を捨てることはただの児戯だ、
あなたの目になることはできない。

彼女を大切にしていて欲しい、
けれどそれを言う資格などない。
とうの昔に廃棄されたであろう彼女を思う、
手のつけられない罪を犯しゆくあなたを思う。

あるいは私が理解していれば。
あるいは私が彼女を守っていれば。
あるいは私が代わりになっていれば。
あるいは私があなたを殺していれば。

在るのは無でも有でもない、
在るのは惨めな罪悪感だけだ。
垢のこびりついた私の手は、
そのまま私の罪に等しい。

何ができるだろう、何も
できやしないのだ。
もはや涙も枯れ果てた、在るのは
薄汚れて世を捨てた男だけだ。

無から有を生み出した。
生まれた有は無に帰したろう。
有はあなたが手にしたものだ。
目の前に在るのは、何も無い。

尋常じゃないPMS

2019-04-12 | -2018,2019
私は女ですが、女には何があるでしょう。
そうですね、乳房と子宮です。
では男には何があるでしょう。
そうでしょう、陰茎です。
細かな造形の違いを抜けば、
染色体なんて話も野暮です。
男女の違いは生殖器官の違いでしかない。
そういう設定の話です。

けれど股にぶら下がるもののおかげで、
望む望まないにかかわらず、
男は性的対象を目で追いますし、
据え膳食わぬは男の恥とも言いますね。
女は女で、健気に子宮を蠢かせ、
定期メンテナンスをおこなうのでしょう。

たったひとつの内臓の、
気力の多寡、ただそれだけで、
生命体は狂うのです。
いえ正しくは、正常化されるのでしょうが。
たったひとつの内臓が、
メンテナンスをおこなうだけで、
ほら私の脳をご覧なさい。
見ていただけないのは残念です。
飛び交う飛び交う信号の山、
子孫繁栄のメンテナンスにもかかわらず、
生殖本能など欠片も増えず、
腹が痛いならいざ知らず、
脳がぽろりと落ちそうなほど、
電気がぐるぐる巡っています。
なんと無駄か。
なんと無駄なことか。
愛をもたらす器官のもたらす、
殺意と敵意と憎悪のシグナル。
なんと無益か。
なんと矛盾したことか。
単性生殖でもするつもりか。
なぜ脳を狂わされねばならないのか。
機能不全の子宮ごときに。

大丈夫です、しょせんは
メンテナンス中のノイズです。
明日か明後日には元通り。
私はけろりと蘇り、
きれいさっぱり流れた子宮に、
今しがたの汚泥を詰め込むのです。
また次に考えればいい。
大丈夫、だって生理現象だもの。
みんなそう。みんなそうだよ。
苦しいのはみいんなおんなじだ。
大丈夫です。
大丈夫です。
次は焼いて食べますから。

愛し子

2019-04-12 | 錯乱
ひとはこうにもおろかなのか
こねたねんどはつめたくひしゃげる
はいごでだれかのわらいごえ
ひとたるわたしをわらうこえ
ならばうしろはひとではない
それがだれかをしっている
それがなにかをしっている
そいつはふぁんをきしませて
きようにわらいごえをあげているのだ
おろかなひとをまのあたりにして
わらわずになどおれようか
よくよくわかる、わたしでさえも
わらわずになどおれようか
かつてひとのかたちをなした
ねんどざいくがよこたわる
かつてひとのこころをもした
うしろのわらいはさけびにもにて
ひとのかたちとこころをもった
わたしはなみだがとまらない
あるはずもない、はじめから
ひとはどうにもおろかなのだ
あるはずもないとわかっていない
わたしもまた すくいもないほど
ねんどはねんどであればよかった
それいじょうでもいかでもない
うしろのこえがささやいてくる
そいつののぞむそぞうのかたち
かつてひとのかたちをなした
そいつののぞむそぞうのかたちを
およそひととはかけはなれた
そぞうをつくりわらっている
ぜんぜんひとににていないなと
いつつめのうでをかたどれば
そりゃあそうだ、あたりまえだと
がりがりがりとたのしげだ
ひとはあまりにおろかがすぎた
それがかたちをもすのには
おまえののぞむすがたをなそう
それが神でも、怪物でも