暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

血が沸騰している

2023-07-17 | 暗い
暑さから逃れ逃れた油虫がやって来た
虫をも殺す熱気と湿気に同情をおぼえながら
哀れな亡命者を踏み潰す
だから夏は嫌いなのだ
不浄をてのひらに塗り重ねて私は思う
夏は境目が曖昧になる
縄張りを侵されれば戦わなくてはならない
縄張りを侵せば刃を突きつけられても文句は言えない
いつもは歩けていた境界線上が
ぼやけて白んで見えなくなる
今日も月夜だけがおだやかで
真上から刺さる日差しはあまりに強い
境目の向こうに追いやった油虫よ
私は今、正しく歩けているだろうか
声は聞こえるはずもなく
蝉がじわじわ鳴いている

誘う水

2023-07-14 | 明るい
呼んでいる
ちゃぷちゃぷゆれる水面から
呼んでいる
さらりさらりと手招きをして
呼んでいる
がちゃがちゃ騒ぐ音から逃れ
呼んでいる
そろりそろりと怯えながらも

奪われる熱が心地よく
委ねる浮力が快い
滴り続けた雫は今や
頭のぜんぶを濡らしてやまず
水面の向こうに呼ばれている
手招きをして、呼ばれている
逃げてもいいと呼ばれている
爪先を浸す間も呼ばれつづけ

わたしと名付けた浮袋から、
ゆっくりとゆっくりと空気を抜く、
水面の向こうはごうごうと鳴り、
けれどもまるで胎内のようで、
せめてたゆたう嬰児をもとめて、
ごとりと独りの音がしずむ、
ああ、どうしてわたしは、
臍帯を棄ててしまったのだろう。

善良の矛

2023-07-13 | つめたい
空から光が差し込んだ
雲間のほんのちいさな切れ目から
覗く光は浅ましい
いくら隠れようともそれは必ずついて回る
こちらが望まないにもかかわらず
ただしき光を天より高く振りかざすのだ
お前のつくる影とも知らずに

おかす

2023-07-04 | 
楽しげに弾む声から逃げ出した
屋根と屋根の隙間で煙草を吸いながら
自販機のさみしい灯りを眺めながら
ゆっくりと肺から煙を追い出していく

秘密の場所を侵した彼女は
いつの間にか隣にならんで座り
少し先に見える自販機のあかりを眺めていた

彼女はわたしの
わたしの秘密を次々に侵す
手をつないで 体を寄せ合い
囁きあって 視線をかさねる
煙と煙がからまりあうようにして
彼女がわたしの秘密になった

いつの間にか当たり前の顔をしている彼女の
求めるままに唇を重ね
わたしはわたしの舌が噛みちぎられる音を聞いた
わたしはわたしの血がすすられる音を聞いた
唾液とまざりあい煮こごりのように滴るそれを
丁寧に ていねいに舐めてはすする
いつの間にか隣にいた彼女は
いつの間にかわたしをうばい
わたしの秘密を次々に犯す
わたしは一度も求めなかったのに

何が欲しいのと尋ねれば
あなたの全てと素知らぬ顔
煙草の煙がひとりさみしくのぼっていく
わたしは床に倒れ伏している
血と涙の水溜まりに浸ったつまさきは
それでも汚れたつまさきでしかない