暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

凍える夕暮れ

2023-01-10 | かなしい
暮れゆく陽を追いかけて
迫り来る夜から逃れるように
足早な歩みを続けている
凍える夕暮れ

流した涙を顧みられることはなく
路傍の花が一輪静かに枯れるだけ
何者をも産まず
何者にもなれず

過去の果てに今があるなら
私はそれでも構わない
過去は過ぎ去ってしまったもの
今、通り過ぎた彼らのように

私には立ち去ることが出来ず
止まっている、歩きながらも
有り体の幸せを得られなかった過去は
たとえ未来に励もうとも

傷を埋めることは出来ない
涙を拭うことも出来ない
追いかけた陽は無情に沈み
花がまた一つただ枯れる

何者にもなれず
何者をも産まず
何者をも愛せず
何者にも望まず

夕暮れはやがて凍える夜になり
私の残した雫の跡を
ひとつひとつ追いかけるだろう
私は融ける日を待っている

穏やかな摩耗

2022-12-06 | かなしい
スチームとダクトの音に負けじと
白々しく充満するクリスマスソング
不安を塗りつぶすように、
侘しさを押し隠すように

目の眩む電飾のあかりと眩んだ視界は
果たしてどちらが現実なのか
わたしは決め兼ねている

安寧を抱いて眠りたいだけだ
温かいものに触れて安らぎ
安寧に抱かれて眠りたいだけだ

安寧をかれらはせっついてくる
しあわせであれ、ひとびとよ、
しあわせであれと急かしたてる
ひび割れたスピーカーの音
いくつもの死に体を抱えるフィラメント
浮腫んだ足の指の先

眩んだ世界は元に戻らず
ふらつきながら帰り着く
帰るという形容が相応しくなくとも
ここしか戻る場所はない
安寧を抱く、ひんやり冷えていても
それでもわたしの安寧だ

故意の盲目

2022-10-14 | かなしい
めのない世界に生まれました
けれどもせみの声は聞こえています
せんせいがせみだと教えてくれました
めがなくなった世界なんだよと
せんせいは教えてくれました
どういうものなのかはわかりません
めのない世界に生まれましたから
けれどもかえるの声は聞こえています
わたしがかえるだと決めました
せんせいは少し黙ったあと
そうだね あれはかえるだよと
言ってくれました

めのない世界に生まれました
けれども不自由はしていません
せんせいはいつも優しいです
せんせいがわたしの世界です
おなかがすいたと申し出たら
せんせいはごちそうを与えてくれます
遊んでほしいとお願いしたら
せんせいはしりとりを教えてくれます
せんせいってどういう意味なのと聞いた時は
教えてはくれなかったけれど
せんせいはとても優しいです
ときどき声がふるえていますから

めのない世界に生まれました
けれどもそれは嘘だったらしいのです
せんせいという役割のひとがついた嘘
せんせいではないだれかが
わたしの手を取りました
遠くからせみの声がします
遠くからかえるの声がしています
せんせいはどこと尋ねました
どこにもいないと言われました
めがないから歩けないと言いました
きみにはちゃんとあると言われました
だれかの声はすこしふるえていて
わたしは優しいがわからなくなりました

めのない世界に生まれたはずでした
せんせいは見えないものでした
せみもかえるも ぜんぶ
見えるはずのないものでした
わたしはだれかに手を引かれています
だれかはとても大きなひとです
ひろいところに出た時 せみの声が
聞こえました

わたしはどうしてもせみを見てみたくなって
指をさしてみることにしました
あそこにせみがいると教えたら
あれはトラックだと だれかは答えました
トラックのきこうが動いている音だと
かえるの声が聞こえました すぐ近くで
かえるの声が
あれはマンホールだと だれかは答えました
マンホールのふたが がたがた動く音だと

めのない世界に生きています
せんせい、せんせい、わたしのめは
あなたが与えてくれました
あなたが奪っていきました
せんせい、せんせい、どうかわたしに
もう一度声をかけてください
あなたの世界はあたたかかった
声でわたしを抱きしめてください
トラックがお腹を擦り合わせています
マンホールが喉を膨らませています
わたしはあなたの声を思い出しています
震えるあなたのさみしい声を

バランサーなんてそんなもん

2022-09-06 | かなしい
届いた荷物を開けて
ダンボールの中に何が入っているか
想像をしてみて欲しい

商品?
納品書?
メッセージカード?
ちょっとしたおまけ?

あなたは一通り中を検めたあと
『それ』を捨てる
恐らくは何の感慨もなく
時には役立つと知りながらも
処分しなければならない煩わしささえ覚えて

『それ』なくしては
荷物は無事に届かなかったかもしれない
それは梱包材だ
そしてそれは私にあたる

おそらく尋ねたなら
誰もが答えるだろう、『それ』は
私は有益だと
なくてはならない物なのだと

しかし圧倒的大多数は
そうしなければ 誰もが
すっかり『それ』そのものを忘れている
『それ』があるばっかりに手間が増えると
処分の時にだけ思い出す

あなたの中に私はいても
私はたいてい置き去りになる
あなたがたの激論の中に
私はひとり取り残される
都合良く利用して利用して最後に捨てる
私はただの『それ』に過ぎない

あなたがたは気付いていないかもしれないが
真に透明なのはこの私だ
あなたがたが気付くことはないかもしれない
真に透明であるがゆえに

忘失を求めて

2022-07-08 | かなしい
手のひらでねむるしじまが
りいんと小さく鳴いている
いいえそれはみみなりの声
しおさいが私を呼んでいる

ひどく疲れてしまったのねと
大きな手をいつまでも待ち続けた
頭を撫でてもらう、それだけで
それだけで良かった
ちっぽけな手のひらを見下ろして
そうしていつしか可愛い静寂が
私たちの耳に棲みついた

おとはいつでも泣いていて
おとはいつしか凪いでいる
おとがなければ踊ればいい
おとがいなんて殺せばいい

抱き締めようと手を伸ばすことも
できずに私は俯いていた
あなたの求める大きな大きな手のひらと
似ても似つかぬつめたい静寂
耳を塞げば潮騒が
りいんりいんと音を鳴らす
私じゃ代わりになれないけれど
踊って
踊ってくださいますか
聴こえもしない音楽で
鳴ることのないステップを刻み
凪いだクライマックスむかえたあとは
泣いて、泣いて、泣き叫んで
眠りましょう しじまを添えて
抱き締めて眠らせてはくれませんか
大きな大きな手のひらの代わりに

発作

2021-09-23 | かなしい
優しいねと言われればひとつ
よくやったと褒められればひとつ
河原に石が積み上がる

祀り上げられまたひとつ
称える声にもまたひとつ
井戸に石が落とされる

(私はいつでも笑っているよ)

幾つも折り重なったさみしさが
痛みをともなう涙を押し出す
どうしたら良い
立ち止まった場所は踏切の前

堰き止めた流れは水門を超え
(うるさい黙れもう喋るな)
身勝手だとわかってもいる
だから笑っているのだ、
代わりに石を積み上げて

積み上げるたびに思い出す
幾つも、幾つも積み上げた石を
今日のように生ぬるい風は
凍えた爪先を思い出す

人はみな支えられ生きているなど
わかりきったことを今更言うな
人は支えられなければ生きられない
だからこそ、だからこそ私は

(誰か崩してくれ)
誰か、誰か、誰か、誰か

求められれば積み上がる石
笑いかければ積み上がる石
幾つも折り重なったさみしさは
どこへも行かず重なり続ける
求めていない、求めている、けれど
私はいつでも笑っているよ

晴天

2020-10-19 | かなしい
天を仰げばかみさまが
コチラをじいっと見つめています
かみさま、かみさま、わたしの生は
きっと実りがあったでしょうか
天を仰いで祈ります
雨はびちゃびちゃ靴を濡らして
シンシン冷える膝を折り

たとえどんな労苦があろうと
わたしの生はそれでも満足のゆくものだと
かみさま、かみさま、あなたなら
きっと微笑んでくださるのでしょう
もはやわたしは疲れてしまった
指先は取れて使いものになりません
腕がじいんと痺れるのです
とっくの昔になくしたはずの

どうか、どうかお答えください
あなたに慈悲があるのなら
たとえ慈悲がひとに与えられた罪業だとさだめられても
かみさま、かみさま、あなたには
ひとのあずかりしれぬそれがあると
わたしは信じてやまないのです

天を仰げばかみさまは
いつでもこちらを見下ろしています
わたしの生はきっと何かの
実りをもたらしているのでしょうか
お答えください、かみさま、かみさま
わたしはいつまでも待ちますから
折った膝に雨が染み込み
腐り落ちても待ちますから
かみさま、かみさま、どうか、どうか
あなたに慈悲があるのなら
わたしを愛してくださるのなら
わずか一ミクロンのこわばりでもいい
どうか、ほんのすこしのまばたきを
実りをわたしに与えてください

どこにも帰る場所はない

2020-03-26 | かなしい
滑る水面
はためく髪
冷えた風
ガソリンの臭い

あの頃のことを思い出している
鼻の奥をつんと湿らせ

静かに波はたゆたい
濁った水面を覗き込んだ
わたしの顔はゆらりと歪み
淀んだ瞳が見返していた

鳥がばたばたと飛び去っていく
残されるのは波の音

帰る、帰るのだ、あなたの家へ
わたしの居場所はどこにもない
優しく微笑むあなたの隣で
どうにか胸を描き毟らずに済んでいる

「とてもたのしいいちにちだった」
「ああ、おわってほしくない」

ぬかるんだベッドに横たわる時
なめらかに過ぎる水面を見た
飛び去っていく鳥たちをよそに
濁った底へわたしは沈む

郷愁への郷愁

2020-01-28 | かなしい
 祖父によく似た人を見つけた。
 顔はわからず、背丈もわからず、しかし旧い記憶に残された彼に、とてもよく似ていた。
 うっすらと地肌の見える真っ白な髪の毛を、頭の形に沿って丁寧に切りそろえた後ろ姿を。
 わたしはよく覚えていた。
 顔は思い出せていない。
 それでも、祖父に似ていた。
 かれはどんなひとなのだろうか、ちいさく揺れる毛先を見つめて夢想した。
 話しかけることもせず。
 異なり似ている面差しを探そうともせず。
 褪せて地味な色合いの服を見つめた。
 かつてのわたしが、そうであったように。
 これ以上の共通点も、相違点も見いだせるはずもなかった。
 かつてのわたしが、そうであったからだ。
 いつの間にか祖父に似ていたかれは、わたしの前から離れていた。
 どこで別れたのかなど知る由もない。
 かれはどんなひとであったのだろう。
 わたしには知る由も、なかったのだ。