暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

欺瞞の睦言

2011-05-30 | -2011
愛など

無い

わたしとおまえの

間には

愛など、無いのだ

つめたい依存の

堀を隔て

わたしとおまえの

こころ と こころ

決して混じりも

重なりもしない

囁いた愛は

堀に落ちて

さらさらと、さらさらと

流される

どちらが悪いのか

決めかねている

欲を求めるおまえ

欲のないわたし

相容れないのだ

途方に暮れている

しかし

その合間にも

堀は深く広く

より多くの睦言を

捨てられるようにと

くちづけがほしいか、

わたしは特にほしくない

つながりたいのか、

わたしにはよくわからない

かわりにわたしを見てほしい、

そこは体の部位にすぎない

ならばわたしのそばにいてくれ、

ただいてほしいだけだというのに

愛を連ねれば連ねるほど

堀が削れて広く深く

愛など、無いのだ

たとえ体は触れていても

そこにあるのはつめたい水

すべて依存がさらってゆく

どちらも悪い、

悪くない

ただ、愛など無いだけで

たのしい消化

2011-05-28 | 錯乱
美しい
ぼくは甘いケーキ
一日二日で殺されて
お腹の中でこんにちは
甘い甘いケーキ
たくさんお食べよ
ぐちゃぐちゃぐちゃまざりまざって
仲間のみなさん
お腹の中でこんにちは
甘いケーキ
みんなおんなじなのにね
ほくろの位置がちがうと言って
生まれてすぐぐちゃり ぼくの
かわいいかわいいいもうとおとうと
みんなおんなじなのにね
お腹のなかでぼくたち
あそんでいるのさ
ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ
笑い声が聞こえるでしょう
たのしいね
みんなおんなじだ
ぼくはケーキ
だからさようなら
次は海で会おうね

オカのウミ

2011-05-22 | -2011
岸でカモメが鳴いている
生きた齢を数えるように
死んだ時刻を報せるように
波打ち際で転がる何か
肉になったと喜ぶように

「海と山に挟まれた小さな漁村で、わたしは育ちました。
 父も母も赤黒く焼けた肌をしていて、がさがさした手で頭を撫でられるたび嫌がったものです。
 幼少のわたしは、小さな貝殻を集めることが好きでした。
 ですが満足に話すことができるかできないかの頃には、わたしは網を握っておりました。
 夏は突き刺すような日差しに目をやられ、冬は飛沫が飛ぶ度に皮が膨れ、とれる魚とてわずかなもの。
 同行する父も寡黙な人でした。
 漁へ出るごと、わたしは指先から足先から、そして何よりもあたたかなこころを海に奪われていく気がしていました。
 わたしは海が嫌いでした。そして父も母も嫌いでした。
 ですが、村の男子は皆そうして育つのです。
 どうして文句など言えましょうか、わたしはいつしか父のように黙々と網を投げるようになりました。
 多く穫れても少なく穫れても、ただ右から左へ流れていくのなら、喜びや悲しみなど不要なのです。
 わたしは海が嫌いでした。」

どこか遠くへ去ってゆけ
石を投げても落ちるだけ
カモメは悠々と舞っている
ひとはなんと儚いのかと
嘲りながら踊るのだ

「わたしには約束されたひとがおりました。
 そうです、あれは美しい黒髪をもっていた。
 どこまでも塩に侵されたこの村で、ただひとり、清らかな流水のこころももっておりました。
 わたしにはもったいないと思いましたが、すでに両家の了解は済んでおりましたので、ある時分からは二人で暮らすようになりました。
 父の船を離れ、母の手を離れ、わたしはひとりで船をこぎました。
 あれは、朝は日ののぼる前、夜はとうに過ぎる頃、いつもいつもわたしを見送り、そして出迎えてくれたのです。
 本当に素敵なひとでした。本当に、本当に。」

魚の腐った悪臭が
練った餌の悪臭が
ネズミの糞の悪臭が
海から漂う悪臭が
風に運ばれとどまっては
舌と喉とをしびれさす
それに何より耐え難い、
こわいこわい魔物の臭い
折り重なる修羅の臭い

「カモメはいいですねえ、その地が嫌ならば飛び立てばいいのですから。
 わたしは地に足をつけねば生きられぬ、しがない漁村の村人です。
 あれと暮らしてからというもの、わたしはようやく人間となれた気さえしました。
 それでもわたしは、ここから逃げ出したかった。
 やはり海は嫌いでした。村の者も嫌いでした。
 何しろ、齢を重ねるごとに夏の日差しはわたしを骨まで焼くように感ぜられましたし、冬の飛沫は本当にこたえるのです。
 村の者もまるで屍人形のようでした。
 やれ今日の潮はどうだ、やれ獲物のとれぐあいはどうだ、多く穫れたなら場所は、餌は、穫り方は。
 何を喋らせても、わたしの嫌いな海や漁のことばかり。
 それでいて、他人のおこぼれにあずかろうとする盗賊のようなものです。
 わたしはひとりで漁をするようになってから、父母の苦労もわかるようになりました。
 今は父母のことも嫌いではありません。それでも、彼らもまた村の者なのです。
 わたしの父と母である以前に、村の漁師だったのです。」

藻にまみれて寄せては返し
カモメのふもとに あれはいる
陸にあふれた餌もある
カラスとネズミにかじられて
だいぶ腐れてしまった餌も
まだまだたくさん残っている
カモメは波打ち際に寄せられた
たったひとつの小さな餌を
食べるでもなく見張っている

「嵐が、来ました。
 簡単なことです、耐え忍べばいいのですから。
 何度とない飢饉を凌いできたわたしたちには、嵐など取るに足らない些事でした。
 あれと二人、家に立てこもり、そうして耐えていたのです。
 悲鳴も聞こえませんでした。何しろ風雨の音が、夏の日差しのように強かったものですから。
 真っ先に届いたのは、濁った流水と土でした。
 嵐が山から土砂を運んできたのです。わたしと家内はお互いの顔を見合わす暇もなく、それに呑まれてしまいました。」

蘇った修羅どもが
浜を踏み踏み荒らしている
ごう、ごう、ごうと、風はやまず
ネズミたちをも踏み潰して
修羅はこちらへ近付いている
カモメはなんと羨ましかろう
ひとつ鳴いてはわたしのために
ふたつ鳴いては家内のために
みっつ鳴いてはおのれのために

「あれは、家内は、どうなっただろうか。
 わたしのこころにはそれだけが浮かんでおりました。
 父も、母も、村の者も。自分のことさえどうということはありません。
 わたしたちは、漁を知ったあの日から既に死んでいるようなものなのですから。
 ですが、家内は違う。あれは、美しい女です。姿も、心も清らかな女など、いったいどこにおりましょう。
 それが家内だったのです。
 わたしは土砂の上澄みで目を覚まし、家内を捜しました。村はすっかり変わり果てて、海と漁の境目しか分からないような有り様でしたが、とにかく捜しました。
 土を掘り、瓦礫を持ち上げ、砂浜をかき回して捜しました。
 あれが見つかったのは、五日も経った時でしょうか。
 初めて海を旅した家内は、わたしなんぞを気にかけてこんな漁村まで戻ってきてくれたのです。
 そのまま知らぬ土地で、もっと良い伴侶と暮らすことも難しくなかったろうに。
 あれの髪は海水で少し傷み、魚をたらふく食ったのでしょう、少し肥えてはおりましたが、清らかなこころは土砂に奪われておりませんでした。
 カモメが、あれの帰宅を報せてくれたのです。清らかでなければどうしてカモメと意思の疎通が図れましょう。
 けれども、わたしのこころは、あの土砂で、そしてあれを見つけた砂浜で、そっくり抜け落ちてしまいました。
 わたしは疑ってしまったのです。あれはもう死んだのではないかと。
 わたしは、わたしは、わたしの父母は、生きておりました。
 わたしは、図星をさされてしまったのです。」

どうして
すぐにも戻ってこなかった
カモメなどに任せずとも
カモメなどに報せずとも
修羅がこちらを待っている
陸と海とは相容れぬ
その境目でカモメは鳴き
ふもとにおまえは待っている
わたしはそちらへゆけぬのだ
海はやはり好きにはなれず
それに修羅も待っている
腐れるおまえも見たくはない
おまえもわたしの腐れる様を
見たいなどとは思わぬように

カモメよ、どうか遠くへ行け
肉は他を探すがいい
この肉体を啄んでもいい
だがおまえたちのその羽は
決して陸へは進まぬだろう
わたしはわたしでひとりゆくのだ
陸の真ん中、修羅に囲まれ
父母やその他のなきがらを抱え
まだなまあたたかいなきがらを抱え
こちらの世へと向かうのだ
おまえ、おまえ、愛しいおまえ
諦め海の中へ戻るがいい
おまえはひどく清らかで
わたしはやはり村の者
わたしは決して忘れぬが
おまえは早く忘れなさい

煩悶

2011-05-21 | -2011
うまくやらねば
うまく仕上げねば
誉められたあのときは
もう返ってこないのだ
だから
うまくやらねば
うまく仕上げねば
こんなはずでは
なかったというのに
何のために始めたのであったか
もうわからないのだ

憑かれた男

2011-05-12 | -2011
彼は悪魔なのだ
悪を知りそのうえで悪を使い
他人や私の愚かさを笑い
ずる賢く打算的で
魅惑の言葉を囁きかけてくる
何度も彼にかしずき従っては
私は苦い蜜を舐めてきた
だがそれを学ぶための
回路もとうに奪われた

人が人を殺すのは
同族だからいけないことだ
それは彼には通じない
悪魔である彼には
虫も人も価値は同じ
ただいたずらに踏み潰す
体、時には心を踏みつけ
滲み出る苦痛の体液を舐めすする

彼は私に囁きかける
これが人のためなのだ
自分を守るためなのだ
愚かな私はそう
結末を知りながらもそれに沿う
叶うように推し量る
人は私を悪魔と呼ぶが
なんてことはない、
私の後ろこそ悪魔の居場所
私は愚かな人間にすぎない

良心の呵責に腹を痛め
思い出すたび吐き気を催し
よせばいいのに、またしても
彼の言葉を待っている
甘い味を知ってしまった
望みの叶うその味を

私ではない、私は違う
それは私の免罪符
泣いて許しを乞えば乞うほど
悪魔は喜び私をいたぶる
決別を宣言したとして
戻ってくることも知っている
私は弱い人間なのだ
決して悪魔などではない
彼の囁く免罪符を
私は声高に叫ぶのだ

終わらない循環

2011-05-01 | -2011
コンクリートから動かない蛾を見つけた
しゃがみこむと、その蛾は死んでいた

ショーケースにとまる蝿を見つけた
警戒心のない蝿を、私は叩きつぶした

骨を軋ませ死へさまよう子猫を見つけた
その猫は今、八歳の誕生日を迎えている

階段の踊り場で人知れず息絶えた雀を見た
その時すでに、その体は乾いていた

砂浜に打ち上げられる海月はたくさんいる
静かに土へと還り海へ帰るだろう

夏がすぐそばまできている
生き物の転がる死の夏が
今は湿った空気によろこぶ蝶も
卵を産めば役目を終える

雑草と呼ばれる草のかたまり
どれほど苦痛を受けたとしても
命の源は葉にあらず
血の臭いをまきちらして再生する

ごみのように死んでいった人たち
私は見もせず知りもせず

ごみをあさる油虫
私は嫌悪に叫んで殺す

ちりの世界で生きる蜥蜴
不可侵の恐怖を撒き散らし

水に潜む蛙たち
知らない間に罪が増える

つのをのばす蝸牛
殻がなければ毒をかけられ

命がもっとも栄えるとき
またもっとも潰えるとき
夏までは人知れず死んでいく彼ら
夏からはよく見えて死んで行く彼ら

私でさえそうなのだから
蝿に黙祷をささげれば
黄泉でも輪廻でも成仏でも
彼らに宗教があるのなら

それでも草は葉をのばし
英知のすきまに入り込む
矛盾点を突くように
人間のすきまに入り込む