暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

淫乱

2016-06-29 | -2016,2017
鉄錆に似た匂いのする指先は
生ぬるくじっとりと濡れている

臓腑の奥が熱を持ち
開いた裂け目からこぼれ落ちる水

まとわりつく粘液に
わたしはきっと絶叫するのだ

流れ落ちた体液のかわりに
他人のそれが詰め込まれる

鉄錆の匂いはやまず
なまぐささが増していく

(もっともっとと貪欲になるたび)
(わたしはむなしさに心を乱し)
(誰とも知らぬ数多の彼らを犠牲にし)
(臓腑の悦びにどっぷりと浸るのだ)
(それが無益な行為だとしても)
(彼らはわたしに微笑んでくる)
(それが有益な行為だと)
(わたしはわたしだけで知っている)
(今更引き返すことはできないのだ)
(一度開いた傷は塞がらず)
(わたしのかつて無垢だったそれも)
(今や見るも無残なもの)
(はらわたが飛び出るほどに)
(深く深く抉るがいい)
(もはや用済みの器官になど)
(大した使い道はないのだから)

バタフライ

2016-06-17 | つめたい
ぼくが息を吹きかけると
そこにひとすじの風が吹いた
風に吹かれて落ちた木の実が
小さな虫を潰してしまった
蝶は羽化する機会を失い
木々は更なる繁殖を続ける
増えすぎた葉は日を覆い隠し
数多の虫が増え続け
獣の餌となりながら
虫と獣は増えていき
木々はそっくり食い尽くされた
裸となった森にはすぐに
虫も獣もいなくなり
増えすぎた彼らは共食いをしながら
荒れ地を次々量産していく
人は駆除するための道具を作り
武器の残骸は打ち捨てられ
その上に家が建つようになる
材木を切り出し
釘を打ち
材料が足りなくなった頃
人と人とが戦争を始めた

「釘がないので蹄鉄を打てない
蹄鉄を打てないので馬が走れない
馬が走れないので騎士が乗れない
騎士が乗れないので戦争ができない
戦争ができなかったので国が滅びた」

人々が揶揄して口ずさむ歌を聞きながら
ぼくはため息をほうとついた
滅びた国に吹いた風は
瓦礫をねぐらにする鼬の毛を撫で
蛮族どもの髭を揺らし
壁を登る山羊の足元を狂わせる
遠く遠く流れた風で
どこかの木の実がまた落ちた

生まれ変わったら何になろうか

2016-06-13 | 明るい
たくさんの罪を犯したわたしは
もっと清らかになりたいと心から願った
そうして生まれ落ちたこの体は
まるで汚泥に生まれた鼠のよう

こびりついた罪の錆は
いくら洗っても落ちることはない
それは私が産んだものだ
それはたとえば物乞いをする老人
たとえば風切羽根のない小鳥
車のあとに残されたガム
それらを愛することができなかった
だから私はこんなものだ

たくさんの罪を犯したわたしは
罰せられたいと心から祈った
そうして赦されたこの体は
烙印が確かに押されている

こびりついた罪の澱は
いくら濯いでも残り続けた
たとえば肺に溜まった煙草の煤
たとえば浮いた油かす
たとえば貧民街のケチなスリ
それらを愛すことができなかった
だから私はこんなものだ

だからわたしはこんなものだ
汚泥をかき分ける鼠の体で
全身に錆を、内側に澱をまとわりつかせ
排水を溺れながら泳いでいる
彼らの下を流れる罪のはけぐちで
たとえば残飯を食らう鼠になる

愛すことができずにいる
だから私はこんなものだ

一時的狂気

2016-06-01 | 錯乱
鏡に向かって唾を吐きかけ
(お前は誰だ)
拳で殴って血を流す
(おまえがいうのか)
奥歯を噛み締め見つめ返すと
(お前は誰だ)
血で頬を汚したそいつは睨む
(おれはすくなくとも、)
涎を垂らしてそいつは睨む
(少なくともわたしではない)