暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

凌辱の日

2008-11-29 | -2008
わたしに必死で食べ物を求めていた子猫は、
次の日にはわたしを見て逃げるようになった。
生々しく肉色を晒す右目が、
あるいは泣いているようでもあった。
感情のない顔をゆがませて子猫は甲高く鳴き、
人では通れない秘密の道を逃げかえっていった。

クズ

2008-11-28 | -2008
化けの皮がはがれても
表面は表面であるしかない

病害を孕んだ暖気にいだかれて
冷たかった指先は急速に血流をはやめ
じくじくと痛むのは人差し指
真皮と肉の露出した
この体の第二の表面
破裂しそうだと神経は鐘を打つ
どうせ三日もすれば肉となるのに

無言の再生を繰り返す
細胞をはがし殺し露出させ
自分の業に顔をしかめ
絆創膏でふたをする

腫れ上がる指先に
じくじくと化膿する肉の心
垂れ流すのは血液ではなく
中身を知った気でいる第二の精神
病害じみた空気にあたり
害毒は緩やかに指を噛む

2008-11-27 | -2008
霜の降りた土の匂いを鼻の奥に思い描き
コンクリートを踏みしめてバスに揺られる
古びた気の焦げる甘い香りと
肌にまとわりつく不特定の隣人の吐息
入れ替わるのは排気ガスにまみれる灰色の乾気ばかり

私はバスステップの一段をのぼりながら
本当にそこが懐かしいのかを考える
ぽっかりと空いた椅子におさまる、
そこがお前の使命だと言わんばかりの

緩やかな眠気は催眠のようで
座る人は等しく胎児さながら瞼を閉じる
重ならない夢は郷愁でも後悔でもなく
ただ空虚な違和感をつまみ取る
冷たく臭う父の声に時折呼び戻されながら
(目を覚ましなさい、時間だから)
鼻の奥では夢まぼろしの世界を嗅ぐ

まどろみから覚める胎児は夢心地
私はバスステップの一段を降りながら
泥にまみれたおかあさんの声に耳を済ませた
コンクリートを踏みしめながら
割れない霜を踏み砕く人々
兄弟に隠れる母は私の
鼻の奥で子守歌を奏でているだけ
ちいさな呼吸は吸い込まれ
ただただ温もりのない排気ガスが
なぜだかひどく優しく見えて仕方ない
鼻の奥に突き抜ける
痛みと涙のにがい味
生まれてなお羊水に揺られ
母の夢を待ちこがれている

誰かの

2008-11-20 | 狂おしい
あなたのおもちゃを
整理するわたし
(子供みたいに外で木登りをしているのを眺めながら)
あなたは放り出すばかりで
おもちゃが何なのかもわかっていない
そのおもちゃはわたしのおふるで
お母さんからもらった大切なもの
(木から落ちても知らないふり)
簡単に壊してそのままにして
わたしはもう慣れてしまった
あなたのおもちゃを
ずっとずっと整理するわたし
あなたの放り出したものはあまりに多く
まだちっとも片付かない

みんなしね

2008-11-15 | つめたい
わずらわしい感情に振り回されるのは
あるいは私に美しさをいだかせる
緻密な絵画も燃やせば炭になり朽ちる
なぜそれだけで済ますことができないのだろう
人間とキャンバスに違いはない
その中で私たちは一つや二つを
えらびとる
それからあなたたちは
わがものにしたいと欲望する
かのものにされたいと欲情する
わずらわしい感情に振り回されるのは
あるいは私に苛立ちをあたえる

わたしのゆめ

2008-11-04 | -2008
まいにちしあわせで
おかあさんにおこられて
じゅぎょうでいねむりして
いっしょうけんめいしゅくだいをして
いただきますとごちそうさまをまいにちいって
ちゃんとそうじをして
たまにないて
こいをして
だれかとてをつないで
やけいがきれいだってはしゃいで
かなしいことがあったらないて

いいたいことがあったとき
だれかをおこらなきゃいけないとき
はっきりいって
けんかをして
なかなおりをして

あたりまえのこと
みんなやってきたこと
あたりまえにまいにちがすぎて
すぎたことにもきづかないで
おもいでをふりかえって
すこしわらえればいい

しゃべってはいけない
あなたにわたされたせいやく
かなしくてもくるしくてもいたくても
ひとはわらうことができる
わたしはしゅちょうしてはいけない
とてもわるいことだから
わらっていればよい
あなたにわたされたせいやく
わたしはまだわらえるのだから
ぜんぜんくるしくないはずだ

わかっているよ
みんなくるしくてかなしくていたくて
つらい
だからわたしはわらわなければならない
つらくなんてないはずなら
わたしはわらっていなければならない
わたしがつらいとみんながいたい
わたしでもわらっていればだれかはいたさをかるくする
わたしのゆめは
いつまでもいつまでもねむることです
わらわなくても
しゃべらなくても
かんがえなくても
いいからです

傲慢

2008-11-02 | -2008
そこをどけ どいてくれ
これはおれの道である
いいやおれの道でなくとも
あゆみはおれのものである
どうか邪魔をしてくれるな
踏まれ押されても文句は言うな
そこにいるのが運の尽きなのだ
おしゃべりに興ずる暇があるならば
なぜおれに気付いてくれぬのだ
そこをどうかどいてくれ
おれはただすすみたいだけである
けつまづいて転んだならば
踏み砕いて屍にしてやろう
そこにいるのが運の尽きなのだ
道をどうか空けてくれ
おれはまだ止まりたくはない
おまえたちなどを省みる暇はない
おまえたちがおしゃべりをしたり
些末なことで立ち止まりたいのと同じように
おれはただ止まりたくはないだけなのだ

灰色

2008-11-01 | 
はだかの男が階段をぐらぐらおりてくる
四角形の階段を
おおきな地震はちいさな都市にだけ破滅をもたらし
かれは死体よりもくさった目をしている
階段を降りれば不快な海が
男をひどい臭気にまみれさせるはず
崩壊した階段をぐらぐら転がり
男はそれでもただ階段をおりてくる
まっしろな肌にうきでた骨は
中身と外がいれかわってしまったよう
ゆっくりと足を踏み外し男は階段から落ちる
重力にまかせて灰紫色の海へと沈んでいく
最後まで空気に触れていたのは
男の足の爪の先だった