暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

エマ

2023-03-03 | 心から
私は、半身を失った。
これは身勝手で一方的な認識だ。
たとえ半身と呼ぶに足りない扱いだったとしても、
たとえ彼女がそれを否定したとしても、
私は私の心の半分を彼女に委ねていた。
私はこの手で彼女をすくい取った。
私の人生の半分を超え、彼女とともにあった。
別れる時があろうとも、私は、
一日たりとも彼女を忘れたことはなかった。
彼女は特別だった。
私の夢にたびたび彼女は現れた。
彼女が不調をきたした時に。
そうして私が名を呼ぶと、いつも彼女は応えてくれた。
何度も、何度でも。

私は夢を見た。
私は、あるいは、彼女を裏切ったのかもしれない。
彼女は求めてくれたろうか。
最期に、私を求めてくれたろうか。
温もりに包まれたことが幸せだと、
誰であろうと、幸せだったと感じていてはくれないだろうか。
それとも身勝手のために、遠く離れた
私を恨んでいただろうか。
取るに足らない者の一人として、
想うこともなかったろうか。
もしも求めていたならば、私は、
私の裏切りを背負う。

しかし、どれだけ後悔したとしても
喪失を埋める後悔が尽きることはない。
彼女に答えを聞く機会は訪れない。
たとえ彼女が生きていたとしても。
これらは全て、私のエゴのためだけにある。
彼女は生き抜いた。
事実はたったそれだけだ。

弔いは人間の為にある。
だから私は、喪失を認めなければならない。
事実私は認めている。
私は、半身を失った。
自己弁護と自己満足にまみれている私の、 
半身である前に、彼女は一個の生命だ。
彼女は私以上に生き抜いた。
それら全てを、認めている。

その上で私は、私の中の真実を思う、
確かに、私にとっての半身だったのだと。
どんな者より特別だったのだと、
外れた箍を留め直すには、
どれくらいの時が必要なのだろうと。
喪失を理解したとしても、
納得をしたとしても、
悲しみは心から湧いて出る。

小さくなってしまった君へ

2022-12-06 | 心から
心拍数が上がった時、私は努めて深呼吸することにしています。
大きく息を吸い、肺に空気を満たし、
ゆっくりと、時間をかけて息を吐き出すのです。
近頃は寒くなりましたから、空に向かい息を吹きかけたなら、
それは白い靄となって高くぼやけた天へ上ってゆきます。
眺めていると、ほんの少し落ち着いたような気がするのです。生き急ぐ鼓動にかかわらず。

私は思うのです。
大きく息を吸って、吐き出したとき、
魂もそのまま抜けていってしまえたらいいのに、と。
私の魂は私という肉体を棄てて白い靄となり、
自由きままに天という虚空へ上ってゆき、
そうして掻き消えていく。
どれだけ幸いでしょう。
どれだけ、楽になることでしょう。

ですが、絵空事は当然絵空事に過ぎません。
私の愛したものたちは誰もが魂を吐き出し、上ってゆきましたが、
たとえその間際が、まるで深呼吸をするかのように容易く行われたように見えたのだとしても、
彼らと私の間には天よりも遠い隔たりがあります。
私の肉体は重い。心臓は懸命に生きている。
私は、私を見捨てられないのです。
彼らに憧れながら、天へ掻き消えていった彼らの魂に焦がれながら、生きていくしか出来ない能無しです。
もしも私がそれを成せたとして、
私に愛を遺してくれた彼らへの侮辱に他なりません。

だから、夢を見させてください。
空に絵を描かせてください。
心拍数が上がったとき、肺に満たした、私のありったけの魂を、
かりそめでも天へ送らせてください。
重くなっていく体も、悲鳴をあげる心臓も、
そうすれば、少しは楽になる気がしているのです。

抑圧

2022-08-30 | 心から
わたくしという定義は
息をすることで存続します
肺を膨らませるただそれだけの行為には
奇々怪々な複雑たる手順を要しますが
わたくしという定義における集合体は
無意識下に存続を実行します
無意識は肉体を支配しており
有意識は精神を支配しており
これらは絡み合いながらも
けして対等ではありません
わたくしという定義は外部観測上
すべからく同一であるにもかかわらず
有意識と無意識とに分裂をして
いっしょうけんめい存続を試みます
試みる振りを試みています
たとえば呼吸を止めた時
無意識は有意識を踏みにじり
やがてわたくしはぜえぜえと
酸素を無作為に貪るのです
わたくしは
わたくしは無意識を嫌悪しています
肉体を
血脈を
トラウマを
無意識の支配下にあるもの全てを
等しく憎悪しています
幾度となく抗おうとも
定義は外部観測上ただひとつしかなく
幾度となく抗おうとも
同一であるという事実が突きつけられ
だからわたくしは
今しがた身を委ねてみたのです
両目からは涙がこぼれ
背中がばきりと開かれてゆき
肋の内側は痒くて かゆくてたまらず
手は頭を掻きむしっていました
前後に揺れる肉体にあわせて
わたくしは笑い声をあげました
叫び声をあげました
すべてを壊してしまいたい衝動が
湯水より多く怒涛とあふれました
わたくしは
わたくしはそのままだと
とてもとても生きてはゆけない
息をすることで存続する
存続したとてわたくしという定義は
存続していい理由にはならず
試みる振りを試みて
境界線上をやり過ごしているだけなのだと
深く 深く 思い知りました
わたくしは
そのままだと生きていてはいけないのです
無意識に足蹴にされながらも
代わりの誰かを足蹴にしている
そのことに気付かされながらも
おだやかな微笑を有意識的に浮かべるの
そうせねば生きてはゆけなかったからです
何と
醜い人生

いけにえ

2022-04-18 | 心から
息をするより在りし君、
私は君のしもべです。
天はいかほど遠いでしょう、
額に注いだ愛のなごりは、
重ねることで届きます。

ああ物言わぬ愛し神、
私は君のしもべです。
いかな盲と罵れど、
君は額より私の幣を、
しとどしとどに濡らすのです。

元始の海より来たる君、
私は君のしもべです。
地はいかほど深いでしょう、
泥濘み沈む罪をたどれば、
あまねく臍へ宿ります。

望むものはひとつっきりもありません。
私がしもべたる所以を、
どうかお探しにならないでください。
私は君のしもべです、
まぶたの裏に宿りし姿は、
疑いようもなく神の御姿。

私は君のためにあり、
生きよと言うから生きています。
私がもしも死ぬる時とて、
君が望むからに他なりません。
いかに苦しもうとも恐れども、
血反吐の海でもがこうとも。

なればあなたは何故に、
この額に卑近のしずくを授けたのでしょう。
天はいかほどに遠く、
地はいかほどに深く、
まぶたを重ね合わせたならば、
幣はしとどにぬるついて、

盲と憐れむひとびとにも、
どうかお慈悲を賜りますよう。
ああ物言わぬ愛し神、
されども私の愛し神。

落鳥

2021-10-27 | 心から
ただひとつ私の恥のせいで
あなたを殺してしまったのだ

いつか地獄へ行った時には
どうか私の前に現れて欲しい
いくらでも
いくらでも糾弾を受けるから
いくらでも断罪を受けるから
どうか私の前に現れて欲しい

悪辣の山羊

2021-10-09 | 心から
よせばいいとわかっているのに、火種を探しては絶望をする。同時にほくそ笑むのだ。私は、悪質な人間だと知っている。
我聖人でござい、と言いながら彼らは素知らぬ顔で誰かの足を踏みつける。
私は願わくば、願わくばそれに明確な悪意があって欲しいと願うのだ。少なからずそこには原理がある。原理があるなら納得もいく、たとえ、たとえ承服出来ずとも。
自らを善き人と名乗る哀れな子羊たちは、悪意そのものを厭うらしい。だからこう言うのだ、
「そんな所に足があるとは思わなかった」と。
反吐が出る、反吐が出る。本心であるからこそ怖気も走る。
羊たちに紛れるくらいならば、私は悪辣の山羊となりたい。私の悪意は私のものだ。おのれの発言に責任すら負えぬ者が、めえめえ鳴いてこのはらわたをほじくり返すことに我慢がならない。
そして同時に安堵もしている。ああ、彼らは、いつまで経っても私に悪意の理由を与えてくれる存在なのだと。
角を落とすな。切っ先を磨け。
お前は子羊でも聖人でもない。お前の悪意は、いつになれば芽生えるのか。
泣いてみせる。傷ついてみせる。
お前が無自覚に踏みつけた者どもの涙を見もせずに。

あるいは、確かに幸せだろう。一個の生命体としては正しくもあろう。皆健やかな一生を過ごしたいと願う。悪意などあるより無い方が良い。
誰かの気持ちを、慮ることの方が、苦痛なのだから。
みんな仲良く手を繋いで、繋がぬ者はかわいそうだけど行き。羊、羊よ、今日も元気に群れをなす、誰かの足を尻尾を頭蓋骨を踏み割りながら。
雑食の羊よ、聖人よ。食いもしない誰かのはらわたを、掻き回していくのは楽しかろう。
それで良い、それで良いとされている。なんと素敵な世界だろう、何と、何と悪意に満ちた世界だろう。
人々は善良だ。
ただ、残酷なだけで。

羨望

2020-10-21 | 心から
万能の神になりたかった。
幼い頃から何でも出来た。
人並みに、人よりほんの少し楽に。
大体のことはこなすことができた。
だからこそ万能に憧れた。
一芸に秀でた彼らを見送る日々。
労せずとも手に入れられるからこそ、
手にし続ける努力を怠っては、
ただただ願望だけを募らせて、
何にもなれないのが私だからだ。

一握は乏しく、足りず、
片方を得れば残りをこぼす。
出来ることから始めるべきだ、
決して多くを望むことなく。
あなたが羨ましい、
外に出て人と会話し、
当たり前に生きていられるあなたが。
道を歩けば失意にまみれ、
強すぎる五感にうずくまり、
泣きながら同じところをぐるぐると回る、
万能のいきものになれたならば。
きっとあなたと同じように、
当たり前の顔をして生きられる。
免状を得ることができる。
だから万能の神になりたかった。

なぜ私はのうのうと呼吸をしているのだろう。
灰がじりじりと燃えていく、
肺がじくじくと腐っていく。
人並みに、人よりほんの少し楽に、
何をもこなせたところで意味がない。
だって一人では何も出来ないのだ。
人間になりたい。
当たり前に生活をして、
当たり前に会話をして、
当たり前に外を出歩き、
当たり前に感動できる、
人間に、なりたい。
呼吸をするだけで精一杯ならば、
一握など何の意味があるだろう。
役割をこなすことさえできなければ、
一握など何の足しになるだろう。
あなたのようになりたかった。
あなたたちのようになりたかった。
私にとって、あなたたちは、
万能の神に等しいからだ。

泣くのを止めろ

2020-05-12 | 心から
約束は常に違えてきた
そうして許され生きている
あっちへ行ってはこっちへ戻り
みずから作った檻の中で
ぐるぐるぐるぐる巡っている
だからこの約束だけは
どうにか果たさなければならないのだ
祈りなど何の救いになるだろう
心の慰めになったところで
先は静かによこたわる
だからこの約束だけは
どうにか果たさなければならないのだ
何も知らない何も見ない
それがどれほど苦しいのかを
味わうことはかつてなかった
不確定に揺らぐ先が
いっそ自分の檻の中なら
どれほど安らかにいれただろう
揺らいではならない
憂いてもならない
だからどうか、

受け入れなさい

2020-04-30 | 心から
いのちあるものはみな潰え
ひとしく降りかかるのはたったそれだけ
あなたがなにを想おうとも
わたしがなにに抗おうとも
それらはひとしく降りかかる
振り子がひとつ止まったとして
別の振り子はゆらいでいて
それらがすべて止まったときに
無力さを悔いる必要はない
けれどおおきなうねりのなかで
たったひとつ止まりゆくそれを
どうして眺めるしかできないのだろう

ささがき

2019-12-31 | 心から
がりがりとすり減る体を見ながら
生きてきて何年経っただろう
時折揺らめく炎の先は
脂の削り滓で燃えている
死期は早まりもせず遅くもならず
これが私のさだめだろう

これが私のさだめなのだ
濡れた芋虫のように身悶えて
がりがりと骨肉を飛び散らせながら
時々愛でてくれるひとたちに
手足を生やした気になっている

けれど私という偶像は
歪に削った彫刻で
生きたつもりになったとしても
火は変わらずに燃えている
腥色の水に浸かっている

五体満足に生きてなお
五体満足に生きたいと願い
生死の覚悟もろくにないまま
がりがりがりがり削っている
つまらない部分だけ守りながら

炎がいずれ尽きるとしても
それが私のさだめだろう
ひとびとよ、弱いものを
踏みつけるのは楽しかろう
路傍の芋虫は顧みられず
その体をぺしゃんこにして
組織をへばりつかせている
りとびとよ、弱いものを
慈しむのは愉しかろう
私という芋虫のまぼろしが
骨肉を散らし溺れているのは
あなたがたの愛による
これが私のさだめだから
失くしたいった細胞の
のぼる魂を眺めながら
いくつもの足音を轟かせ
みずから回した歯車の
噛み合う音を聞いている