暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

おかす

2023-07-04 | 
楽しげに弾む声から逃げ出した
屋根と屋根の隙間で煙草を吸いながら
自販機のさみしい灯りを眺めながら
ゆっくりと肺から煙を追い出していく

秘密の場所を侵した彼女は
いつの間にか隣にならんで座り
少し先に見える自販機のあかりを眺めていた

彼女はわたしの
わたしの秘密を次々に侵す
手をつないで 体を寄せ合い
囁きあって 視線をかさねる
煙と煙がからまりあうようにして
彼女がわたしの秘密になった

いつの間にか当たり前の顔をしている彼女の
求めるままに唇を重ね
わたしはわたしの舌が噛みちぎられる音を聞いた
わたしはわたしの血がすすられる音を聞いた
唾液とまざりあい煮こごりのように滴るそれを
丁寧に ていねいに舐めてはすする
いつの間にか隣にいた彼女は
いつの間にかわたしをうばい
わたしの秘密を次々に犯す
わたしは一度も求めなかったのに

何が欲しいのと尋ねれば
あなたの全てと素知らぬ顔
煙草の煙がひとりさみしくのぼっていく
わたしは床に倒れ伏している
血と涙の水溜まりに浸ったつまさきは
それでも汚れたつまさきでしかない

不具の象徴

2023-01-11 | 
子供の頃はよく砂利を噛んでいた
今じゃめっきり味わうことのない感触
砂と砂利と
ほんの少しの土の匂い
歯にぎちりと食い込むあの感触が嫌いだった

あれによく似ているんだ
白くて脆い砕けた歯のような塊が
喉の奥から溢れてくる 次から次へと
とめどなく
痰を吐き出す時みたいに
鼻水を喉から出すみたいに
搾り取ってやるんだけど
それでもひたすら溢れてくる

いくら出し切ったと思っても
喉のどこかでそいつは残っていて
すこし経てばすぐに口を埋め尽くすんだ
吐き出すとざらざら音がする
唾液は多分どこにもない
乾いた白くて脆い砂利が
砕けた骨の抜け殻が
ただただぼろぼろざらざらと

歯で歯を噛む感触に似ているんだろうな
どこから出てきたのかもわからないし
どこかが失われているかも知れないし
出てくるなら吐き出すしかないだろ
でなければ気道も食道も詰まるんだから
ああ、嫌だ とても嫌だ
すっかりなくなってしまえばいいのに

嘔吐の後にはこんもりした山ができる
白い砂利の山を見ると どうにも
笑いが込み上げていけないんだ
誰がこれを吐瀉物と思うだろう、と
馬鹿馬鹿しいし滑稽だし
それでも砂利はざらざらあふれる
あるはずのない土の匂いが
鼻腔を子供の頃に返させる
終わりなんてない
砂と砂利と土の味

アイロニー

2022-10-03 | 
あなたは私の腕をもちあげ
ひとつずつかぞえていく
ふるくうすれた傷跡を
ひとつずつ、ていねいに

あなたは私のふるい記憶も
すべてしっているようだ
ななつの時にころんだ傷跡
みっつの時にかかった疱疹

傷跡にふれられるのはけして
こころよくはない
けれどあなたの声はおだやかだ
手のひらはくまなくおりていく

私の罪をさらけだしている
それらをくまなく指摘される
おだやかな声で
おだやかなまなざしで

あなたは私の脚をもちあげ
ひとつずつかぞえていく
みたこともない傷跡を
ひとつずつ、丁寧に

あなたが定義した傷跡は
あなたが定義した瞬間まで
存在しないはずだった
昨晩わたしがつけた傷、

あなたの定義した傷跡が
指さすごとにうまれていく
勝手にきざまれていく
私の罪

二年前にころんだ傷跡、
一月前についたひぶくれ、
うまれてまもなくつけた傷、
わたしとおなじ位置の傷跡、

罪がでっちあげられていく
これはわたしたち二人の罪、
そうほほえむあなたのおだやかな声に
私はゆっくりと目をとじた

切り花

2019-05-03 | 
あなたの顔はたとえるならば
花咲く前の蕾に似ている
しかしその硬い骨と
たるみ始めたその肌は
もう成長することはないだろう

わたしの手で花開かせるのだ
指と一本の鋏を使って
あなたの顔に大輪の花を
鮮やかな色の美しい花を

むき出した歯と骨の白
熟れて覗いた肉は桃色
うっすら縁取る脂肪の黄色
儚い真皮の光も白く
伸びる舌は雌蕊と雄蕊

やはりあなたは蕾だった
筋を作る血は花を支える茎となり
ごらん、なんて綺麗だろうか
こんなに美しい花があろうか

しかしわたしは伝えねばならない
とても悲しい事実のことを
花は大輪を咲かせたのち
萎れて枯れてしまうことを
あなたの歯は乾きつつある

唇を優しくつまみ上げる
あなたはだって花なのだから
この銀色の刃が見えるだろうか
あなたを活けるのはこの指先だ

治癒

2018-04-10 | 
ぼくはめざめる。

そこにはおねえちゃんがいた
むねにおはなのぶろーちをつけた
みたこともないかぞくでもない
やさしいおねえちゃんが。

かんごしさんでもないのに
おねえちゃんはうごけないぼくを
いっしょうけんめいせわしてくれた
いろんなはなしをしてくれた。

ぼくがまばたきをするだけで
ゆびをすこしうごかすだけで
うろんなことばをしゃべるだけで
とてもうれしそうにほめてくれた。

あたらしいおねえちゃんは
ぼくにはとてもたいせつだった
おとうさんもおかあさんも
どこかへいってしまったから。

ぼくはゆっくりと立つようになった
したもほんのすこし回るようになった
おねえちゃんにおれいをいうと
おねえちゃんはすこしないた。

おねえちゃんはなぜかきゅうに
こなくなった。

かんごしさんがいっていた
おねえちゃんはとてもすばらしい子で
しゃ会ふくしのためにじん力していて
はんざいしゃがきたときも
じぶんから人じちになって
そうしてばくはつにまきこまれた。

おねえちゃんは死んでしまった
ぼくのようなはんぱじゃなくて
かんぜんに死んでしまった。

ぼくはリはびリをつづけた
少しずついろんなことをおもいだした
少しずついろんなところをうごかした
前よりもっといろんなことが
出きるようになった。

ぼくははん人をころしたい
だっておねえちゃんがすきだったから
いなくなってしまうのは
さみしかったから。

む中であまりおぼえていないけれど
ぼくはうまくやった
ぼくはとても上手くやった
とても晴れやかなきもちだった。

びょういんの外へ散歩に出かける
よく晴れた春の一日
車いすをひいてもらいながら
若葉がそよぐさまを見ていた。

公えんの広場が遠くに見えた
ぼくは車いすを下りて
夢中でそこへかけて行った
おねえちゃんのつけていたブローチと
同じ花が見えたから。

それは大きな植え込みだった
花の形に整えられていた
おねえちゃんはそこにいた
僕は坂を駆け下りて
草と泥だらけになっていた
それでもぼくは出来る限り
走っていた。

おねえちゃんはここにいた
大きな大きな花となって
ぼくにまた会いに来てくれた
違う、今度はぼくが
ぼくが会いに行くんだ
おねえちゃんに会いに行くんだ
おねえちゃんがぼくに
何日も何日もそうしてくれたように。

自殺未遂

2018-04-10 | 
ぼくのくびをしめたのはおねえちゃん
ひゅうひゅういってもいくらないても
ずっとくびをしめていた。

ぼくはそれからよくわからなくなって
みんなはほとんどしんでいるといった
あんなにりはつなこだったのにと
きんじょのおばさんもないてくれた。

おねえちゃんはうまくやったので
かぞくはうまくいっていた
ただぼくはめをあけてこきゅうをする
なんでもないものになっただけ。

ぼくはがんばることにした
まずあたまのなかでいっぱいかんがえた
いっぱいかんがえると
のうみそのおくのほうがちりちりした。

だいぶかんがえられるようになって
はいはいでうごくようになった
でもこれはだれにもないしょ
ぼくはみじめでないていた。

ぼくはものをつくるのがすきだった
だからのうにでんきをさして
ものをうごかせるようにした
ぼくのてあしができた。

しんとしずかなまよなかに
ぼくはけっこうをすることにした
おねえちゃんはさいごには
ぼくをころすつもりだったから
おねえちゃんのくびをしめた。

おねえちゃんはしんでしまった
ぼくのようにすこしもいきてはいない
かんぜんにしんでしまった。

ぼくはてあしをつかって
なわをこていして
しぬことにした。

ぼくをころしたのはおねえちゃんです
おねえちゃんをころしたのはぼくです
ぼくはいきているとはいえないから
しにます

てがみをかいた。

くびがひゅうひゅうなって
いきがひゅうひゅうなって
とてもくるしかった
だけれどぼくはまんぞくしていた
みじめさもすこしははれていた
だけれどのうのでんきしんごうが
とまりかけるとぼくのてあしは
ぱたりとおちた。

正夢

2017-05-14 | 
悪魔の夢を見た
わたしの願いを叶えておくれ
他の何をも犠牲にしても
どうか願いを叶えておくれ

ああそう、そんなのお安い御用
ただしおまえの命をもらう
魂、肉体、皮膚一枚まで
解ける前に成就の時を
解ける前に見せてやろう

ぽろぽろと解け滅びていくかれの頬をそっと覆い
悪魔は願いの末路を見せてくる
浮かべた涙が落ちる前に
かれは空気に解けていくのだ

腹いっぱいの悪魔が何度も
何度も誰かに呼び出され
何度も願いを叶えてやる
かのものの呪いが腹に溜まり
ときどき悪魔も身を滅ぼしながら
ますます強くなっていく

最後の夢は私の夢
生成と崩壊を繰り返しながら
数多の死者の上に彼は立つ
おまえの望みは聞いてやった、
私の足元にも幾多の死骸
生まれそこねた退治の死骸が
折り重なって潰れている
滅びたかれらの願いと同じ数の
願いが確かに潰えたのだ

怪物

2016-08-08 | 
お腹が空いたとその子は言うので
腕に抱えきれないパンを与える
すぐさま彼は食べ尽くしてしまい
お腹が空いたと訴える

四六時中その子は食べ続ける
まるで獣のようだと噂される彼を案じ
家に帰ればたくさん食べさせてあげるから
人前での食事を禁じるよう躾をした

お腹が空いたといつしか言わなくなり
外に出れば礼儀正しく振舞うその子は
みずからの腕を噛んで飢えをしのいだ
咀嚼の真似事で空腹をまぎらわせた

夥しい噛み痕の残る腕も
長袖を着ればまったく目立つことはない
彼は飢えを律したと喜んで
腕を噛み続けるその子の頭を撫でる

腕いっぱいに抱えきれないほどのパンを与える
色とりどりの果物を与える
盆が重みにたわむほどの肉を
店を開けるほどの野菜を

家での彼はまさに怪物そのもので
おそろしいほどの食物をたちまち平らげる
お腹が空いたといつしか家でも言わなくなる
それでも腕の噛み痕はまったく消えはしない

案じるより先に喜んで彼の頭を撫でる
この子は普通の子になった、
外に出ても恥ずかしくない子になったと
欲求を律した彼は素晴らしい人になると

噛み痕からいつしか血が滲む
食事の量はますます増えていく
一心不乱に食べ続ける
一心不乱に腕を噛み続ける

懺悔

2013-04-16 | 
私は名もない生き物だった
形すらも、意思すらもなく
ただ気がつけば自我というものがそこにあった

歩くこともできず
ただ粘液のような体をもぞつかせるしかできない私
傍らを走り抜ける小さな生き物を見て
あのように走れたなら速いのだろうと思った

私は取り込む、それを取り込む
本能というものがあるならばその時のことをこそ呼ぶのだろう
小さな毛の生えた生き物はすばしこく
それをよくよく観察するために
私は取り込む、ばきばきと音を立てて
粘液の体で模写でもするかのように

いくつものそれを経て私は人というものを象った
なんと効率の悪い体だろうか
早く走ることもできず
歩くのさえもバランスが要る
それでもなぜ彼らの形を成したのかと問われれば
きっと他の生き物にはないものがあったからだ
私は粘液を押し固めその形を為し、人は私を子供と呼んだ
子供という人はみな一つの場所に押し込められる
私は私と同じ背丈の彼らとともに暮らした

彼らはなんと筋肉を動かすのだろう
複雑に絡み合った筋肉を僅かに動かし
隙間から洩れる音を自在に操る騒がしい彼ら
私はそれを真似ようとした
努力してそれを真似ようとした
なぜか取り込む気持ちは起きなかった
代わりに犬や猫といった
それらをたくさん取り込んだ

先生と呼ばれる人がいた
彼女は私のことを厳しく叱った
私はなぜ叱られるのかはわからなかったが
叱られるというのは心地よくないのだとは思っていた
動物を殺すのはやめなさいと叱った
私には殺すという感覚はわからなかった
ただ人を含めた生き物はとても脆いことは知っていた
私が触れるだけで中の汁を滴らせる子供たち
なぜ彼らはこんなにも脆く生きているのかが不思議だった
なぜ私だけが彼らにそぐわないのかを考えたことはなかった

それでも子供たちと先生は
私を認め、よく笑いかけてきた
笑うという行為はとても難しく
私は一度も笑い返しはしなかった

子供は遊ぶ
大人は子供のために遊ぶ
遊びもまた私にはわからなかった
駆け回り息が上がり疲れ
そして笑う
彼らは遅い足で懸命に走った
遅い足で懸命に追い掛けた
なんと効率の悪い体なのだろう
猫や兎の足になればあっという間なのに
どうして彼らは私のように
姿を変えることがないのだろう

子供は私を鬼と呼び
私は鬼の役割を演じてみせた
子供は私を鬼と呼び
笑うことなく慄き逃げた

私は子供を追いかけた
それが鬼の役割だった
早く走れればいいのだ、犬のように
跳んで捕まえればいいのだ、鳥のように
取り込んだ彼らはとても役に立った
血と肉がまさしく私の中にあった

私は子供を捕まえた
もはや私の頭の中に遊びとしての鬼はなく
ただ、ただ、子供を捕まえた
触れるだけでたやすく傷を負う人は
子供の肌ならなおさら深く沈み込む
抱き込むように捕まえた
形を成そうとさえもせず
取り込むように捕まえた

いくらも音がとんでくる
私は鬼だ、鬼なのだから
彼らを捕まえなければならない
なぜ子供ははしゃぎ笑いながら
追いかけっこなどをするのだろう
なぜ私を見る子供たちは
決して笑うことがないのだろう
決して笑うことがなかったのだろう

いくつもいくつも捕まえた
滴り落ちるなまぐさの汁
いくつもいくつも捕まえた
飛びへばりつく知恵の肉
私は彼らを学習した
学習しようと努めていた
あんなにも笑っていた彼ら
彼らもまた血と肉と骨と糞でできていた
ならば私は
私は何でできているのだろうか

たくさんの子供を捕まえて
鬼の役目を終えた私
役目を終えてしまった私の前に
先生という人がやって来た
いくら理由がわからなくとも
彼女の筋肉は快適からは程遠いと示し
何よりも何よりも
私の為した役割はきっと叱られて然るべきだ
なぜ悪いのかはわからなくとも
叱られるのは決して快いものではない

初めて芽生えた心の隙間
これが喜びであればどれほど
どれほど楽であれただろう
悪いものは隠してしまう、
幼子じみた拙い計略
私は咄嗟にそれを隠した
彼女の視界を覆うことで
何も何にも見ていない
どうかどうか叱らないで
先生は私に笑いかけてくれる
それはなぜだか快い
笑ってくれていればいい
優しく優しく被った手の中
彼女は叱ってもくれなかった

楓の蕾

2013-04-09 | 
羊水の中で小さくうずくまる君は、
今頃ならもうとっくに尻尾をなくしていただろう。
日々の愚痴を呟いて、
家族にこそ言えない鬱憤を溜め込み、
一人ベッドの中で泣き、
呪いの言葉を心に刻みつけていたかもしれない。
それは決していいこととは言えないけれど、
どんな罵詈雑言をぶつけられても構わないから、
私は君の成長を見たかった。
君がどれだけ最低な子に育ってもよかった。
お互いにもみくちゃになるような、
後味の悪い喧嘩をしたかった。
世界に希望を持つだなどと生ぬるいことは言わない。
それは君にとってとても失礼なことだ。
人生は最低だ。辛いばかりで喜びもない。
だからこそ君は私を罵るのだろう。
こんなにも最低な人生を歩んでいる、
それでも人として生きている私を。
君は辛いことさえ知らないままだ。
壁の向こうから話しかけるだけだ。
蕾が花咲くのをただ見つめることすら、
君にはできやしないことだ。

できるなら君の手を引いてやりたかった。
毒にも薬にもならない慰めをしてやりたかった。
私が慰めるべきで、決して慰められるべきでもないのに、
君はとてもとても優しい子だ。
一緒にご飯を食べたかった。
それが当たり前になっていてほしかった。
当たり前のことだったのに、
お母さん。