暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

プロスドキオフォビア

2018-03-27 | -2018,2019
私はひどく臆病だ
背後で警報が鳴り響く
動かねば動かねばと思うほど
鼓動につられて指が震える

真っ白い紙の警報
「何でも創造することができる」
怖い 恐い
紙面が重なり本になる瞬間が

真っ直ぐな視線の警報
「あなたの思う丈をありのままに」
怖い 恐い
想いが連なり親愛される瞬間が

何日かぶりのシャワーを浴びる
たった十分の行水で
体は綺麗に元通り
こんなものだとわかっている
すべてはこんなものなのだと

けれど私には震える手で
虫の頭をくびり殺す方が遥かに楽だ
繰り返される虐殺は
たった一本の線を引くより容易くなる

何度も失敗して作るより
破壊する方が簡単で
何年もかけて生み出すより
破壊する方が簡単で

警報がいつ鳴るかいつ鳴るかと
肩を震わせ怯えている
それは警報などではなく
祝福の鐘かもしれないのに

正電荷を持つ陽子の警報
私はその周りを回っている
ぐるぐるとおろおろと
最低限の役割を果たしながら

やりたい、したい、できないのは
耳にこびりついた幻聴と
それを払えぬ自分の弱さ
白い紙もまっすぐな視線も
すべて祝福だと視えているのに

鼓動につられて指が震える
動かねば動かねばと思うほど
背後で警報が鳴り響く
私はひどく臆病だ

寄生虫

2018-03-27 | 狂おしい
胃袋の中にいる
いやな臭いの粘液をまとい
なまぬるい食道を通った時すでに
骨はあらかた砕けたらしい
川にとどまる滞留物に似た
やけに細かな泡の浮く
肌を突き刺す消化液、
入る前の私はそのような
想像をしていたものだけれど
わたしの体積と胃袋の容積では
真空パックがもはや正しく
隙間という隙間から
否応もなく染みてくる
黄色く痛く ほんのりと
甘苦い胃液が滲みてくる
咀嚼の傷から肉は灼け
細い指から細胞は融け
だけれどなんとも不思議なことに
髪はほとんど残ったまま
目の端でずり落ちていくわたしの頭皮
むきだしの骨と肉との境から
血さえ滲まない、と思っていた
蠕動の確かな圧力が
レッドアウトをもたらすよう
胃液に混じる血液は
それでも刺激を緩和する

溢れろ、溢れろ
わたしの血潮よ
残さず剥がれたこの爪も
残らず抜かれたこの牙も
その内壁を破れないなら
流れろ、失せろ
わたしの血潮よ
最後まで生きてみせようじゃないか
最期まであがいてみようじゃないか
消化不良にさせてやろうじゃないか

苦しみ呻くなまぬるい胃壁
次の消化を待つだけの
わたしの脂でぬめる胃壁
てらてらと光る舌を押し付けて
甘く痺れる胃液を啜る
咀嚼し、嚥下し、また啜る
合わせ鏡はひとときのもの
錆色に淀む胃液のプールは
少しずつ容量を増して行く
わたしという体積を吸収し
新たな消化液を獲得して
止まっているほど緩慢な速度
それでも足を舐めるヤギは
確実にその皮膚を削ぎ落とす
わたしのヤギはこの胃壁
ぷるんと瑞々しい肉の壁
赤い舌は赤く紅く
縮れて削れて収縮する
それでも、ああ、
止められない
ほんのりと色づく肉の壁に
むきだしの歯茎を添えて食む
わたしのヤギはこの胃壁
そしてヤギはこのわたし
どうかあふれるこの胃液が
消化不良にあえぐ臓器が
ちいさなちいさな傷によって
大きな穴を開けますように

虚実

2018-03-23 | つめたい
思い悩む人がいる
わたしはそれに手を添えて
軽く背中を叩いてやるのだ
転落、誰もがそう呼んだ
彼らは昇っていったにすぎない
天上でもなければ地下でもない
虚へ昇っていったのだ
ごらん、彼らの見開いた目は
一体どこを見ているというのか
どこも見ず
何をも見ず
ただ残骸を晒すのみ
彼らの懊悩は解き放たれて
しかし在るのはこの表情
答えておくれ、愛しい骸よ
いいや答える必要はない
所詮骸は骸に過ぎず
生者もまた実には至らず
わたしはわたしの中に在るだけ
取って代わりはしないのだから
彼らの懊悩は好ましく
蜜は蜜より甘やかで
彼らが虚へ向かう路を
胡乱な目で彷徨う様を
不在の道程へ至る苦悩を
眺め、記録し、手を添える
たったそれだけで構わないのだ
転落、果たしてそうだろうか
わたしの手を振りほどく者は
これまで一人もいやしない
ならば私は背中を叩き
優しく囁くだけでいい
存在しない虚数を選び
可視できぬ実を捨てていく
あるいはわたしのことをして
誰かはおそらく言うのだろう、
死にたがっているのはお前の方だと
実のところ、わたしは常に
背中を押されたがっている
さあ押すがいい、か弱き背中を
わたしは決して苦悩しない
わかっている、彼らは虚へと
虚へと昇って逝ったのだと

wispy whisper

2018-03-22 | あたたかい
君と出会ったのは
今のように雨の降る夜だったろうか

生温い空気に不似合いな
冷たく刺さる水の音
私はひどく凍えていた、
木陰はむしろ私の肌から
温もりを吸い尽くしているようで

大きな瞼に並んで茂る
豊かな睫毛に指を絡める
君の頬に埋もれねば
私はもはや眠れないのだ

冷たい雨がふいに止む
見上げれば巨きな黒い黒い影
死霊のように浮かぶ白と
珠のように輝く黒と
こぼれ落ちるほど円い瞳が
じっとこちらを覗いていた

ああ、今日もとても寒い
君よ、願わくばその懐へ
私を収めてはくれまいか

温もりを与えてくれただけでなく
私は君をとても
とても美しいと思った
うっすら生えた産毛でさえも
雨粒に光り輝いて見えた
実際君は輝いていた
私に伝わった温もりは
きっと物理法則にとどまらない

ひどく冷たい雨だ
君の懐にいようとも

優しく微笑んでくれ、君よ
その長い耳に触らせてくれ
私の顔ほどもある
つぶらな瞳を向けてくれ
皮膚を裂く冷たい雫も
君にかかれば熱く燃える炎になろう

濡れそぼった産毛に手を這わせ
私は君に触れるのだ、
ひんやりとした長い耳へ
私の秘めた思いをひとつ
熱い吐息に込めてささやく
君よ、微笑む君は
どんな陽よりも美しい
どうか私のくだらぬ睦言で
君が微笑んでくれたことを

えせびと

2018-03-12 | つめたい
あなたは案山子
立っているだけでいい
綿布でできた皮を開けば
頭の中は藁でいっぱい
決して肉も詰まっていなければ
回路の巡る脳神経もない
ならば藁を詰めた方が
何倍も人の役に立つでしょう
立っているだけで許される
なんて羨ましいあなた
あなたは案山子
あなたを人とは
認めない

凍てつく灰

2018-03-09 | -2018,2019
山はいつでも私を、人を
憂いもなく見下ろします
見上げることなどありやしません
人が人である限り

私はただ生きてきた、
連綿と続く血の筋を
在り続ける日をただ
粛々と、粛々と

それは寒さに凍えた日
山は分厚い化粧で覆い
私はそれを見上げていました
それはとてもよく晴れた朝

私に何が出来ましょうや
ただ顔を覆う以外に
陽は高く昇ります、
そしてゆっくり沈んでいきます

強い風が吹いた時
私は外套を掴むばかりで
見下ろす山のことよりも
溶けゆく雪道を歩くのに
何より苦心しておりました

寒い日は嫌いではないのです
静かに音を吸い込む雪も
けして嫌いではないのです
険しい雪山を登りながら
凍てつく息を吐き尽くしながら

日が沈めば夜が来る
風はやがて吹雪になります
がたがたと揺れる戸の音が
鼓膜を食い尽くしておりました

眠る時とて安らかなもの
荒れる大気に慣らされたのは
私だけではなかったはず
夜はやがて朝になり

全てはとうに終わった後
山頂から見えるのはあまりに綺麗な雪景色
麓もすっかり白一色で
他には何も見えないほどに

私に出来うることといえば
凍った掌を擦るだけで
堆い灰、凍てつく灰を
溶かせど街へは帰れぬのです

そこが頂であったとしても
山はこちらを見下ろしています
在るはずの町も、ただ静かに
憂いもなく見下ろします

私に何が出来ましょうや
涙の筋を凍らす以外に
出来ることなどありやしません
人が人である限り

痛くても殴る

2018-03-08 | 心から
腕が痛む
ああそうだ、びりびりと
神経繊維を依り代にして
縦横無尽に根を生やされたようだ
私の腕ではない、もはや
この腕はそいつのものであり
痛みとともに振り上げられた手のひらを
ぱきぽきと音をたてしなる腕の鞭を
見当違いに曲がる節くれだった枝の指を
どうか私のものと思ってくれるな
私ではない、このような腕など
そうだろう
だから仕方ないのだ
仕方のないことなのだ

ひとり遊び

2018-03-05 | 錯乱
もう終わったことだからと
優しく頭を撫でられる
赤い炎が消えたあとの
黒い水

まだ終わっているはずもなく
日増しに足は重くなる
黒い水を流したあとの
白い土

そこにあるのは空っぽの塒
身を横たえまぶたを閉じて
また開いて見えるものは
瓦礫と煤と炭と灰

もう終わったことだからと
優しく頭を撫でてやる
黒い炎が燃えたあとの
赤い水

まだ終わっているはずもなく
日増しに足に重りをつける
赤い水を流したあとの
白い土

そこにあるのは空っぽの塒
うずくまって匂いを嗅いで
(ゆっくり息を吸い込むんだ)
吸い込んで 吸い込んで 吸い込んで
(最後まで息を吐き出すんだ)
吐き出して 吐き出して 吐き出して
(夢、幻、悪い夢、すべては)
そうして見えるものといえば
(終わったことだから)
瓦礫と煤と炭と灰、

もう何もかも終わったというの
塒を焼き捨てればそれですべて
何ひとつ終わっていやしない
古巣を捨てることさえできないのに

何もかもは終わった後
燃えて消えてあるのはただの残骸にすぎず
何もかもすでに終わったことだ
古巣を捨てることができないだけで

赤い炎ですべてが燃えた
(黒い炎ですべてを燃やした)
黒い水ですべてが流れた
(赤い水ですべてを流した)
白い土ですべてが消えた
(白い土ですべて消えた)
けれどまだある、ここにはまだ
(何もない、何もない、何もない)
瓦礫と煤と炭と灰、
(息を吸って 吐いてごらん)
ここに塒のあった証が
(頭を撫でてあげるから)

働けど

2018-03-03 | 暗い
仕事をしているという大義名分を得れば
それ以外に何一つ動かなくとも
社会的には生存を許される
生きがいもなく
趣味もなく
仕事への意欲もなく
日々の感謝さえもなく
ただただ受動的に映像を眺め
余暇をすべて使い切ったところで
りっぱな人だと褒めそやされるのだ