暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

小説:炎のダイブ

2007-05-31 | 
拍手喝采を前に、私は殺人者になった。

耐え難い恍惚に頬が緩むのを抑えることができない。
二度、三度。
今は何度目だったか。
「いいぞ。もっとやれ」
彼らの野次に私は手を振り答える。
かなり前から死体と化していた男は、今や肉の塊となっていた。
骨と肉と内臓がない交ぜになり、金槌を振り下ろした音はひどく柔らかい。
これがかつては歩いていた人間だと、一体誰が想像できるだろうか。
彼は五十八の生涯をここで閉じたのだ。
私が彼の全てを無に帰したのだ。
「いいぞ。燃やせ」
自己陶酔に浸りながらも、私は観客の声援に応えようとした。
金槌を床に置いてズボンのポケットを探る。
ライターがここに入っていたはずだ。
「いいぞ。燃やせ」
一人の野次とともに、肉塊めがけて液体が飛んできた。
刺激臭のするその液体は近くに立っていた私にもかかる。
「いいぞ。燃えろ」
観客の怒号は、当初のものとかなり異なっていた。
目を血走らせ、唾を散らし彼らは燃えろ燃えろと叫ぶ。
唱和はこのホール全体を揺らすほどだった。
息をつく暇もなく、更に観客席から何かが飛んできた。
マッチか。
火がついていた。
ボッと音をたて床に引火し、瞬く間に炎へと変わった。
肉塊を青い炎が包む。
炎の手は当然、私の体にものびてきた。
逃げようと踵を返した瞬間、背中が燃え上がる。
「ああああああ。ああああああああああ」
床を転げ回ったところで炎に炙られるだけだ。
熱い。
死ぬ。
ナイロン製の服が熔けて皮膚と混ざりあい、手のひらから腕にかけて無数の火脹れが出来つつあった。
誰だガソリンなんかぶちまけやがった奴は。
炎に視界を遮られ、熱さに耐えきれず叫びながら観客席を見遣る。
観客たちは大笑いしていた。
涙まで流す者もいる。
「いいぞ。燃えろ燃えろ」
「人殺しが燃えたぞ」
「いい気味だ。人殺しは死ね」
「あのクソみたいな爺も死ね」
「いいぞいいぞ。もっと燃えろ」
彼らのは口々に叫び盛大な拍手を打っていた。
いろんなものが焦げ、あるいは溶け落ちるのを感じながらも、私は観客席の前方にある物を見つけた。
ポリ缶に入ったガソリン。
私はそこめがけて観客席に飛び込んだ。
人生最初で最後のダイブだ。
ボッ。
その音を聞いてほくそ笑む。
殺人者はみんな死ね。

苦い蜜

2007-05-28 | 狂おしい
苦痛だけを君に与えて育てよう

私が満足するためだけに

必要なだけ泣き叫んでくれればいい

大丈夫だよ 君だけ一人にはさせない

君には私だけがいれば十分だ

恐そうだね それだけかな

それだけで私は君に夢中だ

夢中なだけなんだよ

骨を砕けばどんな声になるだろう

私は冗談だけでなく狂ったけど

狂わせたのは君 君だけだ

責任をとってくれるだけでいい


殺さないよ

愛しいから

願っていたしまだ欲しい

君が見たい

すべての君だけを欲しい

砕いてあげるよ

何もかも

養豚場

2007-05-25 | -2007:わりとマシなもの
戒律に縛られ
自律的な機械たちは自虐を味わう
独壇場のサディストの群れ
牛を買うのは召し使いだが
牛を食うのは主人の仕事である

立ち上がるがいい
お前たちは箱に整然と並んだ
主を満足させる豚なのだ
その足で立つがいい
ちょうど退屈していた独裁者は、
戯れにその骨を折ってしまうだろう

生きたいならば考えるな
自分が何のため生きているのかなどと
勝ちたいならば仲間を捨てよ
それらはお前の新たな豚となる

今が今がと騒ぐ
識者ぶった猪たちも
所詮は工場から生まれたのだ
どれほどに自律をうたおうが
主が踊れと言えば踊る
その主こそが飼い慣らした猪なのだから

悩む頭など持ってはいけない
もしも安穏に生きたいのならば。
自由などという言葉に踊らされてはならない
もしも誇りを取り戻したいのならば。
足を折られる覚悟があり
足を折られる前に逃げる意志があるならば
立つがいい
牙を向け
そうすれば次はお前が
服を着た豚になれるのだ


こごろし

2007-05-24 | 狂おしい
可愛い赤子
わたしの子です

この子と生きていくのです
顔を見るだけで
しぶとい疲れも忘れるのです

ああ、ああ、
この子は天使
誰にも渡さない
愛を奪われてはなりません
世界に汚れてはなりません

邪悪は
ふとした時にこそ
姿をあらわし
そのたびわたしを絶望に貶めてきました
この子にはそのような思いなど

名乗り出てください
パパは誰

可愛い天使
どうか幸せになって
わたしも幸せになったから
どうして
こんなことになるのでしょう
わたしは幸せ
あなたがいるなら

小さな肉塊
わたしの子です

退行

2007-05-23 | 暗い
流行り病でもないのに
取り返しもつかない
聞くけどどうすれば
時間を逆行できるというのか

汗が気持ち悪い

与えられなかった
だから成長できなかった
許される時間を
そうでもしなければ私は
不条理な言い訳をしなくてはならなくなる

遅すぎる
今更、あなたは
何をしようと言うのか
今更、なのに
なぜ期待してしまう
もう望まないはずだった

(それで望むのが子供だと言うなら)

軒並み裏切り

2007-05-22 | かなしい
マイクロバスを見送った
窓に顔も出さないなんて

作った粘土は失敗で
君に少しも似ちゃいない

送ったメールは無視されて
君は何にも教えない

こんなの何てことない
痛い痛い

許してよ 心まで
さよならだって言わずに

作った涙も失敗で
でも怒ったりしたくない
だけどだけど
気にしてばかりの嘘だらけ
許してよ

百合恵の脱け殻

2007-05-21 | -2007:わりとマシなもの
右手を口許にあてて笑う顔は
何もかもを許さない
石膏のように白い指
触らないでと言っている

それは夢を見ていた
そして夢に絶望して
眠りたくても眠れずに
枕を濡らして明かす夜
大人になんてなりたくない
でも子供でもいたくないの
目に見えるものすべてに
絶望する

壊れてなんかいない
彼女は脱皮したんだ
願いを神様がきいてくれて
百合恵は蝶になったんだ

少女は蝶になるの
少年は蝉になるの
だってそういう決まりだもの
大人になるのはね
きっと悔しかったからよ

石膏のように白い指
触らないでと言っている
冷たい殻はさみしくて
残された殻はさみしそうで
大人になれなかった体
腐っていくのはなぜだろう



砂漠の女王

2007-05-21 | 
カーラの爪が手綱をにぎる
砂漠は続き
谷間は暗い

カーラの馬は首を忘れて
六つの足は闇雲に
爪が手綱を引く
砂漠を抜けようと

夜には死を囲んで
粒子さえ動きを止める
ローブを翻し
その足を折り
朽ちゆくカーラは
歪めた顔を隠した

馬に寄り添い
虫を弄び
朝を待つ

カーラは馬の頭を隠した
かわりに自分の頭が
どこかへ消えてしまった
砂漠の虫に見放され
谷間を忘れ
愚かな魔女は忘れてしまったのだ

砂は何でできているのか
虫と石が笑う
愚かな驢馬よ
愚かな老婆よ

カーラの体は朽ちた
砂漠は死んだ
頭蓋の上に沼があらわれ
驢馬頭のカーラは死んだ