拍手喝采を前に、私は殺人者になった。
耐え難い恍惚に頬が緩むのを抑えることができない。
二度、三度。
今は何度目だったか。
「いいぞ。もっとやれ」
彼らの野次に私は手を振り答える。
かなり前から死体と化していた男は、今や肉の塊となっていた。
骨と肉と内臓がない交ぜになり、金槌を振り下ろした音はひどく柔らかい。
これがかつては歩いていた人間だと、一体誰が想像できるだろうか。
彼は五十八の生涯をここで閉じたのだ。
私が彼の全てを無に帰したのだ。
「いいぞ。燃やせ」
自己陶酔に浸りながらも、私は観客の声援に応えようとした。
金槌を床に置いてズボンのポケットを探る。
ライターがここに入っていたはずだ。
「いいぞ。燃やせ」
一人の野次とともに、肉塊めがけて液体が飛んできた。
刺激臭のするその液体は近くに立っていた私にもかかる。
「いいぞ。燃えろ」
観客の怒号は、当初のものとかなり異なっていた。
目を血走らせ、唾を散らし彼らは燃えろ燃えろと叫ぶ。
唱和はこのホール全体を揺らすほどだった。
息をつく暇もなく、更に観客席から何かが飛んできた。
マッチか。
火がついていた。
ボッと音をたて床に引火し、瞬く間に炎へと変わった。
肉塊を青い炎が包む。
炎の手は当然、私の体にものびてきた。
逃げようと踵を返した瞬間、背中が燃え上がる。
「ああああああ。ああああああああああ」
床を転げ回ったところで炎に炙られるだけだ。
熱い。
死ぬ。
ナイロン製の服が熔けて皮膚と混ざりあい、手のひらから腕にかけて無数の火脹れが出来つつあった。
誰だガソリンなんかぶちまけやがった奴は。
炎に視界を遮られ、熱さに耐えきれず叫びながら観客席を見遣る。
観客たちは大笑いしていた。
涙まで流す者もいる。
「いいぞ。燃えろ燃えろ」
「人殺しが燃えたぞ」
「いい気味だ。人殺しは死ね」
「あのクソみたいな爺も死ね」
「いいぞいいぞ。もっと燃えろ」
彼らのは口々に叫び盛大な拍手を打っていた。
いろんなものが焦げ、あるいは溶け落ちるのを感じながらも、私は観客席の前方にある物を見つけた。
ポリ缶に入ったガソリン。
私はそこめがけて観客席に飛び込んだ。
人生最初で最後のダイブだ。
ボッ。
その音を聞いてほくそ笑む。
殺人者はみんな死ね。