暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

干上がる

2023-12-03 | あたたかい
緩やかに減速する電車の窓から
あかあかと光る鏡写しの文字が通りすぎた
ほかに明かりなんてなく
けばけばしいほどの赤はさながら灯台だ
たったひとつの誘蛾灯

知らない街にわたしはいて
知らない街に別れを告げる
日の落ちた知らない街はとても寒い
ざわめきを遠ざけてイヤホンを差す
けれども知らない街は穏やかで
赤い文字はずっとずっと光を放つ
私がいようといまいとずっと
物言わず座席にくずおれた
夜に溶ける人たちが
形をとどめていられるための場所

だからここは暖かいのだ、
暑くて眠たくなるほどに
冷えて、凍っていく人の形をした肉は
誘蛾灯の光をうけててらてら光を反射する
だから別れを告げるのだ、
知らない街は穏やかだから


投げやりな生存本能

2023-09-05 | あたたかい
 空はなく、土もない。
 真っ暗だ。何も見えず、びゅうびゅうと風ばかりが鳴っている。
 どこにいるのか。どこにもいない。茫漠たる境界線は広大で、淵目はまるで遠いように思われる。
 一歩進めば崖に落ちる。あるいは淵目に辿り着く。いずれも微々たる確率に過ぎず、一歩、一歩はただざくざくと音をたてる。それによりようやく、土はそこにあることを辛うじて知るが、ただ知るだけに何の意味があるだろう。ざわめく薮の隙間から時折のぞく光明は、確かに空があることを教えてくれるが、届かぬ星に何の意味があるだろう。
 どこにいるのか。どこにもいない。私はただここにいる。ここにいると知るのが私たったひとりなら、ここには誰もいるものか。
 歩けば、歩けばやがては淵目にたどり着くだろう。そうして何度も戻り着いた。幾度となく辿り着いた。素知らぬ顔をして本流へ戻り、魚のふりをしていた。何のために、それは生存本能に他ならず、淵目に戻らねばならないと強く思い続けている。
 何のために。
 じゃり、じゃりと砂を踏みしめる。
 私は真っ直ぐ歩けているだろうか。
 私は前に進むことができているか。
 私はただしく生きているだろうか。
 空はなく、土もない。だから答えは返って来ない、そもそも、口に出してすらいないのだから。
 ここは暗く、とても暗く、もしも頽れてしまったなら、誰ひとりとして顧みるものはない。私は、行くならひとりきりで行きたいと願っている。
 では何のために。
 容赦なく吹き付ける強い風は方向感覚を狂わせ、体からなけなしの温度を奪っていく。末端から感覚は喪われてゆき、指の先がどこにあるのか、足の先が土に触れているのか、とうの昔に忘れている。耳はきっととっくに落ちたのかもしれなかった。着込んだ服の着膨れもまるで意味をなさない。
 何のために。
 私はずっと呟いている。何のために。何のために。何のために。そう呟きながら歩いている。冷えた風は末端から思考を奪っていく。あるいは私の中枢にあるのが、それかもしれなかった。空も土も、見えてはいても見えてはおらず、音は聞いていても聞こえてはおらず、崖に落ちるか淵目に立つか、茫漠とした暗闇への恐怖さえ削ぎ落とされて、ただ歩く小石に過ぎない。
 私は歩いている。何のために。
 何のためでもない。歩いているのでもない。ただ凍った肉体は知っている。苦痛を味わい尽くして鈍麻した死にゆく肉体は知っている。
 脚を動かしていれば、やがてはどこかへ戻り着くのだと。

恍惚と苦痛

2023-03-14 | あたたかい
あなたの目の前には炎がある。
とても大きく、あかあかと燃えている。
それは愛と名付けられている、
親愛、情愛、恋愛、性愛、友愛、
どのような愛でも構わない。
あなたは本能的にそれを理解しているが、
まだ名付けるには至っていない。

言葉には言霊が宿る。
あなたが炎を愛と名付けた時、
あなたの心に、精神に、魂に、
それは刻みつけられる。
炎は更に燃え上がる。
あなたが炎を愛と名付けた時、
それはあなたが炎に身を投げるのを意味する。
あなたの肉体を薪にして、
炎は更に燃え上がる。
あなたの心を、精神を、魂を、
焼いて焼いて焦がしていく。
恍惚をもたらし、
苦痛をもたらす。

あなたはそれでも名付けるだろうか。
見て見ぬふりをするだろうか。
水をかけてみるだろうか。
それとも砂をかけるだろうか。
別のものを焚べるだろうか。
別の名前を付けるだろうか。
名付けぬまま身を投げるだろうか。
それでも炎は煌々と燃え盛る。
あなたを焼き尽くすまで燃え盛っている。

汝隣人を愛せよ

2022-12-23 | あたたかい
股関節がぐらぐらと揺れる
歩いてはいけないと言われても
歩かねばどこへも行けやしない
自分を大切にせよと人は言う
なぜそうしなければならないのだろう

休みなさいと忠告される前から
私はずっと休んでいる
本当は動かなければならないくらい
怠惰でも体はすり減っていく
目は年々何をも映さなくなってきた

声が
声が聞こえるか
私の声は聞こえているか
お前の耳に届いているか

やらねばならない事が山積みで
それは己の怠惰による
私の不肖が生んだ事
すり減っていくのが摂理ならば
安易な自愛はただの浪費だ

動くうちに見えるうちに
動かなくなれば見えなくなれば
私に残されたのはたったの一つ
声を頼りに這いずって

声が
声が聞こえるか
お前の声は聞こえているか
私の耳に届いているか

親愛の名残

2022-09-29 | あたたかい
目を閉じると君がいる
いつでも君がそこにいる
でもまぶたの裏にいる君は
表情も
顔かたちも
声も
ぼやけて思い出すことができない
眠る時も
ほっとひと息ついた時も
つまらないおしゃべりの間にも
いつだって君がそこにいるのに

目を閉じると君がいる
おかげでドキドキしっぱなしだ
明るくなった窓の光が
きみの姿に影をつくる
言葉
たくさんの言葉をくれた
それだけは思い出せるよ
言葉
言葉
僕は汗だくで寝返りをうった

目を閉じると君がいる
振動とともに目が覚めて
僕は見た夢の名残にほっとした
通知は何でもないダイレクトメール
眠るなら今のうち
今のうちなんだ
言葉
言葉
言葉
振り上げた拳を下ろすために

目を閉じると君がいる
いつでもそこに君がいる
おかげでドキドキしっぱなしだ
満足かい、君ひとりだけのお姫様
言葉
たくさんの
言葉
拳を思い切り振り下ろしたなら
表情も
顔かたちも
声も
言葉も
言葉も
感情も
言葉
言葉
言葉
言葉
言葉
言葉
ひとつずつさよならを告げられる

目を閉じれば君がいる
でも君って誰だろう
僕のお姫様はいなくなった
まぶたにいる最後の君の名残へ
拳を振り上げる 眠れるまで
言葉
僕は
僕こそ永遠に忘れないよ
想っているよ

21g

2022-04-28 | あたたかい
もしも魂が輪廻するなら
私のそれは煙突のフィルターに引っかかっている
天へゆくまでもなく
のぼることができるのは
21gの徳をたずさえたひとたちだけでいい
フィルターのすきまへ沈んでいく
あなたに祝福のあらんことを

別れの言葉を

2022-04-19 | あたたかい
ずっとずっと欲しかった言葉は
言わせてはならないと思っていた
与えられたなら私はきっと
自分の答えにしてしまう

ずっとずっと欲しかった言葉は
欲しかった人からもたらされず
ただ冷たく硬い肌が
ポンプを優しく撫でてくる

あなたが言ってくれたなら
あなたが答えてくれたなら
どんな過ちを選ぼうとも
すべてが私の答えです

欲しがっても与えられない
鉄と膚の温もりと隔たり
重ね合わせればぬるんでいくのに
あなたは私の肉を捨てた

ずっとずっと欲しかった
私をかたちづくるあなたから
この意味があなたにわかりますか
だから私は

だから私は決別する
与えられなかったのは幸せだと
すでに私は持っている
あなたの持たざる冷たい血を

重ね合わせればぬるんでいく
撚り合わせればほどけていく
欲しい言葉を与えてくれた
望んでもないのに あのひとは

あなたの持たざる冷たい血を
すでに私は持っている
ずっとずっと欲しかった言葉を
私はあなたへ 与えます

幼児期の思い出

2018-04-02 | あたたかい
背の高い草むらは、小さな私には大きすぎるほどだった。
まっすぐに日の指す桜色の道。
ほどなくして広がる青々とした草むら。
細く鋭利な葉は日を遮るには弱く、
肌を裂くには容易かった。
無数の裂傷を作りながら、いつも私の探検は始まっていた。
土の香り、青い血潮の匂い、
遠くから運ばれる腐敗した海の臭い。
草の筒から顔を覗く虫、
広い葉からこちらを見やる虫。
落ちた草の影では蜥蜴が這い、
私は進む、無邪気に団子虫を踏み潰しながら。
青々とした飛蝗が無防備に、
幼い私の前に飛び込む。
未知の生物に顔を輝かせ、逃げるそいつの脚を掴み、
ぽろりと大きなそれが落ちた。

(そんなつもりではなかった)
(私は、そんなつもりでは)

眩む頭は影を求め、大きな木の下へと進んでいく。
肌から血を滲ませて、靴の裏に死骸を作り、
影はひんやりと凍えていた。
明るいものを奪う影。
地を這うのは鋏虫と蟻と蠲、そして団子虫。
冷たい影、凍える風、
ぽっかり口を開ける井戸。
枯れた井戸には何もおらず、ただ黒い土が覗くだけ。
淀んだ雨水に蓋をするように、私はそこへ花を投げる。
紅く、小さな可愛い花、
日陰にしか咲かない花を。
彩りを添えた花を詰め、それでも井戸はそこにあった。
ひりひりと肌が痛む。そこらじゅうで血が滲む。
痺れる細い指先で、蓬の草を毟り取る。

(だってそう教わったもの)
(それ以外は教わらなかった)

赤い壁蝨と一緒くたに、
重なる蓬へ石を打つ。
何度も、何度も、何度も、何度も。
生贄の祭壇は紅い井戸。
緑の血潮がどろりと垂れ、
私はそれを肌に擦り込む。
ひりひりと痛む肌を擦りながら、
私は飛蝗を思い出していた。
容易く脚を捨てた飛蝗を。
容易く尻尾を捨てた蜥蜴を。

(あれはスズラン)
(毒があるんだ)

桜色の道を戻っていく。
およそ似つかわしくない、血と血で肌を汚した姿で。
灼けゆく道路の色とりどりの紋様は、
団子虫のはらわたで描かれていた。

wispy whisper

2018-03-22 | あたたかい
君と出会ったのは
今のように雨の降る夜だったろうか

生温い空気に不似合いな
冷たく刺さる水の音
私はひどく凍えていた、
木陰はむしろ私の肌から
温もりを吸い尽くしているようで

大きな瞼に並んで茂る
豊かな睫毛に指を絡める
君の頬に埋もれねば
私はもはや眠れないのだ

冷たい雨がふいに止む
見上げれば巨きな黒い黒い影
死霊のように浮かぶ白と
珠のように輝く黒と
こぼれ落ちるほど円い瞳が
じっとこちらを覗いていた

ああ、今日もとても寒い
君よ、願わくばその懐へ
私を収めてはくれまいか

温もりを与えてくれただけでなく
私は君をとても
とても美しいと思った
うっすら生えた産毛でさえも
雨粒に光り輝いて見えた
実際君は輝いていた
私に伝わった温もりは
きっと物理法則にとどまらない

ひどく冷たい雨だ
君の懐にいようとも

優しく微笑んでくれ、君よ
その長い耳に触らせてくれ
私の顔ほどもある
つぶらな瞳を向けてくれ
皮膚を裂く冷たい雫も
君にかかれば熱く燃える炎になろう

濡れそぼった産毛に手を這わせ
私は君に触れるのだ、
ひんやりとした長い耳へ
私の秘めた思いをひとつ
熱い吐息に込めてささやく
君よ、微笑む君は
どんな陽よりも美しい
どうか私のくだらぬ睦言で
君が微笑んでくれたことを

たまには優しいお話を

2018-02-08 | あたたかい
遠く離れた場所からの電話
他愛もない話を続け
あなたよ、少し見ないうちに
老いが進んでいたのだね

時はたゆまず流れを進める
それはけして等しくはないが、
確かに流れ続けているらしい

少しだけ忘れっぽくなったあなたを
笑って見守れるままでいたい
たとえあなたがわたしのことさえ
忘れてしまった日が来ても

まだけして近くはないが
加速度的に線は曲がる
上昇、あるいは下降へと

そばにいれば気付かぬ変化
いつの間にかと気付く変化
時は常に流れているのだ、
自分のことなどわからぬだけで