暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

黙祷

2019-07-29 | -2018,2019
大切な人を亡くしたとき
あなたはこう言うだろうか
彼はきっと天の上から
こちらを見守っているのだと

私に彼の者の姿は見えない
与り知らぬ誰かにとっても
姿を見ることはないだろう

天上へのぼる彼の姿は
あなたにしか見えないものだ

彼の庇護を感ずるべくは
あなただけに齎されるものだ

誰かはきっと言うだろうか
彼が天から見守っていると
あなたをきっと見守っていると

彼を知らない誰かのことばで
たとえあなたが救われるとしても
私は救いの言葉を口にはしない

いつか大切な人が喪われたなら
私の天には訪れるだろう
彼の 彼女のまぼろしが
それは私だけに視えるものだ

あなたの天はあなたの上にあり
私の天は私の上にある
それ以外にはどこにもない
天はあなただけのものだ

だから私は口にはしない
どうかあなたの天上が
眩いものでありますようにと
黙して祷る以外には

スキナー

2019-07-24 | 狂おしい
指の皮を剥いでいる。
何故ってやることがないからだ。
これも中々面白い。
気を抜くと白んだ真皮も抉れてしまう。
直角に剥がすのがコツらしい。
シールを剥がすのと同じことだ。
血が出ると剥がしにくくなる。
そう考えると人体はつくづく効率的だ。

爪は伸ばした方がいい。
爪の間の皮がめくれる。
だから伸ばした方がいい。
摘むのにも適している。
それにいずれ折れるのだから。
切る必要なんて無い。

一回剥いで終わりではない。
重要なのは皮膚の再生が始まる頃だ。
分厚く、しかも浮いた皮膚だ。
定着する前にまた剥いでいく。
そうしてじわじわ領域を広げる。
第一関節を超えて。
第二関節を耐え忍び。
曲がらない指は勲章だ。
人差し指の爪は親指側だけ凹んでいる。

爪は切らなくたっていい。
折れた爪と抉れた肉も問題ない。
怪我をすれば血が出るだろう。
血は固まれば瘡蓋になる。
やることがないんだ。
これぐらいしか。
瘡蓋を剥がせば血が出る。
皮膚を剥がせば再生する。
やることがないんだ。
剥がし尽くしてしばらくは。
やらなくちゃならないんだ。
やることを探さなくてはならないんだ。
唇の裏の皮も。
足の裏の皮も。
剥がしてしまった。
自分の体の剥がせる場所は。
上手くやるよ。
ずっとやってきてるから。
上手くやるから。

不眠

2019-07-22 | 自動筆記
吐き気がするほど疲れている
じっとり濡れたシーツを握り
待てども鐘は聞こえてこない
瞼のうらでぎゅるぎゅる蠢く
けばけばしい芋虫を潰せたら

(骨はまるで鉛だし)
(肉はいったん挽いて戻されたんだ)
(詰め物の鳥)
(つくねの焼き鳥)

消えた芋虫、増える梯子
階段を登れど上がりもせずに
だらだらと転がり落ちていく
奈落の底に落ちてしまえば
そこが楽園と呼べるはず

(どんなオチをつけるつもりだった)
(何を考えていた)
(何しろ脳みそが足の下まで)
(攪拌されたものだから)

明日は何をすべき
(あれとあれとあれ、あとあれ)
(まず起きること)
明後日は何をすべき
(その前に眠ること)
明明後日は
その次は
その次の次の次の次の次
(寝て起きて寝て起きて寝て起きて)
生きる手順:
目を開ける。手を動かす。時計を見る。二度寝をする。また目を開ける。目覚ましを止める。足を動かす。立つ。歩く。下着を下ろす。排泄をする。流す。コップをとる。水をひねる。うがいをする。コップをかける。はぶらしをとる。はみがきをする。うがいをする。重複に気付く。間違った。間違った。もうわからない。何もわからない。いいや大丈夫。巻き戻そう。
うがいをする。はみがきをする。顔を洗う。ごはんはいつ食べる。今か。後か。もっと前だったろうか。ごはんを食べる。覚えているうちに。思い出している。そのうちに時間が来る。家を出る。歩く。歩く。歩く。人を縫って。人を見送って。たどり着く。仕事をする。鏡を見る。化粧を忘れている。巻き戻そう。
顔を洗う。化粧をする。いや。巻き戻せない。仕事をしているのだから。会話をする。話をする。ひとと。話を。疲れている。鼓動が増える。最近自覚したことなのだが、いつからか会話をする際におのれの首に手を添える癖がついていた。添えるというより、力を込めれば絞められるような形に。首のカーブに沿って自ら手を添えている。あなたと会話をすることはまるで首を絞められているようです。
首を絞める。解放する。解放される。帰る。ごはんを食べることを忘れていた。巻き戻せないのでそのままにする。風呂に入る。そして目を閉じる。
目を開ける。
繰り返しているはずのことを、
(なぜ繰り返すことができず)
私は
(さも真っ当そうな顔をして)
お腹がすいた。

明日は何をすべきだろう
今日すべきことさえできないのに
明日のことを考えて
(紛れ込んでいるのか)
明後日のことを考えて
擦れ合う袖の数を憂いては
(こそこそ隠れている)
芋虫がひとりでに消えるのを願っている
(もう芋虫は)
消えた、芋虫は消えた
欠けた梯子を転がり登っている
挽き肉をぽろぽろこぼして
奈落はきっとあと少し
底に広がる楽園によって
ヒトの生活を許されるんだから

わたしだけの虹

2019-07-22 | -2018,2019
健やかに生きる君よ
君に綺麗なものだけを
見せていたいと思うのは傲慢か
ガラス玉のその心を
汚さずにいたいと思うのは独善か
純粋に生きている君よ
跳ねた泥さえ許したくない
泥を作ったそいつを殺して
ついた血糊を洗うのは私
そうして護っていきたいと
心から願うのは欺瞞だろうか

澄んだガラスは光を通す
きらきらとプリズムを乱反射させて
新雪を汚したがる輩は君を
穢す喜びの贄にしたがるだろう
私は君を育むためなら
いくらでもいくらでも骨身を穢そう
その虹色に輝くスクリーンを
少しでも長く見ていられるのなら
もしそのためにほかの生き物
すべてを殺さねばならないのなら
私はそれらを滅ぼしてやりたい
そして最後に残ったいちばんおおきな
穢れをこの手で消し去ってやりたい
健やかに生きる君よ
はらはらと落ちる涙はさぞや
美しく私の肌に落ちるだろう
君にかかる虹を間近で見るために
穢れない君を生かしておきたい
穢れなく生きる君を保たせてやりたい
私の望む君の姿だけを
見ながら死んでしまいたい
曇ってしまったガラス玉を
磨く術など知らないのだから

生き埋めの墓地

2019-07-08 | -2018,2019
ここは歯車の墓場です
とはいえ我々は生きている
あなたも連れて来られたのですね
落伍した気分はどうですか

何をすべきかと問いたいのでしょう
何もしなくても良いのです
たくさん働いて来られたのですね
ここはとても楽な場所ですよ

だらだらと余生を消費しても
誰も何も言いません
だって工場長が許してくれたのです
私たちだって生きているのだからと
ずいぶん冷たい目をしておられますね
けれどもうあなたも私たちと
同じ捨てられた欠陥品に過ぎない
動かない歯車は使えませんから
あなたは役立たずの楽園にいます

彼は事故で歯が欠けた物
彼女は隣の歯車と噛み合わなかった物
私は作り出されたその時から
生産ラインに弾かれた物

働いてはいけません
遊んでいてもいけません
私たちはただ生きることを
許されているに過ぎないのです

良かったじゃありませんか
あなたの余生は三十年
私の余生は八十年
生きていていいのです
生きていていいのですよ
どれだけ削れて壊れても
どれだけ欠けて不揃いでも
生きていればいいのです
呼吸さえしていればいいのです
楽しいとか辛いとかそんなもの
墓場に持ち込む必要はない

生きていればいいのです
生きていなければならないのです
いっそ鉄屑にして欲しいと
誰も願わなかったとお思いですか

ここは歯車の墓場です
おめでとう、ようこそ、楽園へ
落伍した気分はどうですか
何ともないと答えなさい

無関心

2019-07-01 | つめたい
目を開いてこちらを見ろ
私の姿を、目を開いて
無かったことにするために
私の喉は切り取られた

私の声が聞こえるか
(何も聞こえない)
私の叫びが聞こえるか
(何も聞こえない)
私は無を発している
私の声が聞こえるか
(何も聞こえない)

目を開いて鏡を見ろ
お前の姿を、目を開いて
無かったことにするために
お前の耳は潰された

この声が聞こえるか
(何も聞こえない)
この叫びが聞こえるか
(何も聞こえない)
肋の骨に押し付けた
震えがお前に伝わるか
(何も、聞こえない)

目を開いて外を見ろ
彼らの姿を、目を開いて
無かったことにするために
彼らの目はくり抜かれた

私の声が聞こえるか
(何も見えない)
私の叫びが聞こえるか
(何も見えない)
私の声になってくれ
お前の叫びを聞かせてくれ
(何も、何も見えない)

目を開いて、鏡を見ろ
私の姿だ、言うまでもなく
何も無かった空洞を
無かったことにするための

私の声が聞こえるか
(何も届かない)
私の叫びが聞こえるか
(何も聞こえない)
誰もが嘆きに感じ入る
隣の座標は遥かに遠い
(何も見えない)