暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

安い言葉

2018-05-31 | つめたい
平野にあなたは立たされる
街もなければ道もない
わたしは天の声となり
さまようあなたを眺めている

心を亡くして殺されていた
あなたに似合いの場所だろう

窮屈なものに押し込められ
身動きひとつとれないでいた
あなたに似合いの場所だろう
ここはとてもとても広い

狭い路地を縫って歩く
わたしにあなたは声をかけた
ぎちぎちに詰まった箱の中から
どうか私を助けてほしいと

わたしはあなたの手を引いて
雑然とした街路を駆け抜けた
楽しかったろう、わたしのように
かつての無邪気なわたしのように

あなたは夢想を話して聞かす
永遠に叶うことなどないのだと
まるで言い聞かせるかのようだ

この街をひとりで歩きたい
でも私にはあなたがいるから
ひとりでなくとも大丈夫だと

「とても助かるわ、あなたがいて」

わたしが手を離したならば
あなたはどれほど望みを絶やし
泣き崩れることだろうか
わからないわからないと呟いて

わたしがあなたにもらったものは
たったひとつのことばきり
箱詰めのあなたの得た幸せを
聞かされるのにはうんざりしている

さあここは広い平野
あなたの手は何をも持たず
かつての理想のことばのままに
あなたはひとり平野にいる

(あなたのように自由に動けたら)
(あなたはあなただからわからないだろうけど)
(私は動けないからあなたが)
(あなたが私を動かして)

望むのならばその平野
あなたを裸に剥いてもいい
大声で吠えさせることもできる
三日三晩踊り狂わせることも

けれどわたしはあなたのことを
ただただ眺め続けよう
街もなければ道もない
あなたがさまようその姿を
理解できずさまよい続け
努力もせずに嘆き悲しみ
何にも成さずに死にゆく姿を
生きて帰って来れたなら
めでたくゲームクリア、ただそれだけ

世間話

2018-05-23 | つめたい
流れを止めた水を飲み
美味そうに舌鼓を打つ
ぺちゃりくちゃりと喋る口
停滞するのは水だけか

軽く嘯くその舌は
人の死などは構わないと言う
それは確かに道理でもある
死にゆく魚も見捨てるのだから

あるのは己の快不快
随分おおきな新生児だろう
皺にまみれたその肌と
よだれの散る口もさながらだ

さぞやさぞや不快だろう
濁った水は安寧の宿
すべての水を入れ替えたなら
魚はたやすく死ぬのだから

さぞやさぞや快かろう
追従の笑みと賛同こそは
深く刻まれつつある皺が
ぴくりひくりと震えている

ただ満たされたいだけだろう
淀んだ水には淀んだ水を
そこがあなたの棲む世界なら
そこでしか息を継げぬと言うのなら

どうぞそこで死に絶えるがいい
わたしの水が毒と言うのなら
入れるつもりなどないと返そう
あなたはあなたの世界の中で

ひっそりと生きて死ねば良いのだ
わたしをどうぞ迎え入れるな
毒はどちらも同じこと
顔を歪めたのはあなたではない

冬虫夏草

2018-05-14 | -2018,2019
ひとり忍んで雪の下
わたしは寒さに凍えます
差し伸べたるは土の腕
わたしは抱かれて眠ります

飛び出たるのがこの世です
やけにぼうぼう姦しく
きんきん刺さる日の光
ひとり忍んで影の中

ひとり忍んで枯れ草に
わたしは隠れて過ごします
差し伸べたるは土の腕
わたしは抱いて眠ります

飛び込みたるのは川の中
ささらささらと水はそよぎ
沈む石に追われる魚
ひとり忍んで水底へ

わたしは春に芽吹きます
それまで雪の、枯葉の、川の下
子の逆上がりをするたびに
ねじはぐるりと逆回り

きんきらきんきん姦しく
影へ陰へと潜みます
しっとり吸い付く土の腕は
まるで親しき友のよう

わたしは春に芽吹きます
それまで忍んで土の中
いつとも知れぬ春が来れば
ひとり抱き合い昇ります

足踏みの足跡

2018-05-14 | かなしい
全てはすでに終えた後
ここにあるのは打ち棄てられた
人のくらしの跡ばかり

心寂しいと言う彼は
廃墟を棄てて外へ出た
私はいやに高い空を見て
向こうの塔を眺めている

ここの時間は止まったまま
獣でさえも近寄りはしない
ときどき雨を凌ごうと
大小のいきものがとどまるだけで

辛くなるからと言う彼女は
瓦礫の上に家を建てた
私はいやに暗い塒から
ぽつりと灯った光を眺める

誰も彼もは瓦礫を置いて
誰も彼もが廃墟を棄てて
新たな道を作り出す

私はがらんどうの残骸に
ぼんやりと揺蕩い続けたまま
空の煙を眺めては
土の煙を眺めては

彼らのように乗り越えて
行くには足が重すぎるのだ
それにここは私には
とても心地が良いのだから

止まった足はいつしか消えて
止まった心もいつしか消える
揺蕩い続くのは私の瓦礫
寄る辺をなくした来訪者の
煙は大気に霞んでいった

煩悩

2018-05-10 | 明るい
浅ましい思いがあるのです
胸に秘めてはいるのですが

まるでおぞましい腐臭を放つ
そこの排水溝の中のような

わたしは焦がれて、焦がれて
もはや焦がす隙間もないのです

伸びる手は望むものではなく
それならいっそ奈落の底へ

ぬめる粘膜に舌を這わせ
噎せるような鉄の匂い

どうかこの腕を、脚を
切り落としてくれませんか

焦がれた末に噴き出す炎を
あなたに向けねばなりません

さなぎにもならない芋虫ならば
いっそわたしは貝のように

埋められた土で時折火を吐く
うごめくものになれるでしょう

胸に秘めるが美徳なのだと
理解しています、だとしても

ああ、どうか、どうか
この腕を切り落として
この脚を削ぎ落として
排水溝の奥また奥へと
落として、この芋虫に
灰をかぶせてください

後ろめたい正義

2018-05-03 | かなしい
母とは疲れるものなのだ、
今のわたしがつぶやいている
逃げゆく母の背中を送り
連れゆく娘の姿を見遣り
わたしが看過すれば済むこと、
与えられた椅子に座る

きっと彼女は疲れていた、
この鮨詰めの箱の中で、
立てども立てども立ちんぼう、
優先座席など絵空事、
ひとりならば耐えられたものを、
耐えられなかったのだろう、
それがふたりなればこそ。

目を伏せするりと魚のように
彼女は手を引き逃げていく
わたしが看過すれば住むのだ、
椅子に沈むわたしの姿を
幼い首を傾げながら
去りゆく娘が見つめていた