暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

微睡む余生

2012-12-31 | かなしい
あなたの温もりを思い出そうとしている
しかし私の温もりすら思い出せない

あなたの優しさを思い出そうとしている
しかし私の優しさは体と一緒に吹き飛んだ

思い出すということは残酷だ
もう決して味わうことがないと突きつける
それなのに私はまたあなたを思い出す
冷たい指先の反響を聞きながら

抱き締めるあなたの体は温かかった
あなたもまた私を温かいと言った

いたずらに私の目を覗くあなたは優しかった
笑いかける私も同じものを返していた

しかしあなたは思い出の中
私は硝煙の最中にいる
もはやあなたは思い出の中
蘇ればきっと私はあなたを撃ち抜くはず

もう二度と手に入ることのない思い出に浸かり
それでも私は泥にまみれて生きている

涙も出てこない現在になってなお
私は絶望しきることができない

冷たさの中にある温かさ
それはまるであなたのようで
冷たくなる体はかつて熱を持っていたのだから
あなたの代わりにそれを抱いている

温かく優しいあなた
冷たく冷酷なわたし

けれどあなたは思い出の中
そしてわたしも思い出の中

幻想なんてとうの昔に嘲笑った
だのにいつかに私はあなたを思う
冷たく生ぬるい砂塵に包まれ
だから私は絶望することができない

改正法案

2012-12-29 | 
小さいながらも幸せだった私の世界はある日を境にすっかりと消え失せてしまっていた。
ある日と言っても私にはきっかけなどわからなかったし、ふいに今が異常であると悟っただけのことだ。
些細な変化、劇的な変化、そのいずれも気づかなければ過ぎたことでしかないと悟ったたころで地点は戻ることはない。
いつの間にか既にいた黒い猿はもはやそこかしこに蔓延ってしまっている。
黒い猿は肌も毛もなにもかもが黒い。私はそれを何と醜いことかと思う。
しかし基準というものは一定を超えたものに追従するのだから、今や不気味極まりないのはこの私なのだ。
昔の世界にいた穏やかな鹿たちはみんな皮を剥がれてしまった。今はどこにいるのかもわからない。
代わりにこれまたいつの間にか増えた黒い牙の象が土を荒らしながら行軍を続ける。
それを指揮するのはもちろん黒い猿だ。

私は逃げ出しはしない。
逃げる必要などないからだ、
逃げる場所すらないからだ。
黒い猿は私や私以外の醜い同胞をひとところに集める。
そうして授業を始める。
塗り替えられた常識はどうしても馴染むことができず、その度に私は黒い猿に暴行を受ける。
しかしそれが常識であり当然のことだ。私はもはやその他大勢ではなくなってしまったのだから。
黒い猿はにたにたと笑い、たくさんの無駄なテストを繰り返し、望まない答えの度に喜んで私や彼らをいたぶるのだ。
世界はいつの間にか変わってしまった。しかし、それが今の世界だというのなら私は変わらなければならないのだろう。
理不尽などありはしないのだ。彼らからすれば私こそ理不尽そのものだ。
鹿はどこかへ消えてしまったが、かわりに黒い角の鹿は増えた。それが同一のものであったのかを知ることはできない。
なぜなら気付かなければすべて同じなのだ。

黒い猿が私を囲む、私たちを囲む。
真っ黒な目が私を睨む、彼らを睨む。
大きな世界はどうしようもなく不幸なのだ。
私は逃げることもなく、彼らもまた木偶のようにさまざまな色をした目で彼らを見返す。
氷河のように寒々とした大気さえももはや私を歓迎はしない。
また暴行。離れていく。暴行。優しい鳴き声。
正直に言えば黒い猿の言葉は私にはちっとも理解できないのだが、彼らもまた同様なのだろう。

黒い角を生やした獣が増えたと感じたのはつい最近のことだ。
本当につい最近のことだ。

世界は本当にたやすく変わる。
変わってなお順応できなければ淘汰される。
それが世界の摂理なのだと知れば、呼吸すら痛いのも納得のいく話だ。
大衆は黒い猿に変わった。
大衆は黒い角の獣に変わった。
誰もなにも文句を言わなければ、それは当然となっているということだ。
私はまた暴行を受ける。
しかしながら世界はこうも簡単に変わるものなのか。
あの爛れた鹿たちは泣いているように見えた。今の鹿たちはぞっとするほど楽しそうだ。
黒い猿は肌も毛もすべてが黒い。目も黒ければ肉まで黒い。
私の、彼らの中身はいろんな色をしている。だがそれではいけないのだ。
だから黒い猿はきっと優しい。優しいからこそこんなにも私を暴行するのだろう。
そう考えれば私のかつての世界は小さいながらも幸せだった、とても幸せだった。
ところで私の毛は黒い。目も黒い。
角は生えないのだが、この間同胞の一人は黒い血を流した。
私たちは歓声をあげるのだ。
そして同胞を食い殺すのだ。
黒い血、黒い肉、黒い腸、
しかし骨は白いままだった。
私は泣いた。
私たちは咽び泣いた。
まだ世界は変わったままだ。私の世界は変わったままだ。
黒い猿がまた私たちを取り囲んだ。

箱詰め

2012-12-28 | -2012
ゆうらりのぼる煙の色は
遠目で見ればきれいな気がする
だけれど煙は粒子の群れ
吸い込めば死ぬし放っておけば拡散する

音波がいつまでも途切れないなら
音は固体と液体と気体を繰り返す
蒸発したそれらは上空で実を結び
わんわん降って積もるだろう

記憶は綿々と綿々と
忘れられることなく受け継がれる
系譜は一個に終結したら
永遠は生きとし生けるものを見放すはず

たちのぼる煙を見ている
降り注ぐ音を聞いている
不可視の毒を吸い込んでいる
味わうものは何もない
触れているのはまやかしそのもの

終わりの向こうで葬式があった
参列するのは黄土色の人たち
悲しむように音が降る
煙をどこかで眺めている

永遠が永遠がすべてを見放す
いくつもいくつも生えてくる
青々とした葉を茂らせた木々に
触ることもできなくなった
積もるのは音で埋もれるのは人
しとしとわんわん積もり重なり
上書き保存
上書き保存

見えなくなった先祖の山
内側から燃え盛る木々の向こうで
ゆうらりのぼる煙の色は
近くで見てもきれいに見える
気体となった怨嗟の音は
どうせ循環して降ってくる

永遠は見放した
永遠に見放した
永遠を味わって
延々と見て聞く

参列する黄土色の人たちは
もっと近くで見れば粒子の塊
目に近いくぼみから
にょろりと舌が這い出した

ほぐして絡む

2012-12-23 | -2012
ひとりめのぼくはわたし
おきていくらかでうまれ
ねてすこししてしんだ

ふたりめのぼくはきみ
いつのまにかいきていて
しらないあいだにしぬ

さんにんめのぼくはぼく
はじめからそこにいた
おわりはまだわからない

よにんめのぼくはそれ
うまれもしなければ
しぬこともない

ごにんめのぼくはない
うまれるのかもわからないけど
しぬかどうかもわからない

ろくにんめのぼくはおれ
わざわざうまれてきたけれど
しんだってだれもかまわない

ななにんめのぼくはいきもの
ずっといきつづけて
いつもいつもしんでゆく

はちにんめのぼくはかれ
いきているらしいといわれても
しんでいるかもしれないもの

きゅうにんめのぼくはかれら
うまれてたくさんのひとにいわわれた
だけどしぬときはひとりぼっち

じゅうにんめのぼくはいない
うまれたくなければうまれなければいい
なにしろしぬのはとてもこわい

じゅういちにんめのぼくもいない
うまれたくないからうまれない
しんでもいきてもとてもこわい

じゅうににんめのぼくもいない
じゅうさんにんめ
じゅうよにんめ

だけどたくさんのぼくはいる
じゅうごにんめ
じゅうろくにんめ

いくつもいくつもうまれている
じゅうななにんめ
じゅうはちにんめ

そうしてまたまたしんでいく
じゅうきゅうにんめ
にじゅうにんめ

いたいいたい
ぼくがいたいぼくらがいたいわたしもいたいみんながいたい
うまれたのはうまれたかったから
そうしてしにたかったから

ぼくはきゅうにんのぼくたちでなりたつ
だけれどぼくはもっといる
かぞえることができないくらいに

そのどれもがうまれてしんで
だけれどきゅうにんはいなくならない
ぼくはしぬからうまれてきた
だけれどきゅうにんはいなくならない

燃え盛る燃えたぎる灰になる

2012-12-20 | -2012
わたしの中には獣がいる
そう思うことで楽になれる
時には虎、時には蛇
なんだって構わないなんであっても
獣がわたしを食い千切るのなら
むしりむしりとむしりとって
ぼたぼた血とはらわたを撒き散らし
頭から爪先まで丁寧に丁寧に食べてくれる
獣がそう食い千切ってくれるのを思い描き
わたしはわたしの獣を落ち着かせ
わたしそのものに衝動をぶつける
なんだって構いやしない
わたしの中の決して実らない寂しい樹木
真っ黒な目の奥に不気味を宿した鹿
根までかじるのは土を好む鼠
飽食の蟻食いは惨めたらしい残骸に群がる蟻を舐め尽くし
みんながみんな破壊を尽くす
わたしの獣たちは最初にわたしを殺す
だからわたしの中にわたしはいない
だから心など動くこともない
そうであるならなんだって
なんだって構わない
今日は蛇で明日は虎
明後日は山羊で明明後日は猪
そうだ、わたしは
人にはなりたくなかったのだと
そう思うことで楽になれる
痛みとともにやってくるのは
咀嚼される喜びではなく
憎悪に焼かれる苦しみで
獣とともにある幸せではなく
どろどろと零れ落ちる呪いのはらわた
わたしは蛇だ、虎なのだ
人たるわたしは食べられた
人たるわたしはいやしない
楽になれる、楽になれる気がしている
たとえ善良の羊を装っても
それこそが人の証だというのに

過ぎたことを

2012-12-17 | -2012
xyz
こんなにももどかしい隔たり
二乗になるのは揃った時だけ
いくら数式を並べ立てても
ねじれた位置は動かない
わたしはいつかに諦めて
ただその隔たりを見つめる
一つはここ、xyzの上
もう一つも同じ、xyzで成り立っている
だけれど無がそこに存在し
向こう側へもこちら側へも
届くことはない
もっと早くに正していれば
だけれど数式は定数ばかりで
それ以上の可変を知らない
時間はどれに含めればいいのか
たとえわかったところで
xもyもzすらも
定数にはなり得ない

認印

2012-12-14 | -2012
角が削れて糸が出た
糸はみんなに繋がっている
細くて強くてぬめった糸
あったかいから寒くなる

たくさんのたくさんの角が削れた
横たわる角はみんなの証
丹精込めれば大喜びで
糸がぼろぼろこぼれ落ちる

誰も気付いてくれないなんて
そんなのただの嘘っぱち
糸はみんなの角から角へ
あったかいから痛くなる

こぼれ落ちた糸の先は
たくさんのたくさんの角に着く
振動は何度も伝播して
嬉しい楽しい 悲しい辛い

横たわるのはみんな以外
糸がぶつぶつ途切れては
伝播して伝播してねじまがって
だけどその先は土の上

ぬかるみを歩いて鼻唄をうたう
糸と角とを自慢して
削れたかけらはうずたかく
寒いなんて嘘っぱち

みんな以外のぬかるみは
糸の終わりのぬかるみは
角を削ったありがたいごちそう
寒い時にはたくさん食べる

角が削れて糸が出た
糸はみんなに繋がっている
繋がらなければぬかるんだ
たくさんのたくさんの電波伝播伝播
ちゃぷちゃぷ遊ぶ子供の角は
それを見守るだれかの角は
糸がたくさん延びている
どこに行くかはわからないから
伝わらなければ根本を切る

あったかいから寒くなる
寒い時にはたくさん食べる
食べたあとには後片付けで
それからぐっすり眠って育つ

角の削れたかすとぬかるみ
切れた糸を引きずっても
伝播すれば楽しいに変わる
ぬかるみを歩くのは楽しい

楽しい嬉しい
悲しい辛い
暖かい寒い
おなかが空いた

糸が切れた
角が削れた

みんなはみんな
切れればみんな以外
糸からこぼれた滑り気
ぬかるんだ土