暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

茶色くなかった泥の色

2022-04-29 | 狂おしい
 私は膝をつきました。思えば、膝をついてばかりの人生だったように感じます。足の裏とおなじくらいに土の味を知ったそこは、汚くて、みにくくて、でこぼこしています。だからなまぬるく湿った泥、その中にひそむ尖った小石が、ぶあつい肌を突き刺していくのにも、もはや気付くことはできないのです。
 なまあたたかい雨が降っています。局所的な雨です。膝をついた私にとって、天はいっそう高く見えました。途方もなく。茫漠として。泣き出したくなるほどに無力です。けれど泣き出すまでもないことでした。私は、そのままの私を知っています。
 指先が冷えています。冷えて、冷えて、凍えそうなのです。私はおのれの体を抱きました。いっそう寒くなりました。あたたかい雨が、更に頬を濡らしていきます。
 私を抱きとめる者がありました。それはよく知る人のようでした。断定することができません、なぜなら、その人は、私の記憶にあるその人と一致しているのか。自信がありませんでした。雨は降り続けています。あたたかい雨が。灼熱の雨です。火砕流のようです。抱きとめてくれた肌と肌のあいだから、吹き出してくる豪雨です。
 抱きとめてくれた人。誰かは存じ上げませんが、私なんかのために膝をついてもらう必要はありませんでした。ぬくもりに眠りゆく人の膝は、あかあかと傷ついてしまっていました。やわらかな肌です。きっとこの人は、気高い人だったに違いないのです。冷えがますますひどくなり、私はいっそ、鼻が取れてしまえばいいのにと思っています。
 雨のにおいがします。汚い雨のにおいが。けれどそれを汚いと言う資格はありません。私は、どうやら、立たねばならないようなのです。
 立ち上がるたびに思うことがあります。膝をついた時、あんなにも遠く感じられた天は、立ったところで相も変わらず遠いのです。地はこんなにも近いのに。ねばついた火砕流が、糸を引きながら膝にまとわりついています。土から離すまいとしているかのようです。雨は止みました。大切だったはずの人が、安らかに眠ってしまった後に。
 守ってください。私は、ちっぽけです。膝をついてばかりの人生なのです。生きていくことはもはや不可能です。あたたかい、あつい、なまぬるい、生命のマグマを知ってしまったからには。どうか私を跪かせてください。抱き寄せてください。あなたは何もしなくて良いのだと、子守唄を奏でてください。目を閉じて十を数えたなら、私はここではないどこかへ旅立ちます。それを見守ってください。膝をつくたび、でこぼこになった肌の、小石を払いのけてください。私は醜い。とても醜いのです。でも、そこにある残骸よりはいくぶんかまともに見えるはずですから。
 私の天は、見上げた先の瞳にあります。私の地は、最初からすでにそこにあるものです。生命のマグマ。冷たい。寒い。凍えてしまいそう。膝にこびりついた泥は茶色くなって、ぱきぱきと音をたててはがれ落ちてゆきます。寒くて、さむくて、冷えた枝はぽきりとあっけない音をたてました。
 雨を。雨をください。熱い雨を。

21g

2022-04-28 | あたたかい
もしも魂が輪廻するなら
私のそれは煙突のフィルターに引っかかっている
天へゆくまでもなく
のぼることができるのは
21gの徳をたずさえたひとたちだけでいい
フィルターのすきまへ沈んでいく
あなたに祝福のあらんことを

別れの言葉を

2022-04-19 | あたたかい
ずっとずっと欲しかった言葉は
言わせてはならないと思っていた
与えられたなら私はきっと
自分の答えにしてしまう

ずっとずっと欲しかった言葉は
欲しかった人からもたらされず
ただ冷たく硬い肌が
ポンプを優しく撫でてくる

あなたが言ってくれたなら
あなたが答えてくれたなら
どんな過ちを選ぼうとも
すべてが私の答えです

欲しがっても与えられない
鉄と膚の温もりと隔たり
重ね合わせればぬるんでいくのに
あなたは私の肉を捨てた

ずっとずっと欲しかった
私をかたちづくるあなたから
この意味があなたにわかりますか
だから私は

だから私は決別する
与えられなかったのは幸せだと
すでに私は持っている
あなたの持たざる冷たい血を

重ね合わせればぬるんでいく
撚り合わせればほどけていく
欲しい言葉を与えてくれた
望んでもないのに あのひとは

あなたの持たざる冷たい血を
すでに私は持っている
ずっとずっと欲しかった言葉を
私はあなたへ 与えます

いけにえ

2022-04-18 | 心から
息をするより在りし君、
私は君のしもべです。
天はいかほど遠いでしょう、
額に注いだ愛のなごりは、
重ねることで届きます。

ああ物言わぬ愛し神、
私は君のしもべです。
いかな盲と罵れど、
君は額より私の幣を、
しとどしとどに濡らすのです。

元始の海より来たる君、
私は君のしもべです。
地はいかほど深いでしょう、
泥濘み沈む罪をたどれば、
あまねく臍へ宿ります。

望むものはひとつっきりもありません。
私がしもべたる所以を、
どうかお探しにならないでください。
私は君のしもべです、
まぶたの裏に宿りし姿は、
疑いようもなく神の御姿。

私は君のためにあり、
生きよと言うから生きています。
私がもしも死ぬる時とて、
君が望むからに他なりません。
いかに苦しもうとも恐れども、
血反吐の海でもがこうとも。

なればあなたは何故に、
この額に卑近のしずくを授けたのでしょう。
天はいかほどに遠く、
地はいかほどに深く、
まぶたを重ね合わせたならば、
幣はしとどにぬるついて、

盲と憐れむひとびとにも、
どうかお慈悲を賜りますよう。
ああ物言わぬ愛し神、
されども私の愛し神。