暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

おはよう、朝だよ

2019-06-23 | 暗い
いつも同じ電車に乗る
少し経路を変えてみても
行き着く先はおんなじだ

身支度だって嫌気が差す
手順をちょっと変えたなら
どれかをひとつ取り零している

生きることがままならない
毎日必死で追いついている
並んだ背中は汗だくだ

ちっとも楽にはなりやしない
毎日通りすがるあの人と
いつしか挨拶を交わし始める

ちぎれそうな喉を塞いで
呼吸するのばかり覚えていく
角が取れて死にそうだ

知らない隣人がいつの間にか
見知った人になりはてた
軌道を変えたくて仕方がない

習慣、経路、手順、所属
欲しくないものが染み付いて
欲しいものには弾かれる

レールはどこにも行かなけりゃいい
石炭を零して横転して
打ち捨てられたトロッコのように

罪悪感

2019-06-20 | -2018,2019
謝罪の言葉など聞きたくはない
薄っぺらいせりふだと
言うつもりもまったくない
あなたは心から行いを悔い
私に許しを求めている
私に許せと言うのだろうか
許さないと言って欲しいのか
きっとどちらを選んだとしても
あなたはそれを享受するだろう
それほどまでにあなたは己の
してきたことを恥じている

あなたが施した慈しみは
あなたの過去を消すだろうか
あなたが流した手の汚れは
あなたの未来を照らすだろうか
今ここにあなたは居る
消しようのない過去を背負い
恥と苦痛の未来へ向かい
今ここにあなたは居る
あなたが向けたその笑みは
あなたの記憶から消えるだろうか
あなたが止めた他人の時は
あなたの影から薄れるだろうか

既にあなたの謝罪という
過去ももはや取り消せない
あなたの贖罪は立派だったと
人々は口々に誉めそやす
毎日泥と汗にまみれながら
花を咲かせた庭師には
誰も気にさえ留めやしない
あなたは何のためにその言葉を
わたしに向けて吐き出したのか
どうしてわたしに唾を吐き
居直ってはくれなかったのか
許すと許さないを突きつけられた
わたしの怒りはどうすればいい
あなたに哀れみを覚えていった
わたしの情けはどうすればいい
わたしが許そうと許すまいと
あまりに多くを喪った

わたしの行いを唾棄していれば
わたしのこの首を手折っていれば
わたしの花を摘んでしまえば
良かった、ただそれだけだ
あなたがいたからわたしが在る
あなたに育てられたわたしが居る
わたしの手足が汚れるたびに
あなたは体を濯いでいた

どうか、どうかお願いだから
わたしに牙を突き立てて欲しい
あなたをどうか憎ませて欲しい
わたしの心に罪悪感を
どうか落とさないで欲しかった

NATION

2019-06-18 | -2018,2019
あなたの創った生物は出来損ないだ
頭でっかちで歩けもしない
補助をおこなうわたしやあなたを
亡くしては間もなく滅びるだろう

その頭に入っているものは
綿か、はたまた、脂の塊か
さぞや悲しげな鳴き声をあげる
手足を動かすこともせず

何の意図も持ってはいない
何の意識も持ってはいない
何の意図を以てして
あなたはこれを創ったのだろう

それは頭から生まれでて
後から足が生えてきた
滅びる時は頭から
やがて足も同じ運命を辿るだろう

この出来損ないの生き物を
あなたは何と名付けるだろうか
頭に圧し潰された四肢に
悲しげな悲鳴をあげている

この生き物の滅びは近い
蠢くばかりの可哀想なそれを
あなたは何と名付けるだろうか
旧い名前を置き去りにして

めだかの卵

2019-06-06 | かなしい
わたしは一個の卵です
母の齎す羊水に包まれ
薄皮一枚の膜に隔たれ
生まれる時を待っています

水を喰らい尽くしたきょうだいが
殻までむしゃむしゃ食べていき
そうして外へ抜け出たかれらは
喜び勇んでのぼりました

どうして天はこんなにも
まぶしく恋しくなるのでしょう
わたしはくるくる廻りながら
天地と上下の区別もつけず

星々のようにきょうだいが
光を浴びて煌めいています
眩しさのあまりかれらは遠く
白く霞んでいるようです

羊水に満たされるわたしの体を
優しく撫でるものがいます
ひとつきりのわたしの殻を
じわりと抜けて触れるもの

白く淡く優しい綿、
まるで天が降りてきたような
昇るきょうだいを羨まないでと
真綿の腕がわたしを抱き

母の恵みはとうに尽き
殻はいつの間にやら固く閉じ
わたしは胞子の腕の中
天も、地も、只管白く

またひとつのきょうだいが
天へ向かいのぼってゆきます
わたしの天はこの卵の中
わたしの地はこの腕の中

呪うことでしか生きられない

2019-06-04 | 心から
かつて私のいた海は広大で荒れていた
墨を流したそこには文字で溢れ
ただただ私は流され続け溺れ続けた
僅かな凪で息継ぎをすれば
すぐに潮は足首を攫った
いつしか私は海亀のように
嵐が過ぎるのをじっと待つようになった

私は変わったのだと言いたかった
成長してから見た私の海は
思っていたよりずっと浅く
猫の額のプールの中で
極わずかな文字たちが踊っていたのだ
時折流されることはあっても
泳ぎ方を いなし方を
覚えた私は海流に揉まれながら
目前の水面を茫洋と眺めていられた

私の海で暴れる文字は
陸を荒らすそれらよりもずっと少ない
顔を出した先の世界を見なければ
考えもしないことだったろう

あの頃の幼い私ではないのだと
私は大きな声で言いたかった
そのために私はこれを書いていた
乏しい語彙からつまんだ一行
きっと明るい結末を
ぼんやりと思い描きながら閉じた一行

浅いと思っていたこの海は
どうやら凍っていたらしいのだ
薄氷を割った底の底から
同じ顔をした私が私の足首を掴む
久方ぶりの時化が訪れようとしている
白波はうねり文字は飛び跳ね
また水面が遠ざかった
次に上がるのは昔よりは早いだろう
容易く息継ぎできるほどには
すぐに氷も張り直される
容易く歩いて渡れるほどには
けれどいつかまた割れる
きっといつかまた荒れる
置いてきた私の海亀が
いつしか泥になる時までは