暇人詩日記

日記のかわりに詩を書いていきます。

マトリョーシカ

2020-01-29 | 狂おしい
電車に乗って思い描く
めだまのないおおきなばけものが
車に轢かれて死んでいるさまを
川にかかった広い橋の
しらじらしく平らな道路の上で
ばけものはだらりと足を投げ出して
しずかに内臓を晒している
赤いよだれを垂らしながら
開いた口のすきまから
もれる舌は力なくアスファルトを舐めて
放射状に飛び散った血のそばで
車はぺしゃんこになっている
骨と脂と肉の破片が
フロントガラスの残骸に
挟まりへばりついているが
真っ白にひびの入った窓の向こうは
ほんのりピンク色に染まっていて
挟まった髪の毛はきっと
中で綺麗に咲いている

おおきなばけもののなきがらは
道路いっぱいに広がっている
踏み越えることはできず
避けて通ることもできず
押し合い圧し合いのありんこたちを
流れる車窓のすきまから
色とりどりのありんこたちを
どうでもよさそうにながめているのだ
ありんこたちのマトリョーシカは
ぼろぼろとおもしろいほどにあふれ
はらわたの臭いに吐き散らしながら
何やらわめきたてている
けれどわたしは電車の中で
絶え間なく動きつづけている
声など聞こえないね、何も
おまえたちの言うことなんか
進むこともできず
戻ることもできず
ありんこは右往左往をくりかえす
そう考えているあいだなら
ばけものという尊い犠牲のうえで
かれらは足を止めていた
電車は絶えず走りつづける
相対的にたゆたい、目にも
とまらず去りゆく車
わたしは止まらないし
かれらもまた同じこと
いずれ
マトリョーシカの中におさまったまま
流れる窓のむこうがわで
ほんのささやかなまぼろしのむこうで
真っ白にひびわれたステンドグラスの
花を綺麗に咲かすまでは

郷愁への郷愁

2020-01-28 | かなしい
 祖父によく似た人を見つけた。
 顔はわからず、背丈もわからず、しかし旧い記憶に残された彼に、とてもよく似ていた。
 うっすらと地肌の見える真っ白な髪の毛を、頭の形に沿って丁寧に切りそろえた後ろ姿を。
 わたしはよく覚えていた。
 顔は思い出せていない。
 それでも、祖父に似ていた。
 かれはどんなひとなのだろうか、ちいさく揺れる毛先を見つめて夢想した。
 話しかけることもせず。
 異なり似ている面差しを探そうともせず。
 褪せて地味な色合いの服を見つめた。
 かつてのわたしが、そうであったように。
 これ以上の共通点も、相違点も見いだせるはずもなかった。
 かつてのわたしが、そうであったからだ。
 いつの間にか祖父に似ていたかれは、わたしの前から離れていた。
 どこで別れたのかなど知る由もない。
 かれはどんなひとであったのだろう。
 わたしには知る由も、なかったのだ。

殺して剥製にした

2020-01-04 | 暗い
ふぞろいな心臓を並べて
あなたと二人夕暮れを眺める
わたしは上手く生きていたろうか
尽きた日は元に戻らないけれど

都合の良い嘘を並べ立て
それを悪いこととは言えなかった
あなたはとても巧く生きて
尽きた火だって蘇らせた

撚り合わせた糸でひらいた瞼は
きらきらと光を通している
太陽が落ちる間際に見たきらめきは
あなたのまばたきで消えてしまった

(きみがもしも死んだのならば)
(ぼくはきみを剥製にする)
(もうそろそろ限界だろ)
(きみだって今より楽になるさ)

ふぞろいな心臓はまだ
とくりとくりと血を流して
少しずつ少しずつ縮んでいっている
一つ、それと、あと一つ

あなたと眺めた夕暮れは
とても美しいと思っていた
初めて見た夕暮れで
終わっていった夕暮れは

植え替えた髪を撫でながら
あなたはわたしの生前を語る
つらかったと涙をこぼしながら
許してくれと縋りながら

夕暮れを見せてくれてありがとう
あなたに届くかどうかわからないけれど
夜は確かに訪れて
撚り合わせた瞼は崩れていく

ふぞろいな心臓を並べて
あなたと二人夜闇を横たわる
剥製には剥製がお似合いだと
あなたがそう言ったから