少し前、新聞に地球上で人類が生存できる期間についての研究成果が公表されていました。
それによると、長くて32億5千万年、最短だと17億5千万年だそうです。
これを過ぎると、地球はホット・ゾーンと呼ばれる地帯に外れ、人類は暑くて生きられなくなるそうです。
現代の人間が生まれたと推定されるのは20万年前とのことですから、17億5千万年というのは途方もなく長い期間で、この間に何らかの理由で人類が滅んでしまう可能性は多いにあり得るでしょう。
しかしもし、人類がその叡智を結集し、17億5千万年を超えて生き延びたとしたら、私たちの遠い子孫はどうするのでしょうね。
地球に代わって居住可能な気温になるといわれている火星、あるいはその他の適切な惑星への移住を試みるのか、あるいは地球と一緒に滅ぶのか。
現代人の感覚で言うと、何が何でも生き残ろうとするとは思いますが、遠い子孫にはそのような気力が無くなっているかもしれないし、あるいは原始人のような生活に戻っているかもしれません。
地球の滅亡を描いたSF作品はあまたありますが、どれもどこか物足りないのは、人間にとってそれはあまりに遠い未来に感じられ、切実さをもって物語を作れないからかもしれません。
17億5千万年というのはあまりにも遠い未来です。
しかし、その日は必ずやってきます。
地球温暖化とかなんとか言いますが、人類のエネルギー政策によってそうなったとは、私はかけらも考えていません。
地球は全凍結していた時代もあったし、火の海だった時代もあると聞いています。
地球、あるいは太陽系全体の大きなバイオリズムを考えれば、人類が少々CO2を垂れ流したからと言って、何ほどのことも無いでしょう。
己の所業で地球全体が温暖化したなどと、自惚れるのもいい加減にしなさい。
それがいかに遠い未来であれ、少なくとも地球では人類は生きていけなくなる日が必ず来るという研究結果は、人類全体の喉元に鋭い刃を突きつけるような恐怖を感じさせます。
宗教や哲学、芸術やスポーツと言った、人類が残した素晴らしい遺産は、いずれ用をなさなくなるのでしょうか。
そのような黙示的な状況に立たされたとき、人類はその先にどんな地平を覗き見るのでしょうね。
また、安易な言い方ですが、そのような未来が必ず訪れるのだとしたら、人間同士の紛争など、いかにもみみっちいことです。
それなのに、紛争がやむことはありません。
利益という魅力的な果実を前にすると、人間はそれに心奪われ、それを手に入れることしか考えられなくなり、遠い将来を見越した宗教的・哲学的営為を放棄してしまうかの如くです。
それが人間というものだと言ってしまえばそれまでですが、何かもう一歩、人類が大きく前進するような、精神上の進化が起これば、紛争も減るかもしれません。
そのことがいかに難しいか、歴史が証明していますが、人類の歴史など宇宙全体から見ればほんの一瞬です。
これから千年、一万年と経つうちに、人類が精神上の進化を遂げる可能性なしとしません。
既成の、また新興の宗教ではなく、新たな精神上の進化を促す運動があるのなら、それに加わってみたいという欲求をもたらしたニュースではありました。
私がそう思うのだから、多くの人も感じることの多い報道だったのではないかと期待します。