T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

[ 「ささやく河」を読み終えてー2/5ー ] 5/23・土曜(曇・雨)

2015-05-22 15:56:24 | 読書

◇古いつながり

 秋の気配に包まれたような8月半ばの夕方、彫藤の家の前で、同心の石塚と岡っ引の多三郎が、伊之助が出てくるのを待っていた。

 伊之助は、彫藤では皆に元岡っ引という素性を隠していたので、石塚の袖を引っ張って急いで家の前を離れた。

 伊之助の女房おすみも、岡っ引という仕事を嫌い、男をつくって逃げて心中した。そんなことから、伊之助は、岡っ引の手伝いを前にも断っていた。

 石塚は、そんなことを知りながら、ぜひ相談にに乗ってくれと、伊之助を贔屓の小料理屋に連れて行った。

 相談事というのは長六殺しの一件だが、調べた結果、長六に30両の金を渡したのは小間物問屋伊豆屋の主人彦三郎で、二人があった場所その場所は、長六の酒の匂いから東両国の料理茶屋・三笠屋、長くはいないで連れ立って店を出た。彦三郎はすぐ店に帰っており、その証人もいて長六を殺していない、二人は20代前後に錺職・伊勢安の職人仲間だった、ということまでは分かったのだ。もちろん多三郎が伊豆屋の主人にも会った。しかし、そこからどうも行き詰まっているので、仕事の暇を見てでいいから多三郎を助けてやってくれと言われた。

 伊之助は、物取りじゃないところが厄介ですな、誰があんな島帰りを怨んで殺すんですかと、重要なことを口にしたが、その時は、その事に気づくことはなかった。

 伊之助は、石塚も多三郎も見知らぬ他人というわけでなく、素っ気なく振りきれない義理もあり、根負けした形で手を貸すことを、承知した。確かに、伊之助は、長六殺しに密かな興味をそそられていたのである。

 伊之助には、多三郎が聞いた彦三郎の仲間思いの話を聞いているときから、何か気になる違和感があった。

 夜の道を歩く中で、彦三郎が渡した大金は美談よりも恐喝が似合っていると、頭にあった違和感が解けた。伊之助は彦三郎と長六の古いつながり洗い直すことにした。

◇彦三郎の笑い

 伊之助は、島暮らしの間やその前後の長六の身辺を調べなければと、石塚と多三郎にも、その期間に長六を怨んでいた者はいなかったか調べてもらっていた。

 まず、伊豆屋を訊ねようと、伊之助は、昼から仕事を休ませてもらいたいと、親方の許しを得た。

 伊之助は、今から会いに行く彦三郎は面白い男だなと思っていた。あの浮浪者と紛らわしい長六に、ぽんと30両くれてやった男である。

 彦三郎は、長六が貸してくれと言ったとしても、それは呉れということなのだ、彦三郎は、そのことが分かっていて、初めから、その要求を入れたというのである。それにしても、30両は多すぎる。しかし、彦三郎と長六の間に恐喝という言葉を置いてみると、この大金は、いとも滑らかに、長六の懐に入り込んでいくではないか。彦三郎が隠している恐喝は何だろう。恐喝には果物に種子があるように、世間に知られてない30両の金をくれるほどの事実が隠されていることは確かだ。

 伊之助が、伊豆屋に入ると、4、5人の客の他に、店の奥のほうでは職人風の男が小柄な40代の店の者と話していて、その奥の帳場の中に太った男がいた。それが彦三郎だろう。後で分かったことだが小柄な男は番頭だった。

 伊之助は、彦三郎に質問し、色々なことが分かった。長六が島から戻ったのは4月、殺されたのが7月、その間に二人は会っていない。彦三郎が今の店を持ったのは、長六が島に送られてからだった。それまでは、北本所にいて、担い売りの小間物屋をしていた。二人は錺職・伊勢安で8年ほど同じ釜の飯を食っていた奉公仲間で、彦三郎は長六より4年遅く伊勢安を辞めた。

 最後に伊之助が、あの大金は、愕かされれてよんどころなくという場合ですかねと言うと、彦三郎は本性を隠す仮面というわけだろうと思われる柔らかな笑顔と低い猫撫ぜ声で、仮にわたしが長六にやった金がそういう質の金だとしたら、それと長六殺しと、どう関わりがあるのですかと、反対に訊ねられ、長六を殺していないのだから、多分大した関わりはないでしょうと誤魔化した。

◇見ていた男

 伊之助は伊豆屋から三笠屋に回った。

 三笠屋に行くと女将から裏口に回れと言われ、裏口に着くと、都合よく、あの晩、彦三郎と長六の掛かりをした女中・おはまがいた。

 伊之助は、一分銀を渡していろいろ尋ねてみた。二人は此処にどのくらいいたのか。酒は飲んだか。他の部屋に客はいたのか。おはまは、それに答えて、四半刻ぐらいで、伊豆屋さんは飲まなかった。隣の部屋は空いていたが、そこを挟んだ部屋には50代前後の店の旦那風の客がご飯を食べに寄った。来たのは、どちらが先だったか覚えがないが、伊豆屋さんたちが帰られた後に、すぐ帰られたように思うと答えた。

 一部屋挟んで食事だけした客の様子をもう少し詳しく聞こうと思ったが、掛かりの女中は、母親の病気見舞いで千住の先の竹ノ塚村の実家に戻っているが、そのうち戻って来るとのことだった。

 伊之助はもう一度、伊豆屋の近くに行き、伊豆屋の番頭が自分の家に帰るのを待った。

 番頭が帰る道すがら、伊之助は、長六がいつから伊豆屋の前の店の角から伊豆屋を見ていたのか訊いたら、5日ほど前からで、主人が出かけた前日になって始めて数日前からこちらを見ていたことを主人に告げたと話してくれた。また、その男を誰かが見ていたかと問うと、そんな人はいなかったと答えた。それを聞いて伊之助は、彦三郎は恵むつもりで金を持って出たのでなく、長六が、数日、黙って向かいから見つめていただけで、彦三郎に対する無言の脅しになったのだと思った。

◇霧の中

 伊之助は、仕事仲間の峰吉から、同じ仲間の圭太が博奕に目がなく母親にも心配かけ、賭場も川向だと聞いて、伊之助が知っている川向の賭場は、素人を近づけたくない賭場で、圭太のことが心配だった。しかし、石塚が待っていたので、圭太のことは峰吉に頼んで、深川森下町北組の自身番に急いだ。

 自身番で待っていた石塚に、まず、そっちの話から聞こうかと言われ、彦三郎は、長六を殺したとも、誰かに殺させたとも思いません、ただ、何かをひた隠しに隠しているように思います。それと、三笠屋を尋ねたら、どうも、二人をつけていた男が浮かんできたが、まだ証拠が足りないので、その時の掛かりの女中が実家の竹ノ塚に帰っていることで、都合をつけていってきますと言う。それから、旦那に一つお願いがあると言って、長六が島送りになるときの吟味書類に目を通して見てくれませんか、長六の周辺のことが何か出てくるかもと思いますので、よろしくといって頼んだ。

 石塚からは、長六が島から一緒に帰ってきたものを多三郎たちに調べさせていて、まだ少し残っているが、今のところ、とくに何も出ていないとのことだった。

 伊之助は、伊勢安で彦三郎と長六らのことをもう少し調べ、島帰り当時のことも調べてみると言って外へ出た。

 そこへ、追っかけるように、石塚が、金蔵が聞き込んできたのだが、長六が殺される半月ほど前に、西町番屋の家主の幸右衛門が、長六が誰かと口論しているのを見たと言っていたから、幸右衛門とやらにも会ってくれと言われた。

 伊之助は了承して背を向けながら、探索のほうもまだ霧の中だなと思った。

                         (次章に続く)

 

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