T.NのDIARY

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1661話 [ 「新章 神様のカルテ」あらすじ 20/21 ] 5/6・月曜(晴・曇)

2019-05-04 14:59:11 | 読書

 「新章 神様のカルテ」

 「あらすじ」

 「第五話 黄落」 その7/7

<二木さんが旅立つ>

 准教授室でひと暴れをやらかしてから数日が過ぎていた。

 医局の御家老に向かって反論を唱えたからといって毎日の仕事に変化はない。

 外来、病棟に内視鏡。外勤、実験に研修医始動。

 土日のアルバイトも再開されて、また多忙な日々に逆戻りだ。

 病棟では、お嬢が3班を去り、また新たな研修医が回ってきて、利休が生真面目に指導を続けている。

 そうして日々を過ごすうちに、乾先生から一度、外村さんから二度、二木さんの経過に関する電話を受け取った。

 ときおり出現する高熱、食事はほとんど取れず横になって蕎麦畑を眺める日々、一日ごと、いや半日ごとに悪化していく時間の中で、二木さんは、それでも毎朝理沙ちゃんとあやとりで遊び、夕方には食卓まで車椅子で移動し、寝る前には花札を教えつつ楽しんでいるという。

" もうそろそろ、坐っているのも難しいみたい "

 昨日そう伝えてくれた電話の向こうの外村さんの声にも、少なからず疲労の色が見える。

 苦しい患者に付き添う看護師も苦しい。

 ………。

 そうして今日の夕刻、三度目の連絡がきた。

" 血圧が下がって来たわ "

 常にない緊迫感を持った外村さんの声は、特別な事態が来ていることを示していた。

" まだ家族とは話はできているのですか ? "

" 話は無理だけど、言っていることは伝わるわ。血圧は80をきっているのに、介護ベッドを起こして、じっと理沙ちゃんのあやとりを見つめている"

" 明後日が私の外来受診日です "

" 知っているわ。でもきっと朝まで保たない。このまま看取ることになる "

 ………。

 携帯電話がメールの着信を告げた。確認すれば、短いメッセージがある。

「23時55分、お疲れさま」

 外村さんらしい、簡潔な文面であった。つまりは、それが旅立ちの時間であった。

 

<来年度の人事が、第四内科長の水原教授より告げられる。1班班長へ昇格と>

 信濃大学の構内が黄一色に染まっていた。

 構内のいたるところにある銀杏が、ことごとく見事な黄に染まり、頭上を埋めるだけでなく、地に舞い落ちた葉が足下をも染めている(黄落)。

 時は10月。二木さんが亡くなって一か月が過ぎ、北アルプスの山陵がゆっくりと雪に染まり始め、もう冬の足音が間近に聞こえてくる時期である。

 そうした静かな秋の終わりのある土曜日の朝、私は今年3度目になる御家老からの呼び出しを受けたのである。

 私が戸惑ったのは、呼び出された先が第4内科の教授室であったからだ。

「なぜ呼ばれたかわかるかな」

 教授室に入った私を迎えたのは、いつもながらの御家老の決まり文句であった。

「来年度の人事の件だ」

 御家老が、単刀直入に用件を明示する。

 教授のほうは、あくまでにこやかな笑顔のまま小さく頷いている。

 とうとう来たかという印象だ。

「栗原先生、来年度、君を診療班第1班の班長に任ずる」

 御家老の声が響き、そして消えていく。

 なにか予感していたものと異なる内容で、私はしばしば沈黙し、それから床を見下ろし、天井を見上げてから、御家老に視線を戻した。

 要領を得ない顔をしている私に、御家老は例の淡々とした口調で続ける。

「現班長の柿崎先生は、来年度拡充される内視鏡センターのセンター長の役職に就く。立場としては准教授と同等だ。それに伴う人事だと思ってくれればよい」

「私が1班の班長ですか ?  各部署からの抗議があった件は良いのですか ? 」

「良くはないが、その件と人事は別問題だ。医局の人事を決めるのは、他部署の評判ではなく、水島教授だ。混同するものではない」

 ぴしゃりと反論を封じるような厳しい口調だ。

「栗原先生」と第4内科の長の水原教授がにこやかな目を向けている。

「ここには実に様々な考え方をする医者たちが集まっている。個々の性格から、論理間、信念、能力、野心……、実に多彩な人々の集団だ。裏を返せば、なかなか纏まりきれない集団でな。しかし、私は一つの哲学のもとに一丸となった医局であるより、様々な医者を抱えたいびつな集団であるほうが、より優れた医療を提供できると信じている。多彩な医者による、緩やかなチームワーク。それこそが第4内科の最大の武器だ」

 不思議な言葉である。

「だから私は君を歓迎する。これからも、" 患者の話 " をする医者でいなさい」

 戸惑う私を、教授の揺るがぬ笑顔が見守っていた。

 

 医局を出ると、晴れやかな日差しが降り注いでいた。

 土曜日だというのに、人が多く、ジャズの演奏まで聞こえてくるのは、今日が信濃大学の大学祭であるからだ。

 私は目当ての人影を見つけて大きく手を挙げた。

 正門の脇に立つひときわ大きな銀杏の根元に、細君と我が子の姿がある。

「お疲れさまでした」

 明るい日の光の下で、並んで歩む細君は何も問わない。

「何も聞かないのか ? 」

 今日の呼び出しが、来年の医局人事に関わる内容であろうことは、すでに細君に話してある。

「どこへ行くか心配はないのか ? 」

「興味はありますが、心配はありません」

 賑やかな群衆の声にかき消されそうになりながら、細君の明るい声が届いた。

「皆が一緒であれば、どこへでも行きますよ」

 露店の呼び声が響くが、そんな喧騒をものともせず、小春の元気な声が飛び越えてくる。

 

   「エピローグ」に続く

 

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