T.NのDIARY

写真付きで、日記や趣味をひとり問答で書いたり、小説の粗筋を纏めたブログ

[ 「博士の愛する数式」を読み終えて !! 8/? ]

2014-10-19 15:47:12 | 読書

                                                                                                      

8ー 博士の脳の異常に気づく

 仕事のほうは、一か月のブランクにも拘らず、直ぐにペースが戻った。未亡人との間に生じたゴタゴタは、博士の脳には跡形も残っていないのは救いだった。

 私は夏用の背広にメモを付け替えた。付ける位置を間違えないよう気を付けた。破れかけたり字が薄くなっているメモは、新しく書き直した。

 博士は、いつにない難問と取り組んでいた。今度の問題がいかに手強いかは、博士の様子を見れば私も察しがついた。考える状態の密度が、飽和点にまで達したかのようで、一度書斎に入ると、どんな微かな気配も伝わってこず、あまりにも深く考えすぎて体が解けてしまったのではないかと不安になるほどだった。

 毎日暑い日が続いた。しかし、博士は書斎の扉を閉め、一日中、背広を脱ごうとせず、私が、扇風機や行水、麦茶を勧めても、うるさがられた。

 [証明が完成したのは、7月31日の金曜だった。博士はことさらに興奮するでも、疲れをあらわにするでもなく、淡々と原稿を私に託した。私は、一日でも早く到着するよう今日の便に間に合わせようと郵便局に急いだ。速達の判を見届けると、途端にうれしくなり、帰りにあれこれ博士の物や食べ物を買うために寄り道をした。

 帰ってみると、博士が元に戻って、私を知らない博士になっていた。「君の出生時の体重はいくらかね」と博士が私に訪ねた。ルートのそれを答えたが、私は、すぐ腕時計を見た。出掛けてから過ぎた時間は70分だった。博士の脳の80分が狂ったことは一度もなかったのに、彼の脳がカウントする80分は、私の腕時計とは違っていた。私は病とはいえ冷酷さを感じた。]

 8月に入って間もなく、ルートが四泊五日のキャンプに出掛けた。ルートは、博士のお土産に、小枝とどんぐりで作った眠りウサギの置物を持って帰った。もちろん、最初、私から紹介し、博士の背広に留めてあるメモを指さして。

 博士は喜び、早速に「ルート(家政婦さんの息子さん)からのプレゼント」と書いたメモをお土産の足元に張り付けた。

                            次章に続く

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