2ー息子のルートを愛する博士
私は、家に帰り息子を寝かしつけて、自分でも友愛数を探してみようと思い立ち、いろいろ試してみた。しかし、非情に難しく発見できなかった。しかし、ただ一つ別の小さな発見をした。28の約数を加えると28になった(1+2+4+7+14=28)。
博士の家で注意するのは、買い物に出たら1時間20分以内に戻ってくるように努めた。1分でも2分でも遅れたら、数字の質問に逆戻りするのだ。また、例えば博士が知っている首相は、三木武夫までだったので、宮沢首相と言っても、話が通じないのだ。しかし、博士は怒りもせず、自分が発言できる状態になるまで待つのだった。つまり、何の心配もなく話せるのは、数学についてだけである。
[息子が足し算はできるので、友愛数を見つけようとするのですが駄目ですねと言うと、博士が君には、息子がいるのかと言われ、10歳の息子と二人暮らしだと答えると、息子は空腹を抱え、たった一人で留守番しているのかと、酷く息子のことを心配して、明日から、学校から直接息子をここに連れてくるんだと、きつく言われた。]
[博士は袖口の「新しい家政婦さん」のメモに「と、その息子10歳」と書き加えた。そして、翌日、息子が玄関に姿を現した時、博士は、笑顔を浮かべ抱擁した。遠いところ、よく来てくれた。ありがとうと言った。毎朝、私に必ず繰り出す数字の質問さえしなかった。博士は息子の帽子を取り、頭を撫でながら、本名を知るよりも前に、彼にうってつけの愛称を付けた。君はルートだよと言いながら、メモに「と、その息子10歳 √」と記号を追加した。]
博士は、ルートも一緒に食事をしないとだめだ。子供は8時にはベットに入っていなくちゃだめだ。大人には子供の睡眠時間を削る権利などありはしないと言って、一緒に夕食をとるようになった。
[食卓で、博士は見事なマナーを見せた。テーブルにもナプキンにもスープ一滴こぼさなかった。私と二人の時には、どうしてあんなにも不作法だったのか不思議だった。そして、博士は食事の途中、ルートにいろんな質問をした。食事の場をできるだけ和ませようと努めているのが伝わって来た。だからといって、ただ単に、子供のご機嫌を取っていたのではなかった。ルートが何かマナー違反をするとさりげなく注意した。]
[夕方、ルートの「ただいま」の声が聞こえると、どんなに数学に熱中していても書斎から出てきた。考えている時間を侵されるのをあれほど憎んでいたのに、ルートのためには、あっさりと、こだわりを捨てた。]
[しかし、ルートはすぐに公園に遊びに出るので、博士はすごすごと書斎へ逆戻りするのだ。だから、雨が降ると喜んだ。ルートと一緒に算数の宿題ができるからだ。博士は、仕事机の上の大学ノートやクリップや消しゴムかすを端に寄せ、ルートのためにスペースを作ってから、そこに算数のドリルを広げた。]
博士は見事なやり方で教えることができ、子供の宿題を見てやる大人は誰でも、こういう風にすべきなのだと思うほどだった。
文章題であれ単純な計算であれ、博士は、先ず問題を音読させる。問題にはリズムがあるからね。音楽と同じだよと教える。そして、一例を出した。
「ハンカチ2枚と靴下2足を380円で買いました。同じハンカチ2枚と靴下5足を買うと710円でした。単価はそれぞれいくらでしょう。」
博士は、ルートに、実にうまく音読したね。この問題は三つの文章から成り立っている。×枚、×足、×円が2回出てくる。この繰り返しのリズムを的確に掴んでいたと褒めた。
絵を描くと一層わかるよ。靴下が増えた分だけ値段も高くなったわけだ。いくら高くなったか、そこから計算してみようと言う。
その通り、正解は、ハンカチ80円、靴下110円だねと、ルートの頭を撫ぜた。
博士は、おじさんからも君に宿題を出したいんだが、いいかねと言うと、ルートからも、ここへ来ると、プロ野球の経過が判らないので、ラジオの修理をしてほしいと頼んだ。博士が、ルートは何処のファンなんだと聞くと、タイガースだよと返事したので、おじさんもタイガースのエースの江夏のファンなんだと言う。
博士が出した問題は、1から10までの数を足すといくらになる、という問題だった。
次章に続く