「第六章」 隠蔽ゲーム
(1) 箕部が舞橋ステートに貸した20億円は空港の土地購入資金だった
舞橋空港のゲートから出た半沢と田島は、自行の舞橋支店を訪ねた。
深尾支店長に前もって連絡していたので、支店長は舞橋ステートを担当している江口を紹介し、江口は舞橋ステートのクレジットファイルを半沢に差し出した。
舞橋ステートは昭和3年創業の不動産業で従業員800名の市内の会社としては有数の規模である。社長は箕部の甥にあたるとのことだ。
田島が江口に、15年前に、箕部から舞橋ステートに20億円の資金が振り込まれているので、その当時の財務資料を確認したいと言う。半沢が、何に使われたか、それが知りたいんだと言い添えた。
江口が、いま融資をお願いされているので、稟議を書くのに過去の決算を参考にしたいと言って社長にお願いしてみましょうと言う。
舞橋ステートの近くで待っていると、江口が関係資料のコピーを貰ってきた。借入金明細に、借入先、箕部啓治、金額20億円とあり、借入日は旧東京第一銀行が箕部へ融資した日と一致していた。
[半沢は、甥が経営しているとはいえ、ジリ貧状態の会社に20億円を貸す奴はいない、おかしいと言いながらも、舞橋ステートの決算書の備考に購入した土地の地番明細が書いてあることに感心した。転貸しを受けた8月には、購入した大量の土地の地番が記載されていた。]
[江口に新旧の地図を持ってきてもらい、地図と見比べみると、購入した地番は新地図上では空港になっていた。]
(2) 半沢は、紀本が債権放棄に前向きなのは、乃原と関係があると推測する
渡真利は半沢の説明を聞いて、腐った錬金術だなと言い、半沢はスキャンダルになると断言した。渡真利は、旧Tの連中が、この融資を隠蔽したい理由が分かった。しかし、紀本さんと箕部が親密だから、再生タスクフォースの債権放棄に賛成するというのは、どうも結びつかない。紀本さんが債権放棄に前向きなのは別の理由がある気がすると言う。
半沢は、このスキャンダルを乃原も知っていて、その話をネタに、紀本に債権放棄に賛成するよう働きかけた。そう考えれば乃原の態度や紀本の対応も平仄が合う。乃原は箕部の地元の舞橋交通の顧問弁護士だったので、舞橋ステートと箕部の関係は知っているはずだ。それと黒崎も情報を得ていたかもしれない。異例のヒアリングの時に、黒崎の口から、帝国航空の関連会社の京阪帝国住宅販売の関連で舞橋ステートの名前が出たからなーと言う。
(3) 乃原は中野渡頭取に問題貸出しによる信用落ちと債権放棄を天秤に掛けさす
中野渡頭取を銀座のイタリアンの店に招待した乃原は、愛想のいい笑顔で迎えた。
乃原は挨拶もそこそこに、[ある銀行がマンション建設資金の名目で箕部啓治に20億円を融資し、箕部は舞橋市内の林野を購入して、それが空港の建設地となった。それで、箕部は莫大な土地売買収益金を手にした。その銀行は最初からそれを知っていて、政治家の薄ス汚れた金儲けに手を貸すとは感心しませんな。銀行と政治の癒着、これにはマスコミも飛びつくでしょう。頭取、銀行としては、こんな醜聞を世の中に晒したくないはずだ。場合によっては頭取の引責辞任もあり得る。銀行の信用も地に落ちるでしょう。それでいいのですか? そんなことなら、我々に協力して世の中に恩返しをしたらよろしいんじゃないですか。スキャンダルか、債権放棄か、どっちが得かよく考えてみませんか。] 重要な事ですから、一旦持ち帰られてくださってもいいですよと言う。
頭取は、そんな話でしたら、今ここで明確に申し上げておく、帝国航空の債権放棄は見送らさせていただいた。これは、当行での正式決定です。
乃原は、銀行の将来を左右する問題だ。あなたの判断を聞いているのでなく、今一度問うているのは銀行の判断です。1週間後の午後5時、タスクフォース本部においでいただきたい、如何ですかと答えを求める。頭取は、承知した伺いましょうと返答し、会食は予定外の終焉を迎えた。
呼び出しを受けた三国は、乃原が残っていた店に急いだ。
乃原は自信を以って、頭取は債権放棄の見送りよりもスキャンダル隠蔽を取るはずだと言う。
銀行が最も恐れるのは信用の失墜だ。500億円の債権放棄なら大義名分はいくらでも立つが、信用を得るには何十年という時間がかかるからだと言う。
(4・5) 灰谷は、箕部への融資関係資料が無くなっていることを知り、紀本に報告する
ある日、灰谷のもとに、荻窪西支店と書かれた1枚のプレートが行内便で送られてきた。灰谷は慌てて、東新宿の合同書庫を確認したところ、箕部への融資関係資料がすべて見当たらなくなっていた。灰谷は、真っ青な顔をして紀本の執務室に駆け込んだ。
灰谷が、検査部部長代理の富岡が持ち出したことは判っているのですが、行方が判らないのですと報告すると、紀本は、お前が管理している書類だ゛。お前の責任で見つけ出せと怒りの声を上げた。
灰谷は、旧T出身の検査部部長代理の幕田健哉に富岡の行動を監視してもらうことにした。富岡が合同書庫に入ったことを連絡してくれたのも幕田だった。
(6・7) 半沢の耳に山久と近藤から、中野渡頭取と乃原が合うという噂が入る
銀行を集めての債権放棄を宣言予定する報告会を乃原が失敗してから、ある時期が経って、山久が半沢を訪ねてきた。
御行の頭取がタスクフォース本部にいらっしゃるとのことで、記者に連絡していますし、その席に箕部と白井も見えると聞いていると言う。
山久が帰った後、半沢は内藤に、今週金曜日の午後、頭取がタスクフォース本部で乃原に会うということを聞いたと報告した。内藤は、頭取と乃原が二人で話し合いをしたことを秘書室から漏れ聞いたと話してくれた。
広報部の近藤から晩飯の誘いがあり、渡真利と出かけた。
今週金曜に、記者達がいる中で、頭取がタスクフォース本部に出向いて乃原と面談するとの話が記者からあり、中身について問い合わせがあった。どうなんだとの話に半沢は正式には何も聞いていないが、その噂は聞いていると答えた。
(半沢は頭取から代理出席を命じられるが、その場面の記述はない)
(8) 乃原が話す中野渡頭取との自信の交渉結果に内紛が生じる
平河町の中華料理店の個室に、箕部、白井、乃原、三国、紀本が顔を揃えていた。
箕部が、債権放棄に痾の男が同意するかと疑問の声を発した。乃原が、本人が来ると言ったんです。断るつもりなら最初から応ずるわけがないでしょう。同意しますよと自信たっぷりに答えた。
[紀本が、まさかお前、あの話はしてないよなと、乃原に尋ねた。乃原はしたよと、あっけらかんと言い放った。それだけは困ると昨年末に言っただろうと言う。 白井が、何の話か私にも説明してくださいと言うと、乃原が、箕部先生と旧東京第一銀行が親密な関係にあったという話で、例の舞橋の土地取得資金の件などと答えたので、なんでその話をと今度は箕部が目を丸くした。乃原は、第三者に口外はしませんし、頭取も銀行の信用は命とりですからその心配はありませんと言う。箕部は、恐ろしい奴だと思いながら、あなたを信用しようということで終わった。]
紀本一人、隠蔽していた書類が無くなっていたという灰谷の報告がその後どうなったか、気もそぞろで心ここにあらずだった。
(9) 灰谷が内緒にしていた秘密を白状さす
検査部の幕田から灰谷に電話があり、いま、地下倉庫に来れば富岡らを現場で抑えられるとの連絡に地下に急いだ。
地下4階の書架の裏にある隠れ部屋のようなところで、富岡が書類を整理していた。その中に灰谷が東新宿で管理していた書類を見つけた。灰谷は富岡を壁に突き飛ばした。幕田が中に入り暴力は止めさせたが、灰谷はこれは窃盗だぞ、どう責任をとるつもりだと憎悪が煮えたぎった声を出した。
そこへ書架の陰から半沢が出てきた。前もって富岡が連絡していたのだ。
窃盗の責任をどうとるかと言う灰谷に、半沢は窃盗をばらしてもよいが、旧Tの組織的な問題融資が公になるだけだ。その言葉に灰谷は言う言葉を無くした。
そして、富岡が、灰谷に、紀本は字も印鑑も何も証拠を残してなく、助けてくれるはずがない、あんたはトカゲの尻尾なのだ。知っていることを全て喋ったらどうだと言う。
(10・11) 紀本が箕部へのスキャンダルに関わっていた証拠が見つかる
箕部の問題融資に関わる書類が、営業第二部の会議室に集められ、時間をかけて時系列に整理された。しかし、箕部に流れた利益の痕跡がなかった。
[富岡らは、嫌がる灰谷を連れて、紀本が管理している地下5階の役員専用車庫に入って行った。秘密の段ボールを会議室に持ち帰って中身を取り出すと、紀本の字で書かれた舞橋ステートから箕部への送金記録の控えを見つけた。箕部に頼まれて紀本が事務処理をしていたのだ。]
箕部事務所の政治資金収支報告書などには、その関係の収支記録は何も記録されていなかった。影の政治資金として使われていたのだ。
[内藤は、箕部への問題貸出しの資料を持って頭取室に入り、タスクフォースを訪ねられるとかと尋ねると、頭取は、これは与信判断ではない、つまり、私が考え対処すべき懸案だと答える。] (次章で、その意味が判明する) 内藤はそれ以上は尋ねず、半沢たちが纏めた箕部への問題貸出しの全容です、参考までにと渡した。
次章に続く