曽我部絵日記

曽我部昌史の写真絵日記

3月18日~24日

2013-03-25 | インポート
3月24日(日)
「サンパウロ美術館@パウリスタ通り(サンパウロ)」
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午前中、街中探索。一番のメインストリート(といっても、オフィス中心)のパウリスタ通りを歩く。日曜は、真ん中の車線は自転車専用だったり、公衆電話が全部、それぞれ個別のグラフィックで彩られているなど、個性的。
リナ・ボ・バルディの美術館の下は、毎日曜日に骨董市。さらに今日はなにやらパレード。
昼頃、大榎さんに紹介していただいた地元のKさんファミリーと合流していろいろと案内していただく。まずは昼ご飯。肉と魚を焼き、ビールを飲む。うまい。


「セスキ・ポンペイア@ちょっと北の方(サンパウロ)」
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地元の住宅事情などを探らせていただきつつ、最後はセスキ・ポンペイアに連れて行ってもらう。リナ・ボ・バルディが改修した元ドラム缶工場。セスキっていうのは労働組合が提供するサービスで各地にあるらしい。図書室や展示、ワークショップ、スポーツ関連施設と豊富。元の工場を構成するスレンダーな部材群に、量感の大きなコンクリートが対比的に配される。
夜はまだまだおなかいっぱいで、近所のスーパーで買い出ししたものをつまみに、ホテルの部屋に集まって飲む。


3月23日(土)
「廃材でつくったオブジェ群@パライゾポリス(サンパウロ)」
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ファベーラツアーでサンパウロ最大のスラム、パライゾポリスへ。ツアーといっても個人アテンド。高いんだけど、安全と情報量のためと考えよう。モルンビという超大型邸宅街に驚いていると、突然ファベーラの子供達があらわれる。いろいろな地域が混ざりながら存在するのがサンパウロ型のようだ。明るく活気ある人達が道に溢れる。
最初に案内されたのは、廃材アートで有名な人のアトリエ(?)。普段は車の整備をしつつ、こういったものを作り続ける。売らないんだそうだ。


「陶器の洞窟@パライゾポリス(サンパウロ)」
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私設の図書館やサッカー場をみつつ、次の場所まで歩く。ハッチバックのトランクに巨大スピーカーが積んである車が道のところどころに停まっていて、爆音で音楽がなっている。
ここは、インテリアがタイルや茶碗や電話機やカメラなどで覆われた洞窟のような家。しかも、内部と外部の境界線は曖昧で、複雑なルートをたどって上に向かうと外に出る。扉とかはない。ここまで27年かかっていて、まだ進行中。屋上からはパライゾポリスの全景を臨む。割とキレイに整えられている。


「グラフィティ@バットマン通り近く(サンパウロ)」
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ツアーの最後はヴィラ・マダレーナのグラフィティ集積エリアへ。この辺りに限らず、町中がグラフィティに溢れている。写真のエリアはオーソライズされたところで、3ヶ月に一度展示(?)替えがあるとか。
近くにあるガイドの人おすすめのレストランで、固い肉とか、煮込んだ魚などを食べる。


3月22日(金)
「ゲート周辺@ダラス空港(アメリカ)」
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朝から打合せとかに回って、夕方成田へ。ブラジルへ向かう。成田から11時間半でダラスへ。一端でなくてはならなくて、アメリカへの入国審査を経て、10分足らずで出国審査。3時間ほどまって、サンパウロ行きへ。次は10時間弱。長い。ダラス・フォートワース空港は漠然とした印象のつくり。飲食ゾーンのコーナーがマクドナルドだった。


3月21日(木)
「北九州市長@サンロード魚町地下の会場(北九州・小倉)」
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今回のリノベスクールは、われらがサンロード魚町エリアに特化されていて、最初に少し話しをする。本当だったら最後まで見届けたいんだけれど、明日からはブラジル。残念。
挨拶では北九州市長まで来ていてびっくり。


「垣内さん&吉岡さんの作品@CCA北九州のスタジオ(北九州・八幡)」
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午後、空港に向かうまでの間に、CCAで打合せ。あわせて、昨日に続いてスタジオでの展示を見る。坂の町に継続的に関わっていく計画とか。展示では、彼らの作業スペースも設えられていた。その棚の部分は、先日まで北九州市美で行われていたCCAの展覧会(みかんぐみ会場構成)での廃材だとか。やるなあ。


3月20日(水)
「垣内さん&吉岡さんの作品@八幡東区役所の上の山(北九州・八幡)」
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出張までにこなすべき作業を済ませ、午後から小倉へ。北九州空港で嶋田さんを迎えに来ていた家族の方々とばったり会い、八幡の坂の町近くまで送っていただく。助かった。CCAのスタジオアーティストとして活動してきた、垣内さんと吉岡さんの共同プロジェクトの作品を見るのが目的。彼らは、坂道に張り付くように広がってきた八幡の古い住宅エリアに目をつけた。ここでは空き家を借り受けインスタレーション。今後の活動へのキックオフか。


「坂の町ディテール(マンホール編)@八幡東区役所の上の山(北九州・八幡)」
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敷地の選定もよかった。坂の町的雰囲気が濃い。到達するのは大変だけど、やっぱり坂の町では到達するのが大変なくらいじゃないと。坂の町ならではのディテールも散見できる。あと、ところどころにあるベンチとか。
あまりに寒く、中央町商店街でギョウザとビールで元気をつけてから小倉へのバスにのったら、CCA三宅さんにばったり遭遇。おたがいびっくり。


3月19日(火)
「懇親会@みなとみらいのレストラン(みなとみらい)」
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大学の卒業式。今年から19日になった。学科での簡単な懇親会があって、夜は、研究室での会。海外留学組とか海外インターンの学生たちからのビデオレターなどがたのしい。毎年だけど、準備がんばったなあ。
翌日からの予定がいろいろあるので、電車のあるうちに帰宅。


3月18日(月)
「志木行き@馬車道駅」
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気仙沼を朝でて、仙台で打合せ。その後、大学での打合せを経て、馬車道へ。伊吹島&気仙沼に行っている間に、東横線が副都心線と乗り入れていた。判ってはいるんだけれど、行き先表示をみて不思議な気分。みなとみらいの駅間でも携帯の電波が来るようになったので、メトロと乗り入れると全線携帯が通じるのか、と思ったら、反町の前後のトンネルではダメだった。




3月11日~17日

2013-03-20 | インポート
3月17日(日)
「横浜周辺の風景@サンライズ瀬戸(坂出~東京)」
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夜明けと共に目が覚める。B寝台の個室はものすごくコンパクトだけど、予想よりは快適。ロールブラインドは下から上に閉まるタイプがいいんじゃないだろうか。東京駅で新幹線に乗りついで、気仙沼へ。一ノ関で福岡先生と一緒になり、シアトルの話しなどで盛り上がる。海側の高速は撤去する方向で決定したとか。


「気仙沼ホルモン@気仙沼」
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地域の方々との話し合いは割と盛り上がり一安心。最終の船でもどり、近所のホテルのロビーで打合せ。遅くまでかかって、遅めの晩ご飯で気仙沼ホルモン。


3月16日(土)
「階段@伊吹島(香川)」
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朝から元網元(イリコ製造工場のようなもの)で作業。蒸籠(イリコを乾燥させるのに用いる四角い枠)の組み合わせ作業は、作業自体は順調なものの、方針を変えようかと思いはじめる。
で、午後は、まずは必要な階段。また階段だ。
最終の船で観音寺に渡り、坂出から夜行のサンライズ瀬戸で東京へ。


3月15日(金)
「ワイヤレスグラインダ@伊吹島(香川)
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朝一の船で島に渡る。滞在場所(古い家)が出来た。先客で、キムさんとスタッフの森本さんが滞在中。
さっそく作業。掃除をしながら場所の検討。電気がまだなので、発電機持参。ものによっては、普段より便利。容量の大きなものには使えないけど。
夜は地元の漁師さんやキムさんらと飲む。


3月14日(木)
「家島諸島@瀬戸内海(羽田→岡山)」
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ブラジル領事館でビザを受け取って、その足で伊吹島方面に。今回の行きは岡山空港経由。伊吹島は観音寺市に属するっていうのもあって、観音寺を少し探索。パチンコ屋とか飲み屋とかはあまりなくて、和菓子やとか和服関連の店などがよく目に付く。上品な街だ。
飛行機からの風景。瀬戸内国際芸術祭の島々は雲の下だった。


3月13日(水)
「会田誠展@森美術館(六本木)」
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大学での委員会や都内での打ち合わせを経て、夕方、まだ見に行けていなかった会田誠展へ。この作品だけ写真撮影可、ってことなので、他の多くの人たちと並んで撮影。
根底にある眼差しと哲学はすべてに共通してるけど、表現は多様。何でもできる器用さを感じさせない強さを併せ持っているのにやられる。それにしても、六本木ヒルズっていう、際だって今日的制度的な環境のなかで大展開する今日性制度性批評っていう構図が面白かった。


3月12日(火)
「ファイナルラン@東横線(自由が丘あたり?)
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もろもろ打合せ。移動なども多い。
東横線ではたまたまの先頭車両撮影にはとどまらず、ずっと追っかけ状態の人たちも増えてきた。子供達のみならず、小声でコメントを入れながら一世代前のビデオカメラを回し続けるオジサンも。


3月11日(月)
「つつじ@大学の近所(六角橋)」
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午後、大学へ。気仙沼に関連してスカイプ会議。
途中、ツツジに花が咲き始めているのを発見。




3月4日~10日

2013-03-14 | インポート
3月10日(日)
「東横線@横浜駅」
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午後ずっとみかんぐみ。空が粉塵でものすごく曇っていたらしいけれど、まったく気がつかず。
帰りに横浜で途中下車。東横線では東武との乗り入れを数日後にひかえ、それを機に退役となる四角い9000系がファイナルラン。老若男女、正面に走り寄ってきて撮影している。真似して撮ってみた。


3月9日(土)
「上原の家@代々木上原」
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朝一で上原へ。竣工して10年ほど。今は当初とは違う方が所有しているんだけれど、少し手を入れたいっていうことで話しを伺いに行く。棚はライフスタイルの受け皿。置いてあるものが住んでいる人たちなりに変わっていて、新たな雰囲気をつくっているのが楽しい。


「洗濯物@アジアビルの外廊下(寿町)」
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みかんぐみで時間調整して、午後、寿町で打合せ。アジアビルの改修。ここはいわゆるドヤではなくて、ファミリー向け(?)な間取り。まだまだどうなるかわからないけれど、今の住みこなされ方が既に興味深い。
夜は、車橋もつ肉店でブラジル視察事前打ち合わせ。以前より増して店員さんがえらそうになってる。これからは宮川橋と関内にしよう。


3月8日(金)
「HEAD研究会のシンポジウム@アーツチヨダ3331(秋葉原)」
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大学に二回往復。最近、そういうの増えてるなあ。
夜はHEAD研究会のシンポジウム。盛り上がった(と思う)。小さな単位のまとまりが、自治的だったり特区的だったりしながら、個性あるライフスタイルを前提に固有の運営システムを得られるような将来像が、自分なりに再確認できたか。久しぶりの人たちにもたくさん会う。


3月7日(木)
「セブンイレブン@港北小学校前(妙蓮寺)」
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大学院入試など。世の中色々あるものだ。
いつの間にか家の近所にセブンイレブンができつつある。


3月6日(水)
「ビザの受け取り票@ブラジル領事館前(五反田)」
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3月後半のブラジル視察で必要となるビザをもらうために、朝一で五反田のブラジル領事館へ。パスポートを預けなければならないので、北欧からの帰国を待たなくちゃいけなかった。本人限定で、受付時間の制約も厳しい。とはいえ、みんなに脅かされていたのに比べればすごくスムーズ。いろいろはかどった。受け取りは昼休み限定。いつ行こうか。


3月5日(火)
「飛行機@成田」
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飛行機の窓からオーロラが見られるんじゃないかと2%くらい期待してたんだけれど、普通の夜空の中を無事に帰国。信じられないくらい暖かい。
ブレーキパッドの怪しい車で、エンジンブレーキをものすごく多用して、なんとか家にたどり着く。


3月4日(月)
「かもめ食堂@ヘルシンキのちょっと南のエリア」
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あっという間に最終日。昼食に、映画で有名になったかもめ食堂に行ってみる。日本語メニューもあるし、日本人の店員さんもいるし、客の半分は日本人。でも、その中に地元の人たちが混じっているのがおもしろい。店内は映画とはずいぶん違っている。


「雪かき@バンター空港(ヘルシンキ郊外)」
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出発時間のちょっと前から雪が降る予報だったんだけど、予報通り。座席に座ったら、機体の雪かきをするっていうアナウンス。向こう側の機体ではクレーンに乗った人が、T型のブラシみたいなので雪を下ろし始めた。まさか、と思ったら方針変更したのか2カキでやめてた。緑の溶剤を吹き付けながら風圧で吹き飛ばす。大変だ。



2月25日~3月3日

2013-03-10 | インポート
3月3日(日)
「21度@ホテル(ヘルシンキ)」
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早朝、外を見る。吹雪は収まっているものの(良かった)、見るからに寒そう。で、ネットに繋いで調べてみたらマイナス21度。信じがたいが、確認のために窓を開けるのはやめておいた。まあ、ともかく、全部、氷点下。
元刑務所のホテル。窓がすごく上にあったり、食堂の食器がステンレスだったりするけど、快適。街からちょっと離れているからかリーズナブルだし、おすすめ。


「テンペリアウキオ教会@中心街の少し北(ヘルシンキ)」
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降雪は朝の内に納まったものの、町中が雪で覆われている。今回の中で一番寒い。防寒対策のノウハウがどんどん身につく。
夕方、3年ぶりのテンペリアウキオ教会へ。雪を通した光もわるくない。ハープのコンサートのリハーサル中。


「ソリ@エスプラナーデ通り(ヘルシンキ)」
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フロントのお姉さんおすすめのところで夕食を、と思って向かっていたら、ソリで移動する子供。お父さん(たぶん)も子供も、なぜか表情が堅い。
最終日なので、トナカイとかサーモンとかで締める。


3月2日(土)
「タリンの街@フェリー(タリン沖合)」
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沖合からタリンの街をみる。船で割られた氷が再び合体して、っていうのを繰り返して出来た幻想的な海面の向こうに、丘の上の旧市街と両サイドから挟み込む新市街と工業地域を臨む。風景の要素がそれぞれ、それぞれの範囲で本気で誤魔化しはないっていうか、調整が存在しない。
下船するなり、通貨がユーロになっていたことと、ターミナル前の派手な建物群に驚く(調査不足)。


「ドラゴンの雨樋@旧市庁舎(タリン・旧市街中央)」
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主に旧市街の街並みを巡る。ドイツよりドイツらしいと言われているらしい、中世の街。パステルカラーの外壁が点在していたり、旧市庁舎もよくみると雨樋が龍だったりして、かわいい。
足先が冷たかったので、エストニア伝統の編み物屋でソックスを買って、そのまま店ではく。防寒完璧。


「新旧合体ビル@タリン(エストニア)」
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船でヘルシンキに。ターミナルまで歩く途中、下が古くて上に新しい増築っていう建物を、いくつか目撃。新旧を調整するよりそのまま合体、っていうのは、フェリーからみた街全体の印象とも、建物単位での印象とも共通している。
夜遅くに到着したヘルシンキは吹雪。ドリフトしまくりのプロドライバーなタクシーで、元刑務所の宿へ。


3月1日(金)
「森の火葬場@街の中心の少し南(ストックホルム)」
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早起きして、アスプルンドの森の火葬場へ。雪の朝早くなのに、来ている人たちも少なくない。観光客もいるけれど、どっちかっていうと、地元の人たち。墓参りが、街の社交場みたいな感じ?。松や白樺が立ち並ぶなかに、たくさんの墓石がならぶ姿をながめながら散策。


「建築模型@地下鉄駅(ウーデンプラン駅・ストックホルム)
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ストックホルムは地下鉄が便利。長居はしないので、回数券(16の日付け記入欄に分けられた細長い紙)。
とある駅のプラットフォームには、建築の模型が詰め込まれた、ガラスのショーケースがあった。アスプルンドの図書館などでは、設計者名がものすごく大きく表記されているし、、、まあ、そういうことか。


「路地@ガムラスタン(ストックホルム)
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ストックホルムの旧市街。ある時期、スラムとして扱われていたらしい。それが、今日の風情を残した、っていうのを確認したかったんだけれど、リスボンなどの同様の背景を持つエリアに比べると、怪しさはあまりない。とはいえ、時代に合わせた街の整備から逃れたことが良かったことは間違いない。


2月28日(木)
「川?@ロシアのどこか(成田→ヘルシンキ)」
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フィンエアーで北欧へ。25日に就航するはずだったJALの787便の予定だったんだけれど、延期になったのでフィンエアー。フィンエアー便の手配がちょっと遅れていたら、航空券代が3倍だった。あぶないあぶない。
で、無事、ヘルシンキへ。外をみるときっとロシアのどこか。うねっているのは川?。でも盛り上がっているのは何故?。


「街並み@ガムラスタン(ストックホルム)」
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ヘルシンキの空港でSASに乗り継いでストックホルム。ホテルについたらちょうど晩ご飯時。初日の夜なので、トナカイとかサーモンとかニシンとか。宿をガムラスタン内にしておいたので、夜の路地探索も。


2月27日(水)
「棚@自宅」
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出張前日でいろいろ忙しい筈なんだけれど、新しい棚に合わせて、自宅ワークスペース整備。この棚に、プリンタ、スキャナ、外付けHDD、外付けディスクドライブなどを納めれば、すごく片付く、はず、だが。


2月26日(火)
「あべのハルカス@日本橋(大阪)」
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朝、目をテレビをみていてら「日本一の超高層ビルが大阪の・・・」とかっていっているので、やれやれと思って、ふと外を見たら、テレビと同じ建物が向こうに見えた。やれやれ。
某幼稚園の運営の様子を朝からずっと観察。ものすごく密度の高い時間が進んでいて驚く。


2月25日(月)
「道頓堀@日本橋(大阪)」
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翌日に備えて大阪へ。飛行機の時間を勘違いしていて、羽田で時間があまる。逆より良いか。
心斎橋でちりとり鍋を頂く。うまい。道頓堀にそって、賑わいが新たにつくられている。左手の店は浸水高さより低いのか、店の横に、水位が高くなったら退避しろっていう記載が。










2月18日~24日

2013-03-01 | インポート
2月24日(日)
「地鎮祭@八潮」
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八潮T邸の地鎮祭。お酒に「八潮まちづくり100年運動連携5大学」と記載するのに手間取って、ぎりぎりに現地着。爆風の中、無事終了。周りにも家が建ちつつある。


2月23日(土)
「卒業設計展@馬車道駅」
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打合せなどでみかんぐみへ。駅を降りるとなにやら建築の模型とかを運ぶ人たちが。神奈川の卒業設計優秀展だった。ぐるっと回ると神奈川大学の学生たちも。審査会も駅でやったんだろうか。


2月22日(金)
「東京拘置所@綾瀬」
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たまった雑務の締め切りに押されて、事務所での打合せを一件パス。風邪で休んだ余波。午後の綾瀬の定例には行く。電車の中からスカイツリーと東京拘置所を同時に写真に納めようとして失敗。ま、いいか。写真は蒲原重雄の小菅監獄所の監視塔。鳥のあたま。


2月21日(木)
「マスク@自宅」
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午前中まで休んだらだいたい復帰。午後の戸塚での打合せ以降は予定通り。夜は年度末の視察についてのミーティング。
今回の風邪での成果はメガネが曇らないマスク。これはいい。


2月20日(水)
「かもめ食堂@自宅」
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風邪が悪化。終日ダウン。朝一の浅草橋での地鎮祭にはじまって、夜のくまもとアートポリスの打合せまで全部欠席。地鎮祭を病欠したのは初めてだなあ。残念。
布団にこもってかもめ食堂などを観る。わずかにカメラが左に傾いてる。物語に合わせて変わるのかとおもったらそうでもなかったようで、ずっとこんな感じ。癖?。


2月19日(火)
「部材小口@錦帯橋(岩国・山口)」
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朝から某取材を昼までに順調にすませ、錦帯橋まで送ってもらう。ありがたい。錦帯橋は初体験。想像より小さいんだろうなあと思ってたんだけど、予想通りだった。樹種は何だろうと思ってみるけどよくわからない。部位によって使い分けているか。雨に曝される場所では木口に小さな屋根がかかってる。


「瓦@目加田家住宅(岩国・山口)」
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冷たい風が吹きすさぶ中、なんとなく風邪っぽい症状を予防薬で抑えつつ、周辺を散策(これがいけなかった)。目加田家住宅は屋根瓦の葺き方が独特の表情。シロヘビ(アオダイショウのアルビノが残りやすい環境だった)とか観光的対象のレンジが広い。


「岩国徴古館@錦帯橋近く(岩国・山口)」
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終戦の年の竹筋建築・岩国徴古館。言われているほど太い柱っていう感じじゃないか。
錦帯橋を上流から眺めようとかしている内に、体調が明らかに悪化。新しい岩国空港についたときには空港散策する気も無くなっていた。横浜に戻った頃には最悪。寝る。


2月18日(月)
「屋台@徳山駅近く(山口)」
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仙台や横浜での打合せを経て、某取材のために夕方の飛行機で徳山に。おいしい魚を堪能し、駅前の屋台によって帰る。ビニルシートを割とスクエアに取り付けてあるせいか、なんだか近代建築的雰囲気の屋台。おでんをつまみに。