曽我部絵日記

曽我部昌史の写真絵日記

3月24日~30日

2014-03-31 | インポート
3月30日(日)
「横断歩道@チャイナタウン(シンガポール)」
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ホテルのあるチャイナタウンの街並みを散策。ハリボテ建築はエイジング加工がされているけど、やっぱりキレイすぎる。このあたりには、ホームレスとか放置ゴミとか、怪しいものはない。タクシーの運転手によると、ホームレスがいたら、すぐにシェルターに連れて行かれるので、一般的には目に触れないだけで、実は失業率もシリアスだとか。高齢者の姿を見ることも少ないような気がする。とか言いながら歩いていたら、こんな信号が。そういう対策もやっているってことか。


「マックスウェル・フードセンター@チャイナタウン(シンガポール)」
0330
チキンライスをたべていないということで、ガイドブックで調べて近くのホーカーズへ。ここは昔ながらの雰囲気もあって、値段もリーズナブル。初日の夜にいったホーカーズのようなテーマパーク的演出はない。チキンライスのあと、ジューススタンドでニンジン・トマト・リンゴっていう日本でも飲めそうなのを飲む。
シンガポール空港は空港内のアートなどが有名ということで、少し早めに行くことに。


「ひまわりガーデン@シンガポール・チャンギ空港(シンガポール)」
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マニラ便はターミナル2。インフォメーションで聞くとアートワークは出国審査後ということで、中に入る。空港内案内パンフをみると○○ガーデンなどの記載がある。回ってみると、頑張っているみたいだけど。。。ブログでのコメントが憚られる。ハリボテ好き?。とはいえ、期待しすぎが良くなかったわけで、すごしやすい空港ではある。


「ライブラリ@マカティ・シネマ・スクエア地下1階(マニラ)」
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マニラにもどる。今度はマカティのホテル。着いたら既に暗くなっている。元黄金町エリアマネージメントセンターの平野さんと、旦那さんのアーティスト・マークさんと、国際交流基金の三冨さんとで、ホテル近くのビル内のレストランAIDA'S CHICKENへ。平野さんの知り合いのでコレクターの人の店。同じフロアに自分のスタジオを持っていて、家も同じビル内だとか。ネグロス島のバコロドに本店があって、その支店らしい。


「ビールの栓抜き@バーanto(マカティ)」
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店長(コレクター)も一緒に隣のビルにあるバーへ。アーティスト・ラン・スペースって書いてあるけど、中はカラオケ?。外のテラスで飲む。アーティスト交流のプログラムが始まりそうな気配に。すばらしい。随分、遅くまで飲み続ける。バケツ入りの5本セット割安ビールとかがシンガポールにもあったけど、ここでは、バケツ取っ手の端っこが栓抜き。たまたま?


3月29日(土)
「スーパーツリー@ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(ベイフロント東・シンガポール)」
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街の探索日。まずは話題のガーデンズ・バイ・ザ・ベイ。植物は多いけど木陰が少なく、植物園(有料。空調有り)に誘導してないか?などと言いつつ、スカイウェイへ。耐久性能にはそれほど気を使っている感じがないので何十年か先が心配になりつつも、ものすごくフォトジェニックでみんな写真撮りまくりなのは、それはそれでいいような気も。心境は、不安がざわつきつつ、不思議な懐かしさも。誰か止めてやれよ、っていうのが正直なところか。


「カラフルな街並み@リトル・インディア(シンガポール)」
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マリーナ・ベイ・サンズのホテル(ロビーのアトリウムは80年代っぽく、廊下側の設えはマンションみたい。割り切り?)や商業ゾーン(空港のブランドショップゾーンみたい。カジノもある。隣はATM)などを見て回り、地下鉄でリトル・インディアへ。市場の猥雑とした雰囲気やゴミが溢れる街並みとかに何だかホッとする。ともかくカラフルに、っていうのがここでの観光化のルール?。昼食はやっぱりカレー。


「川沿いのレストラン@クラークキー(シンガポール)」
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伊東豊雄さんのヴィヴォ・シティ、シティ・ホール近くの歴史的建築群などをめぐり、シンガポール川のリバークルーズ。川沿いには都市の活動が表出。行くんだったらボートキー側のレストランが良いけど(コンサバ)、クラークキーの80年代な雰囲気のレストラン群も興味深い。というか、ここでも90年代末的な懐かしい感じ?。
ほぼ疲れ切っていて、ライティングのショーが始まるまで海辺のバーで飲む。


「フェラーリ@バックパッカーズ・イン(チャイナタウン・シンガポール)」
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ベイ・サンズ前の海にレーザーなどのライティングが展開する「ワンダー・フル」というショーを見てから(ベイサンズもショーも、どうも写真をアップする気がしないのはどうしてだろう。沢山撮ったのに)、チャイナタウンまで歩いて遅めの夕食。土曜の夜だけあって、賑わっている。昔風に作った、本当は新しいショップハウスも、暗いとそれらしい。安宿の多いエリアなんだけど、バックパッカー向けの宿の前にフェラーリ(同じ宿の別支店前にはボルボ)。


3月28日(金)
「オラウータン@シンガポール動物園(シンガポールの北の方)」
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地下鉄とバスを乗り継いでシンガポール動物園へ。都市下層エリア対策視察メンバーは、研究室で請けている金沢動物園検討メンバーとも重なっていて、シンガポールに来たのは動物園視察が目的。動物との距離が近いのと、ショーや餌やりなどの体験プログラムが多いのが特徴か。歩いていると頭上をオラウータンが。旭山にも同様の仕掛けがあったけど、移動はしていなかった。安全対策のハードルが日本より低めなのがいいのか。


「ゼブラ柄@シンガポール動物園(シンガポールの北の方)」
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デザインに隙が無いというか、全体に通底する雰囲気作りに妥協していないのも特徴か。日本だと長い歴史の中でいろいろな手が加わり、たいていバラバラな印象になっている。横断歩道もゼブラ柄。
子ども動物園ゾーンのふれ合いは参考にならなかったけど、隙の無い演出はテーマパークとしては本来当然?。時間切れになり、大急ぎでリバーサファリへ。


「熱帯雨林の風景@リバーサファリ(シンガポールの北の方)」
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シンガポール動物園は、動物園、リバーサファリ(水系と動物)、ナイトサファリの3園で構成されている(離れた場所にもう一つあって、1月有効な4園共通チケットもある)。どれも動物園一つ分のサイズなので、一日で回るのは大変。3園セットチケットも83S$(7500円くらい)と高い。リバーサファリは、ごく最近、船でめぐる(リバークエスト)園の東側ゾーンが完成した。
リバークエストは予約制で、その時間に遅れそうになり焦るが、乗り場が建物内の展示ゾーンを全部回った先にあって、さらに焦る。で、時間通りに乗れたわけだけど、これは、一体・・・。リバー・サファリはパンダでもってるってことか。


「トラムから見る鹿@ナイトサファリ(シンガポールの北の方)」
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リバーサファリの次はナイトサファリ。夜のみの開園専門の動物園。夕方5時半の開門と同時に入り、日本語トラムの整理券を受け取り、7時の開園まで食事。火を噴くパフォーマンスなどを経て開門。トラムで放し飼い(に見える)動物たちの脇を通り抜け(45分)、その後、歩いても回る。屋外シアターでのイベントもあり、全部見終わったら夜10時過ぎ。既存の動物園にナイト・ズーを追加するのは動物が疲れるけど、ナイト・ズー専用園化っていう考え方もアリかも。


「歩道にはみ出して飲む@ラッフルズ・プレイスのベイ側(シンガポール)」
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歩きすぎで疲れてるんだけど、ベイエリアに出て、夜景の見える高層階のバーへ。外テラスの席から眺めると、ベイ・サンズからのレーザービームが海面に絵を描いている。週末なので、回りの広場でもアートイベントなど。パブからは人々が歩道に溢れ出し、中にはオフィスから持ち出したと思われる椅子で飲む人も。居場所が混然としている感じがいい。


3月27日(木)
「CAPITOLビル@エスコルタ通り(イントラムロスから川を渡ってすぐ・マニラ)
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イントラムロス内の地元向け食堂で朝食をとり、エスコルタ街へ。元黄金町エリアマネージメントセンター・キュレーターの平野さんお奨め。彼女が主宰するアートスペース98Bもこの一角にある。写真のようなアールデコっぽいものだけでなくて、色々な様式のものが並ぶ、ちょっと不思議な雰囲気。


「CD@イントラムロス内の食堂(マニラ)」
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駅研究者でもある稲用さんと満員の地元鉄道を経由して、イントラムロスに戻る。今日帰る稲用さんを送り出し、さらに、イントラムロス探索。昼食も地元向け食堂。柱とか絵の額縁とかの仕上げがCD製。
シンガポールに移動するためマニラ空港へ。店舗などがすごく少ない空港。


「チャイナタウンの新しいホーカーズ@スミスストリート(チャイナタウン・シンガポール)」
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ボルネオ島を見下ろせるかと窓側の席にしてたんだけど、上空に来ることには暗くなっていた。チャンギ空港からホテルへ。ついたら夜10時近く。ホテルの裏に新しいホーカーズ(屋台街)が隣接していて、そこで食事。ビールをはじめいろいろ高い。宿は、元劇場だった場所で、そういう歴史をモチーフにしたところ。部屋はものすごくコンパクトで真っ赤。窓無し。


3月26日(水)
「Shaw Keegan Village@ケソン(フィリピン)」
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朝から運転手付きレンタカー(マニラでは一般的らしい。時間で定額のタクシーみたいなもの)でケソンに。途中、レンタカーが動かなくなりジープみたいなのに交換したりして、1時間遅れ。幅広く貧困層の生活改善を手がけるNGO Gawad Kalingaの方に、火事で焼けて家を失った人たちのためのアパートを案内してもらう。建物は寄付とボランティアによるもので、家賃は不要。現時点で2期22戸ができていて、最終的には64戸になるとか。カラフルなのは望みがある、っていうメッセージだとか。


「建物の内部@ケソン(フィリピン)」
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建物外観はカスタマイズ不可でキレイに保つことが義務づけられるけど、内部はカスタマイズ自由。写真は壁を塗った程度の家。数件の内部を案内してもらったところでは、壁から出ている鉄筋を手がかりに床を設け、2層にしているものも多い。周辺の街並みなども回り、延焼から免れた割と大きな家に住む地域の代表の方などに話しを伺う。NGOのスタッフの人が買ってくれたエビ丸天?が脂っこいけど美味しかった。


「栓抜き@ホテル(イントラムロス・マニラ)」
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レンタカーで美術館などを回り、市場みたいなところで自分で魚介を選んで、回りに建ち並ぶレストランで料理をしてもらうところで夕飯。稲用さんが最終日なので、さらに、ホテル近くのスーパーマーケットで買ったウィスキーなどで飲む。ホテルで借りた栓抜きがミニマルでいい。


3月25日(火)
「パヤタス・ダンプサイト@パヤタス(ケソン)」
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パヤタス・ダンプサイトでの支援活動を続けるNGOソルト・パヤタスの方々による視察。トンドにあったスモーキーマウンテンが閉鎖され、新たにできたゴミ捨て場の一つがここ。スモーキーマウンテンでは、自然発火するようなゴミの山に住みながら、スカベンジャーをしていた。ここでは、スカベンジャーとして山に入るのには登録などが必要になり、周辺エリアに住居ゾーンが広がる。


「街並み@パヤタス・ダンプサイト周辺(ケソン)」
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ゴミの山の地滑りで集落が埋まるなど悲しい事故も起きているけれど、スカベンジャーに関連したさまざまな仕事が広がって街の活気を作り、確実な職と急速な人口増加(15%以上、ケソン市平均は3.6%)をもたらしている。ソルトは子どもの教育支援やお母さんたちの仕事のスキル教育など、幅広い支援をしていて、長期的ヴィジョンによる活動が参考になる。


「川沿いの家@ケソンとトンドの間(フィリピン)」
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NGOソルトとしての活動対象ではないのだけれど、国際交流基金からのリクエストに応えてくれたかたちで、他のエリアの視察にも。川沿いのスクウォッターに見える住居群の一つを訪れる。賃貸らしい。しかも、光熱費が高く、水害では水没するらしい(ブログではアップするのが憚られるけれど、パヤタスでもここでも、建物内部の視察ができた。家族の人数と広さの関係は、にわかにはイメージしにくい程)。


「コンセント@鉄道沿いのスクウォッター(フィリピン国立鉄道エスパーニャ駅近く)」
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次は鉄道沿い。政府の施策で撤去された鉄道沿いの建物群があって、そこに住んでいた人たちは、郊外の公営住宅に移されたらしい(場所名が聞き取れなかった)。でもそこでは、仕事はないし、住宅の家賃はかかるしで、結局、撤去後の空き地に戻ってきて夜だけ立ち上げる仮設的な住まいを建設。とにかく、お金のなる仕事のあるところに、人は住む。直前に見た映画「メトロマニラ」の背景が心に染みこむ。電気はどっからか来ているらしい。


「墓碑@マニラ北墓地(フィリピン)」
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パヤタスから少しずつ西へ。マニラ北墓地へ。ルソン島以外で墓に住む人たちのかなりディープな情報があって、それをパヤタスの人たち伝えてセットしてもらった。墓に住む人が居るということ自体は特別ではないようで、墓が住宅の様な空間を持っているために、自分の親族の墓を、やむを得ず家にする人たちがいる、ということらしい。話しを聞いたのは、元リザ-ル(フィリピン独立の歴史的英雄)のお父さんの墓に住み人たち。人が住む墓は、内部の諸要素の密度が高い。


「公営住宅エリア@トンド(フィリピン)」
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スモーキーマウンテンのあったトンド地区。ゴミの山は閉鎖されたけれど、周辺に広がる居住地はそのまま残る。ソルトと関係のある地区の団体のリーダーが最近殺害されたとかで、安全のため車中からの視察。ここでは、スカベンジャーの仕事が無くなったわけだけれど、首都圏にも近く住民も多い。
濃すぎる一日。一日にこれだけ詰め込んでくれたNGOソルトの方々に感謝。海辺の中華で締め。


3月24日(月)
「ホテル近くの風景@イントラムロス(マニラ・フィリピン)」
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慌ただしく出張の準備をして、成田で虫除け対策グッズを購入し、マニラへ。いつもの、都市下層エリア対策視察。今年度末はマニラ。旧市街地のイントラムロスは、ガムラスタン(ストックホルム)やアルファマ(リスボン)のような歴史保全一本槍な感じじゃなくて、そういう歴史的風情と、低所得者向けの庶民型風情とが渾然となっている。ホテルは高級なのと中級なのの二件のみ。当然ながら中級のほう。周囲には魅力的な店舗群が。


「サン・アウグスチン教会@イントラムロス(マニラ・フィリピン)」
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イントラムロス内を少し探索。ホテルから1分くらいのところに、世界遺産の一つサン・アウグスチン教会。馬車の客引きが「今、休館時間なので、30分くらい馬車で回ったらどう?。戻ってきた頃に開館するし」とか言ってくる。でも、入口に行ってみると開館中。油断できん。城壁近くの資料館でマニラ独立史に少しふれたりしつつ、チャイナタウンに向かうことに。写真の窓は、どうやら貝殻がガラス代わりみたい。


「躯体活用リノベ@ジョーンズ橋のチャイナタウン側橋詰め(マニラ)」
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道の事情が把握でき切れていないまま、無理矢理川を渡ってチャイナタウンを目指す。写真のリノベ物件をはじめ、うまい具合に広がる(スクウォッター?)住居ゾーンを垣間見つつ移動を続けると、デルパン地区に入る。緊張しつつ通り抜けるが、子ども達は写真を撮れと言ってくる。暗くなってきたので、雨でもあり、タクシーで宿に戻り、近くのレストランで食事。







3月17日~23日

2014-03-24 | インポート
3月23日(日)
「レッドカーペット@三番街自由市(小倉)」
0323
朝、早起きして、レクチャー準備。清水義次さんが司会で、馬場正尊さんと一緒に「公共空間のリノベーション」がテーマのシンポジウム。進行も内容もオーディエンスの乗りもよくて充実。もうちょっと長くいたかったんだけれど、全く準備ができていない明日からの出張に備えて早めに横浜に。
写真は、メルカート、ポポラートに続いて中屋ビルにオープンした、三番街自由市。ファッションショー用のレッドカーペットが30センチ通りに出っ張っている。「万が一の責任は誰が取るんだ」って問題になったらしい。この地域も、前途がとっても明るい、というわけでもないか。


3月22日(土)
「『表現』のライブ@ファンタスティック・アーケード・フェスティバル(小倉サンロード)」
03221
早朝の飛行機で小倉へ。行くと既に、ファンタスティック・アーケード・フェスティバルもリノベーション・スクールも盛り上がっている。経堂の杜の甲斐徹郎さんの興味深いレクチャー(ワークショップにも取り入れられそうな技も)を聴いてからCCAへ。サンロードのアーケードでは『表現』が立体配置でライブ。アコーデオンの音が近づいてくる、と思うと建物の影から現れる。


「かわしまかんすけさんのインスタレーション@CCA北九州(八幡)」
0322
八幡に移動して、スタジオアーティストの展示をみたり、CCA中村さんと2014年度のことなどを打合せしたり。かわしまさんのは、あまり北九州のローカルな状況とは関係なさそうなのが気になるが、水糸がキレイ。打ち合わせでは、イスタンブールとかチェンマイとか石垣島とか、華やかそうな企画が話題に。小倉に戻る。


「鳥の街、使用中@サンロード(小倉)」
03222
戻って、サンロードでリノベスクールのレクチャーを聴いて(これまた、授業の参考になる)、FAPの企画を回る。久光家での表現ライブ(小倉節のアレンジなど)、毛原大樹さんのラジオ、おでんサミット(おでんを食べながら意見交換)など。
鳥の街は、おでん屋台のアネックスのように使われている?


3月21日(金)
「ムクドリ@自宅」
0321
大学で打ち合わせしたり、墓参りに行ったり、薬を取りに行ったり。一気に雑用をこなす。今年度は、残り日程が全部出張なので、貴重な一日。
朝、窓の外にムクドリがたくさん。台風で倒れたコウヤマキの回り。何か食べるものがあるのか。


3月20日(木)
「オルガンの受付カウンター@旧里見小学校(市原)」
03201
卒業式翌日にもかかわらず、朝から市役所で金沢動物園の最終報告書納品。学生たちは、そのままの格好。その後、駅周辺で一件打ち合わせてから、バスを乗り継いで里見小学校へ。市原アートミックスのプレス関係者案内と、夜は前夜祭。今回は、学校としての記憶を大事にしたかったので、最低限の操作&あるものですませるの中間。写真はオルガンの受付カウンター。雨で外の写真がイマイチなので、ブログではいずれまた。


「ピザ釜@旧里見小学校(市原)」
03202
元鳥小屋があったウッドデッキ内(鳥小屋の強度がなさ過ぎで、残念ながら解体)に、ゲンクマガイによる煉瓦のピザ釜。コラボ?。これでヘルシーなピザが焼かれる。前夜祭は、料理もお酒も豊富で、しかもみんなうまい。市長がノリノリだったのが印象的。またまた、小湊鐵道経由で帰る。


3月19日(水)
「カレンダーの原画@卒業式謝恩会(Neptune・東神奈川)」
0319
打合せ、卒業式、打合せ、謝恩会、二次会。少々破綻気味なスケジュールだったか。卒業式では、3年生が4年生に、M1がM2にオリジナルプレゼンとをする習慣。毎年みんなよく考えると思う。今年は3年生からが似顔絵カレンダー・ワンピースバージョンと、M1からが似顔絵レゴ。写真はカレンダーの元となったイラスト。うまいなあ。


3月18日(火)
「太陽光パネル@空港への道(熊本)」
03181
早朝から視察スタート。野沢さんたちの学校を見て、午後の打合せに出席すべく、慌ただしく空港へ。空港への道は、細川知事時代に楠並木になり、その両サイド100mには店舗の出店などを禁じ、景観維持に努力してきた。来熊者へのおもてなしというわけだ。そこに太陽光発電パネル。信じがたい。もっと冷静に長期的プランを構想できないものだろうか。結局、地方が割りを食う。空港には1時間半前に到着。


「電気式カーテン@ドリームライナー(熊本>羽田)」
03182
実は787機初体験。導入直後に787のヘルシンキ便を予約していたんだけれど、飛ばなかった。通路側の席だったので、空いている席を見つけて電気式カーテンとかを試す。スイッチを押してから徐々に暗くなり始めるとか、シートベルトサインがキレイに納まりすぎていて消えていると見えないとかは慣れないけど、湿度が高めなのはとてもいい。機械音が少し気になったのは、エンジン音が小さくなったから?。
環状2号線エリアの検討懇談会、国際ヨンカイギ準備打ち合わせなど。まあ、飲んでいるわけだけど。


3月17日(月)
「みんなの家@阿蘇(熊本)」
03171
アートポリスの打合せ。まずは、阿蘇のみんなの家を二件。竣工後は来られていなかった。高田のみんなの家には仮設住宅で暮らすお母さんたちが集まっておしゃべりをしている。最初は沢山泣いたけれど、今は同じく被災した仲間と近くで一緒に暮らせるのがうれしいと言っていたのが印象的だった。ポスト核家族型生活の場の実践でもある。


「三角壁@球磨工業高校(人吉・熊本)」
03172
昼食をとって球磨工業高校(ワークステーション)へ。伊東さん、桂先生ほか、みなさんと合流。その後、豊野小中学校(小泉アトリエ)を回り、県庁に着いたら夕方18時。そこから会議。しかも議題がたくさん。20時過ぎに終わって食事へ。時間は遅くても、カラオケに行かないということにはならない。
写真は球磨工業高校の校長室。ちょっとだけ飛び出した三角壁と洋画と掛け時計と書がバランスをとっている。さすが。




3月10日~16日

2014-03-21 | インポート
3月16日(日)
「アーケード工事@姫路駅北口側(兵庫)」
03161
朝、横浜方面に戻る。ちょっとだけ姫路駅周辺を散策。北側にアーケードを新しくしているところがあったので行ってみる。この形状は姫路城の唐破風?。そういう案内とかはなかったけど。


「姫路駅コンコース@姫路」
03162
で、新幹線に乗ろうと思って駅に戻りふと見ると、駅のコンコースの天井も唐破風がモチーフ?。こっちの方がより抽象化されている。
横浜駅から大学に直行していろいろと作業。細々した仕事がなかなか無くならない。気分転換とか言って、ブログとか書いてるからいけないんだけど。


3月15日(土)
「ものづくり体験館@姫路(兵庫)」
03151
平均気温が5度上がったときの建築や都市の可能性を考える「熱発コンペ」の公開二次審査。会場は審査委員長の遠藤秀平さん設計の、ものづくり体験館。遠藤節全開で、マテリアル百花繚乱。型枠だけで何種類あるか。異形鉄筋の階段手すりは時折見かけるけれど、これは70ミリ。日本最大だとかで、原発プラントなどに用いるらしい。


「70ミリ異形鉄筋の楯@ものづくり体験館2階(兵庫)」
03152
9人の一次選考通過作品のヒアリング審査。一等を決めるのではなくて、審査員それぞれが賞を決める。5度上がると沖縄が亜熱帯化しデング熱などのリスクに曝されるだろうということで、蚊を受け流す仕組みの家の提案とか、同じく亜熱帯化がもたらす雨期の豪雨による水害に対応するために、建物一つ一つが小さなダムとして機能するようにする提案など、SF的にすら思える作品に興味を覚えた。
駅近くの焼き肉屋で打ち上げ。予想可能なことではあったけれど、8時半の終電では帰れず、姫路泊。


3月14日(金)
「バケツに穴@旧里見小学校(市原)」
03141
バスで市原へ。3月21日から始まる市原アートミックスの準備。現場は佳境で、熊谷玄さんは煉瓦でピザ釜を組み上げつつある。
左官の作業を手伝っていたら、スタッフがミキサーを回していたバケツに穴があき、あわや大惨事(?)。左官仕上げをすべき場所で練っていたので、そのまま手作業で練り上げつつ均し、何とか事なきを得た。いろんなことが起こるもんだ。


「飯給駅@小湊鐵道(市原)」
03142
残り作業を確認してから、帰りは今回も小湊鐵道で。天気が良かったので小学校からは歩き。小学生たちがつくった案山子の他に待っている客は無し。車輪に笹が絡まっていたりのを取ったり、遮断機の無い踏切に車がいるというので電車が停まってみたり、小さなアクシデントが牧歌的。


3月13日(木)
「鳥の街@鳥町サンロード(小倉)」
03131
月末のファンタスティック・アーケード・プロジェクトに合わせて、多用途目隠し看板である「鳥の街」を制作に。長谷川さんと学生は前日から準備をしていて、朝から現地で組み上げ。地域の人たち(目の前の焼き鳥屋さんとか)にも手伝ってもらい、概ね形になった(つまり、完成はしなかった。残念)。扉のいくつかは手前に倒れて、ベンチやテーブルになる。脚はカラーコーン(丸穴に刺さる)。


「生大の列@焼き鳥ケンタ(小倉)」
03133
近くの飲食店に迷惑がかかるといけないので、暗くなったところで終了。みんなで焼き鳥屋さんで飲む。体を使った作業だったので、生ビール大。学生も(予想に反して?)大。結局、みんな生大。夏のような風景。途中で失礼して、空港に向かうため、駅のバスターミナルへ。


「タクシーの列@羽田空港」
03132
北九州空港につくと、羽田空港悪天候で40分遅れの表示。もうちょっと焼き鳥屋にいればよかったか。結局、1時間30分以上の遅延で、羽田についたら0時半を回っている。新幹線と違って、飛行機は特急料金分が帰ってくるとかはないらしい。しようがないのでタクシーで帰宅。タクシーの列も長い。やれやれ。


3月12日(水)
「田谷の洞窟(横浜の南の方)」
0312
午前中、横浜の南の方に。地図に「洞窟」の表示があったので、事前に調べて、少し時間に余裕をもって出発。田谷の洞窟は、定泉寺の中にある修禅道場として掘り進められた人工洞窟。岩を掘り進み、ところどころに磨崖仏の様に仏様や梵字が彫りあげられた。全長1kmくらいある内の一部分が公開されている。地下空間が立体的に絡み合う。
早足で洞窟を回り、大学の委員会に滑り込み、夜の便で北九州へ。


3月11日(火)
「飯田事務所のカフェ部分@吉田町(横浜)」
0311
大学院入試。朝から夕方まで。
どういうわけかJIA神奈川の副代表になることになってしまい、夜は次期代表の飯田善彦さんの事務所で打合せ。もう一人の次期副代表の小泉雅生さんたちと。いろいろと話した後、台湾料理屋で飲む。


3月10日(月)
「梓@戸塚(横浜)」
03101
重村先生から、梓の前にあった駐車場が無くなったとの情報を得て、朝の戸塚へ。朝早いと東の太陽の光を受けて、気持ちのいい風景。


「鉄塔ラウンドアバウト@戸塚某所(横浜)」
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その後、少し戸塚の住宅地を歩くと、鉄塔の回りがラウンドアバウト的になっている地区が。
午後は大学院入試とか会議とか。会議は長引き、馬車道での打合せはキャンセル。



3月3日~9日

2014-03-11 | インポート
3月9日(日)
「鬼の洗濯板@日南(宮崎)」
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朝、物産館でちょっと買い物をしたあと、士会の方々の案内での宮崎ツアーに連れて行っていただく。サーファーたちが集まる海岸沿いに南下すると、洗濯板の様な岩盤の風景。少し調べて生成の仕組みは何となく判ったんだけど、どうしてこれほどまでにラインが真っ直ぐ(というか、面がフラット)に重なるんだろう。


「鵜戸神宮@日南(宮崎)」
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波板岩の地層は、海岸線の外側では海面ラインで切りそろえられたようになっていて、内側では岩壁が立ち上がる。地質のせいか複雑に凸凹のある地形で、大きなへこみに立てられたのが鵜戸神宮。岩の下で外周をぐるっと回れる。神話、海彦山彦の舞台で、関連したみどころも興味深い。


「日南文化センター@日南(宮崎)」
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少し内陸に入って、丹下さんの日南市文化センター。想像よりはずっと小さくて、かなり特殊な意匠なんだけれど、地形を創り出しているようで、公園の緑に不思議と馴染む。幾何学形態なんだけれど、なんというか馬鹿っぽくならない。出窓とか、かなり複雑な部分も含めて、とても地域にあっているように思える。
飫肥の街並みを歩いて(伝建保存の制度を作った人たちに感謝したい)、元商家のレストランで昼食をとり、棚田百選の一つ坂元棚田を見て(これも不思議な異界感があった)、都城市民会館(外観は思っていたほど老朽化した感じはない)をまわり、宮崎駅へ。盛りだくさんな一日で、士会の方々には本当に感謝。


「JRで空港へ@宮崎空港」
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着いたときに気になった、空港へ鉄道が繋がっている様子を体験したくて、宮崎駅で降ろしてもらう。JRが分岐して空港に向かうようになっていて、運転席横の窓から眺めていたら、駐機場にとまる飛行機の姿がみえる。とてもダイレクト。いったん外に出てから空港ビルに入るんだけれど、直結していたらもっといいのに。
無事に横浜へ。


3月8日(土)
「柑橘4種@建築士会の講演会(宮崎)」
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朝の飛行機で宮崎へ。伊東事務所で八代の建物を担当しているときに、家具工場のあった延岡に何度か来たことがあるけれど、宮崎市ははじめて。九州の他の県とは異なる、平らで穏やかそうな風景。ジャイアンツとかのキャンプ地になるのも判る気がする。
講演会場には、みかんぐみメンバーのメールアドレスとなっている柑橘名にちなんで、たくさんのみかんが並ぶ。縁台の角にはポンカン。全部、もらって帰る。皮ごと食べるキンカン「たまたま」がおいしい。


3月7日(金)
「玄関@綾瀬Sビル(綾瀬)」
0307
朝、日経アーキテクチュアの取材で、綾瀬Sビルへ。入居者の一人の画家の方への取材があって、中を見せていただく。とても格好良く住みこなしていて、設計者としては感動すら覚える。長い壁面のある部屋で、高い天井に大きな絵が栄える。オリジナルの靴おきも使い倒されていて、うれしい。


3月6日(木)
「鳥の街モックアップ@神奈川大学」
0306
朝、市役所で打合せをしてから、大学へ。会議とかの資料づくりなどを続ける。なかなか終わらない。
来週のサンロードでのワークショップ(みんなで制作)に向けて、長谷川さんがモックアップを作っている。来週がたのしみ。


3月5日(水)
「飯給駅@市原(千葉)」
0305
市原アートミックスのためにリノベーションをしている里見小学校へ。雨。激しいわけではないけど、小学校の校庭には水がたまる。既に設置された作品もあって、会期が近づいている感じが深まる。とはいえ、その場で制作する感じでも無かったので、少し前の電車で帰ることに。最寄りの小湊鐵道飯給駅はとても小さい。駅舎からちょっと離れて建つ藤本壮介設計のトイレは、駅舎よりずっと大きい。


3月4日(火)
「根上がり@神奈川大学」
0304
教授会とコースの会議。午後は、松坂のコンペに残っているみかんぐみOBの谷さんたちが、プレゼンの相談にやってきた。頑張って欲しい。その後、一ヶ月ぶりに足指手術後の確認で病院。問題なし。


3月3日(月)
「傘@熱海のバス(熱海)」
0303
JIAの全国の人たちがあつまるワークショップに関連して講演。昨晩が新居千秋さんで、話しをしていると、やっていることはかなり異なるけれど、問題意識が重なっていることがわかる。声をかけてくれた渡辺真理さんや堀越英嗣さんにそういわれていたんだけれど、イマイチ判っていなかった。
会場まで向かうバスでは傘を売っていた。夜は、みかんぐみで梅酒の会。飲み過ぎ。


2月24日~3月2日

2014-03-10 | インポート
(この週の記事、前にアップしたつもりだったんだけど・・・)

3月2日(日)
「舞岡公園@戸塚の東側(横浜)」
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朝、新潟から戻る。そのまま戸塚へ行って公園巡り。小雨だったのが強まってきたので途中でおしまい。舞岡公園は、回りの住宅地と連続的に繋がっているんだけれど(特に東側)、昔の日本のような異空間な感じが楽しい。


3月1日(土)
「ヒッコリー@上古町(新潟)」
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新潟建築士会のイベントでアイデアコンペの審査と講演。敷地が古町だったので、まずは敷地。白山公園側から、上古町を回り(買い物もして)、古町の真ん中へ。その後、会場に連れて行ってもらって審査と講演。その後は士会のみなさんと宴会。大人数だけど家庭的(?)な雰囲気がいい。


2月28日(金)
「ビル内吹き抜け@明治大学中野キャンパス(中野)」
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アーキエイドの年度末委員会&総会。会場はマニュエルさんが教えている明治大学。マニュエルさんは京都に行っていて不在。建築やサイン計画などデザインにお金がかかっている。。。


2月27日(木)
「111段階段@南戸塚中の近く(戸塚)」
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戸塚のあたりを少しめぐってから大学へ。割と時間をかけて年度末の事務的作業を端から進める。が、終わらない。
写真は南戸塚中近くの階段。釜山の168階段を思い出し数えながら上ってみたら、登りはじめの半分くらいの段を含めて111段だった。


2月26日(水)
「津波で被災した写真@Moving Distance展(池袋)」
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津波で流された山元町の写真。チラシハウス(ずっと昔に、BankART用につくった)式の什器をつくった。コスト的にスタッフの手は借りられないかと思って自ら設営に。でも結局、ものを持ってきてくれた山田チーフと二人で設営。一人じゃ無理だったか。なかなか壮観。


2月25日(火)
「モミジバフウの実@自宅」
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委員会が目白押しな一日。
朝、デスクライトに、この間、根岸森林公園で拾ってきたモミジバフウの実を留めてみた。照明がつくとライトアップされる。当たり前か。


2月24日(月)
「新幹線への案内@新大阪駅」
0224
浅草橋の建物を新建築の人に案内し、都内で打ち合わせをしてから、大阪で対談。お寺の住職さんとの対談は初体験か(そういう立場でのものではなかったんだけど)
新大阪での地下鉄からの乗り換え。こっちの階段からも多少遠回りながら行くことはできるんだけど、かなり強調したサイン。