曽我部絵日記

曽我部昌史の写真絵日記

2015年4月20日~26日

2015-04-27 | 日記
4月26日(日)
「どんごどんどどんどどん@赤松公民館(美波町・徳島)」

徳島美波町、今年度のキックオフ。中心プロジェクトの一つが赤松の防災拠点の設計。敷地などを確認してから、夜は地域の方々との話し合い。夏までには設計を終えないといけないのだけれど、良い感じになりそう。この地域は祭りなど伝統を重視し結束も強いとか。集会所の壁には祭り太鼓のリズム。


4月25日(土)
「法隆寺@機上(羽田→伊丹)」

実家によってからKIITO関連の打ち合わせで大阪往復。行きは飛行機。見下ろすと法隆寺。伽藍配置が判りやすいし一目でわかる。打ち合わせ開始まで少し余裕がありそうだったので、お昼ご飯を羽田で食べずに阪急十三駅へ。


「ポテ蕎麦@阪急十三駅若菜(十三・大阪)」

ちょっと前に話題だったフライドポテト蕎麦。合うには合うが、まあ一度体験すればいいか。KIITO展での打ち合わせ後、大阪駅ルクアの蔦谷をKDaが設計していたのを思い出し行ってみる。二週間ほど早かったみたい。帰りは新幹線。EX-ICのポイントを使ってグリーン車にしてみたら、ほぼ寝ていた。まあ、例年のように気がついたら期限切れ(6月末)になるよりはましか。


4月24日(金)
「高松次郎本@神奈川大学(六角橋・横浜)」

FOCと呼ばれる建築学科一年生が全員集まるイベント。一年生だし昼間の時間ということでアルコール無し。会場は生協の地下だったので、ポートランドの資料を求めて生協書籍部に寄る。すると、書店担当の方が「先生、高松次郎のが入りましたよ」って出してくる。教員の趣味を把握する職人芸。すばらしい。当然購入。


「写真@マック」

ソフトウェアアップデートしたら「写真」というiPhotoの後釜ソフトになっていた。使い勝手は慣れると思うんだけれど、動きが遅いのはなんとかならないかなあ。スクロールするときに日付けが出ないのも不便。きっと設定をカスタマイズすればいいんだろう。iPhotoのファイルは捨てて良いんだろうか。。。重いんだけれど。


4月23日(木)
「フリスク@自宅」

授業などを経て家で作業。少し前に買った村上隆デザインのフリスクを開けてみたら、中身もデザインされていた。細かい。


4月22日(水)
「急坂@田園調布(世田谷区・東京)」

アートフロントギャラリーでの打ち合わせのあと、大学での打ち合わせや委員会の前に福島加津也+冨永祥子建築設計事務所設計の住宅を見学に。よく練られた、新法規対応がかたちになったような住宅。


4月21日(火)
「デュラレックス@自宅」

いろいろな場所での打ち合わせが続く。夜、家に帰って、食洗機から洗い終わったデュラレックスのグラスを片付けようと二つ重ねて持ったら、数歩歩いたところで上のグラスが爆発するように割れた。はじめての体験でビックリ。


4月20日(月)
「解体工事@若狭邸(目黒区某所)」

朝の飛行機で北九州から戻る。そのまま、目黒の某件で打ち合わせに。隣が堀口捨巳の若狭邸があったところだった。相変わらず大きな敷地のままの豪邸だけれど、堀口捨巳の手になるものは残っていないか。解体されている建物を確認しようと、研究室にある作品集を見ると(若狭邸当時は空き地だったところに後で建てられた建物が解体されていたみたい)、神奈川大学の先生だったのは70才から75才の間だった。定年が今より緩やかだったか。


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2015-04-20 | 日記
2015年4月13日~19日

4月19日(日)
「緑化アウトライン@サンロード(小倉・北九州)」

学生たちと合流し、サンロードでの諸々の作業。朝一で、偶然、九工大の徳田先生と会う。途中で空港に忘れ物をとりに。往復のバス代と時間。高くついた。作業は概ね順調で、いくつか大事なことも判った。で、夜は徳田先生と学生とで、トリヨン→はる屋。先に帰ったんだけど、他の二人はさらにバーに。サンロード使い倒し。


4月18日(土)
「砂時計@水土事務局(古町・新潟)」

朝一で水土の丹治Dと打ち合わせ後、民芸&工芸×水土2015のキックオフミーティング。大量のネタを抱えた出席者によるミーティングでとても楽しい。こういう打ち合わせなら一日5連続でも全然OKなんだけど。「弥生時代にも漁が中心だった新潟は稲作文化圏ではない→水との戦い(苦労)は稲作化が引き寄せたが、元々は、漁などを通して水の恵みを楽しむ文化」とか「地勢的には佐渡の加茂湖以外に新潟県には潟と呼べる場所はない→越後平野全体を潟(であった場)との位置づけはできる」とか、手ばなしに信じていたことを反転して新たな価値が表明される。いろいろと考えるきっかけを得た。


「0段@水土事務局のビル(古町・新潟)」

夕方前に横浜に戻って、造園やさんとの打ち合わせで実家にチラッと寄って、羽田へ。サンロードの計画が重要局面を迎えていて、現地での確認作業。
移動はいろいろとスムーズで、ゆっくりと搭乗。小倉についたら小雨。ホテルについて、機内での忘れ物に気づく。あー、もう。


4月17日(金)
「隠し棚@ホテルディアモント新潟(古町近く・新潟)」

水と土の関連ミーティング。石川直樹さんの中学生向け講演を聞いてから近所の公民館で。開催まで3ヶ月を切り焦りも募る中、ショウモナイ話しもあれば発展的な話しもある。ショウモナイ話は、より良い方向へ裏返してやろねば。毎回異なる格安ホテル体験企画で、今回はディアモント新潟というところ。ちょっと古めだけど、キチンとしていて気持ちがいい。浴室の隠し棚など、細かい。


4月16日(木)
「特撰@みかんぐみ(馬車道)」

授業日。朝、みかんぐみで、熊本のN氏に頂いた玉ねぎをみるとあまり減っていない。金曜に大々的に調理するとか。人数いるとあっという間か。あ、もしかしたら20個だったかも。確認しそびれた。もっとたくさん入っていたかな。


4月15日(水)
「フルーツ@自宅」

石垣島で買った果物が届く。チルド便にしていたんだけれど、森のアイスクリーム「アテモヤ」は1つ破裂。スプーンですくって食べると美味しい。凄くたくさん買ったつもりだったんだけど、こうやってみるとそんなでもないか(アテモヤ一つは、写真から離脱しているけど)。大学では会議4連続。なんだかなあ。。。


4月14日(火)
「無彩色系インターロッキング@研究室の外廊下(神奈川大学)」

内外での打ち合わせの合間に大学に行くと、サンロード用インターロッキングのサンプルが届きはじめている。一番の課題は経年変化。どうも、無彩色系の変化が大きいような。暴露10年後とかの実物サンプルがほしい。あと、高圧洗浄機でキレイになるのかの実験をしてみたいが、ちょっとだけやらせてくれるところないだろうか。


4月13日(月)
「ふれあいサロン@反町(横浜)」

週末毎にどこかに出張していて、ようやく実家に。反町駅から向かおうと、ふとみると「ふれあいサロン」。前から気になっていてちょっと覗くと、作業所の方が運営を受け持つ多様な地域貢献施設であることが判明。これはすばらしい。今度キチンと視察に来なくては。駅前一等地でこれをやる神奈川区の慧眼に敬意。

2015年4月6日~12日

2015-04-12 | 日記
4月12日(日)
「サマーゴールド@ゆらてぃく市場(石垣島・沖縄)」

朝、市場に行って買い物。パイナップルは食べられないんだけれど、こういうメッセージには弱い。結局、種類の異なる三つのパイナップルを購入。袋ぱんぱんで100円のフェンネルとかも気になったんだけど、きりがないので果物のみに自己規制。その後、離島へのフェリーターミナルや商店街を散策。


「県産本沖縄一の本屋@ユーグレナモール(石垣島・沖縄)」

本屋で地域情報検索。コンクリートブロックによる彫刻の本「沖縄彫刻都市」(沖縄でのコンクリート製住宅スラブヤの生い立ちについての論考なども興味深い)など購入。その後、出発まで時間が少しあったので、石垣での最後の食事は石垣牛だろう、ということで、「石垣島きたうち牧場」本店で焼肉。ドライバー役の垣内さんには申し訳ないとかいいながら、昼間っからビール。で、食べ終えたところで空港へ。


「チービシ環礁@機上(石垣→那覇)」

帰りも那覇で乗り継ぎ。この三日間ずっと曇りがち(雨も)だったんだけれど、帰り際になってすこし晴れ間が?。ようやく沖縄らしい風景も見え始めたか。機上からだけど。那覇到着直前に見下ろすと美しい環礁が。調べるとチービシ環礁というものらしい。手前の島がナガンヌ島。島全体がコーラルサンドだって。那覇の空港は、そういう名所などを楽しんできたと思われるグループで溢れている。。。滑走路に向かう方角が、来るときの逆だった。


4月11日(土)
「出発案内@石垣空港(石垣島・沖縄)」

朝の便で合流する吉岡さんをピックアップするため空港に。遅れている飛行機を待つあいだ空港内を散策。空港のカフェのメニューには、石垣牛ステーキも。それにしても石垣空港の発着便数はとても多い。調べたら国内定期便で35便あるらしい。4万5千人の島民に、111万人の観光客。凄く多いと思ったけれど、思い出してみると、人口7500人の徳島県美波町にある薬王寺の参拝客数も100万人とか?。落としていく金額は桁違いだろうけど。


「川@舟蔵の里(石垣島・沖縄)」

北の方にある某計画の敷地などを見せてもらい、ソーキソバで有名な明石食堂で昼食。野菜ソバにソーキをトッピングしたのは失敗だったか。若者二人は八重山ソバとカツ丼を食べている。その後、昨晩夕食をとった舟蔵の里のカフェで打ち合わせ。打ち合わせ後、オーナー(熊本の人で、ウナギ屋だったらしい)が周辺を案内してくれる。役場に交渉して自分で川を掘り直し、石垣を積んでいる。凄すぎる。宿をはじめるらしいけれど、建築をはじめる前に周辺環境を整えるところからはじめなければならないとの持論も。流石。


「泡盛@あだん亭(石垣島・沖縄)」

夕食の店に行く前、すこし早めに宿を出て宮良殿内というのを見ようと散策。19時前でもまだ明るい。そろそろ店に向かうか、というところで雨に降られる。宮本さんは桃林寺に立ち寄っていて降られたらしい(今回、泊まっているホテルはみんな別々)。あだん亭で大谷渡りやあだんの天ぷらなどをつまみに、泡盛をたくさん飲んでお開き。泡盛の標準サイズは3合ビンらしい。


4月10日(金)
「沖縄本島南端@機上(羽田→那覇)」

CCA北九州に関連して石垣へ。個人的には、初めての沖縄。曇りがちだけど、雲の間からチラチラと島々を伺う。起伏があまりなくて、どの島も平べったい。サンゴの環礁が生まれる地勢というのはこういうものか。沖縄本島の南側を時計回りに回り込んで着陸。小さなコンクリートの建物が密集している風景に、既に異国情緒が溢れる。


「元フェスティバル@国際通り(那覇・沖縄)」

石垣行きに乗り換える間に、ゆいレールでサクッと那覇市内へ。国際通りに直行するアーケード街をめぐる。ざっくばらんなつくりのアーケードの架構と看板の色合いが独特。ナショナルチェーンも少ないから、何十年も前に戻ったかのような雰囲気でもある。初期安藤忠雄の有名建築・フェスティバルはドンキホーテになっていた。。。


「ウェットスーツ乾燥機?@東横イン(石垣島・沖縄)」

那覇で大阪市大の宮本さんと合流し石垣へ。ボンバルディアの使い込まれた機体。JAL系列のはずだけれど機体色も機内誌も違う。石垣空港でCCA北九州の中村さんたちとも無事合流。移動の途中、垣内さんのとまる東横インでタクシーに乗り換え。入口脇にはウェットスーツの乾燥機とかシャワーなどが。東横インも石垣仕様。舟蔵の里で夕食。


4月9日(木)
「ピクルス@研究室(神奈川大学・六角橋)」

建築デザイン2やゼミの初日。夜は研究室で懇親会。写真は、修士の児玉くんがつくって持ってきたピクルス。他は、総菜屋のつまみ。つくってきたのは男子のみ?。写真にしてみると何だかオシャレな会にみえなくもない。


4月8日(水)
「ローソン@神奈川大学前(六角橋・横浜)」

すごく寒い。一日中会議で座ったままの日なので、せめて大学まで歩いて行こうかと思っていたんだけれど、寒いのはイヤなのでバスで。会議関連では、新しい担当委員も結構会議が多いことが判明。既にバッティングが。。。あ゛ー。帰り道、大学前のローソンが開店していた。安い商品や福袋のせいか、人(学生?)が一杯。買い物するのは空いてきてからにしよう。


4月7日(火)
「iPod @自宅」

恵比寿周辺でいろいろと打ち合わせ。夕方前は伊東塾。大三島関連では、また新しい動きがありそう。こういう話題はどこまで開示して良いのかが悩ましいが、まあ、いずれ。おもうところがあって、iPodを復活。ドックのメスをライトニングのメスに変換するアダプタってないんだろうか。ケーブルを2本持ち歩けばいればいいわけだけど。


4月6日(月)
「民都機構発表会@民間都市開発推進機構(豊洲・東京)」

午後からは昨日の準備に基づいて発表会。こういう機会はこれまで多くないので、なんとなく立ち会っている感じ?。無事終わって、神戸に帰る長峯先生、東京駅での打ち合わせを控える福岡先生と、有楽町駅高架下の居酒屋で乾杯。なんだかいつの間にか新年度がスタートしていることを、今更ながらに実感。

2015年3月30日~4月5日

2015-04-06 | 日記
2015年3月30日~4月5日

4月5日(日)
「オペラ@驛の食卓(馬車道・横浜)」

翌日のミント機構報告会の準備や科研新年度キックオフミーティングを兼ねて、みかんぐみの会議室で打ち合わせ。20周年記念パーティー後キレイに片付けてくれていたみたいで、すっきりと気持ちの良いオフィス。打ち合わせには、関西や信州からのみんなが横浜に来てくれた。ってことで、夜は横浜地ビールを飲みに驛の食卓へ。メニューの一押しに気仙沼のワカメ炒めもあり、気分も盛り上がる。もっと盛り上がったのは、突然フラッシュモブのように始まるオペラ。店員さんが突然歌い出す。先月から初めた企画らしい。すごくいい。


「らーめん。。。@太源(関内・横浜)」

その後、折角なので、横浜の町の生い立ちなどを紹介しつつ、野毛周辺をあるく。長峯先生が学生時代にこのエリアに良く来ていたようで、30年前の記憶と照らしながらの解説付き。で、どういうわけか締めのラーメン。この時間帯のラーメンはいかんなあ。さらに飲んで帰宅。


4月4日(土)
「みかんクッキー@みかんぐみ(馬車道)」

病院行ったりJIAの会議をしたりして、夕方からはみかんぐみの20周年記念パーティー。20年分の元スタッフがたくさん集まった。パーティーはとても素敵な手作り感溢れる演出。いろいろなものが「みかん」に関連。代表4人のメールアドレスは、イヨカン、ポンカン、アマナツ、キンカンなんだけれど、乾杯のお酒は、この4種の柑橘をつけ込んだもの。食事も手作りで、秘書さま謹製のオリジナルみかんマーククッキーも。


「フィギュアとみかん樽@みかんぐみ(馬車道)」

子ども連れの元スタッフも多くて、とても賑やか。また、活躍している領域も地域も多彩で頼もしい。
雑談の中で、前の研究室助手が論文審査会にて「曽我部研が研究活動を認めないので論文が遅くなった」と言っていたらしいことを耳にしてビックリ。論文とれるまでと相当ロードを軽減していたのに(研究室プロジェクトの半分にすら関わってなかったはず。大学に居ない日も時間も結構多かったんだけど、論文やっていたわけではないのか)。論文とれたら助手業務をちゃんとやってもらおうかと思ったら、他に異動。それだけでも呆れていたのに。なんでそれで平気なんだろう。まあ、今日の理想的研究室体制に繋がったと喜ぼう。


「増殖のみかんハンドル@みかんぐみ(馬車道)」

で、いろいろなところが20周年にちなんでもいて、入口のドアハンドルは20個に増殖し、フードのテーブルの紙管製一輪挿しも20個。大きなタンク二つ分のビール(サーバー付き)をはじめ、大量のお酒。きっと余るだろうな。別企画が必要か。


4月3日(金)
「トイレサイン@仲見世商店街(沼津・静岡)」

ふるさと財団の方と沼津の商店街視察。駅の近くの仲見世商店街はアーケード補修の最中。ナショナルチェーンも少なく、地域の買い回り向け店舗が中心でそれなりな雰囲気を備えているけれど、もっと頑張らなくちゃ、ということらしい。店内のトイレを使って良い場合にはオリジナル看板がついていて、所々にベンチもある。協力店が朝自分の店から出すらしい。広井先生の書籍での指摘にはキチンと対応、ということか。


「アーケード名店街@沼津(静岡)」

さらに港の方に下るとアーケード名店街。池辺陽が手がけたもの。一階部分を歩道として供出。もともとはキャンチ先端の柱はなかったらしいけど、見た目に不安だ、っていうので後からついたとか(構造は坪井善勝設計)。数年の内に、全エリアが開発されるらしい。要再訪。夜、大学で中井先生に話しをしたら既に知っていた。その世界では有名なものらしい。。。


4月2日(木)
「つくし@自宅」

大学で一年生ガイダンス。早起きしてツクシのハカマをとったりしていたら、家を出る予定の時間を過ぎている。急いで家を出てタクシーで大学へ。ギリギリ間に合った。ガイダンスも長く、次の打ち合わせに遅刻しそうになり、またもやタクシー。なんだか慌ただしい一日だった。


4月1日(水)
「標語@瀬戸バス停(大三島・今治)」

瀬戸地区の集まりに参加するため、久しぶりに早朝のお掃除の会に参加。今年度は何かしらの実践を行った上で、伊東ミュージアムへの展示に繋ぐと宣言してしまった。頑張らなくては。瀬戸バス停の標語が変更になっていた。去年のものは『インターネット 調べたいことだけ調べます。あやしいサイトはひらきません』だった。


「ネコ@山田さんの工房(大三島・今治)」

地域の、ここ半年の間に変わった部分などを確認しながら、担当の学生にもいろいろと解説。瀬戸で鉄部材制作をしている山田さんを訪ねる。とっても格好良く改修が完了している。残念ながらブログでの紹介は遠慮。地域の新たな活動では、他にもアップしたいネタがあるんだけれど、ちょっと待ってくれとのこと。紹介できるのはいつになるか。。。島のインター近くの売店で、レモンとイチゴとツクシを買って、夜、横浜にもどる。


3月31日(火)
「おおまちほほえむスクエア@釜石中心エリア(釜石)」

朝は平田晃久さん設計のこども園を見学し、公営住宅の打ち合わせ。ホテルからこども園まで歩く途中、キッチンカーの広場がある。時間によって、やってくる車が変わるみたい。
こども園の写真は、どこまで公開して良いのかを確認していなかったのでブログでの紹介は自粛。微妙な色のコントロールが、全て壁紙で行われていることに驚く。


「花博記念公園@花巻空港→伊丹空港」

昼過ぎに釜石を発ち、花巻空港へ。宮本佳明さんから、似内駅からも近いと聞き空港まで歩いてみる。確かに徒歩30分弱だけど、あまり楽しいルートでもないか。伊丹で宮本さんとは別れ、福山駅で吉岡さんと合流し、大三島へ。


3月30日(月)
「公営住宅@尾崎白浜(釜石)」

釜石駅前に集合し、アーキエイドメンバーで手がけた公営住宅のうち、完成したものの見学会。いろいろな試みの足取りを辿る感じ。いろいろな事情があったことを思い出す。釜石では、高台移転ではなく同じ場所に盛り土で宅版を確保するという方針なので、造成量がものすごい。たくさんのダンプが走るものの、耳かきでバケツを一杯にしようとしている感じか。。。


「ダジャレ土産@ホテルフォルクローロ三陸釜石(釜石駅前)」

釜石沿岸部を縦断し、夕方ホテルに。前日にオープンしたばかりのホテル。フロント脇の土産物屋は「ラガーラーメン」とか「Ca va?」とかダジャレ系。夜は大量の魚と酒で打ち上げ。プチ荒れモード?だけど、見解の具体的な確認という意味では、とても意義深いものだった。ジャズバーに流れ閉店まで。塚本由晴さんがスコッチに詳しいのは新しい発見。