蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

照柿

2006年12月10日 | 本の感想
照柿(高村薫 講談社文庫)

合田刑事は幼少期の大家の息子である主人公(野田)と久しぶりにめぐりあうが、お互い日常生活に行き詰まりを感じている。合田は野田の愛人に一目惚れして、野田の周辺をさぐったり、たいして縁もないのに野田の父親の葬式に出席したりする。野田は勤務する工場のトラブルがきっかけとなって自暴自棄に陥り、父親の旧友だった画商を殺害する。
刑事が登場して殺人事件もおこるが、ミステリの結構にはなっていなくて、合田と野田それぞれが自分自身と葛藤するさまを描く心理小説みたいなものか。

ハードカバーが出版されて12年たってからようやく出た文庫版。例によって文庫化にあたって全面改稿されている。12年も経過していると元のまま文庫にしても(大半の読者はその内容を覚えていないはずで)それなりに売れそうな気がする。そこをあえて最初から最後まで手を入れるというのは著者が極めて良心的もしくは執念が強烈、ということだろう。

上下巻あわせて700ページくらいあるが、物語のなかで経過するのは一週間くらいで、登場人物の行動や感情が、これでもか、というくらい詳細に語られる。悪く言うと粘着性のあるくどい描写が延々と続く。この種の小説が好きでないと読み通すのはけっこう辛いと思うが、私にとっては、さらにどんどん続いてほしいと思えるような中毒性の津洋作品であった。

12年前にハードカバー版を読んだ時は、後半は読み続けるのが苦痛だった。今回そうでもなかったのは、年をとって先を急ぐ性急さみたいなものがなくなったせいかもしれない。

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