蛙と蝸牛

本の感想。ときどき競艇の話。

猫を棄てる

2021年12月14日 | 本の感想
猫を棄てる(村上春樹 文藝春秋)

著者の父:村上千秋の思い出を綴ったエッセイ。
父の記憶で鮮明なものが2つあるという。
一つは、著者が幼い頃に飼い猫を父といっしょに捨てに行った後、家に帰ってみるとその猫がすでに戻っていたこと。
もうひとつは、毎朝、朝食前に父が長時間仏壇に向かってお経を唱えていたこと。

父は京都の大きなお寺に生まれて六人兄弟の次男。寺は長男が継ぎ、父は2回招集されて、1回目は北支戦線で1年すごし、2回目は招集直後に除隊になった。その後京大に入学し国文学を修めた。頭がよく勉強も好きだったようだったようで、あまり勉強しない著者を見て歯がゆかったようだ。(以下引用)
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そしてそのことは、父親を少なからず落胆させたようだった。自らの若い時代と比べて「こんな平和な時代に生まれて、何にも邪魔されず、好きな勉強ができるというのに、どうしてもっと熱心に勉学に励まないのか」と、僕の勤勉とは言いがたい生活態度を見て、おそらくは口惜しく思っていたことだろう。
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著者が結婚して文筆業に専念する頃から、父とは不和となり、20年くらいも顔をあわせなかったそうだが、その経緯は語られていない。
昔の私小説作家ならそのあたりをこそ作品にしそうなものだが、父を語るエッセイにおいてもドロドロしそうなところは敢えて避けるところは、著者らしいスタイルにも思える。

そうした覗き見趣味?的な内容がなくても(いやないからこそ?)本作は味わい深い。短いので2回読み返してしまった。個人的には、長編より短編、短編よりエッセイの方が、いつ読んでも、いいなあ、と思えてしまう。

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