音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Bachが自ら付した装飾音は、重大なモティーフを示している■

2016-11-22 00:03:11 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■Bachが自ら付した装飾音は、重大なモティーフを示している■
 ~BrahmsとClaraの往復書簡でも、Bachの装飾音に言及~
 ~イタリア協奏曲第3楽章・アナリーゼ講座のお知らせ~
        2016.11.21  中村洋子

 



★11月18日は、 KAWAI 金沢で

Bach「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」第2楽章・アナリーゼ講座

を開催しました。


右手による上声部旋律は、第2楽章の4小節目から始まりますが、

その冒頭音「a²」に Mordent モルデントが付されて、

「a² g² a²」となります

その「a² g² a²」が、いかに重要な motif モティーフであるか、

装飾音で書かれていても、決して看過できない重要 motifであることを、

第1楽章との関連からも併せて、ご説明しました。


★ここ数日、楽しみながら

 Johannes Brahms ブラームス (1833-1897)と、

Clara Schumann クラーラ・シューマン(1819-1896)との往復書簡集

『クララ・シューマン ヨハネス・ブラームス 友情の書簡』
           B・リッツマン編、 原田光子編訳 みすず書房 を、  

読んでいましたところ、1855年8月20日の Brahmsの手紙に、

装飾音についての彼の考えが、書かれていました。

≪僕はもともと、Bachのモルデントや顫音(せんおん=Trillerのこと)は、

装飾音符として扱わず、また、レッジェーロ風でなく

(特にレッジェローが適する個所のほかは)、

昔の力の弱いクラヴィーアで必要だったように、

むしろ装飾音符を強調すべきだと考えています≫

 



★1833年生まれのBrahmsが、20歳の時の1853年9月30日、

初めて Robert Schumann ロベルト・シューマン (1810-1856)に会い、

作品を見てもらいました。


★Brahmsの考えは、22歳のBrahmsの考えですが、それは、

私が第2楽章の4小節目のモルデントについて、書きましたことと、

同じことを言っていると言えます。


★私風に解釈しますと、

≪Bachの Mordent モルデントや Triller トリラーは、

その記号が付いた音を、ただ軽やかに飾り立てるためのものではなく、

実は、その装飾音や Triller によって作り出される音、即ち、

イタリア協奏曲第2楽章では、単音としての「a²」ではなく、

Mordent モルデントにより形成される「a² g² a²」こそ、

motif モティーフを形成する大切な音であり、強調すべきである≫

ということになり、私もそう思います。


★ちなみに、イタリア協奏曲第2楽章7小節目は、

上声2拍目の「b¹ a¹ g¹」の真ん中の音「a¹」に Triller が付いています。

これによって、まさにこの「b¹ a¹ g¹」が、

いかに重要な motif モティーフであることかを、思い知らされるのです。  


★なぜ重要であるのか、については、前回および前々回の当ブログで、

説明しています。

Bachは、無駄な装飾音は一つも書いていません。

何故、Bachがそこに装飾音を記入したかを考えることが、

演奏の第一歩となるのです。

 

 


★また、この書簡集では、Brahmsがこの時期、

どのような楽譜を所持していたか、

演奏会などで、どういう曲を弾いたかが、明確に、

伝わってきます。

これは素晴らしい記録といえます。


★例えば、1855年11月25日のClara宛手紙では、

Friedemann Bach ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ(1710年-1784)の

二台のピアノのソナタを、買いました≫と、書いています。


★同じ手紙で、Brahmsが以前にClaraと論じ合った

「BachのTriller トリラーの後に、補助音を付けるべきか」についての、

Brahmsの考えとして、Carl Philipp Emanuel Bach

カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714-1788)の著書の一節を、

書き写して送っています。


★1855年12月11日の手紙では、友人の家で弾いた曲について、

≪Bachのフーガを弾いた≫と、書いてあります。

また、1856年2月5日には、≪友人の誕生日に、 Emanuel Bach の

Violin Sonata を弾いた≫とあります。


★1859年1月27日Brahmsは、Gewandhausorchester Leipzig

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でのコンサートで、

自分の Piano Concerto第1番二短調を演奏しましたが、

拍手はわずか二、三人しかなかったそうです。


★また、≪ライプツィヒの教会で「Bachの Weihnachts-Oratorium

クリスマス・オラトリオの第二部を聴いたが、平凡な演奏だった≫

とも書いています。

 

 


★この書簡集の一部を読みました感想は、

Brahmsは、1853年(20歳)の頃から、1859年(26歳)の間に、

第一級の作曲家として飛躍しました。

大Bachはもちろんのこと、息子のFriedemann Bachや、

Emanuel Bachの作品を怠りなく、研究し尽している、

ということです。


★この本は、戦争中の訳とは思えないほど立派な訳ですが、

少し残念な点もあります。

手紙の冒頭にはいつも、「Lieber Johannes」、「Liebe Clara」と

書かれていますが、そこを「愛するヨハネス」、「愛するクララ」と

訳されています。

Lieber や Liebeは、恋愛関係にあるのではなく、

ごく一般的に、親しい人に対する呼びかけで、

英語の「dear」に近く、訳としては「親愛なる」ぐらいが、

妥当と、思われます。

「愛するヨハネス」、「愛するClara」と書かれますと、

特別な恋愛関係と、誤解されしまう恐れがあると思います


★書簡集を読みながら、そのようなことを考えていましたが、

イタリア協奏曲第2楽章4小節目の「a²」につけられた

「Mordent モルデント」の motif モティーフが、実は、

第3楽章でも、さらに重要な役割を果たしているのです。

「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」第3楽章・アナリーゼ講座は、

12月16日(金)に、開催いたします。

 

 

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■中村洋子 Bach《イタリア協奏曲・第3楽章》アナリーゼ講座
  ~生命力のみなぎった第3楽章の音階は、 ピアノでどう弾くべきか・・・~

●日  時 :  12月16日(金)  午前10時~12時30分
●会  場 :  カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9 
      (尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 有料駐車場をご利用下さい)
●予 約 :  Tel.076-262-8236 金沢ショップ

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★「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」3楽章は、生命力と喜びに満ち溢れた楽章です。Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、3楽章の 3、4小節ソプラノのモティーフについて、「Bach のOrgelbüchlein オルゲルビュッヒライン≪ In dir ist Freude! あなたの中に、喜びがある! ≫BWV615の主題から来ている」 と、注釈しています。        
   
★それに続く下声のF-Dur音階は、あたかもギリシア神話のアポロンが日輪めがけて天空を駆け登るかのような迫力です。Bachが生涯追及したことは、「音階」をどう harmonaize 和声付けし、それを楽曲の中心に据えるかという課題でした。その美しい解答は、≪平均律第1巻1番フーガ≫のC-Dur音階、≪Matthäus-Passionマタイ受難曲≫ 第1曲目のe-Moll音階に見られます。このF-Dur音階も、それに勝るとも劣らないエネルギーを蓄えています。  
                                             

★≪ In dir ist Freude! あなたの中に、喜びがある! ≫は、1715~6年にかけて、作曲されているようです。「Italienisches Konzert イタリア協奏曲」出版の、約20年前です。

★「イタリア協奏曲」は、Bach が何歳の時の作品か? と問われた時、きっと、若々しい青年期の作品であろうと、答える方が多いと思います。横溢した生命力と、音楽の楽しみに満ち溢れているからです。音楽の初心者にとっても、この曲は親しみやすく、ある意味で、取り組みやすい、シンプルな曲というイメージさえ、抱かれます。
                 
★しかし、「イタリア協奏曲・第1、2楽章」講座で、一見明快な第1楽章が、実に精緻な counterpoint 対位法と、Bach後期の複雑な和声によって作曲されていることを、勉強いたしました。イタリア協奏曲は、何十年もの周到な勉強と準備、熟成を経て初めて、1735年に花開いたのです。Bach はそういう作曲家です。古い作品の断片を、寄せ集めたのではないのです。 
                                                       

★第3楽章の1、2小節上声、それに続く下声の scale音階についても、Fischer は「the scales full of fire、first in the treble、then in the bass 火のような音階、最初はソプラノ、次いで、バスで」としています。 この意味は、どういうことでしょうか。上記1、2小節の音階と、3、4小節の「In dir ist Freude」のモティーフから成る主題を「as if Bach's high trumpets were rejoicing at the theme」 とも記しています。つまり、トランペットが歓喜の歌を高らかに鳴り響かせるように弾きなさい、と指示しています。  
                           
★講座では、これらのことを、分かりやすく、ご説明します。真珠のネックレスのように、ただ美しく、粒を揃えて弾くべきではないということは、Bach の作曲意図からして自明の理です。

 

 


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■講師: 作曲家  中村 洋子

東京芸術大学作曲科卒。
・2008~09年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。

・2010~15年、「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
 自作品「Suite Nr.1~6 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
 「10 Duette fur 2Violoncelli
チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、ベルリン、
   リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 fur Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」の
    SACDを、Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
   (disk UNION : GDRL 1001/1002)。

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
   ≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫

   ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる~
                                                                         (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ドイツのベーレンライター出版社(Barenreiter-Verlag)が刊行した
   バッハ「ゴルトベルク変奏曲」
Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
   「訳者による注釈」を担当。

   CD「Mars 夏日星」(ギター独奏&ギター二重奏、斎藤明子&尾尻雅弘)を発表。

★SACD「無伴奏チェロ組曲 第1~6番」Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏や、「Mars 夏日星」は、
    disk Union や 全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
       http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

 


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             All Rights Reserved
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