音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ドビュッシー「子供の領分」第2曲「象の子守歌」の音階は?■

2022-10-31 21:51:54 | ■私のアナリーゼ講座■

■ドビュッシー「子供の領分」第2曲「象の子守歌」の音階は?■
~「象の子守歌」も、バッハの「組曲」や「3度の関係」が土台~

                2022.10.31 中村洋子

 


 

 

★前回ブログで、≪ドビュッシー「子供の領分」はBachの

組曲へのオマージュ≫であることを、ご説明しました。

今回はその続き、 第2曲「Jimbo's Lullaby 象の子守歌」

紐解いてみましょう。


Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の

「Children's Corner 子供の領分」は全6曲から成ります。

これは偶然でなく、バッハの「Suite組曲」の6曲構成を踏襲し、

そこに、新たな創作を加えたことは間違いありません。

第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum 

パルナッスム山への階梯」は、組曲での第1曲「Prelude 前奏曲」

の性格を宿しています。
 
このため、“組曲” 「Children's Corner 子供の領分」全体は、

第1曲「Doctor Gradus ad Parnassum 」の要素を敷衍し、

展開することで、全6曲が構成されていきます。


第2曲「Jimbo's Lullaby 象の子守歌」の冒頭に、

「Assez modéré 十分穏やかに」と、記されています。

ドイツ語訳ですと「Ziemlich mäßig かなり量感のある、

どっしりと」という意味になりましょうか。

 

 

 


★Jimboちゃんは、作曲者ドビュッシーの描いた絵によりますと、

本物の象さんではなく、愛娘のクロード・エマ(愛称 “シュシュ”

Chouchou)の、縫いぐるみの象さんのようです。

縫いぐるみにしましても、象さんですから、重々しいのでしょうね。

二分の二拍子の1、2小節目のリズムを見ますと、この様に

2番目の音が長く、重い音になっています。

 

 

 

 

★「Sarabande サラバンド」は、3拍子の舞曲ですので、

この曲をサラバンドとはいえませんが、サラバンドの性格と

共通点を持っているように見受けられます。


★それでは、皆さまが最もご興味があると思われます

「音階」について、見てみましょう。


全81小節の「Jimbo's Lullaby (Berceuse des éléphants)」

は、三つの部分に分けられます。

第1部は1~28小節です。

第1部は前半の1~18小節と、後半の19~28小節に分けられます。

その1~18小節をじっくり見てみましょう。

 

1~10小節までは、可愛い小象ジンボーちゃんの鼻歌のような、

子守歌のような単旋律に、時折「ファ ソ」の2度の和音が、

合いの手を入れます。

この2度の和音、ジンボーちゃんの足音かもしれませんね。

 

 

★こんなにも詩情あふれる豊かな音楽ですが、使われる音は、

たったこれだけです。

 

 

 

 

五つの音から構成される「五音音階」です。

 

 

 


★第一部の後半19~28小節はどうでしょうか。

1小節から左手で奏された、可愛らしいジンボーちゃんの

旋律が、21小節からは、右手で奏せられます。

その前の19、20小節は、まるで21小節の旋律の前奏のように、

両手で、象さんの可愛いトコトコした足踏みがあります。

この足踏み、音で辿りますとこんな音階です。

 

 

 


★さぁ、これからが天才ドビュッシーの面目躍如です。

21~28小節右手はもちろん、1~10小節と同じ旋律ですから

「ファ- ソ- ラ- ド- レ- ファ」の「五音音階」です。

けれども、21~28小節の左手で使われる音をまとめますと、

「シ♭- ド- レ- ファ- ソ- シ♭」という、これもまた五音音階

 

 

 


★しかし、二つの五音音階は、開始音が違います。

譬えて言いますと、右手は「F-Dur ヘ長調」、

左手は「B-Dur 変ロ長調」を、同時に弾くような感じです。

 

 

★あまりに可愛らしく、一見単純そうに見えますが、

ドビュッシーはここで、「ウルトラC」の技巧を使っています。

右手(上声)と左手(下声)の音階を一緒くたに考えますと、

「F-Dur へ長調」になりますが、耳で聞いた限りでは、

「F-Dur へ長調」には聞こえないと思います。

 

★皆様も、ここは一体どんな音階が使われているか、

不思議に思われた方が多いのではないでしょうか。

これを敢て名付ければ『複五音音階』となりましょう。

ドビュッシー以降、「複調」という技法を使う20世紀の

作曲家が出現しました。

 

 

 

 

★例えば、左手を「C-Dur」、右手を「Fis-Dur」で同時に

弾きますと、大変面白い効果が出てくるのです。

 

 

この「複調」の技法を、さりげなく「長調」や「短調」の調性

ではなく、「五音音階」で「複」五音音階として、

実践してみたのが、ドビュッシーのこの曲です。


★それでは、まだ説明していません11~16小節は

どんな音階でしょうか。

使われている音をまとめますと、こうなります。

 


 


もし、この4音に「ラ シ」を追加すると「全音音階」になります。

「全音音階」とは、音階の隣り合った音全てが、

長2度(全音)同士である音階です。


11~16小節に「ラ シ」はありませんが、全音音階独特の

増4度「レ♭ ソ」が効果的に使われていますから、

「全音音階」を想起させる響きの部分といえます。

それでは、17~18小節前半は、といいますと、

「ソ♭- シ♭- レ♭」の長三和音になります。

 

 

 


この和音を、19小節左手から始まる「シ♭- レ- ファ」の

長三和音と並べますと、何とまぁ、 Bachがかくも愛用し、

Franz Schubert(1797-1828)シューベルトも,、

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)も、

大作曲家が「右へ倣え」で、「ここぞ」というときに使った

≪3度の関係≫の転調なのです。

 

 

 

★ことし出版いたしました拙著

≪11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史≫の

・バッハの「マタイ受難曲」冒頭での「3度音程」の劇的転調、
                 千変万化の感情を表現(P178)

・シューベルト最晩年のピアノソナタD960でも「3度の劇的転調」
                         (P179)

・ブラームス交響曲4番で多様される「3度の転調」(P180)

・《3度の関係の「和音」》や《3度の関係の「転調」》について                       
                        (P184)

・「3度の関係」は「8種類」存在する(P185)

・バッハ由来の「3度の関係」は、調性崩壊の張本人(P186)

を、是非お読み下さい。


可愛い外見とは裏腹の、ドビュッシー渾身の傑作

「Jimbo's Lullaby (Berceuse des éléphants)」につきましては、

次回のブログで、もう少し掘り下げます。

そこに厳かに、Bachの≪フーガ≫が出現してくるのです。

驚愕します。

 

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