■映画「レンブラントは誰の手に」(原題 My Rembrandt)と
ピアソラの「ブエノスアイレスのマリア」■
~アカデミアミュージックでファクシミリ特集開催中~
2021.5.2 中村洋子
★イタリア出身の女性歌手 Milva ミルバさんが亡くなりました。
81才でした(1939.7.17~2021.4.23)。
ミルバは、2002.5.16~19、東京のオーチャードホールで、
Astor Piazzolla アストル・ピアソラ(1921~1992)作曲の
オペリータ(小さなオペラ)「MARIA DE BUENOS AIRES
OPERA-TANGO ブエノスアイレスのマリア」に出演しました。
「昨日のように」という手垢の付いた表現がありますが、
その実演を聴きました私には、全くその通りで、
昨日のことのように、ミルバの歌った主役のマリアを、
忘れられません。
★「脳裏に焼きつく」という常套句もぴったりです。
舞台は洗練されたパリやローマではなく、
南米アルゼンチンのブエノスアイレスの裏町。
ごみごみした、腐臭すら感じられそうなそうな舞台でした。
臓腑から絞りだすような、ミルバの歌は、
時にはかすれ、時にはオーチャードホールを揺るがすような、
圧倒的な存在感でした。
20年近くの間、思い出し、反芻し、感動しています。
★ミルバの実演を聞いたのは、たった一度きり。
この公演のみでした。
コンサートは、どれもたった数時間の「対面」による
「音楽会」ですが、それを聴いた人の、心に生涯焼き付き、
離れないこともあります。
★コロナ禍で、時代の趨勢は、virtual バーチャルです。
virtual を辞書でひくと、「実体を伴わない 仮想的 擬似的」と
書いてあります。
演奏者と聴衆、そして両者を背後から支える作曲家が、
一体となって創り上げる、実態のあるコンサートは、
やはり尊いものだと思います。
★20年前の思い出から、ぐっと飛んで、2021年春のお話。
映画「レンブラントは誰の手に」(原題 My Rembrandt)を
鑑賞しました。
http://rembrandt-movie.com/
https://www.youtube.com/watch?v=w5YWYlEDxhY
2019年のオランダ映画、ドキュメンタリーでしたが、
実に巧みに構成された楽しい映画でした。
★2018年、競売に出された『若い紳士の肖像』を、
「レンブラントの作品だ!」と、確信した若い画商が、
およそ800万円ほどの金額で落札したのが、事の発端。
その画商ヤン・シックス11世は、実に表情が豊かな人物で、
その絵画が本物かどうか、真贋論争の紆余曲折を経る間、
希望に燃えたり、落胆したり、迷ったり、まるで一流の
俳優さんのようです。
★監督のウケ・ホ-ヘンダイクは、カメラを通して、その人の人格、
人間性を抉り取るところは、まるで現代のレンブラントかしら。
★この映画の構成は、名曲の作曲技法によく似ています。
『若い紳士の肖像』の真贋騒動が、中心となる「第1主題」、
「第2主題」や「エピソード(嬉遊部)」、「間奏曲」として、
レンブラントの他の名画数点が、巧みに散りばめられています。
さらに、その個々の名画にまつわる人間模様がとても面白く、
ヨーロッパの歴史の勉強しているような思いです。
★例えば、レンブラントの絵画を何枚も買い上げ、
それらを、ルーブル美術館に寄贈したアメリカの大富豪。
「寄付」という行為により、自分の名前を後世に残すことができ、
名誉欲を十全に、満たすことができたのでしょう。
ちょうど Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)に、
支援と引き換えに、作品を「献呈してもらった」多くの貴族や
富豪のご婦人たちのように。
このアメリカの大富豪は、購入したレンブラントの人物画に、
「キスをした」とも、打ち明けます。
購入欲に取り付かれる前は、「絵画に興味がなかった」と、
正直に告白しています。
★しかしホーヘンダイク監督は、彼を冷たく突き放して
描くことはせず、どこかユーモラスに、喜劇的に撮っています。
佳きエピソード(嬉遊部)ですね。
★対する物静かなイギリス紳士、バックルー公爵は、
レンブラントの、極めつけの名画といえる『本を読む老女』を、
自分の住む、古い大きなお城の居間の壁に掛け、
毎日その下で、優美なランプを灯し、静かに本を読んでいます。
趣味の極みでしょう。
★昔、お城に強盗が入ったので、公爵の父親は、
その絵を、壁の高い所に架け替えてしまっていたのですが、
彼は部屋の模様替えをし、絵画を暖炉の真上に掛け直します。
薪を暖炉にくべ、ソファーに身を沈め、傍らにゆらゆら輝く炎。
"家族"である『本を読む老女』は、公爵をいつも見下ろし、
公爵も、老女に見守られることで、心の安寧を得られるようです。
読書の夜は、静かに過ぎていきます。
★アメリカの陽気な大富豪と、イギリスの端正な貴族。
正反対の性格を持つ、二つの嬉遊部、上出来なcompositionです。
私は「絵画にキス」や「暖炉の上の絵画」は
少々絵画にとっては「危ないなぁ」と思いながら、見ていました。
★税金を支払うために二点の Rembrandt 作品
『「マールテン」と「オープイェ」夫妻の肖像画』を、
売却することにした、フランスの筋金入りの大富豪
エリック・ド・ロスチャイルド男爵は、第2主題でしょうか。
日本円にして200億円のこの絵画二点をめぐって、
「ルーブル美術館」と「アムステルダム国立美術館」が、
政治家も入り乱れて、大争奪戦。
ロスチャイルドのお殿様は、さすがに鷹揚なお人柄です。
★この映画は Rembrandt の絵画を観る映画ではなく、
Rembrandt が観たであろうような「人間」を観る映画でした。
登場人物は皆、21世紀を生きる人たちですが、
レンブラント時代の人間と、それほど変わることはないでしょう。
そしてその人々は、腐臭漂うブエノスアイレスの、
裏町のマリアとも、ちっとも変わりはないと、私は思います。
この映画で、気の遠くなるようなお金に翻弄される人たちを
見ていますと、つくづく、私は音楽家、それもクラシック音楽家で
よかった、と思います。
★勿論、大作曲家の 「Manuscript Autograph 自筆譜」を
手に入れるとなると、天文学的なお金がいるのでしょうが、
現代は、精巧なファクシミリが入手できますので、
Bachの息吹、筆遣いを実感しながら、
「Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集」を、
難なく、勉強できます。
★私はこれから、その「Wohltemperirte Clavier」とともに、
「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
「Die Kunst der Fugue フーガの技法」の勉強を、更に深めて
いかなくては、と思っているのですが、
「Die Kunst der Fugue 」のファクシミリが、
近年入手困難で困っていました。
★1冊は昔に購入して所持しているのですが、勉強するときは、
自筆譜ファクシミリに、ボールペン、サインペン、色鉛筆、
鉛筆などで、どんどん書き込みをしていきますので、
どうしてももう1冊、何も書き込みのない、
無傷のファクシミリが、必要となってきます。
もう1冊欲しいなぁ、と願っていたところ、
最近「アカデミアミュージック」のファクシミリフェアで
これを発見し、早速求めました。(フェアは5月5日まで)
http://www.academia-music.com/user_data/sale_facsimile_2021spr_1
http://www.academia-music.com/user_data/sale_facsimile_2021spr_2
http://www.academia-music.com/user_data/sale_facsimile_2021spr_index
★この「Die Kunst der Fugue フーガの技法」のファクシミリは、
当然、Bach が手で書いた楽譜と全く同じサイズ、色も違わず、
本物そのままです。
近々また品切れしそうな雰囲気ですので、やっと心置きなく
これで勉強できると、安堵しています。
今回、このフェアにもあります Chopin の「ワルツOp.64/2」
について、書こうと思いましたが、これについては
また後ほどにします。
★「ワルツOp.64/2」は、ピアノの発表会でよく弾かれる
Chopin 入門曲のように思われていますが、
実は "花の陰に隠れた大砲" です。
「自筆譜ファクシミリ」は、書棚に飾るものではなく、
ピアノの譜面立てに置き、勉強するためにあるものです。
※copyright © Yoko Nakamura
All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲