音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■花束も大砲もあるRobert Casadesus ロベール・カサドシュCD集■

2021-04-05 23:59:23 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■花束も大砲もあるRobert Casadesus ロベール・カサドシュCD集■
~Belnacベルナック、Francescattiフランチェスカッティとの絶品の共演~
               2021.4.5 中村洋子

 

 

 

 

★昨年2020年12月31日の当ブログで、Pierre Barbizet 

ピエール・バルビゼ(1922-1990)のCDセット(14枚)の

お話をしました。

近年、本物のマエストロ、マエストラのCDセットが、

どんどん発売されています。


★近い将来、CDは消滅し、パソコン経由の再生装置で聴くこと

になるのかもしれませんが、私は今この時に、これまで入手困難

だった名演が、星が降るように我が家に集まってくることが、

楽しくてなりません。


★きょうは、Robert Casadesus ロベール・カサドシュ

(1899-1972)のCDセット(30枚)

https://www.hmv.co.jp/artist_%E3%83%94%E3%82%A2%E3%83%8E%E4%BD%9C%E5%93%81%E9%9B%86_000000000017977/item_%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%81%AE%E8%8A%B8%E8%A1%93%EF%BC%8830CD%EF%BC%89_9347129

についての、お話です。

カサドシュの、音楽家を輩出した一族や、彼自身の詳細な経歴は、

このCD集を紹介する文章に、大変詳しく書かれていますので、

是非お読み下さい。

 


 

 

★私は、学生時代からカサドシュの録音(当時はLP)を聴いて

きましたが、30枚のCDにまとめられていますと、圧巻ですね。

カサドシュは、作曲家でもあり、様々なジャンルの作品を60曲以上、

残しています。

30枚のCDの内、Disk29はカサドシュの作品が収められています。

以前当ブログでご紹介しましたが、 Wilhelm Furtwängler 

ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)も、指揮者である

同時に、作曲家でもありました。

本物のマエストロは、ピアニスト、指揮者、ヴァイオリニスト・・・

云々を問わず、作曲家であることが必要十分条件であるように

思えます。


★30枚のうち、実際に聴いたのはまだ数枚ですが、

一枚気に入ってしまいますと、何回も聴いてしまうからです。

例えばDisk28:Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ

(1845-1924)のピアノ四重奏曲第1番Op.15と、

ヴァイオリンソナタ1、2番Op.13、前奏曲集Op.103。


★ヴァイオリンソナタ1番(1876年)とピアノ四重奏(1879年)は、

相前後して作曲され、有名な歌曲「Après un rêve 夢のあとに」

Op.7も、この時期の作品です。

燃え上がる若さと、その若さの高揚の陰に忍び込むメランコリー、

人生の最も輝かしい時かもしれません。

2020.12.31のブログで、このヴァイオリンソナタの

Christian Ferras クリスティアン・フェラス(1933-1982)

による20歳を少し過ぎたばかりの、素晴らしい演奏を

ご紹介いたしました。





★マッターホルンに日の光が当たり、山全体が燃え上がって

いるような演奏でした。

それに対し、こちらのZino Francescatti 

ジノ・フランチェスカッティ (1902-1991)の演奏は、

既に別のCDで何枚か持っているのですが、久しぶりに

聴いてみますと、春の鼓動が大地から湧き上がり、

生き物すべてが生命の喜びを歌う、その様が隅々まで

歌い込まれている壮年の名演です。

これこそ音楽を聴く喜びでしょう。


★我が家にテレビはありませんので、ラジオをよく聴くのですが、

番組の途中で、「ここで音楽です」と挟み込まれる音楽の酷さ、

動物の叫びなのかしら、とも思われるほどです。

動物の雄叫びなら、もう少し上品なのでは、とも思います。

https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/7768a802c7f8cd6e52a8ef2ac38729e9


★人間はやはり、「考える葦」でありたいと、思うのです。

昔のFM放送での服部幸三先生のように、クラシック初心者に、

優しく噛んで含めるように、そしてなおかつ、本質をズバッと突いた

解説をなされ、そのうえで、名演でその曲を聴くという経験があり

ませんと、クラシックの扉を開けるのは容易ではありません。

いまの若い人たちにとって、絶望的な状況かもしれません。


★当ブログは、ピアノや弦、管楽器の先生方もお読みになって

います、どうぞ、現状を嘆くのではなく、若い人やかつて若かった

人に、皆さまの方法で音楽の喜びをお伝えください。


★さて、カサドシュのCDにお話を戻しますと、

Disk18も、大変貴重な録音です。

バリトンのPierre Belnac ピエール・ベルナック(1899-1979)の

Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)

「詩人の恋」Op.48を、カサドシュのピアノで初めて聴いた時、

まるでフランス歌曲(Melodie)のような、あるいは、

カウンターテナーの歌い方のようでもあり、少々面喰いました。

 

 

 


★しかし、聴き進みますと、魅了されました。

何と甘く切なく、そして、とろけるような歌なのでしょうか。

シューマンのショパンを評した「花束の中に隠れた大砲」という

言葉は、このBelnac ベルナックの演奏にもふさわしいでしょう。

花束も大砲も見当たらない、現代の大学「修士論文」のような

乾燥した演奏は、味気ないですね。

思わず何度も何度も、聴いてしまいました。

一度聴きますと、またその陶酔感を味わいたくなるのです。


★表面の花束だけでなく、厳しい大砲をその胸に秘めて

いるための素晴らしさ、綺羅星のごときお弟子さんの存在も

そこに由来します。

名歌手のGérard Souzay ジェラール・スゼー(1918–2004)、

Elly Ameling エリー・アメリンク (1933- )、

Jessye Norman ジェシー・ノーマン(1945-2019)・・・の

先生でもありました。


★ロベール・カサドシュと奥さまのGaby Casadesus(1901-1999)

との「カサドシュ・デュオ」の素晴らしさは、言うまでもありません。

二人は1921年に結婚してから、すぐにデュオを結成しています。

Fauré のドリー、RavelのMa Mère l’Oye マ・メール・ロワ、

Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)の

小組曲等、いまはなかなか入手困難なCDですので、是非

皆さまも聴いて研究なさって下さい。

 

 

                             カタクリの花


★12月31日の当ブログで書きました、「バルビゼ」のCD集に

収録の、「Ma Mère l’Oye マ・メール・ロワ」は、Samson François 

サンソン・フランソワ(1924-1970) と共演ですが、これは全く

違う個性の、譬えて言えば、金と銀との融合のような名演。

それに対し、カサドシュ夫妻のデュオは、融け合ったプラチナの

輝きです。


★Disk7には、たった2分少々の小品ですが、Ravel作曲

「フォーレの名による子守歌」を、Zino Francescatti

ジノ・フランチェスカッティ (1902-1991)とカサドシュの二重奏

聴けるのも、嬉しいものです。

このような小品の、絶品ともいえる名演が聴ける機会は、

本当に限られています。


★私は以前、数回のシリーズで、Ravelの「ソナティネ」の

アナリーゼ勉強会を開いたことがあります。

その折、複数の海外の校訂版を参加者の皆さまと学んだのですが、

このカサドシュの校訂には圧倒されました。

Edited by ROBERT CASADESUS
RAVEL Sonatine GREAT PERFORMER'S EDITION
G.SHIRMER, Inc.(シャーマー出版)
https://www.academia-music.com/products/detail/38886


★1923年カサドシュは、パリの Viex Colombier で「Gaspard 

de la Nuit 夜のギャスパール」を演奏しましたが、

それをRavelが聴き、深く感銘しました。

初めてのこの出会いの後、Ravelとカサドシュは、

モンフォール・ラモリーのRavel自宅や、パリで数多く出会い、

カサドシュのリサイタルの最後の仕上げは、Ravelの貴重な指導に

よるものとなりました。


★翌1924年6月7日、まだ25歳のカサドシュは、パリのSalle Pleyel で

Ravelの作品のみのリサイタルを開き、Ravelも出席しました。

その数日前に、カサドシュに手紙を出してこう書いています。

≪親愛なる友よ。私はあなたの演奏に何の心配もしていませんが、

お役に立つようでしたら、水曜11時半頃あなたの家に立ち寄ること

ができます。・・・≫

 

 


                         ショウジョウバカマの花

 


まるで我が子のリサイタルを心配して、ソワソワする父親の

手紙のようですね。

大作曲家のRavelから、このような手紙をもらった若きカサドシュは、

どんなにか嬉しかったことでしょう。


★先ごろご紹介しました Edited by Robert Casadesus 

ロベール・カサドシュ校訂のRavel「Sonatine ソナティネ」の

楽譜は、()の中に、as recorded by Gaby Casadesus と、

記されています。

そして、copyright は1985年 ロベールの没後です。

妻ギャビーによって≪All the pedal and finger nuances were 

from comments which I found in my husband's scores≫と、

記されています。


★おそらく夫ロベールが1972年に73歳で亡くなった後、

ギャビーが、夫の楽譜から発見したペダルやfinger nuances

(フィンガリングも含むのでしょう)の書き込みを、付け加え、

夫の演奏を、楽譜として残そうとしたのでしょう。


★例えば、1楽章冒頭にRavelが書いた

「Moderate  Gentle and Expressive」に加えて、

カサドジュがメトロノームによるテンポ 「♩=63-69」 を

書き添えています。

フィンガリングについては一例として、1楽章冒頭の右手の

2、3小節をみてください。







★この1楽章は、旋法の影響を色濃く宿してはいますが、

♯三つの調「fis-Moll(嬰へ短調)」で、分析しますと、

冒頭音「fis²」は主音、次の「cis²」は属音となります。

そうしますと、主音→属音の動きは、次にどこを目指すでしょうか?

主音「fis²」から完全5度上の属音(完全4度下でもあります)

「cis²」の次は、その更に完全5度上の「gis²」ではないでしょうか。







 

2小節目から始まる「crescendo」の頂点が、3小節目の「gis²」

なっています。

そして、2、3小節のフィンガリングを見ますと、2小節目の「h」のみ

フィンガリングがありません。

 




フィンガリングが付けられた「cis² d² e² fis² gis²」を更に、

詳しく見ますと、属音「cis²」の16分音符から、音価の長い

8分音符に上行し、その後二個の16分音符「e² fis²」を経て、

音価の長い8分音符「gis²」に、駆け上ります。

5つの音譜「cis² d² e² fis² gis²」が、サラサラと5つ並んでいる

のではなく、「cis² d²」 「e² fis² gis²」と、二つのグループに

明確に、分かれていることが分かります。

 

 

 


★この2分音符の「gis²」の後、3小節目2拍目は、

16分音符の「gis²」が、もう一度「gis²」を確認するように奏され、

この16分音符の「gis²」が、ここまでの旋律の頂点となります。


★精緻なRavelの音楽を鋭く見抜き、それをどう演奏するべきか、

はっきりと示しているフィンガリングです。

これだけ一部の隙も無い音楽の後には何が必要でしょうか。


★実は、このカサドシュ校訂版からは、随所に

“Ravelの肉声”も、聴こえてくるのです。

1楽章3小節目上声「gis²-e²-gis²」の後、

16分休符に続く pp sub.(急にppで)に付けられたマーク「※」の

注釈として、≪Virgule de Respiration-indique par Ravel

歌うときのように息をつぎなさいーこれはラヴェル自身による

マークです≫と、書かれています。

張り詰めた緊張感は、この一瞬のブレスによって、

演奏者を、そして聴く人をも解き放ち、次の豊かな展開へと

つながっていくのです。

 

 

 


★前回のブログ

https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/m/202103で

お知らせしました、私の作品「無伴奏チェロ組曲1~3番」の

SACDを、お聴きになりました方から、

次のようなうれしいメールが届きました。

チェロには、実にいろいろな音色があるのですね。
 SACDの音は 確かにくっきりすっきりした感じで、特に
車のスピーカーで聴きますと、音量を上げたわけではありませんが、
車全体が響きます。是非続きのお話も期待します≫

前回のブログで掲載しました私の作品解説をご希望とのことです。
折を見て2~6番までの解説も書いてみたいと思います。

≪先生のチェロ組曲を聴いていました。
音の波動やうねりが皮膚に伝わって来ます!
コンサートになかなか行けませんが、
先生のCDで充分楽しめて満足です≫

コロナでコンサートに行く機会も減っているようです。

ご自宅で、音の豊饒を楽しんでください。

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ■中村洋子「無伴奏チェロ組曲... | トップ | ■映画「レンブラントは誰の手... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

■ 感動のCD、論文、追憶等■」カテゴリの最新記事