僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

太融寺の芭蕉の句碑

2016年10月25日 | ウォーク・自転車

前々回、太融寺の記事の中で、書き残していたことがありました。
同じ太融寺の境内に、芭蕉の句碑があったのです。
「おいおい、忘れるなよ」という声が聞えてきそうです(笑)

淀殿のお墓は、お寺の正門から入ってすぐ左に曲がり、
さらに左に曲がったところ…お寺の隅の方になるわけですが、
そういう場所に、お墓がひっそりと佇んでいるという印象でした。
案内の札がなければ、探しまわらなければならないでしょうね。

しかし、芭蕉の句碑は、まっすぐに本堂のほうへ行くと、
自然にそこに行きあたる…という目立つ場所にありました。


    
  しら菊の 目に立てて見る 塵もなし

白菊の花は心から純白で、
よく目をこらして見ても
一片の塵もない清らかさをもっている。

…と、解説書には書かれています。

この句は、芭蕉が元禄7年(1694年)9月29日に、
大阪の女流門弟の斯波園女(しば そのめ)の招待をうけて、
北浜にあったと言われる園女亭という所でよんだ句だそうです。
招待主の斯波園女という女性を、目の前にあった白菊に託し、
その清楚な人柄を讃えた句である…と、伝えられています。

この女性も、芭蕉に称賛され、
それが後世に残り、幸せですよね

この句が読まれた約2週間後(10月12日)、芭蕉は、
「終焉の地」で書いたように、南御堂で亡くなっています。

芭蕉にとっては、これが最後の句会となったわけです。

淀殿の墓を見るために行った太融寺で、
思いがけず芭蕉の句碑に出会えたことは幸運でした。

芭蕉の句碑は全国各地に数多く建てられていますし、
大阪府内にも数え切れないほどありますが、
やはり、こういう出会いは嬉しいものです。

 

 

 

 

コメント
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