僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

ブログ「炎上」県会議員が自殺

2013年06月28日 | 議会&役所

ブログで「暴言」を吐いて「炎上」し、一躍「有名人」となった岩手県の小泉光男議員(56)が、25日早朝に自殺したというニュースを見てびっくりした。厳密に言えば「(死因は)自殺か?」という表現だけど、僕は独断と偏見で「自殺した」と解釈して話を進めて行きます。


小泉県議は、6月上旬、岩手県立中央病院で「241番の方」と呼ばれたことに腹を立て、自身のブログに「僕を呼んでいるの?と気付いた瞬間、頭に血が上りました。ここは刑務所か!名前で呼べよ。なんだ241番とは!」などと書き、さらに、その際お金も支払わずに病院を出て、それでもまだ腹の虫が収まらず、公衆電話からまた病院に電話して、事務長を出せと威嚇したりした。そしてそれに続いてこんなことも書いていた。


「会計の計算が出来ましたのでお越しください」と言われたことに対し…


「こちらは15,000円以上を検査料を払う上得意のお客さんだぞ。そっち側から“本日はありがとうございました”と、カウンターの外に出て、長椅子に座っている患者の方に来るべきだろうが」


そして最後に、「このブログをご覧の皆さん、私が間違っていますか。岩手県立中央病院の対応が間違っていると思いますか!」と締めくくられていた。


ご承知のとおり、これがマスコミによって流され、世間から轟々たる非難を浴びることになった。


ある日、わが家で朝8時からのワイドショー「とくダネ」をかけていたら、このことが大きく取り上げられ、レポーターが小泉県議の自宅まで行って、庭で本人に質問を浴びせているのを見た。小泉県議は意外に気の弱そうなオッチャンで、テレビ局の直撃取材に困惑し「あのぉ、また後で…」とショボンとしながら逃げるように家の中に入ってしまった。レポーターは1時間以上も外で待ち、何度もインターホンで中の住人に声をかけていたが、小泉県議は二度と玄関先に現れなかった…。「ホント、特権意識というか、議員はエラいんだぞ、という感覚がこういう人にはあるんでしょうね」と、コメンテーターたちも、口をそろえて小泉県議を非難していた。まあ、誰でもそう思って当然だろう。


ちょうどそのあと、復興庁の水野参事官という人物が、ツイートでこれまた「暴言」を吐いた。「左翼のクソどもから、ひたすら罵声を浴びせられる集会に出席。不思議と反発は感じない。感じるのは相手の知性の欠除に対する哀れみのみ」とボヤいたり、福島県のある町のことを「田舎の町議会をじっくり見て、余りのアレ具合に吹き出しそうになりつつも我慢」とバカにしたり、「今日は懸案が一つ解決。正確に言うと白黒つけずに曖昧なままにしておくことに関係者が同意」とうそぶいたり…ということが明るみに出て、小泉岩手県議とセットでワイドショーのおいしいネタにされ、この2人が日本中を敵に回すような事態になったことも、先刻ご承知のとおりである。


水野参事官の場合は、たぶん周囲の人間が彼の「つぶやき」に対して、「俺たちが心の中で思っていても口に出せないことを、よくぞ言ってくれた」と賞賛していたのではないかと想像される。身内におだてられたり、ホメられたりしていい気になり、この「つぶやき」が世界中に発信されていることも忘れ、調子に乗って傲岸不遜なメッセージを連発していたのだろう。不満があるのなら、仲間内で酒でも飲みながら、こっそりグチをこぼすだけにしていたらいいんじゃないか。


小泉県議にも言えることだが、パソコンや携帯のネットに文章を発信すると、それは全国津々浦々まで届く…ということをはっきりと自覚できていなかったのではないか、と思うのだ。半分ぐらいはわかっているが、半分ぐらいは忘れてしまっている。で、感情が高ぶったりしたら、そういう手段でストレスを発散する…という行為に何の問題もないように思って、「どうだ!」とばかりに発信してしまう、ということかも知れない。


いや、それにしても、岩手県の小泉県議が自殺したことには驚きを禁じえない。地元の支援者たちからは厳しく叱責されただろうし、メディアの力によって世間からは猛烈な批判を浴びることになったので、これ以上生きて行くことに耐えられなかったのだろうか。でも、まさか自ら命を絶ってしまうとは。こんな形で56年間の人生に終止符を打たねばならないなんて…今までの人生はいったい、何だったのだ?…と、他人事ながら思ってしまう。


ところで、テレビ各局は、この間まで、小泉県議の「ブログ炎上事件」を大きく取り上げていたのに、この人が自殺したことについては、ニュースで短く報じただけであった。ワイドショーに至っては、僕が見た限りではどこの局も取り上げていなかった。自分たちの報道が本人を死に追いやった…という意識がわずかでもあるのだろうか?…よくわからないけれど、死者に鞭打つこともできないし、「ご冥福をお祈りします」と言うのもわざとらしいし、さすがにワイドショーも取り上げようがなかったのだろう。まぁ、当然のことでしょうけど。


実は僕も、1週間ほど前から、小泉県議のことをブログに書こうと考えていた。僕自身、市役所の議会事務局に長年勤めて、議員という人種を間近で見続けてきた人間である。議員の特権意識というものについても、数多くの経験を通してさまざまな感想を持っている。むろん、議員にもいろいろなタイプがあるのだけれど、そんな自分の実体験を絡めながら、今回の小泉県議の言動について考察してみようという目論見だった。でも亡くなられたのだから、もう書くのはやめた。


何度も繰り返すけれど、なぜ死ななければならなかったのか?
「死んでお詫びを」という潔い行為のようにも見えないし。
やはり、神経が参ってしまったとしか思えない。


現実の生活上でよほど切羽詰ったあげくに自殺する…というのは議員でも時々ある話だけれど、このような神経的なことで死を選ぶというのは、およそ議員らしくない。なぜなら、議員というのは、現実的で、社交的・行動的で、楽天的で、物事に頓着せず、深く考え込まず、ホンネを隠してタテマエを貫き、手を抜くコツを熟知しながらも票を集めるためにはどんな苦労も厭わない…という、つまりそういう「したたかさ」と、「何を起こしても自分は悪くない」という自信というか厚かましさというか、そういうものがなければ議員として適性とはいえない、と長い間、議会事務局で過ごしてきた僕は思うのである。


余談になるが、自民党国会議員の佐田玄一郎氏は、昨日発売の週刊新潮に、

4万円援助交際20回! 女子大生とラブホテル!
衆議院 NO3 佐田玄一郎議運委員長 常習買春の現場報告

…という見出しの記事を書かれ、早々と議運の委員長辞任の意を示した。でもこの人は、他の「不祥事」を起こした多くの政治家同様、決して自殺などしないのである。やったことは小泉県議とは性質がちがうけれど、公人としては「死ぬほど恥ずかしい」ことだけど、もちろん死んだりはしない。


その意味から言えば、小泉県議は、議員には向いていない性格だったのだろう。向いていない人間が、ブログで議員の特権意識をむき出しにした「ホンネ」を吐いたことが、こういう哀れな結末を導くことになった。


ともあれ、今回の県議や参事官の一件は、僕らのようなブログを発信している人間にとって、ネットの恐ろしさを再認識させるとともに、沢山の人に読んでいただくことはもちろん嬉しいのだけれど、逆に言えば、どこで誰が読んでいるかわからないので、その辺は慎重さが必要だ、ということを、万事いい加減で慎重さに欠ける僕は、反省の意も込めながら、しみじみと思ったものである。


ブログで身を滅ぼす…ということだけは、したくありませんものね。

 

 

 

 

 


 

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