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 僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

エレクトーン教室

2011年05月16日 | モミィの成長日記

先週からモミィが駅前のヤマハ音楽教室に通い始めた。毎週火曜日、午後4時半から約1時間。 幼児教室2年間のコースである。

それに先立ち、教室の斡旋を受けて、エレクトーンを購入した。以前にも書いたけれど、お値段は20万円。途中で辞めるな~んて言わないでよ、モミィ。

先月に体験レッスンというのがあり、僕と妻の2人が付き添った。何人かの幼児が来ていて、横にそれぞれママがついている。始まる時、講師の女性の方が僕たちを見て、
「あ、おひとり、モミィちゃんの横に座ってあげてください」
そう言うと、妻が僕に「お願い、行ってよ~」という目をした。仕方なく、僕がエレクトーンの前に、モミィと並んで座った。妻は、後ろの見学用の椅子に座って、僕たちを見ていた。

ということで、
いつのまにか、僕がモミィのエレクトーン教室係になってしまった。

そして先週の火曜日の午後4時半。大雨が降りしきる中、合羽を着せたモミィを自転車に乗せ、教室のある駅前のビルへ走り、第1回目のレッスンに臨んだ。

「は~い、みなさ~ん、はじめましてぇ」 
と、中年の女性講師の先生が笑顔でごあいさつ。

教室を見渡すと、モミィを含めて7人の幼児がレッスンを受ける。横に座っているのは僕以外はみんなママである。中には2~3歳の小さな子を抱きかかえて座っているママもいる。

レッスンが始まった。といっても、すぐにエレクトーンのふたをあけて鍵盤を叩くってことはしない。

「ぷらいまりー1」  というテキストの最初の曲 「だいすき!」 という歌を全員で合唱する。 その前にCDがかかり、続いて先生のエレクトーンの伴奏で、合唱に入るのだが、その際は 「お母さん方もごいっしょにお願いしま~す」ということで、子どもたちにまじって、大人たちも合唱に加わるのだ。お母さん方 … ってなぁ。まぁ、いいけど。

ちょっと恥ずかしいけど、そうも言っていられない雰囲気である。

♪ なんてすてきなんだろう いっしょにきいてるだけで こころにきぼうが~♪

という歌だけど、不幸なことに、僕はこの歌を知らない。

体験レッスンの時にもらった簡易テキストとCDに、この歌が入っていた。だからモミィは事前に家で聴いていて、この歌を知っていたけれど、僕はダメ。細川たかしや沢田研二なんかの歌謡曲なら、目をつぶっていても歌えるのに。こういう歌は、カラオケでも歌ったことないしなぁ (当たり前やがな)。

曲を聴きながら音符つきの歌詞をにらみ、それに合わせて何とか合唱に加わる。横でモミィが、大きな声を張り上げて、「ららら だいすき~ ららら…」 と、外れた音程で一生懸命に歌っている。やっと歌が終わって、ふう~っと大きなため息が出た。脈拍が乱れそうである。

「はい、では次に 『しゅっぱつ ぷらいまりー』 のページをあけてください」
はぁ? それって、どこ? どこ…? 何ページ
僕はキョロキョロ周囲を見て、他のママたちがそのページをあけているので、「え~っと、どこでしたっけ?」  と、近くのママに尋ねる始末。それを見て、先生が 「大丈夫ですかぁ…」 と心配して声をかけてくれる。

ようやくページが見つかったときには、先生はもう次のことを言っている。
ということでね、み~んな、このロケットのシールをここへ貼ってみようね」

「ん…? ロケットのシール…? どこ…? ロケットのシールってどこ…?」
先生がまた「大丈夫ですかぁ…」 と心配そうに声をかけてくれる。
「あ、すみません。 そのシールは、どこにあるんですか?」と僕はアセる。
「この本の、一番後ろのページにあります。それを、貼ってくださいね」
他のママたちは子どもに指示をして、すでにシールは貼り終わっている。

あぁ、僕だけがついて行けず、みんなの足を引っ張っているのである。                                        


「できましたかぁ。 じゃぁね。 み~んな、前に出てきてくださ~い」
子どもたちだけがぞろぞろと前に出る。そして、自分たちの名前を言って自己紹介をしていく。このあと、まさか、保護者の自己紹介なんて、やらないだろうなと、心配したが、それはなかった。 やれやれ。
 
それからようやくエレクトーンのふたを開け、スイッチをONにする。ドレミのドの位置を覚える練習だ。
「はい、ド・ド・ド~」 
「もういちど、はい、ド・ド・ド~」
先生の声に合わせて、子どもたちはドの位置をポンポンポンと叩く。

そして次は音楽が流れ、そのある部分が来ると、「はい、ここで、ド・ド・ド~と押します」 と説明を受け、音楽を聴きながら、その部分が来るとモミィに、「はい、ド・ド・ド~」 と言って、ドの鍵盤を叩かせる。

そのほか両手の指の動かし方など、いろいろなことをした1時間であった。ず~っと嬉しそうな顔をしていたモミィより、僕の方がはるかに疲れた。

付き添い、というから、横で座って見ているだけでいいのだと思っていたが、そんな気楽なものではなく、僕自身がレッスンを受けているかの如くである。うっかり聞き逃すと、たちまちわからなくなり、モミィに指示をしてやれない。

レッスンが終わった時、先生がニコニコしながらやって来て、
「これからもずっとパパが来られるのですか?」 
と、僕に尋ねた。パパ ??? 
しかし、すぐにはそれを否定しない僕であった。

「ええ、そうです。僕が毎週来ます」 と答え、「でもね~、ちょっと、ついていけませんね~」 と苦笑いした。
「まぁ、そんなことおっしゃらないで」 と先生はさらに目を細め、「何でも構いませんので、ご遠慮なく聞いてくださいね」 と言ってくれた。

教室を出るとき、僕は先生を呼びとめ、耳元でささやいた。

「あのね。僕はパパではありません」
先生は、「はぁ…?」 という顔で僕を見た。
「僕は、パパのパパなんですぅ」
「え~? あらぁ、まぁ、お若いのに
「シーっ。 内緒、ですよ」 
と僕は人差し指を自分の口に立てた。

先生は大笑いし、僕もゲラゲラと笑った。

 …………………………………………………………………………

明日はまた火曜日。 2度目のレッスンの日だ。この1週間は、僕もテキストに目を通したり、エレクトーンの説明書を読んだり、レッスン中に戸惑わないように、今度はそれなりの予習をして臨むつもりだ。

もちろんモミィにも、毎日CDを聴かせ、エレクトーンのドの位置の練習をしたりと、次回に備えて、いろいろと慣れさせることを重点的に復習・予習をさせている。

夕飯を終え、モミィが妻とお風呂に入るまでの間、最低30分間は、毎日、エレクトーンに関する練習に時間を費やすことにした。

また新しい日課がひとつ増えた。

 

 

 

 

 

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モミィの春休み そして年長さんへ

2011年04月24日 | モミィの成長日記

3月に、モミィが幼稚園の年少組を修了した。

去年9月から、わが家から幼稚園に通い始めたモミィは、冬休みを挟む7ヶ月の間、風邪で高熱を出した時以外は、一日も休むことなく、いつも機嫌よく幼稚園へ行った。そして3月24日、年少組の終業式の日に、修了証書をもらって帰ってきた。


       
        7ヶ月間、よ~くがんばりましたね。

 

              

春休みに入り、4月1日から1泊で和歌山県の白浜温泉へ行った。

思えばちょうど2年前の4月1日。 僕が定年退職をした次の日だった。区切りの意味合いもあって、モミィと妻と3人で白浜へ行った。あぁ、今日からもう勤めに出なくてもいいのか…と、ホテルの部屋の窓から、海岸に咲き満ちた桜を眺めながら、そう思った。

今回は、さしづめ、モミィの幼稚園年少組修了記念の小旅行である。

白浜にはワールドアドベンチャーという施設があり、8頭のパンダがいる。折しも東京上野動物園に2頭のパンダがやってきて話題を呼んでいるけれど、8頭もの数多くのパンダが、なんでこの白浜にいるのか、よくわからない。

モミィも、ここでパンダを見たことはあるのだが、その時はまだ小さくて、何の記憶もないようなので、今回、また見に行くことにした。

 

     
             白浜の名所、千畳敷で。 

        

   
パンダは、ポカポカ陽気に気持ち良さそうにお昼寝? あるいはお疲れ?    

  

      
    パンダより、ペンギンパレードの方が盛り上がりました。



4月8日は幼稚園の始業式。 

モミィの年長組の生活の始まりだ。降園時間に園まで迎えに行ったが、その日は保護者も保育室に入った。新しい担任の先生から保護者にあいさつがあった。そのあと、園長先生も新任だったので、同じくあいさつがあった。園長先生は、「30年ほど前に、この幼稚園で教えたことがあります」と、しきりに、懐かしんでおられたのが印象に残った。

帰宅して、妻にそのことを言うと、妻はモミィが持ち帰ったプリントを広げ、新任の園長先生の姓名を見て、「あ、これ、武〇先生じゃない?」 と言った。結婚されて姓は変わっていたが、妻は名前のほうでわかったようである。

新しい園長先生は、かつて、うちの息子たちを教えた先生だったのだ。

妻が当時の卒園記念アルバムを出してきて、写真を見せてくれた。

翌日、モミィを送って行った時、門の前に園長先生が立っておられたので、
「武〇先生…ですよね?」 と話しかけると、
いきなり旧姓で呼ばれて驚いた表情で、僕をまじまじと見つめながら、
「はい、そうですけど。 あなたは、ひょっとして?」 
と目が輝き始めた。
「先生に教えてもらった」と僕が言いかけると、
「えぇっ! そうなのっ。あなた、私の教え子ちゃん?」 
「いえいえ、僕じゃなくて、僕の息子が先生に教えてもらったのです」
「あ、そうですか…。なるほどね」

と、まあ、一部に作り話が入っていますが(笑)、そんな会話を交わしました。

             

次の週の月曜日、4月11日は、保育が終わってから保護者主催のお花見会が行われた。

近くに古墳公園があり、満開の桜の花の下で、保護者と園児たちがお弁当を広げる。園児のママたちはそれぞれのグループでシートに座り、おしゃべりを楽しんでいる。み~んな、園児のママである。 男の姿は、僕のほか、どこにも見当たらない。子どもたちはお弁当が終わると、元気にそのへんを走り回って遊んでいる。

モミィも、食べ終わると、僕から離れ、友だちと遊びに行ってしまう。 とほほ。ママたちのグループの横で、一人ポツンと座って、桜を眺めている僕なのであった。 

                                                         

酒もなく、話し相手もいないお花見なんて、何が楽しいのか。な~んて思いながら、ママたちのおしゃべりの横で、一人あくびをかみ殺す。

あんまり退屈なので、知り合いの女性に、メールで、「園児のママたちの横で、ビールも何もないお花見です」 と送ったら、
「ギャルママに囲まれ、ビールなんてあろうものなら、完全に出来上がってしまいますがな~」 
との返事が来た。

むふふ、とうつむいて笑っていると、ママの一人が僕のところへやってきて、
「コーヒー、いかがですか…?」 
と言ってくれた。

ひとりポツンと座っているので、気をつかっていただいたようである。

「あ、ありがとうございます」 と僕は丁寧にお礼を言い、
「ビールならもっとうれしいのですけど」 とジョークを飛ばそうと思ったけど、さすがに、この雰囲気の中では、それを口に出す勇気はなかった。

 

 

 

 

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モミィの劇 おむすびころりん

2011年02月26日 | モミィの成長日記

モミィが9月から通い始めた幼稚園も、あと1ヶ月で春休みになる。
つまり、年少さんとして過ごすのも、あと1ヶ月となったわけだ。

こちらの幼稚園に移ってから、少しずつ慣れてきて、友だちもでき、幼稚園へ行くことを楽しむようになって、結局9月からの6ヶ月間は、風邪で1週間休んだほかは、1日も休むことなく通い続けた。 

モミィの属する年少さん(ももぐみ)は、1クラスだけである。 総勢32名。
年長さんは、2クラスがある。

きのうの25日は、1年の締めくくりとして取り組んできた「劇あそび」の発表会があった。

前日24日の 「げんきばくはつ ☆ ももぐみつうしん」 という保護者向けプリントには、

もも組の子どもたちが年少さんとして過ごすのも、もう1ヶ月余りとなりました。
明日はいよいよ劇参観です。 こどもたちが1年を通して、集団の中で成長してきた姿を見ていただけることと思います。

そう書かれていた。

劇は、もも組版 「おむすびころりん」 だった。
優しいおじいさんとおばあさん、よくばりじいさんとばあさん、ネズミなどが出てくる。
それに加えて桃組版オリジナルとして、にわとりやおむすびなんかの役も登場してくる。

いつもは妻が一人でモミィを連れて行く通園路を、僕と長男もいっしょに歩いた。
4人が、ぞろぞろと幼稚園に出かけたのである。

幼稚園の門に立っておられた園長先生が、僕たちに
「モミィちゃん、大活躍ですよ。 劇で困ったときは、モミィちゃん頼みです」
と笑顔で言ってくださった。

こじんまりとした遊戯室に入ると、50個ぐらい、小さな椅子が3列で置かれている。
最前列の端に空いた席があったので、僕たちは並んで腰掛けた。最前列に座っている多くのママたちは、三脚を出して、ビデオをセットしている。 本格的だ。

やがて参観席も満員になり、9時になった。
黒い幕の向こうから、バンダナをかぶった園児たちが腰を丸めて登場してきた。
おじいさん、おばあさんの役だから、腰がまがっているのだが、その仕草が可愛い。

モミィもおばあさん役で、その中にいた。
チラッと、僕たちのほうに目をやるモミィ。 目は真剣そのものだ。

おじいさん役が7~8人。
「おばあさん、ただいま~」と声をそろえてセリフを言う。
おばあさん役も7~8人。
「おじいさん、おかえりなさ~い」
みんな上手に、ぴったりの呼吸で声を合わせる。

そのあと、モミィは今度はネズミさんの役で耳と尻尾をつけて出てきた。
10人ほどその格好で並び、なんと、モミィがひとり最初に大声でセリフを言った。
それから一呼吸置いて、ほかのネズミさんたちが、全員でセリフを言った。
そういうシナリオになっていたそうだ。

人前では小声で話すことしかできなかったのに、ずいぶん変わってきたものだ。
家庭ではわからない集団の中での子どもの成長ぶりを、
これほど鮮やかに見せてもらえたことは、この上もない喜びだった。

みんながんばって練習した成果が熱気となり、遊戯室にあふれていた。
まさに 「げんきばくはつ」 のもも組さんだった。

最後にみんなが歌った 「おひさまになりたい」 を聴きまた胸が熱くなった。

♪ 

だれかをすきになると こころがあたたかくなる

むねのなかにおひさまができたように あたたかくなる

すきすき だいすき すきすき だいすき

たくさんたくさん すきになって

おひさまになりたい

 

だれかをすきになると こころがやわらかくなる

うまれたてのくさのように やさしくやわらかくなる

すきすきだいすき すきすきだいすき

たくさんたくさん すきになって

かぜにゆれていたい

 

 


   
           もも組のネズミさん たち。 モミィは左から3人目です。

 

 

 

 

 

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雪 のち チョコレート

2011年02月16日 | モミィの成長日記

2月14日。

コスパで泳いだあと、12時過ぎにマウンテンで帰宅しようと思ったらポツリ…
雨…というより、半分雪みたいな小粒が空から舞ってきた。 急がなくっちゃ。。

家でお昼を食べた後、録画しておいた映画「沈まぬ太陽」を妻と一緒に見た。
4時間にも及ぶ長尺物なので一度には見られない。
主人公の渡辺謙がパキスタンに左遷され、さらにテヘラン赴任を命じられるところまで見てテレビを消し、時間が来たのでモミィを迎えに行く準備をした。まあ、準備といっても服を着替える程度のことだけど…

いつもは自転車で迎えに行くのだが、この日はそれは不可能だった。
午後から、これまで見たことのないような大粒の雪が降っていたのだ。

「気をつけてね~」と妻に見送られ、モミィの傘と合羽をバッグに入れて家を出る。
周りの風景が真っ白になりつつある。
傘の上にもたちまち雪が積もり、振るとバサバサッと雪が地面に落ちる。
こういう経験って、あまり記憶がない。

幼稚園は3時降園である。

いつもは園児たちが先生方と一緒に出てくるまで門の外で待っているのだが、きょうは園長先生が、迎えに来た保護者に、そのまま保育室の前まで行っいただいて結構ですから、ということだったので、運動場を横切り、そこまで歩いた。
3時にはまだなっていなかったが、すでに園児たちはリュックを背負って待機中だった。

担任の先生は僕の顔を見て、「モミィちゃ~ん」と呼ぶ。
「は~い」と元気良く飛び出してきたモミィを見ると、手に何やら布の袋を持っている。
他の園児たちはそんなものは持っていない。 うぅ~ … 悪い予感がする。
担任の先生が僕に、
「モミィちゃん、おしっこで濡らしてしまいましたので…」

幼稚園に予備のズボン下着や靴下などを置いてあり、モミィはそれに着替えたので、濡らした衣類をこの布袋に入れて持ち帰る、ということなのである。

「は…? お漏らし…ですか。 すみません。 いつもお世話かけてばかりで…」
しょっちゅう水道で着ている物をびしょびしょにし、お漏らしも過去に1度あった。
先生にも申し訳なくて、僕は恐縮するのだが、先生は笑っておられる。
とにかく、モミィは幼稚園でも何かと世話の焼ける子なんだろうな~と思う。

「おしっこは早い目に行くんやで、と、いつもおばあちゃんから言われてるやろ」
帰り道で僕がそう言うと、モミィは、
「あのな~、お猿さんのお面を作るのに夢中になってたから、わからんかってん」
そう言って、「雪、すごいねぇ~」 とそちらの方に気を取られている。
本人は少しも気にしていないふうである。 

「お弁当、ちゃんと食べたかい?」 と、僕は話題を変えた。
「食べた。おいしかった~」 と言ってくれたまではよかったが、そのあと、
「お弁当のフタをあけたときに、お弁当がひっくり返ってん」 と言う。
「ひっくり返った?」
「うん。 お弁当のおかずもおにぎりも、ぜんぶテーブルの上に落ちてん」
「ぎょえ~。 ほんまかいな。 それで、どうしたん?」
「拾って、お弁当箱にむちゃくちゃやったけど、また入れてなぁ、…食べた」
とニコニコ笑いながら話すモミィに、僕は返す言葉がなかった。
「ようやるわ。 ほんまに」 ひとりでつぶやくだけだ。

雪の中を約15分。 滑って転ばないようにゆっくり歩いてわが家に着いた。
妻がドアを開けて外で待っていた。

家に入って着替えを済ませ、おやつを食べたあと、モミィは僕に、
「のんちゃん。これ、ハイ」 と、チョコレートを差し出した。
「きょうは、バレンタインデーで~すよぉ」

モミィが持っていたのはチョコレートボンボンだった。
おぉ、なつかしい。
最近、またこれが流行の兆しだとテレビでも言っていたっけ。

モミィから、バレンタインデーのチョコの贈り物だった。
これまでチョコレートをもらった中で、最も 「若い女性」 からのプレゼントだ。

「いやぁ~、プレゼント、くれるの? ありがとうね」
僕はモミィからチョコレートを受け取り、さっそく包装を解いて一個口に入れた。
噛んだチョコから、プチューと独特の風味を持つ液体が口の中に広がった。
中身は、昔のようにウィスキーではなく、ハイボールだ。

チョコの箱にも、大きく 「ハイボール」 と書かれている。
アルコール度、3%ちょっとで、往年の凄みはないが、軽妙な味わいである。

チョコレート好きのモミィは、僕の食べるのをじっと、欲しそうに見ていた。

「一個、食べてみる…?」と、いちおう愛想だけ言ってみる。
モミィは両手でバツ印をつくり、
「いらん。 だって、おサケが中に入ってるもん」

「ありがとうね。 来年はチョコじゃなく、中のおサケだけでいいよ。 あはは~」
と、おバカなことを口走りながら、2つめのボンボンを口に入れる僕であった。

 


  

 

 

 

 

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スイセンの丘、雪のまち

2011年02月12日 | モミィの成長日記

 
  


2月6日の日曜日、千早赤阪村へスイセンを見に行った。
千早赤阪村は、大阪府の南東部に位置する府下でたった一つの村である。
南北朝時代の武将、楠木正成の生誕の地としても知られている。

そこに 「スイセンの丘」 と呼ばれる場所があり、約5万本のスイセンが群生する。

寒波の影響で1ヶ月ほど開花が遅れていたが、ようやく見ごろになった…
…という新聞記事が出たので、長男の車で、妻とモミィと僕の4人で出かけた。

大阪方面は、立春の4日ぐらいから寒さが和らいで暖かくなり、
この6日も、快晴ではなかったが、穏やかな日和だった。

新聞に載ったせいか、スイセンの丘は大勢の人たちで賑わっていた。

休耕田の棚田に咲き乱れるスイセンに、モミィも満面の笑顔だった。


  
    2月6日。 スイセンを見てご機嫌。
  

だけど、そんな天候も、1週間と続かず、また寒波の襲来だ。

祝日だった昨日の午前、わが家の外では珍しく雪が舞い、何センチか積もった。
長い間こんな雪は見ていないな~と思っていたら、大阪で3年ぶりだそうである。
そうか。 3年前にもこれだけの雪が降っていたのか…。 もう忘れている。

雪に対する備えが乏しい大阪では、昨日のように5センチの積雪だけでも、
高速道路が12時間不通になったりするなどの大騒ぎとなる。

でも、子どもたちにとっては、雪はダイヤモンドの輝きにも見えるようだ。

モミィも雪を見て興奮し、「雪さ~ん、もっともっと降ってちょうだ~い」
と、外に出て、スコップで雪をすくってバケツに入れたり、大はしゃぎだった。


 
  2月11日。 わが家のベランダで。 近所の家々の屋根は純白に覆われた。
  藤井寺ではきわめて珍しい光景である。


僕は寒いのが大の苦手である。
スイセンを見に行った時は、ひょっとしてこのままの陽気が続くかも、
と、心ひそかに期待していたが、やっぱり無理な望みであった。

今日もまた雪が降るかも … という大阪の予報だ。

♪ 春よ来い 早く来い … と、つい口ずさんでしまう。

 

 

 

 

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ケイとモミィ

2010年10月30日 | モミィの成長日記

「あぁ、週末が来るとホッとするよね~」 と妻が言います。
月曜日から金曜日まで、モミィの幼稚園への送り迎えをしています。
いつまたモミィに 「登園拒否」 の傾向が出ないとも限らない…
妻の気持ちのどこかに、まだそんな思いが残っているようです。
土曜日になると、ひとまずその緊張が解けるようで、いつもそう言います。

その妻がホッとする週末が訪れました。
そして、これで10月の幼稚園も終わりです。
9月から丸2ヶ月間、モミィは新しい幼稚園に1日も休まず通いました。
しかも10月は運動会がありました。
ほかの園児たちは、春からずっと、運動会に向けて練習を積んできました。
モミィは9月に入ってからの参入ですから、
「モミィちゃんは運動会で、本当によく頑張ってくれました」
と、担任の先生も、先日の懇談会で妻にそう伝えてくださったそうです。

次は11月初旬にある初めての遠足ですが、これももう大丈夫でしょう。

妻は、いささか臆病なモミィに対して、おおらかにふるまっています。
しかし心の中では細心の注意を払っているようです。
そばで見ていて、それがよくわかります。

大人は、子どもに不安を与えるような言動は避ける。
心配なことでも、子どもの前では 「大丈夫、大丈夫」 と気にさせない。
そういう積み重ねが、子どもに少しずつ自信を植えつけていくのだなぁ…

妻とモミィのやりとりを見ていると、つくづくそう思います。

さて、モミィのことも一段落しそうなので、今日は改めてケイを紹介します。

ケイは、次男の子どもです。 つまり、モミィの従兄弟ということになります。

去年の7月29日に生まれたケイのことは、当時のブログにも書きました。


http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/33d11b3a42590de4d10ecc1ee78b283c

http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/30aed64dc98ece5c2b3775dac619509f



そのケイも、今は1歳3ヶ月。 元気に歩き回っています。


    


次男の家族も、同じ藤井寺市内に住んでいます。
で、わが家にも遊びに来るのですが、ケイは人見知りが激しい子でした。
ママかパパに抱かれてわが家に一歩入ると、ギャーっと泣きました。
少し慣れてきても、僕たち夫婦の顔を見ると、また泣く。
泣き出すと止まらないので、仕方なくすぐに帰って行くことも度々でした。

そんなこともあって、あまりわが家には遊びに来ませんでした。

しかし、さすがに成長してくると、しっかりしてきますね。

3日前、久しぶりにケイがパパとママに連れられてやって来ました。
モミィが出迎えると、うれしそうな顔をしていました。

かつてモミィやソラが遊んでいた小さなすべり台を引っ張り出してきて、
ケイに遊ばせると、モミィも喜んで、2人で遊んでいました。





モミィもアネさんぶりを発揮して、ケイと遊んでやっています。
子ども同士というのは、お互いに全然違和感がないのですね。

 

 ところで…
 もうひとり、モミィの弟のソラ(3歳)は、というと、ママから離れず、
 「お姉ちゃんもいるし、うちに泊まりに来れば?」 と言えば、
 「イヤ」 とひとこと返すだけ。
 モミィを見ていて、わが家に泊まったら二度と自宅に戻れない…
 と感じているのか、ソラは、どうやらわが家を警戒しているようです。 
 拉致される…とでも思っているのでしょうか。 そんなアホな。 

 




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モミィの運動会

2010年10月20日 | モミィの成長日記

16日の土曜日、藤井寺北幼稚園で運動会が行われました。
雲ひとつないいいお天気に下で、年長さんの2つの組と、
モミィのいる年少さんのひとつの組の園児たちが、
体操や駆けっこなどに、可愛らしくも、たくましい姿を披露してくれました。

この秋の運動会に、無事参加できるのかどうか…心配されたモミィも、
ニコニコ笑顔で他の園児ちゃんたちといっしょに交じって、
とっても楽しそうに、運動会のひとときを過ごしていました。

あぁ。 これでやっと、みんなと同じことができるようになった…

本当に、うれしかった運動会でした。

ちなみに、運動会は15種目行われ、モミィの年少さん組は7つの種目に出ました。

ピーターパン体操
はしるのだいすき
とびだせ! おもちゃばこ
ユカイ ツーカイ 怪物くん
ゆらゆらおサル
急げ! 消防隊
はたらくくるま体操
 
     …でした。
     もっとも、タイトルだけだったら、何をしたのかよくわかりませんけど…



  
   はしるのだいすき(駆けっこ)。 真ん中がモミィです。
   ゴール近くまで2番手を走っていましたが、直前でとまり、
   うしろの子が来るのを待って一緒にゴールしました。
   いちおう競争なんだから、待たなくてもいいと思うんだけど…



     
    「とびだせ! おもちゃばこ」 に興じるモミィ (真ん中、こちら向き)。
   子どもたちの背中にはネジがついて、みんなおもちゃになりきっています。
   モミィが、こんなに楽しそうな表情で運動会に参加できて、
   見ていた僕たちは、本当にうれしかったです。 ぐすん。
   先生方、ありがとうございました。






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エキサイトする日 ~ モミィの運動会と巨人・阪神 ~

2010年10月16日 | モミィの成長日記

今日は忙しい一日となりそうだ。

午前中は、モミィの運動会がある。
9月1日から途中入園して、さて、やっていけるだろうか…?
と、心配していたことが今では嘘のように、モミィは皆勤を続けている。
幼稚園が楽しくて仕方ない、という様子だ。
今日の運動会も、ずいぶん前から楽しみにしていた。
もちろん、僕たちまわりの大人たちも、大いに楽しみにしているところだ。

9月の終わりに、モミィの通う幼稚園の園長先生に手紙を出した。
この1ヶ月、モミィが1日も休まず元気に幼稚園に通っていることへのお礼の手紙だ。

4月に入園した寝屋川の幼稚園では集団になじめず、発達障害だの自閉症だのと診断され、夜も泣いたりして寝ないので医師から安定剤を処方されるという思いもよらぬ事態に至って、僕たちは悩んだ。悩んだ末、9月の新学期からモミィをわが家で預かって藤井寺の幼稚園に通わせることを選んだ。これも大きな賭けだった。これでダメだったら、もう他に方法がない。背水の陣で望んだ藤井寺への転園であった。

だが、僕たちの心配をよそに、モミィは元気に新しい幼稚園に通い始めた。
内弁慶だったはずなのに、友達の家に遊びに行ったりもした。
先日は何人かの友達をわが家に呼んで、いっしょに遊び、おやつを食べた。
驚くべき変化であり、進化である。

「集団に入らず、離れたところでひとりでシクシク泣いている」
「やる気がまったく見られない」
寝屋川の幼稚園の担任の先生の所見では、そう書いてあった。
それが、あざやかに変身したのである。
まるでモミィの大好きなプリキュアのように。

そうした、モミィのめざましい成長も、ひとえに今の幼稚園の園長先生や担任はじめ諸先生方の暖かいご指導のおかげであると心から感謝しています…

そういういう内容の手紙を園長先生に送ったのである。 
むろん、これは、形式的なお礼でも何でもなく、心からそう思ったことである。

すると、翌日に妻が封筒をもらって帰ってきた。
園長先生から僕宛の返事の手紙であった。
ちなみに、園長先生は女性の方である。

「うれしいお手紙をありがとうございました」
という書き出しで、園長先生はこんなことを綴っておられた。

「(モミィは)園の活動のいろいろなことに関心を示し、体操もにこにこして、皆と一緒にしていますし、先生の話や絵本なども真剣に聞いています。何事にもチャレンジしようとする意欲的なモミィちゃんはすばらしい。できることよりも、意欲を見せるということを本園では大切にしています(中略)。運動会が、子ども達の成長を保護者皆様と喜び合える日となりますように。お手紙をいただいたこと、うれしくて取り急ぎお返事をいたしました。担任はじめ職員皆でよろこんでいます」

ありがたい手紙であった。
モミィの幼稚園生活は、モミィ自身の口から聞いていただけで、実際はどうなのか、よくわからない部分も少しはあった。それが、園長先生の手紙で、本当にモミィがよく頑張っているんだなぁということが間違いなく確認できた。これほどうれしいことはない。

かつて、寝屋川の幼稚園の担任の先生は、6月ごろに、
「この調子だと、秋の運動会も無理かも知れませんね」と言った。
まだ何ヶ月も先なのに、どうしてそんなことが言えるのか…と内心僕は反発した。
そのことが、嘘のようなこのごろである。

そして、きょう、その運動会の日を迎えたのである。

運動会は午前中で終わり、寝屋川から来たモミィのママと弟のソラを交えて外食したあと、僕は2時から自宅でテレビを見なければならない。

巨人対阪神の、クライマックスシリーズ第一戦である。

大阪に住みながら、長島や王がいた自分の小学生の時以来、ずっと、50年間東京のジャイアンツを応援し続けてきた僕は、ぜひとも、甲子園という厳しい「敵地」で阪神をギャフンと言わせてやりたいことを切に願っているのだ。

これを読まれた、コバヤシ君はじめ熱烈な阪神ファンは、「な~に。もう阪神の2勝は決まったようなものさ~」と思っているかもしれないね。

さて、どうなることか…

午前中の運動会も大事だけれど、午後2時からの巨人・阪神戦も目が離せない。

がんばれ~モミィ。 がんばれ~巨人。


*僕は50年間、学校でも、職場でも、巨人ファンであったがゆえに、
  どれだけ多くの「迫害」を受けてきたことか。
  地元近鉄バファローズのファンだったわが子どもたちにまで、
 「大阪におって、なんで巨人やのん?」 などとと首をかしげられた。
  とほほ。 それでも、巨人軍はフメツなのです。




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初めての海水浴

2010年07月31日 | モミィの成長日記

モミィとソラを連れ、妻と4人での白浜1泊旅行は、ツイてなかった。
2人とも、砂浜で遊んだことは何度かあるが、海の中に入ったことはない。
つまり、これが海水浴デビューなのだ。
それが、よりによってこの28日と29日だけ、悪天候に見舞われるとは…

1日目の28日。
曇り空の大阪天王寺駅から11時半発の特急「スーパーくろしお」に乗る。
まだ、雨は降っていない。
列車では、3人分の指定席を取っていた。
×号車、△番のB・C・Dの3席である。

僕がB席に座り、通路を挟んだCとDの席に妻たち3人が座った。
妻とモミィとソラで、この2人掛けの席はちょうどいい大きさだ。

モミィたちはさっそくデパ地下で買ったばかりの弁当を広げ始めていた。
では僕も、弁当をアテに、駅で買った冷たい缶ビールを飲むぞぉ~
…と至福の気分になりかけたその時、
「ここ、私の席ですので」と、スーツ姿の男性が現れた。
僕は席を立ち、通路に出て、その男性が窓側のAの席に座るのを眺めた。
どうせここは空席だろう…というアテは見事に外れてしまった。

スーツ姿の男性は、いかにもバリバリのビジネスマン風だ。
大きな荷物を棚に押し上げ、ドンっと座り、腕組みをする。
虚空を睨むその態度には、なんとなくトゲトゲしい雰囲気が漂う。

おまけにビジネスマンは大柄な男だったので、どうも窮屈でならない。
そんなところで、弁当を広げ、缶ビールを開けるのもなぁ…。

いきなり出ハナをくじかれた僕であった。

幸い、ビジネスマンは次の停車駅の和歌山で下りた。
ここでようやく「プッシュー」っと缶ビールを開ける。
グビグビグビグビ…

列車が白浜に近づき、海が窓の外に広がってきた。
気になる雨は、まだ降っていないようだ。


ホテル「むさし」に着いたのが2時頃。
海水浴場は、ホテルから水着のまま行ける至近距離にある。

「すみません、チェックインは3時ですので…」とフロント。
「海水浴へ行かれる方は、そちらの大浴場でお着替え下さい」
「荷物は…?」
「こちらでまとめてお預かりしておりますので…」

そんなやり取りがあったので、僕らは大浴場へ行き、水着に着替えた。
必要な荷物だけ、着替えない妻が持ち、あとは荷物預かり場所へ…

すると、「あ、もう大丈夫ですから、チェックインしてください」
と、従業員が言った。なんだ、それは…? 3時からと言ったくせに。
僕もモミィもソラも、水着姿で、いざ出陣のモードなんだよ。

妻が、ごった返すフロントに並んで、やっと部屋番号札をもらってきた。
部屋番号は6015室、とある。
このホテル「むさし」は、新館、旧館、ナントカ館とかが入り混じり、
複雑な迷路のような造りになっているので、部屋にたどり着くのも大変だ。

ようやく探し当てた6015室。しかし…
「鍵は…?」と妻に尋ねる。
「鍵…?」
「そう、この部屋の鍵はどこ…?」
「あら、鍵ねぇ。あ、もらってこなかったわ」
「な~んやそれ」
「もう一度フロントに行って来る!」と、妻はエレベーターの方に走った。
「まだぁ…? 海水浴は、まだかぁ…?」とモミィやソラが叫ぶ。
僕たち3人は、さっきからずっと水着姿のままでウロウロしているのだ。

やがて、妻が戻ってきたが、その横に仲居さんがいて、
「申し訳ございません。私がお部屋までご案内させていただこうと…」
しかしフロントが人だらけだったので、僕らがわからなかったそうだ。
鍵は、最初からこの仲居さんが持っていたのである。

あぁ、時間はどんどん経っていく。
今にも雨が降り出しそうだというのに…。

部屋に荷物を置いて、廊下へ飛び出す。
また、迷路のような通路やエレベーター、階段などを下りる。
ホテルの裏口に「海水浴場への通路」と大きな看板がある。
そこを通り、外に出て、子どもたちの手を引き、浜辺に出た。

これまで、海に来ても波を怖がって水中に入らなかったモミィ。
海どころか、プールですら1週間前の市民プールが初めてだったソラ。

そんな2人だったが、最初は少しためらったものの海に入ると大喜びした。
モミィは、さすがスイミングスクールで水に慣れているところを見せた。
ソラも、最初は膝まで浸かったまま固まっていたが、
数分で恐怖を喜びが上回ったのか、威勢よくはしゃぎ出した。

だが、30分ほど遊んだら、雲行きがいよいよ怪しくなってきた。
何やら聞き取りにくい割れた声が、拡声器を通じて流れてきた。
「雷雲が出てきているので、注意してください」
というようなことを、放送しているようだ。
そのうち、大粒の雨がパラパラと落ちてきた。

「ありゃ、これはヤバイ。ホテルへ帰るぞ~」
と、浜辺で見学していた妻と4人で、ホテルへ走って帰った。
他のお客たちも、どんどん浜辺から退却して行った。

ホテルの部屋に戻り、窓の外を見ると、すでに本降りである。

しかしまあ、わずか30分くらいだけど、海に入れてよかったと思う。
予報では、明日も雨だという。しかも今日の雨より激しいらしい。
せっかく海水浴に来て、一度も海に入れないのでは話にならないもんね。

夕方から温泉に入り、バイキングの夕食を食べて、くつろいだ。
浴衣を着たモミィとソラは、部屋の中でも外でも走り回っていた。

一夜明けて29日の午前5時。窓の外を見る。
かなりきつい雨が降っている。

アナザービートルさんから早朝メールが入っていた。
「大阪も雨です。和歌山も雨でしょうね。気をつけて楽しんで来て下さい」
というようなことを書かれていた。
ありがとうございます。気をつけて、楽しみま~す。

やがてモミィたちが起き、大浴場へ行き、朝食へ…。
雨は益々激しくなり、10時にチェックアウトしたものの、することがない。
他にも、ホテル内でぶらぶらしている客たちが多かった。

こんな雨でも、子どもたちは海が見たいと言う。
フロントで「むさし」と書かれた傘を2本借りて、4人で海辺に出た。
海は誰も泳いでいない。制服を着た監視員のような人が歩いている。
浜辺を、傘を差して散策している人も、わずか数組である。
同じ浜辺での昨日の喧騒とは大違いである。

モミィとソラは、浜辺に押し寄せる荒い波にキャッキャ騒いでいた。

またホテルに引き返し、ロビーで時間をつぶしている間、
雨は横殴りの強烈なものになり、玄関の向こうが見えないほどだ。
やがて時間が来たので、タクシーを
頼んだ。

タクシーのワイパーも効かないほど猛烈な雨である。
運転手さんも苦笑いしながら、
「こんなひどい雨は、めったにないです。日が悪かったですね~」

白浜駅前で昼食をとり、午後1時半の特急「くろしお」に乗った。
豪雨のため、列車は少し遅れたが、10分ほどの遅れで済んだ。

白浜を出て1時間も経たないうちに、空が明るくなり、雨が止んだ。

3時半に大阪天王寺へ着いたら、青空が広がっていた。

なんのこっちゃ、の1泊旅行だったけど、子どもたちが熱も出さず、
無事に行って帰れたことで、まあいいか…と妻と納得しあった。

たとえ30分でも、海に入って遊べたことも、幸運だったということで…。

 

 

 

 

 

 

 

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なんでやねん !

2010年07月28日 | モミィの成長日記

7月28日 午前6時過ぎ

今日このあと、モミィとソラを連れて、白浜へ1泊旅行に出かける。
もちろん、海水浴が目当てである。
もうそろそろ、準備しなければならない時間帯だが…。

でもまあ、みなさん、聞いておくんなはれ。

昨日まで猛暑続きで憎たらしいほどの  が続いていたのに…  。

それが、どうして今日から天気が下り坂で、明日は  の予報なのだ 。


   ぐすん

白浜は和歌山県だから、そこの天気予報を見ると、今日の午後から雨だ。

明日は一日、雨だそうだ。大雨の恐れすらあるという。うぅぅ。

なんで…?
なんでやねん…? 

ひどいじゃあ~りませんか。

あぁ、ツイてないなぁ。

でも仕方ありませんね。

気を取り直して、行って来ます      。

 

 

 

 

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「月の恋人」 とモミィの関係

2010年07月06日 | モミィの成長日記

妻がキムタクの大ファンなので、おつき合いで「月の恋人」をずっと見ていた。昨日はその最終回で2時間枠で放映された。ドラマの間に、いつものことだが視聴者をバカにしているかのような数多くのCMが入り、しかもそのCMに、全く別キャラのキムタクが出てきたりするので、余計にドラマが散漫になる。あぁ~、やっぱり録画してから翌日に見ればよかったと、途中で後悔した。録画だったら、自動的にCMがカットされるんだもんね。

しかしまあ、ひとことで言えば、全体的にわけのわからないドラマだったけれど、最終回は特につまらなかったなぁ。

キムタクは、篠原涼子、リン・チーリン、北川景子の3人の女性から愛される。(いいなぁ。…こんちくしょう!)
それが、ロマンチックコメディでもないし、社会派ドラマでもないし、感動ドラマ…というにもほど遠い。やっぱり単なる恋愛ドラマというべきかも知れないが、無表情を貫くキムタクを見ていると、そのモードにも乗り切れない。3人の女性がみんなキムタク演じる蓮介に振り回されている感じで、なんだか中途半端なまま最終回を迎えたが、昨日のラストも全然パッとしなかった。「キムタク、10年ぶりの本格的ラブストーリー」というテレビ局の宣伝文句が泣くぞ~。

結局、最後は篠原涼子と結ばれるのだけれど、それはドラマの初回からすでに誰でもわかっていたことだろうから、そこまでの2人の心の動きとか、いよいよという告白シーンとか、結ばれる決定的瞬間とかをどう表現するか…というところに、せめてもの期待をかけた。しかし、それもアホくさいほど見事に裏切られてしまった。見終わっても何の余韻もない…という感じだった。

キムタクの大ファンである妻も、テレビ画面を見ながら、
「あぁ、キムタクも年取ったわねぇ。顔が少し腫れぼったい感じ」
「なんだか筋書きが曖昧で、共感できるところがないよね」
な~んて残念そうにつぶやいていた。

まあ、人はみな、年を取るもんですけどね~。

それにつけても思い出すのは昔の「ロング・バケーション」である。
「ロンバケ」でキムタクの相手役だった山口智子のしゃべり方と、今回の篠原涼子のしゃべり方が、実によく似ていた。仕草までよく似ていた。

「ロンバケ」のラストの山口智子も、「月の恋人」のラストの篠原涼子も、ウエイディングドレス姿だった。「ロンバケ」では、2人は結婚式に遅刻しそうになって教会まで息を切らして走って行くシーンで終わったけれど、これは、山口智子が花嫁衣裳のすそをまくり上げて東京の街の中を疾走するオープニングシーンとの対比が絶妙であった。

しかし今回のラストは、イマイチ、いや、イマニ、イマサンでしたね~。

でも篠原涼子の演技は悪くなかったと思う。
セリフはとことん「ロンバケ山口智子風」だったけどね。
むずかしい役どころを、なんとか一生懸命にこなしていた。

まあ、ウダウダ言っていても仕方ないので、篠原涼子にちなむ話を、強引にうちの孫のモミィのことに移していきます。

篠原涼子は、なんとなくモミィに似ているなぁ…

そう思いながら、ずっとこのドラマの彼女の顔を眺めていたのです。
(すみません。ただそれだけの話ですけど)。

 

 

    
 

 

似てません…?

 

 

 

 

 

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わが家に本田選手が登場…?

2010年06月28日 | モミィの成長日記

本来ならもっともっと大きく報道されるはずの大相撲問題。
サッカーW杯の熱狂の陰に隠れているのは、まだ不幸中の幸い…か?

いま、大相撲の存続そのものが危ぶまれるような親方や力士たちの集団賭博と暴力団との癒着問題は、これまで、いかに大相撲の世界が甘やかされてきたかを如実にあらわしている。「徹底的に膿を出す」と武蔵川理事長は言っていたが、困ったことに大相撲界そのものが今や「膿」なのだから、これを出しちゃったら何も残らない。つまり大相撲は、膿を出したとたんに消滅する。

モンゴル勢ら外国人力士に対して、なんで日本の相撲取りはこんな弱いのだろう…と情けなく思っていたが、相撲より賭博の勝ち負けを気にしているのだから弱いはずである。僕も栃若時代以来の大相撲ファンだったけど、最近の相撲はまるで面白くない。日本人力士が真剣にやっていないのだから、面白いわけがない。しかもこんな力士集団だから、八百長なんて日常茶飯事だろ。

そして今回の問題も、「罪人」を特定し、「トカゲの尻尾切り」をしてウヤムヤにしてしまう魂胆なんだろう。警察も、なぜか大相撲の世界にメスを入れることを渋る。昔、大相撲の八百長を暴露した2人の人物がいて、間もなく真相を詳しく会見で述べる…と言っていた直前に、2人とも同じ病院で、同じ日に死ぬという「事件」があった。病院の発表は単なる病死、であったが、恐ろしい話である。相撲界は、暴力団とも国家権力とも、グルになっているのではないか。

こんな大相撲を、もはや「国技」とは呼べまい。いっそこれからの世界に目を向けて、サッカーを「国技」にすればいい。今の日本の子どもたちは相撲などに見向きもしないのに、これをまだ「国技」と呼ぶのは、説得力がなさ過ぎるような気がする。

そういうことで、今行われているサッカーW杯で、日本の本田選手が意気込んで「優勝を目指します」と言っているけれど、まぁ優勝までは言うまい。しかし、岡田監督が公言したベスト4に実際に進出したら、これはもう、サッカーを日本の「国技宣言」してもいいのではないか。サッカーは世界で最も競争率の高いスポーツである。それを国技とし、国際社会で揉まれるほうが、閉鎖的な大相撲よりもはるかに実態に見合ったスポーツ教育と国を愛する心を、将来ある子どもたちに育むことができるのではないだろうか。

あぁ…(ためいき)

それにしても、このブログも毎回サッカーの話題ばかりである。
今日の話題も、大相撲で始まったけれど、結局サッカーへ流れ着く。

  …………………………………………………………………………

さて、わが家に日本代表選手が現れた? 
それも、今をときめく選手である。

 

    


モミィが身にまとう代表ユニフォームの背番号18は本田のナンバーだ。

実はこのユニフォームは4年前のW杯ドイツ大会直前の時に買ったもの。
当時生後6ヶ月だったモミィにこれを着せて大人たちは喜んでいたのだが、乳児用のサイズがなく、着せてもダブダブだった。

それが、4年後の今大会では、ちょうどいいくらいのサイズになってきた。

がんばれ、背番号18、本田~!

…というとウソになる。
4年前のW杯ドイツ大会には本田は出場していない。
当時、背番号18をつけていたのは小野伸二だった。
サッカー大ファンの長男(モミィのパパ)が、小野のファンだった。

じゃーん。振り向けば、本田ではなく、小野でした。
 
           


       

 

ちなみに、下の写真は…
モミィが生後6ヶ月でダブダブのユニフォームを着ていた頃です。
半袖も、ダブダブで長袖になってしまっています(笑)。
 (2006年4月・グアム旅行で)
 
        

   

 

 


~ 追伸 ~

先ほど、ブログの編集画面を見て、目を疑いました。
最近、このブログの訪問者数(IP)も嬉しいことに、200を超えることが多く、ランキングが約143万ブログの中で、5000位前後という順位が出ていたのですが、昨日(27日)は、およそ想像もつかない 1184という訪問者数が出ていました。500はおろか、1000を超えるなどということは、かつてなかったことなので、びっくり仰天している次第です。
ランキングも、約143万ブログ中、266位となっていました。
昨日は更新していませんが、W杯の話題を扱うと
これだけアクセスが増えるってことでしょうか。やはりサッカーの威力はすごいですね~。
ぜひ、相撲に変えてサッカーを国技に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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プリキュアに夢中です

2010年05月05日 | モミィの成長日記

 

  しばらくご無沙汰をしていました。いいお天気が続きますね。
  写真の背景は、近くの大和川にかかる鯉のぼりです(5月3日撮影)。
  きょうは「こどもの日」ということでもありますので、
  モミィとソラの近況をお届けしたいと思います。


             


モミィは今月で4歳7ヶ月になる。
この4月から幼稚園に通い始めている。
モミィの弟のソラは、あと10日で満3歳になる。
こどもの成長は驚くほど早く、その変貌ぶりは信じ難いほどだ。

モミィは最近、遊んでいる最中に「えっ?」と思うような言葉を発する。

画用紙に色鉛筆で何やらお絵かきをしながら、徐々に高揚し始め、
突如、「わたしは、大地に咲く、一輪の花ぁ!」などと叫ぶのである。

前後の脈絡なしに、出し抜けに口走るものだから、びっくりする。

「モミィ。その大地に咲く一輪の花って、何やのん…?」
僕が尋ねると、モミィはまた何か、むにゃむにゃ~と口ごもったあと、
「わたしは、海風に揺れる、一輪の花よ!」と、絶叫するのである。

ますます何を言っているのだか…????

すると、横で別の遊びをしていた弟のソラがまた同じ口調で、
「わたしは、だいちにさく、いちりんのはな~!」
とモミィ以上の大きな声で叫ぶのだ。
叫んだ後、「あははははは~。おかしいねぇ~」と言って笑う。
何がおかしいねん? 自分だけ喜んでどうするねん。

モミィはさらに恍惚とした表情で、今度は、
「ええぃっ。わたし、堪忍袋の緒が切れましたわ!」と言った。

いよいよ、意味不明である。
「堪忍袋の緒が切れた…? なんやそれ…?」

横からまたソラの声が響く。
「かんにんぶくろの、おが、きれましたぁ。あははは。おかしいねぇ」

…とまあ、こんなことで、謎に満ちた言葉を口走る2人だったけれど、
いろいろ聞いてみると、モミィが一番のお気に入りテレビ番組である
「ハートキャッチ プリキュア」の中での決めぜりふが、これだった。

日曜日の朝8時半から放映されるこの番組は、必ず録画しておく。
テレビの前にちょこんと座ったモミィは、ひと通り番組を見終えると、
リモコンを自分で持ち、場面検索ボタンを押して好きなシーンを繰り返す。

主人公が今まさにプリキュアに変身しようとするシーンなのだ。

毎週、そのクライマックスシーンになると、2人の少女が、
「私は大地に咲く一輪の花!」
「私は海風に揺れる一輪の花!」
と、それぞれ叫び、プリキュアに変身していく。
そして、敵に立ち向かう場面では、必ず、
「うぅっ、もう、堪忍袋の緒が切れましたぁ!」と戦闘宣言をするのだ。

このシーンを、リモコンで6回も7回も繰り返し見るモミィなのだ。

そして今も、2人は何かといえば、「堪忍袋の緒が切れました」と叫ぶ。

2人を自転車に乗せてガタガタの道路を走っている時など、モミィは、
「早く工事して、ガタガタな道を直してほしいわよねぇ」と言いつつ、
「わたし、堪忍袋の緒が切れましたわ~」と叫ぶのだ。

一方、ソラは、おやつをおいしそうに食べている時、突然、
「わたし、かんにんぶくろの、おが、きれましたぁ!」と大声を上げる。
「おいおい。それはちょっと、言葉の使い方を間違ってるで」
と僕が突っ込むと、
「あはははは。おもしろいねぇ」
と笑い続け、いささかも動じないソラなのである。

やれやれ。
テレビの影響というのは、本当に大きいですね。

まあ僕も、ニュースで沖縄の基地問題に対する鳩山首相の対応を見て、
「もう、わたし、堪忍袋の緒が切れましたわ~」
…と叫んだりしているのですけれど…。



 

  

 「ハートキャッチ プリキュア」の大ファンです。
 リモコンを握りしめ、見たいシーンを繰り返し見ています。

 

 

 

 

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桜満開 人満開

2010年04月04日 | モミィの成長日記

僕は混雑が大嫌いだ。

むかし東京ディズニーランドへ行った時、昼食をとるのに、どの食堂も超満員のため、30分も並んで待たされたあの馬鹿馬鹿しさは一生忘れられない。

盆や正月に、ウロウロと外を歩き回る人間たちの気が知れない。

評判のラーメン店などの前に長蛇の列をなす人間たちの気が知れない。
「そこまでして食べたいか…?」と思う。

GWなどの夕方のテレビで、渋滞する高速道路のニュースなどを見ると、
「うはは。こんなときに車で出かけるとは、愚か者じゃのう」
などと冷ややかに笑いながら
、ビールを飲んでいる僕なのである。

作家の奥田英朗氏も言っているではないか。

  わたしの好きな場所は、空いている場所だ。
  座右の銘は「いい人は家にいる」だ。

しかし、桜が満開になる季節は、その混雑嫌いもどこへやら。
いそいそと、あえて桜の名所と言われる場所に出向き、大混雑の中に迷い込む僕なのである。

昨日、モミィ(4歳)やソラ(2歳)らと一緒に、大阪城公園へ行った。

春休み中で土曜日で晴天だったこともあり、当然ながら、ものすごい人出であった。しかし混雑嫌いの僕も、花見の場所だけは、閑散としているより、人でごったがえしているのが好きなのである。

モミィもソラも、桜と人出に興奮し、はしゃぎ回った午後の半日であった。

    そのフォト日記です。

 

 
  花見客で大にぎわい。缶ビールもワンカップもうまい!

 

 
  大勢の人、人、人に、ソラも嬉しそうだ。



 
  おやつの時間。僕のおやつは、ワンカップ。
  左から、僕、モミィ、ソラ。



 

    

  大阪城公園内を走る「汽車」。

  モミィとソラもこれに乗って大満悦でした。

                 

 



 

 
  大阪城を背景に。左は長男(2人のパパ)、右は妻です。



 
  帰りに、NHK大阪ホールへ寄りました。画面はモミィです。
  モミィも今月から幼稚園生活が始まります。

 

大阪もまだ肌寒さが残りますが、ぼちぼち本格的な春の到来だな~と実感した昨日の土曜日でした。

 

 

 

 

 

 

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なんで台風やねん!

2009年10月07日 | モミィの成長日記

アルゼンチン旅行記を続けるその前に、切羽詰った話をしなければならない。
台風が近づいているという、明日のことである。

僕たちがアルゼンチンに旅行をしている間は、お留守番のモミィは寂しがっていた。

その埋め合わせに、旅行前、
「帰って来たらどこかへ泊まりに行こうね」と約束した。
具体的に言うと、10月8日、つまり明日だけど、淡路島の洲本のホテルを予約して、
僕と妻とモミィの3人で、1泊旅行をする予定をしていたのである。
モミィも、それをずっと楽しみにしていた。

そして…
そのモミィが楽しみにしていた淡路島への出発日が明日に迫ったというのに…。

あぁ…。なんということ。台風18号の襲来である。

10年に一度の最強の台風だとも言っている (なんで10年に1度やねん!)。
それも、よりによって、明日に、四国や紀伊半島に上陸の可能性大だという。
淡路島は、まともに台風を受ける位置にある。

テレビを見ていると、2000何年かの、恐ろしい台風被害の映像が流され、
「あの時以来の強い台風です。明日の外出は控えてください」
などと言っている。う~~ん。

先ほど(7日午後3時前)、旅行社から電話があった。
「こういう状態ですから、明日、ホテルはキャンセルしても、
キャンセル料は必要ありませんから、無理しないようにしてください」
そういう連絡であった。

ただし、僕たちは大阪から淡路島まで、高速バスで行く。そちらのほうは、
「バスが運行していたら、それはキャンセル料が要りますので」
ということだった。

当初、淡路島へ行くのに、船に乗ったらモミィが喜ぶかと思って、
電車で明石あたりまで行き、そこからフェリーで淡路島へ渡ろうと計画していた。
しかし、時間がかかりすぎるので、大阪から2時間で行ける高速バスに変えた。

よくもまぁ、フェリーにしないことであった。
今日の昼のニュースで、明石海峡のフェリーは欠航になった、と報じていた。
あぁ~、よかった。船だったら、これはもう、到底行けないところだった。

高速バスも、明石大橋が閉鎖されたら淡路島に渡れないだろうけど、
いくらなんでも、そこまでにはならないだろうと思う。

さ~て。
どうするか。
明日の、恐怖の台風18号。
いちおう、旅行の荷物の準備はしているけれど。
午前10時頃に家を出る予定だが、行けるのかなぁ…。

「タイフウみたいなん、どっかへ行ってしまったらいいのにねぇ~」
と、モミィは、実にうれしそうにしゃべっている。

うれしい話と違うねんで~、モミィ。

 

 

 

 

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