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業界最高年齢社長Halのゲーム日記 その233 俺の居場所編

2010-09-03 10:07:00 | おもしろ不思議
若い従業員が部屋迄案内してくれた。 両側の部屋から漏れてくる若いスキー客の賑やかな声を聞きながら、しばらく行くと黒っぽく煤けたようなドアがある。 
「こちらがお客さまのお部屋です」

その『部屋』を見て、俺は驚いた。 どうやってこの『部屋』へ入るんだ? そのドアにはドアノブがない。 替わりにタンスの取っ手のようなものが、あちこちについている。

首をかしげる俺を見て、従業員が無造作にその取っ手を引いた。 タンスの引出しが出てくる。 幅1メートル強、奥行き約60センチ、高さは40センチ程の広さで、押入よりも狭くどう見ても引出しにしか見えない。

「こちらです」 

又同じことを言う。 こちらと言われても・・・ 

「予約しておいた部屋はどこなんだ?」
「ですから、こちらです」

まさか、この引き出しが部屋?

「こんな所へどうやって入れというんだ。 俺は羽織でも袴でもない
ぞ」

「はあ・・・ お客さまが、なるべく安い部屋を、とおっしゃるもので」
「安い部屋といったって、人間が泊まれる部屋の中で、という意味だ。
ウナギじゃあるまいし、こんな所で寝られるわけがないだろ」

「しかし、他のお客さまはこちらと同じ部屋でおやすみですが」
「そいつは人類じゃない。 vo\ov星かクリプトン星から来た奴だ。 俺は現世人類だからタンスの引出しでは寝られない」

「はあ・・・ それはお客さまの自由ですが、他にお客さまが泊まれる部屋はございませんし、お客さまが泊まれる宿もここにはありませんよ」

俺は従業員の言葉を聞き流し、ぶりぶりと怒りながら宿の入口へ向かった。 支配人を探して文句を付けるつもりだった。 そう言えばまだチェックインも済んでいなかった。 いい幸いだ。 支配人にイチャモンをつけて、まともな部屋にタンスの引出しの料金で泊まってやろう。

「お前のところの従業員教育はなっていない! タンスの引出しを寝室とはどういうことだ。 冗談も時と場合をわきまえろ」

「はっ 申し訳ございません。 きつく叱りおきます。 お詫びに当ロッジ最高のロイヤルスイートをご予約の料金で提供させていただきますので、ご勘弁くださいまし」

というようにはいかないだろうが、少なくともタンスの引出しで寝るよりはましだろう。


しかし、行けども行けどもフロントは見あたらない。 そもそも宿に入った時にフロントを通過した記憶がないのだ。 通路の両側には部屋が並んでいるが、どれもけったいな雰囲気だ。

山小屋の蚕棚式の二段寝台もあれば、半世紀前の温泉旅館みたいな畳の部屋もある。 蚕棚では数人の人類(らしい)がごろ寝しており、畳の部屋ではどんちゃんどんちゃんと宴会をやっていた。 なんちゅうロッジなんだ。

その内に通路がいきなりダートになった。
「なんだなんだ、これは・・・ ロッジの通路が泥んことは・・・」

前方左側に並ぶ部屋は、どうやら母屋から独立した離れらしい。 右側には湖水とおぼしき水辺が見える。 しかし離れにしても、通路が泥んこじゃ歩いていけないじゃないか。 

ああ、そうか。 母屋から離れているから離れなんだ。 だからちゃんと靴を履いていかなければならないんだ。 俺はなんとなく納得した。 納得はしたが、なんとも妙なロッジだという気持ちは益々強くなった。


これではらちがあかん。 こんなへんてこな宿を予約したのが間違いだった。 しかし、なんでよりによってこんなやくたいもない宿を選んでしまったのか、いくら思い出そうとしても思い出せないのだ。

まあ、それはどうでもいい。 今からでも遅くはないから、まともな宿を探すべきだ。 俺はようやくそれに思い至った。 まずは駅前へ戻るか。

俺は駅前へ戻ろうとした。 そしてふと気がついた。 駅ってどこにあったっけ? そもそも駅に降り立った記憶がない。 ならば俺は何故ここにいる? それに俺はここになにをしに来たんだ? スキー場のロッジにいるのだから、当然スキーをしに来たのだ。 なのに俺はスキーを持っていない。 スキーどころか荷物ひとつ持っていない。 はて、荷物はどこにおいてきたのだろうか。

慌ててャPットというャPットを探ってみた。 幸い財布はちゃんとある。
財布を開いて見ると、金もクレジットカードも入っている。 まずは一安心、俺は安堵のため息をついて財布をャPットに戻した。

記憶がないままに、おおよそこちらだろうという方角に向かって歩いてみた。 宿の玄関を通ったわけでもないのに、いつの間にか外へ出ていたらしい。 駅は見あたらないまま歩いてゆくと、また妙なところに出てしまった。 

砂や小石が無造作に積み上げられた、工事現場みたいな所だ。 なんでスキー場に工事現場があるのか、そこに立ち止まって暫く考えてみたが、これという答えは思いつかない。


寒気が身にしみる。 見れば工事現場の地面には、薄く氷が張りつめている。 やはり冬のスキー場なのだ。 寒いのは当然だ。 

スキー場に工事現場があっても別にいいじゃないか。 新しいリフトかなんかの工事なんだろう。 そう考えると、こんな所に突っ立って考えているのが馬鹿らしくなった。 

それにしても寒い。 ただの寒さではない。 身体の中から生命が流れ出るような寒さだ。 いわゆる悪寒という奴だ。 風邪を引いたのかも知れない。 こんな状態ではスキーどころじゃない。 早いところ列車に乗って家へ帰ろう。 しかし、それにはまず駅を探さなければ・・・

俺は重い足を引きずりながら、来た道を戻った。 

来た道をそのまま戻った筈だった。 しかしいくら歩いても駅もなければロッジもない。 それどころか人家ひとつまわりには見えない。 見渡せば、回り一面荒寥とした雪景色。 

しまった! 道に迷ってしまった。 そう気づくと先程からの悪寒が一層ひどくなってきた。 身体の奥底からぞわぞわと冷たい鈍色のかたまりが湧き出し、骨から肉へ肉から皮へと伝わってゆく。 湧き出す都度、視界が揺れ動く。 胴震いしているのだ。 最早歩くこともままならず、立っているのがやっとだ。 

白一面の雪景色が薄黄色に染まり、そして薄暗くなってきた。 黄昏が迫っているのだろう。 これはいかん。 このままでは凍死しかねない。 俺は生命の危機を感じた。 スキーに来て宿が見つからず、野原で立ち往生の挙句凍死なんて、馬鹿馬鹿しすぎてしゃれににもならぬ。

俺はあの宿の部屋を断ったことを後悔した。 例え引出しでもいい。 少々狭かろうが窮屈だろうが、この寒さに比べればなんぼかましだ。 しかし今更悔やんでも遅い。 体力が尽きる迄になんとしても人のいる所までたどり着かねば・・・

最早方角を見極める余裕もなく、俺は蒼惶と歩き出した。 数歩歩いた所で膝が砕け、前のめりに唐黷ス。 起きあがる力は既になく、雪にまみれたままよつんばいで這い進んだ。 

どの位進んだのか。 数百メートルか、それともほんの数メートルだけなのか。 もう手も足も感覚がない。 寒さも冷たさも感じなくなってきた。 ただひたすらに眠い。 ここでこのまま寝てしまったら、さぞ気持ちがいいだろうなあ・・・ 

誘惑に負けて俺は目を閉じた。 深い深い所へ引き込まれるように意識が遠のいてゆく。


と、頭の上から声が落ちてきた。

「だから言ったでしょう。 他にお客さんが泊まれる部屋はないし、お客さんが泊まれる宿ないと。 ここがお客さんにはぴったり、ここしか安心してゆっくり寝られる所はないんですよ」

目を開くと俺はあの黒っぽく煤けたドアの前にいた。 しかしそのドアは、前に見た時よりものすごくでかく見える。

そうだ。 俺もようやくわかった。 俺にはここしかないのだと。 俺の居場所はここなのだ。 ここが骨箱であろうと死体置場であろうと、もうかまわない。 
彼は俺をつまみ上げた。 彼は随分と背が高く、先程から俺は首をそらして彼を見上げていたのだ。

「さあどうぞ」

俺はその『引出し』に入った。 何故か俺の身体はその『引出し』にすっぽりと収まってしまった。 中々寝心地がいい。 悪寒戦慄は引出しに入った瞬間ぴたりと止まった。 らくらくぬくぬくとしたほの暖かい感触が全身を満たしてゆくのが感じられる。 極楽極楽、これなら一生寝ていられる位だ。 

ふと思った。 今度寝覚めるのはいつだろうか。 それはどのような目覚めだろうかと。 

そして俺はようやく全てを思い出した。 先程俺はこの『引出し』から出てきたのだ。 だから駅も通らなかったしフロントでチェックインする必要もなかったのだ。 『外』が俺にとって居心地が悪かったのも当然のこと。 俺の居場所はここだけなのだから・・・


引出しが壁に引き込まれる音がしてあたりが暗くなった。 外から声が
する。

「味觸法無限界乃至無意識界
衆生無邊誓願度
煩悩無盡誓願談
・・・」

「ごゆっくりおやすみになってください」
    
                 了

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