さてさて、今回もゲームともS.T.A.L.K.E.R.ともstalkerともストーカーとも、はたまたMODとも全く関係ないお話し。
近未来、ある法令が制定されたら、ある種の「ストーカー」が存在するようになる・・・ そして「スモークイージー」とは?
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この仮想妄説シリーズは、フィクションであるという保証はありません。
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煙福亭奇譚 その2
「まあまあ、ここはおだやかにおだやかに」
なんとも場違いな悠長な言葉とにこやかな笑顔。 それは俺の家のすぐ近くに済む大原氏のものだった。 大原氏は確か公務員とか聞いていたが、実におだやかで親切な人柄で誰からも好かれ、俺も懇意にしていたのだ。
それにしても摘発員の摘発を制止するとは・・・ なんという肝の据わった人だろうか。 問答無用で射殺されても文句は言えないのに・・・
「あんた誰だ? 余計な口出しはやめてもらおう」
もの静かな口調がより凄みを感じさせる。
「いえ、いえね。 口出しなんかいたしませんよ。 ただ、何かの間違いだと思いましてね。」
「間違いかどうかは俺が決める。 なんならお前も一緒に所まで来るか」
「いえいえ、そんな・・・ ただ、この人はそんな大それたことをやる人じゃありません。 この人は人畜無害完全無公害の見本みたいな人物です。 それはこの私が保証いたします。」
摘発員は鼻で笑った。
「お前の保証などなんになる。 これ以上ごちゃごちゃいうなら、二人共しょっぴいて行くまでだ。 さあ、一緒に来い!」
「あ、すいませんすいません。 お上に手向かうつもりなんかありません。 ただ、この人の無実を保証したかっただけです。 あ、申し遅れましたが、私はこういう者です」
大原氏は優雅な動作で内ャPットから名刺を取り出し、摘発員に渡した。
名刺を見た途端、摘発員は眉をひそめた。 そして暫く無言のまま何事かを考えている様子だった。
「まあしょうがない。 今回は見逃してやろう」
仏頂面でそれだけ言うと摘発員はきびすを返して去って行った。
俺は安堵の余りその場に蹲ってしまった。 助かったのだ。 そう思うとまるで身体の中から暖かい塊が湧いて出て、それがとろけて行くような気分だった。
大原氏が手を添えて俺を立たせてくれた。 俺は未だ礼も言っていないことに気づき、丁重に礼を述べた。 そして、何故冷酷で鳴る摘発員が大原氏の言葉で考えを変えたのかを尋ねてみた。
「いやあ、私は公務員の行動や費用を査定する部門に在籍していましてね。 つまりはお役人も人の子ってわけですよ」
なるほど、そういうわけだったのか。 大原氏の仕事は財務省関係のものらしい。 それも公務員の人件費の監査とか調査とかの部門なのだろう。 だから摘発員の給料もある程度はさじ加減できる、ということなのだろう。
あの摘発員も、ここで大原氏の口出しをむげに断れば、自分の懐に響くかも知れない、ということを考えて、俺を釈放したのだろう。
それにしても、あの瞬間に大原氏のような人物が近くにいてくれたとは、信じられない程の幸運だ。 こんなことは一生に一度あるかなしのことだろうが、それが今俺に起こったのだ。 これは奇跡としか言いようのないことだ。 俺は神は信じないが、この時ばかりは神に祈りたい気分だった。
「なになに、大したことじゃありませんよ。 それじゃまたお会いしましょう」
大原氏はくどくどと礼を述べる俺を遮り、軽く手を振って去っていった。 まるで何事も起こらなかったように・・・
艷福亭は目の前だった。 艷っぽい名前とは裏腹に、どこと言って特徴のない、どちらかといえばうら寂れた喫茶店である。
もう一度周囲をチェックした上で、俺は中に入った。 そこそこの広さの店内には客が数人、飲み物を飲みながら新聞など読んでいる。 その中には顔なじみもいたが、挨拶をする者は誰もいなかった。 俺はいつもの席に座り、ウインナーコーヒーを注文した。
顔なじみのウェートレスが運んできたコーヒーを飲みながら、客を観察する。 顔なじみでない者もどうやら問題はなさそうだ。 俺は機を見てトイレに立った。
この店はごくふつうの喫茶店「艷福亭」だ。 種も仕鰍ッもない、ただの喫茶店だ。 しかし、トイレの隣の狭い清送p具置場には種も仕鰍ッもある。
その狭苦しい清送p具置場に入ると、奥には小さなドアがある。 それを開けるには、ICカード、網膜と掌紋のチェック、更には乱数表を用いた日替わりの暗証番号と、三重のセキュリティを通る必要がある。
俺はそれらのセキュリティチェックをクリアした。 ドアが開くと狭い階段が見える。
地下へ降りると、そこはスモークイージー、いわゆる『煙場』だった。 愛煙家のサンクチュアリ、最後の至聖所、カナンにも等しき安息の地。 これが「煙福亭」である。 一階の『艷福亭』は仮の姿、真の姿がこの地下の『煙福亭』である。
度重なる手入れで数は次第に減ってはきたが、この手の煙場はまだかなりあるらしい。 とはいえ俺の知っている煙場はこの煙福亭だけだ。
俺はこの数年の迫害の日々を思いやった。
ヒステリックな嫌煙主義者が次第に勢力を得て、やがて「喫煙禁止法」が制定された。 当初の刑罰は罰金刑程度だったが、狂的な嫌煙主義者達の主張で次第に刑罰は重くなり、禁固刑から懲役刑、ついには喫煙者は「反社会的喫煙者更生収容所」に収容されるようになった。
この長たらしい名称は、僅かの間に単に『収容所』という名称で呼ばれるようになった。 日本には他にこの種の収容所はなかったからだ。
この収容所の冷酷さ無惨さは、一頃のハンセン病者収容所を遙かに上回り、これに匹敵するものは第二次大戦中のアウシュビッツ位しかないだろう。
この収容所の目的は、表向きには「反社会的な喫煙者を更生させる」というものだが、ここに収容された人が出所したという話しは、一度たりとも聞いたことがない。 入った人はいても出た人はいない。 行きて還らぬ死出の旅・・・
一説には、内部にガス室があり、収容者は煙草の煙のガスでいぶし殺されるという。 もっとも、見てきたようにそう言う者も、実際に収容所に入っていたわけではないから、信憑性は余りないが・・・
そのようなやくたいもないデマでさえ、それを話す時には周りを見回して「喫煙者摘発員」がいないことを確認した上で言うのである。 この「喫煙者摘発員」も喫煙禁止法の一項で定められたもので、当初は喫煙者を密告する為の民間人の組織だった。
喫煙禁止法制定以前にも、この手のお節介なオバハンはたんといたが、その頃は別段喫煙が法律で禁止されていたわけでないので、法的拘束力は全くなかった。 単に「煙草は喫煙者以外の人々にも、にも受動喫煙による害があります。 喫煙者たるあなたがたは、人類に対する加害者なのです」とか無茶苦茶なことをわめいているだけの、こうるさい存在に過ぎなかった。
「アホ抜かせ。 煙草を吸って人類に対する加害者になるんなら、クルマはどうなんだ。 クルマの排ガスの毒性は、煙草の比じゃありませんで。
クルマの排ガスを車内に引き込めば、あっという間に死んでしまうが、車内で煙草を吸っても死ぬ人などいない。 それじゃ、クルマの運転者はみんな人類に対する加害者か?」と、愛煙家は反論していたものだった。
ところがそれから数年、喫煙禁止法が制定されてしまい、状況はがらりと変った。
この摘発員、当初は隠れて喫煙する人物を警察に通報する、というだけの組織だったが、その権限も次第にエスカレートして、現在では喫煙者又は喫煙をする恐れのある人物の拘束も出来るようになった。
この「喫煙をする恐れのある者」というのがくせもので、何も証拠がなくても、摘発員が「喫煙をする恐れのある者」と認めれば、誰でも拘束できるというのが実情だ。
今では、泣きわめく子供を叱る時に、「おとなしくしていないときつえんしゃてきはついんに連れていかれるぞ」と脅す程になった。
喫煙者達の中には、摘発を恐れて禁煙する者も多数いた。 しかし、筋金入りの喫煙者は喫煙禁止法にもかかわらず、喫煙を続けた。 収容所の恐浮煖i煙者摘発員の陰険な目つきも、彼らの意志をくじけなかった。
とはいえ、公共の場は勿論自宅内でさえ、喫煙は重罪の時代である。 人目につく場所での喫煙は不可能だ。 そのような行為は即収容所行きを意味する。 入ったが最後、誰も出てきた者のいない収容所に・・・
こうして秘密裏に会員制の非合法喫煙所が生まれた。
彼らは1920年代アメリカの禁酒法時代、秘密裏に酒を飲ませる酒場「スピークイージー」をもじった、「スモークイージー」という非合法喫煙所、いわゆる「煙場」に集うようになった。
煙福亭奇譚編 その3へ続く
近未来、ある法令が制定されたら、ある種の「ストーカー」が存在するようになる・・・ そして「スモークイージー」とは?
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この仮想妄説シリーズは、フィクションであるという保証はありません。
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煙福亭奇譚 その2
「まあまあ、ここはおだやかにおだやかに」
なんとも場違いな悠長な言葉とにこやかな笑顔。 それは俺の家のすぐ近くに済む大原氏のものだった。 大原氏は確か公務員とか聞いていたが、実におだやかで親切な人柄で誰からも好かれ、俺も懇意にしていたのだ。
それにしても摘発員の摘発を制止するとは・・・ なんという肝の据わった人だろうか。 問答無用で射殺されても文句は言えないのに・・・
「あんた誰だ? 余計な口出しはやめてもらおう」
もの静かな口調がより凄みを感じさせる。
「いえ、いえね。 口出しなんかいたしませんよ。 ただ、何かの間違いだと思いましてね。」
「間違いかどうかは俺が決める。 なんならお前も一緒に所まで来るか」
「いえいえ、そんな・・・ ただ、この人はそんな大それたことをやる人じゃありません。 この人は人畜無害完全無公害の見本みたいな人物です。 それはこの私が保証いたします。」
摘発員は鼻で笑った。
「お前の保証などなんになる。 これ以上ごちゃごちゃいうなら、二人共しょっぴいて行くまでだ。 さあ、一緒に来い!」
「あ、すいませんすいません。 お上に手向かうつもりなんかありません。 ただ、この人の無実を保証したかっただけです。 あ、申し遅れましたが、私はこういう者です」
大原氏は優雅な動作で内ャPットから名刺を取り出し、摘発員に渡した。
名刺を見た途端、摘発員は眉をひそめた。 そして暫く無言のまま何事かを考えている様子だった。
「まあしょうがない。 今回は見逃してやろう」
仏頂面でそれだけ言うと摘発員はきびすを返して去って行った。
俺は安堵の余りその場に蹲ってしまった。 助かったのだ。 そう思うとまるで身体の中から暖かい塊が湧いて出て、それがとろけて行くような気分だった。
大原氏が手を添えて俺を立たせてくれた。 俺は未だ礼も言っていないことに気づき、丁重に礼を述べた。 そして、何故冷酷で鳴る摘発員が大原氏の言葉で考えを変えたのかを尋ねてみた。
「いやあ、私は公務員の行動や費用を査定する部門に在籍していましてね。 つまりはお役人も人の子ってわけですよ」
なるほど、そういうわけだったのか。 大原氏の仕事は財務省関係のものらしい。 それも公務員の人件費の監査とか調査とかの部門なのだろう。 だから摘発員の給料もある程度はさじ加減できる、ということなのだろう。
あの摘発員も、ここで大原氏の口出しをむげに断れば、自分の懐に響くかも知れない、ということを考えて、俺を釈放したのだろう。
それにしても、あの瞬間に大原氏のような人物が近くにいてくれたとは、信じられない程の幸運だ。 こんなことは一生に一度あるかなしのことだろうが、それが今俺に起こったのだ。 これは奇跡としか言いようのないことだ。 俺は神は信じないが、この時ばかりは神に祈りたい気分だった。
「なになに、大したことじゃありませんよ。 それじゃまたお会いしましょう」
大原氏はくどくどと礼を述べる俺を遮り、軽く手を振って去っていった。 まるで何事も起こらなかったように・・・
艷福亭は目の前だった。 艷っぽい名前とは裏腹に、どこと言って特徴のない、どちらかといえばうら寂れた喫茶店である。
もう一度周囲をチェックした上で、俺は中に入った。 そこそこの広さの店内には客が数人、飲み物を飲みながら新聞など読んでいる。 その中には顔なじみもいたが、挨拶をする者は誰もいなかった。 俺はいつもの席に座り、ウインナーコーヒーを注文した。
顔なじみのウェートレスが運んできたコーヒーを飲みながら、客を観察する。 顔なじみでない者もどうやら問題はなさそうだ。 俺は機を見てトイレに立った。
この店はごくふつうの喫茶店「艷福亭」だ。 種も仕鰍ッもない、ただの喫茶店だ。 しかし、トイレの隣の狭い清送p具置場には種も仕鰍ッもある。
その狭苦しい清送p具置場に入ると、奥には小さなドアがある。 それを開けるには、ICカード、網膜と掌紋のチェック、更には乱数表を用いた日替わりの暗証番号と、三重のセキュリティを通る必要がある。
俺はそれらのセキュリティチェックをクリアした。 ドアが開くと狭い階段が見える。
地下へ降りると、そこはスモークイージー、いわゆる『煙場』だった。 愛煙家のサンクチュアリ、最後の至聖所、カナンにも等しき安息の地。 これが「煙福亭」である。 一階の『艷福亭』は仮の姿、真の姿がこの地下の『煙福亭』である。
度重なる手入れで数は次第に減ってはきたが、この手の煙場はまだかなりあるらしい。 とはいえ俺の知っている煙場はこの煙福亭だけだ。
俺はこの数年の迫害の日々を思いやった。
ヒステリックな嫌煙主義者が次第に勢力を得て、やがて「喫煙禁止法」が制定された。 当初の刑罰は罰金刑程度だったが、狂的な嫌煙主義者達の主張で次第に刑罰は重くなり、禁固刑から懲役刑、ついには喫煙者は「反社会的喫煙者更生収容所」に収容されるようになった。
この長たらしい名称は、僅かの間に単に『収容所』という名称で呼ばれるようになった。 日本には他にこの種の収容所はなかったからだ。
この収容所の冷酷さ無惨さは、一頃のハンセン病者収容所を遙かに上回り、これに匹敵するものは第二次大戦中のアウシュビッツ位しかないだろう。
この収容所の目的は、表向きには「反社会的な喫煙者を更生させる」というものだが、ここに収容された人が出所したという話しは、一度たりとも聞いたことがない。 入った人はいても出た人はいない。 行きて還らぬ死出の旅・・・
一説には、内部にガス室があり、収容者は煙草の煙のガスでいぶし殺されるという。 もっとも、見てきたようにそう言う者も、実際に収容所に入っていたわけではないから、信憑性は余りないが・・・
そのようなやくたいもないデマでさえ、それを話す時には周りを見回して「喫煙者摘発員」がいないことを確認した上で言うのである。 この「喫煙者摘発員」も喫煙禁止法の一項で定められたもので、当初は喫煙者を密告する為の民間人の組織だった。
喫煙禁止法制定以前にも、この手のお節介なオバハンはたんといたが、その頃は別段喫煙が法律で禁止されていたわけでないので、法的拘束力は全くなかった。 単に「煙草は喫煙者以外の人々にも、にも受動喫煙による害があります。 喫煙者たるあなたがたは、人類に対する加害者なのです」とか無茶苦茶なことをわめいているだけの、こうるさい存在に過ぎなかった。
「アホ抜かせ。 煙草を吸って人類に対する加害者になるんなら、クルマはどうなんだ。 クルマの排ガスの毒性は、煙草の比じゃありませんで。
クルマの排ガスを車内に引き込めば、あっという間に死んでしまうが、車内で煙草を吸っても死ぬ人などいない。 それじゃ、クルマの運転者はみんな人類に対する加害者か?」と、愛煙家は反論していたものだった。
ところがそれから数年、喫煙禁止法が制定されてしまい、状況はがらりと変った。
この摘発員、当初は隠れて喫煙する人物を警察に通報する、というだけの組織だったが、その権限も次第にエスカレートして、現在では喫煙者又は喫煙をする恐れのある人物の拘束も出来るようになった。
この「喫煙をする恐れのある者」というのがくせもので、何も証拠がなくても、摘発員が「喫煙をする恐れのある者」と認めれば、誰でも拘束できるというのが実情だ。
今では、泣きわめく子供を叱る時に、「おとなしくしていないときつえんしゃてきはついんに連れていかれるぞ」と脅す程になった。
喫煙者達の中には、摘発を恐れて禁煙する者も多数いた。 しかし、筋金入りの喫煙者は喫煙禁止法にもかかわらず、喫煙を続けた。 収容所の恐浮煖i煙者摘発員の陰険な目つきも、彼らの意志をくじけなかった。
とはいえ、公共の場は勿論自宅内でさえ、喫煙は重罪の時代である。 人目につく場所での喫煙は不可能だ。 そのような行為は即収容所行きを意味する。 入ったが最後、誰も出てきた者のいない収容所に・・・
こうして秘密裏に会員制の非合法喫煙所が生まれた。
彼らは1920年代アメリカの禁酒法時代、秘密裏に酒を飲ませる酒場「スピークイージー」をもじった、「スモークイージー」という非合法喫煙所、いわゆる「煙場」に集うようになった。
煙福亭奇譚編 その3へ続く
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