電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

リスト「死の舞踏」を聴く

2011年08月29日 06時02分57秒 | -協奏曲
最近の通勤の音楽は、リストの「死の舞踏」を聴いております。いくら混雑の少ない郊外路とはいえ、「死の舞踏」をエンドレスにリピートして聴きながら長距離通勤をするというのは、縁起でもないとは思いますが、先の山響第215回定期演奏会でのリスト「ピアノ協奏曲第2番」に触発され、シフラ父子の演奏を車中に持ち込んだ次第。

1968年9月に収録されたEMI録音です。演奏は、ジョルジ・シフラ(父)のピアノに、ジョルジ・シフラJr.指揮するパリ管弦楽団、TOCE-13078 という型番のCD。

添付のリーフレットによれば、もともとこの曲は、ルネサンス期のフレスコ画「死の勝利」を眼にして強い印象を受け、これに触発されて、カトリック教会の「死者のためのミサ曲」の旋律「怒りの日」を主題とした変奏曲として作曲されたものだそうです。

ピアノとティンパニが刻む、迫力あるオスティナートに、低弦と低音管楽器が加わり主題が奏されますが、いかにもリスト風の低音の強調が特徴的です。おそらくこれは、当時、改良が進んでいたピアノの、鋼鉄製フレーム等が実現した低音域の表現力の拡大を、オーケストラにも当てはめて強調したものでしょう。それとも、「死者のためのミサ曲」を歌う男声合唱の迫力ある低音パートを模倣したのでしょうか。

途中の静かなピアノの独奏部分は魅力的ですが、変奏部では、これでもか、これでもかと、おどろおどろしい主題の変奏を繰り返し叩きつけてきます。長く聴いていると、いささかしつこさを感じてしまいますが、なにせ「死の舞踏」ですから、アッサリ淡白なはずはありません。その意味では、実に曲想にあった演奏・表現です。もしかしたらそれは、父シフラの若き日の従軍・捕虜体験や戦後の思想犯としての投獄、ハンガリー動乱を契機とした亡命生活などの敬虔を反映しているのかもしれませんが。

■ジョルジ・シフラ盤 14'53"

ところで、この曲って、協奏曲に入れたらいいのか、それともオーケストラに入れたらいいのか。協奏曲と銘打ってはいないけれど、実質的に協奏曲みたいなものと勝手に判断して、「協奏曲」カテゴリに入れておきたいと思います(^o^;)


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2 コメント

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死の舞踏 (eyes_1975)
2011-08-29 19:39:42
シフラ父子共演盤は私の手元にあります。メインである2曲の「ピアノ協奏曲」も父シフラが1人で弾いてるとは思えないほどのスピード感がありますね。
また、滅多に取り上げられない「ハンガリー幻想曲」が併録されているのもポイント。この選曲はティボーデ、デュトワ、モントリオール響(デッカ)も取り上げてます。
民主党新代表に野田氏が当選し、私の大嫌いな小沢の流れを止めてくれた。めでたしめでたし。
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eyes_1975 さん、 (narkejp)
2011-08-29 20:03:03
コメントありがとうございます。このCDは、シフラ父子によるリストの協奏曲集というコンセプトのものなのだろうと思いますが、あらためて聴いてみると、協奏曲第2番は、いい曲、いい演奏ですね。今回は「死の舞踏」で記事にしましたが、通勤の音楽として聴いているとき、ここで自動車事故をおこしたら、シャレにならないなぁと思いましたですよ(^o^)/
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