電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

葉室麟『橘花抄』を読む

2015年07月18日 06時04分07秒 | 読書
東京往復の車中で、葉室麟著『橘花抄』を読みました。平成25年5月発行の新潮文庫です。

九州・福岡藩、黒田家の騒動を踏まえた時代小説で、主人公は卯乃という女性です。お家騒動に関連し、父親が切腹した14歳の春に、卯乃は筑前黒田藩の重臣である立花五郎左衛門重根(しげもと)の家に引きとられ、美しく成長します。病妻を失っていた重根は卯乃を後添いに望み、卯乃もそれを承知しますが、政敵の使いの男に、父親を切腹させたのは重根だと告げられ、信憑性を疑いつつも、懊悩に目を病み、失明します。

重根の義母りくは、卯乃を憐れみ、実子で重根の弟となる峯均の屋敷に卯乃を引き取ります。立花峯平は、若い頃に津田天馬という剣鬼との試合で敗れ昏倒するという不名誉から、婿入り先を出され、剣の修行に打ち込み、ついに二天流の奥義に達しておりました。卯乃は、重根の包み込むような慈愛に感謝しつつ、娘の奈津とともに暮らす立花峯均に心を寄せます。峯均は、別れた妻・さえの苦難に救いの手を差し伸べますが、さえからの復縁の願いは拒絶します。

筑前黒田藩には、内紛の種が隠されておりました。藩主・綱政は次男であり、父である前藩主・光之は、嫡子・泰雲を廃嫡して閉じ込めておりました。父と子の争い、兄と弟の争いを、立花重根・峯均の兄弟は諫止する立場にあったのですが、光之が泰雲を「許す」と告げた数日後に、光之は死去します。そしてそれは、現藩主綱政から立花一族に対して加えられる粛清の始まりでした。

実は、卯乃は泰雲がお付きの女性・杉江に生ませた子であり、杉江は重根が選び、不遇な泰雲に心を通わせた唯一の女性であったのでした。立花の兄弟とその家族に加えられる過酷な圧力と、それにじっと耐える姿が立派に美しく描かれます。悪鬼の如き津田天馬の再登場と対決は、武蔵と小次郎の対決を彷彿とさせるものです。



たくさん出てくる和歌も、茶道ではなく香道を描く場面でも、象徴が過剰に感じられて、理系の石頭にはぴんと来ない面があります。たぶん、アレルギー性鼻炎で嗅覚が弱まっているせいもあって、いささかすねた気分になるのかもしれません(^o^)/

おもしろかったのだけれど、この作品も、どうも今ひとつ心を許せないものがあります。どうして作者は、「美しく死ぬ人」を好んで取り上げ、描こうとするのだろう? と思ってしまうのです。

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