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そよ風つうしん

小さな自然の発見をご紹介してきましたが、転居で環境が激変。内容を一部変更し日々の雑感を綴ったりもしています

うれしいプレゼント!

2022年12月26日 | どんぐり屋のつぶやき
今日のお昼過ぎのこと。
ピンポ~ン  
私「はーい、どなたですか?」
子供の声「あのね、開けて!」

ガチャガチャ(ドアを開ける音)
孫が来たのかと思ったら・・・ なんと、なんと、そこに居たのは例の少年
お父さんと妹さん。

「これ」ときれいな紙袋が差し出されます。
私「これ何? くれるの?」
彼「うん」
そして妹さん「きのうね、あそびにいっておそくなって わたしにこられへんかったの」

袋を見て、クリスマスプレゼントらしいと、気が付きました

妹さんが「あけて なかをみたい」
というので、一緒に開けてみました。
とても暖かそうなソックスが!!

めちゃめちゃ、うれしかったです

お父さんが、「いつも色々ありがとうございます」と。
お礼を言うのは私のほうなのに・・・


一日遅れの、とてもうれしい心のこもったクリスマスプレゼントでした

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写真は、今の季節にひっそりと咲いているビワの花です。
高いところに、あまりにもひっそりと咲いているので、見過ごすことが多いです。

こんなに喜んでくれるなんて

2022年12月24日 | どんぐり屋のつぶやき
クリスマスイブになりました。
晩ご飯が済んだかな、と言う時間を見計らって、こっそりとしまってあったささやかなお菓子の袋を持って、いつも手を振ってくれる少年のおうちへ!
ピンポーン・・・そっとドアが開きました、こんな時間に何でしょう?と不審げなお父さんのお顔。

どたどたと出てきた子供たち。
私が持っているお菓子の袋を見つけて、幼き友が「わ~い」と飛び上がって喜んでいます。

「二人でわけてね」と渡したんだけど、妹さんに聞こえなかったみたいで「わたしのは?」と悲しそう・・・ 「二人分入ってるからだいじょうぶやで!」と言うと、たちまち笑顔に!

恥ずかしいくらい小さな袋に、ちょこっと入ってるだけなのに、あんなに喜んでくれるなんて、とても嬉しかった

袋を持って小躍りしている様子を見ると、胸がいっぱいになりました
お婆さんサンタが来るとは、想像してなかったのでしょう。
パパ&ママにも、友人から貰ったお菓子のお裾分けを渡しました。

Twitterにどなたかが書かれていたように
>その子にとって特別な人として記憶に残らなくてもいいから、「自分は大切にされていた」という経験だけはその子に残したい。
いつか大人になったときに、「誰か覚えてへんけど大切にしてくれてたよな」と思いだしてくれたら・・・>

私もずっと幼い頃に、お隣のおばあちゃまが、とても可愛がってくださってうれしかったこと、今でも覚えていますもの。 75年ほども前の事だけど、忘れていない。

辛いことと楽しいこと、両方併せて引受ける

2022年12月21日 | どんぐり屋のつぶやき
題名の言葉は、私が心の師と仰いでいる鈴木秀子さんのご本にあった言葉です。(『自分の花を精一杯咲かせる生き方』致知出版社  余談ですが、この出版社からは素晴しい本がたくさん出ています)
この方はシスターなので、聖書の中に出ているお話しの一つでしょう。

いつだったか切り抜いた新聞のはしっこが、この言葉のあるページに挟んであるのですが、またまた、いつどなたの言葉であったのかが解らなくなっています。申し訳ありません。かすかな記憶では、朝日新聞の記者さんが、何かの記事の後にお書きになっていたような・・・

それはさておき、
私たちは、日々の暮らしの中で、出来る事なら楽しいことが多い方が有難いと願っています。
ですが、当然ながら辛いと感じることもたくさんやって来ますよね。
新聞の切り抜きの記者さんの言葉は、そんな時に思い出すと良いという気持ちを含んで書かれていたと思います。

>生きる限り不運は避けようがないが、不運を不幸として受け止めるのは、また別の話だ。
 『聖書』には「ヨブ記」がある。
 神とサタンの議論がきっかけで、富裕な義人ヨブは全てを奪わわれる。しかし彼は、
  
我ら神より福祉(さいわい)を受くるならば災難(わざわい)をもまた受けざるを得んや と答えた。     
 
この覚悟、我にありや?>  

と結ばれています。


このことは、形を変えて仏教でも言われているようです。
人はみな、神や仏に御利益ばかりを望むけれど、そんな事はあり得ないと、このことは、実は誰でも知っているでしょう。
どちらも受け入れて、心安らかに生きようではありませんか・・というのが鈴木さんのお気持ちでしょう。

「苦しい時は、これに負けずに乗り越えられる力を与えてください」と祈るのよとは、私が若い頃に母が教えてくれたことです。




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写真は、枚方に居たころ、ひどく寒い朝の草むらで見かけた「凍露」です。
凍露(とうろ)とは、朝早くに結んだ露が、厳しい寒さに凍ったものをいいます。






お待たせしました! 

2022年12月17日 | どんぐり屋のつぶやき
それからも、同じように「気が向いたら」が続き、そのうちに私が言葉をかけて手を振れば、必ず応えてくれるようになったので、「おはよう」の言葉は聞かれないけど、おおいに満足して、学校のある日はお寝坊をしないように、がんばりました。

白内障の手術で入院したときは、前もって「おばあちゃんね、目が悪くて病院に入院するので、明日とあさっては手を振れないよ、ごめんね」と伝えました。
退院してきた次の朝いつも通りに手を振ったら、「元気になって良かったネ」とでも言うようにいつもよりかなり大きく振り返してくれたので、私も改めて「ありがとうー」と言いながら大きく振りました。

そして、つい数日前のこと。
下校してくる所に出会ったので「お帰り!」と声かけたけれど、やっぱり無視。
まあ、しかたないですよね。

ところがです!
その直後に、そばに居たお友だちに向かって大きな声で「○○さんのおばあちゃん」と、言いました。
私の名前を知っていることに驚きました。
表で、大人の私が居るところで、大きな声が出たことにもビックリしました。
 
感動したので例の友達(障害児の教室でお手伝いしている)に電話をしたら、「それって、お友だちに紹介してくれたんや、きっと! すごいね」と、一緒に感動してくれました。

そして、それから1週間ほど経ったある朝のこと。
なんと、なんと、
私より先に手を振ってくれたのです!!
前の変化から、またちょうど3年ほどの時間が流れていました。(石の上に6年?!笑)

たまたま、その朝だけかと思ったら、次の朝も、また次の朝も・・・
それからず~っと

82歳のおばあちゃんと9歳の少年の間に、言葉は無くても、心が通ったと言ったら言い過ぎでしょうか?

手を振る以外にも、イタズラのちょっとしたフォローや、遊んでいてその辺に置き忘れたモノをひろって、届けたりもしてきたけれど。

もうすぐ来るクリスマス、ほんのささやかなプレゼントはもう用意しているので、イブの夜に届けようと、ちょっとワクワクしているところです



石の上にも3年・・・

2022年12月14日 | どんぐり屋のつぶやき
いろいろと励ましの場面で使われる言葉ですが、
「我慢してがんばっていたら、いつか成功する」
と言うのがそもそもの意味合いらしいです。
必ずしもそうとは言い切れない気がしますけどね。
「3年」と言うのも、必ずしも3年もがんばれば、みたいな意味で無く「長い時間」の例えらしいです。

それはさておき、
前にも書いたことがあります。近くに住む子供とのふれあいについてでした。

幼稚園に入ったときから、毎朝、我が家の前を通るので「おはよう」か「いってらっしゃい」と言葉をかけて手を振っていました。
ですが、まったく反応なし。

家庭の中で「いってらっしゃい」とか「おかえり」などの挨拶をしないおうちはあるので、そういう言葉を知らないのかもしれないし、まあそのうちには・・・と思っていたけれど、でもずっとダメでした。

私はいじっぱりな性格なので、意地になって言い続けて3年。(アホか?!と思う人もいらしゃるかしら?)
ある朝のことです。
言葉は出なかったけれど、手を振り返してくれました!!
ビックリして、すごく、嬉しかったです
それが来年は学校という年でしたから、ちょうど三年目のこと。
私は石の上にも3年という言葉を思い出していました。

それからは、気が向くと手を振ってくれるようになりましたが、相変わらず言葉はなし。

ふと思い立って、障害児の教育のお手伝いをしている友達に話してみました。
すると「それはグレーゾーンといって、発達障害のごくごく軽いのかもしれないね」とのこと。
「障害児としての扱いは受けないので、大きくなってくるとしんどいと思う」とも言っていました。

そうなんや~と思い、それならお友達になれたらいいな、と思って、飽きもせず毎朝、手を振り続けました。
もう意地というよりは、習慣みたいなものです。

前にも書いたかもですが、歌人の俵万智さんのうたに、こんなのがあるんです。
>振り向かぬ子を見送りぬ 振り向いた時に振る手を用意しながら

このうたには、母心がいっぱい詠み込まれているなあ~と感じて大好きなのです。
それでこのうたを胸に、毎朝見送りました。私は軽く手を振ってましたけどね。

そしてそれからまた3年(今は三年生なのです)。

つい先日、思いがけないことが・・・ (続く)


山への想い断ちがたく?

2022年12月09日 | どんぐり屋のつぶやき
辰野さんですが、このご紹介した記事の中に書かれていたのですが、2019年に、なんと50年ぶりにマッターホルン登頂を果たされたとか。
すでに70歳は超えていらっしゃったかと思うのですが、さすが

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写真は、ある日の空の虹色、太陽の右側の幻日(げんじつ)です。

読書の影響

2022年12月06日 | どんぐり屋のつぶやき
山屋の辰野勇さん(モンベル会長)は、高校生の頃にハインリッヒ・ハラーの『白い蜘蛛(クモ)』をお読みになって、以前から憧れていたスイスのアイガー北壁に挑むと決心、それからは本格的に山にのめり込んだそうです。経験を重ね、21歳で北壁の登頂に成功!!
当時の最年少でした。

それからしばらくは山登りに熱中されていましたが、仲間の事故死をきっかけに地上での生活に戻り、ご自分が欲しいと思う登山用品を作りたいと28歳の時、モンベルを立ち上げ今に至っておられます。
モンベルの製品には色々とお世話になられた方も多いことでしょう。私は山登りはしませんが、辰野さんの生き方が好きで、高校の後輩であることもあって、モンベル製品には好感を持っています。
「もうかる」ことより「欲しい」「よろこんでもらえる」事を優先した物作り、災害時にはいち早く被災地へ応援に向かわれる姿勢など、地に足のついた生き方を尊敬し、先輩として誇りにも思っています。

こんな所へ引用するのは気が引けますが、私の息子も高校生の頃に出会ったコンラート・ローレンツの『ソロモンの指輪』におおいに影響を受けて進学先を決めたようなので、この年代の本との出会いは意味があるのかな?

そして最後に、辰野さんのことばを。(「10代の君へ」というコラムの文なので、若者向けですが)

「夢や憧れを思い続けていれば必ずチャンスが来ます。自分の物差しをいつも用意し、「女神の前髪」を逃さないで。
うまくいかないときは、「失敗でなく、ただの遠回り」と思えばいいんです。

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写真は冬の金剛山です。大阪中部の私の住処から見える一番高い山で、とても冷えた時には、このように頂き辺りの樹氷の白さがステキなのです。金剛颪がとても冷たいですけれど。

相手の立場になって聴くということ

2022年11月30日 | どんぐり屋のつぶやき
どなたの言葉だったのか、お名前の記録を忘れていて大変失礼なのですが、このところTwitterで、不登校のお子さんを持つお母さんの嘆きをたくさん見ているので、このことが大切と思い書いてみました。

自分なりの理解でなく、相手の身になって聞くことの大切さ。
話の内容について、自分としてはそのことを認められなくても、その人の現実として先ず受け止める。
それが土台となって、初めて教育が成り立つ


親も学校の先生も、このことを先ず大切にしてくださったら、話は前へ進みます。
「そうか、あなたはそう思う(そう感じている)のね」というひと言を、心から発することが出来たら、そこから子供の心は開くはずです。

それが出来るくらいなら、ここまで苦しまないと思われるお母さんも多いかもですが、聴き方の訓練を受けているのだと思って努力されたら、時間はかかっても身につきます。
そうなると、お母さんの苦しみも軽くなるのです。

そして先生と生徒、親子の間に信頼感が育っていくので、とても温かい関係が育ちます。

学校のワクにはまらないということ

2022年11月24日 | どんぐり屋のつぶやき
少しだけ古い人のお話しになりますが、まだまだ覚えていらっしゃる方がほとんどでしょう。
ジョン・レノン・・・その人の高校時代の指導記録がロンドンで競売に出されたことがあったそうです。

お値段はまあおいとくとして、内容について少しだけ。
記録によれば、宿題をしていないとか態度が無礼、その他授業の妨害や大幅な遅刻などがあり、相当に教師を悩ませていたようです! 愉快な人だったのね!!

今はあまり見かけないタイプかな?

「通信簿や指導の記録に、どれだけかんばしくない事が評価されていても、それらが未来を決定しない事が解ります。」
と鎌田實さんが『遊行を生きる』(清流出版)の中でお書きになっています。
人の評価に負けてはいけません、とも。
そこに「努力」と「時間」というものを積み重ねて、自分だけの世界を作り上げていくことが大事になります。

みんなと違うということは、もしかしたら大きな事ができる可能性があるということです。とも。

私もかなり学校を悩ませましたし、娘も宿題なんていっさいしなかったし、不登校の時期もありましたけど、なんとか浮き世の荒波にのって生きています。大きな事は出来なかったけど・・・

この本は鎌田さんご自身の事も含めて、お説教では無く、人生の可能性について色々な実例が書かれていて、とても興味深い本です。
AMAZONの古本で1円から買えますので、是非一度お読みになると、面白いですよ!!


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写真は以前に見かけた、空の色々な虹色を集めてみたものです。
こんな空を追いかけていた若い頃が懐かしいです。

度胸と希望と

2022年11月15日 | どんぐり屋のつぶやき
歳を取れば、あちらこちらと故障が出てきますが、それでも一人暮らしが出来て、必要に応じて外出も出来るのは有難いことと、感謝の日々ですが、ここまで来るのに大きな支えになって下さった人の一人が、建築家の安藤忠雄さんです。

と言っても個人的な知り合いではなく、ある時、新聞で安藤氏のお気持ちのありようを読んで以来の事なんです。

安藤氏は2000年の始め、相次いでガンにかかり胆嚢・胆管・十二指腸・膵臓・脾臓を摘出されています。
それぞれに、全摘しか生きる方法が無いと言われて、目の前が真っ暗になられながらも、「それなら、しゃあない」と決心されたそうです。

自分にどうにも出来ないことは、悩んでもしゃあない」と覚悟を決められます。
そして生延びるためにできることを考えて、実行なさった。
若い頃に読まれた吉川英治の『宮本武蔵』の影響なのだそうです。
武蔵は数多くの試合を経験し、その一回一回に命をかけてきた、その生き方に感銘を受けて以来、ご自分でも日々覚悟をもって生きることを、人生の旨とされてこられたので、ガンにも同じように立ち向かわれたとのこと。

その他にも、生活を助けるために入ったボクシングの世界で、ファイティング原田の試合を見ていて、それなりの能力はあっても、自分には天賦の才はないと悟り、関心のあった建築の世界に方向転換されました。

人生には覚悟と工夫、時に諦め、そして希望が必要だとおっしゃいます。

お体のことに関してもに、「考えられるだけ工夫して努力して、ないなら、ないように楽しく忙しくやっていれば、普段はガンの事は忘れています。
だから今を全力でいきるしかない。そう思う度胸も大切ですね」と。

お仕事でお金儲けもされますが、そのお金を「社会に恩返ししながら」と子ども図書館を作ったりもされています。

人生の困難の一つとして、がんもある。なったら、度胸を据えて付き合うしかない。希望を持ってね。

度胸を据えて、希望を持って生きるということ、かっこいいけれどなかなか出来る事ではありません。
忘れないように心に置きたい言葉です。

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写真は父が愛した秋明菊です。
薩摩男児で豪放磊落な父が、こんな花を好きだったなんて、なんだかほほえましいのです・・・